戦争と平和の【最大公約数】8
公約数(二つ以上の整数に共通する、その整数を割り切れる整数(=約数)。)のうち、最大のもの。
仕事も小言も多い、嵐のような時期は過ぎた。本当に一時は目眩がして出勤拒否したいくらいだったが、立場上そうもいかない。
かつて新人だったアリスト・アテンザの――――言葉は悪いが後釜として――――入れ替わりに部隊に入ったのは、ティアナ・ミレーニア少尉。ランサーほどではないが、軍事に関わって成り上がった家系の娘らしい。良家のお嬢様と言ったほうが近い。
入れ代わりで来た初日こそ、途中異動ということと、アルテッツァ人の後釜という立場に不満はあったようだが、当然のものだろう。
あるいは出生の環境上、元からそういう性格なのだろうとも思える。俺が名乗った途端に、目を輝かせていたのも――――
あまり考えないことにしよう。仕事は真面目にこなしてくれる人間だ。
「中佐、フォワード中佐! 管理表の記入終わりました! 一応、間違いが無いか、あとで一緒に確認してほしいんですけどぉ」
「ああ、いいぞ。ミレーニア少尉なら、心配ないだろうが」
「えぇ? 心配ですよぅ。あたし一応新人ですよぉ?」
「計算間違いや誤字脱字をしないだけ、フィット少尉よりは優秀だ」
「それ褒めてないじゃないですかぁ。やだなぁフォワード中佐ったらぁ」
「おい。どういう意味だよ」
「そのまんまの意味ですよー。そんなことも分かんないですかー?」
「はぁ! 新人のくせに何なんだよお前!」
…………。
頭を抱える。ランサー大尉もどうしようもないという顔で見ない振りをしている。
見かねたコンフォート少尉がおもむろに立ち上がって二人の間に入った。
「もう! 落ち着いてくださいよ二人とも。仕事中ですよ? 子供じゃないんだから」
「ちっ。わかっ……」
「あれー? フィット少尉子供じゃなかったんですかー? 知らなかったー」
「てっめ!」
「あーもう! ミレーニア少尉、そういうことを」
――――ダンッ!
「ひっ」
「……!」
「ち、中佐……?」
気づくと、机に拳を叩きつけていた。やってしまった。こういうことはあまりしないように気をつけていたんだが、うっかりした。
「あの、中佐……すいません……大声出して、俺……」
「あたしも、ごめんなさい。静かにします」
「…………。次やったら部屋から追い出すからな」
「うっす……」
「はい、分かりました。すいません……」
二人は自分の席へ戻っていく。コンフォート少尉も、二人が席に戻ったのを見届けると、小さく息をついて同じく席へ戻った。ランサー大尉はこちらをちらっと見やって、苦笑いで頷いた。気にするなと暗に言ってくれているらしい。
ミレーニア少尉のほうがかなり青ざめている。やりすぎたか? まぁ、これで反省してくれるなら、それに越したことはないんだが。
ミレーニア少尉も、入隊時期は彼女と同じだ。元々別の部隊にいて、仕事も普通にこなしてくれている。
とはいえ。
どっちも扱いにくい新人だ。
春から夏。夏から秋。いやまだ秋にはなってはいないが、もすうぐ秋だ。まだ日付上は夏。
でも、例の騒動からは、まだものの数日だ。
アルテッツァに荷担したと思われるオリジン氏はいまだに行方知れず。アテンザも、結局のところ捜索は不可能ということで打ち止め、その代わり、入国時の調査も兼ねて、今後の入国審査を厳しくするという結論で終わった。目下、俺たちの仕事は、国外からの居住者で、審査を見直す必要がある人間の仕分けといったところだ。
客観的に見れば無害そうな人間でも、再審査の枠に入れなければならない一方で、どこぞの爆弾魔は生粋のストーリア人だというのだから、世の中はうまくできていない。
「え? 例の爆弾魔って、ストーリア人なんですか?」
皆で昼食を摂る中、ふいにミレーニア少尉が口にした。お嬢様育ちらしい手つきで上品に、それとは不釣り合いな、平々凡々なスープや、ごろごろした野菜を口に運んでいる。働く場所を間違えている気がする。
隣に座っているランサーが――――先の件で気を遣っているのだろう――――いち早く答えた。
「そうみたいね。彼の本名が分からないから入国履歴だけじゃ分からないけど、爆弾魔として暴れ回る前から、彼の顔を知ってる人はいるみたい」
「その人たちから名前とか聞き出せないんですか?」
「それがね」
「孤児なんだよ」
ぶっきらぼうに、サンドイッチ片手にフィット少尉が会話に挟んだ。ランサーが、ミレーニアと話が弾んでいるのが気に入らないらしい。恐らく前からそういう傾向はあっただろうが、俺は最近になってフィットの本意を察した。
「戦争孤児だとか、迷子になってるのを拾ったものの迎えが来ないだとか、十何年も前にボロボロの格好で彷徨いてたから気まぐれにパンをやったとか。色々噂は出回ってるけどな」
「……ふーん。へぇ。詳しいんですね。フィット少尉なのに」
「俺が何だって?」
「いーえ、別にー」
「ま、まあ、とにかく! いずれにしても親の影がないっていう点は一致してるから、孤児には違いないだろうって話よ。ね、コンフォート少尉」
「そ、そうですね。それで別の部隊が孤児院を片っ端から捜査してるんですよね。ね、フォワード中佐」
俺に回すのか。
「……ああ。そういうわけだから、今やってる再審査の仕分けは、あくまで念のためだ。子供が一人で国外から来るわけはないだろう。それこそ入国審査で引っかかるはずだし、家族で入国して、その後事故か病気かで身内を失った可能性も捨てきれないからな、現状は。そういう可能性を潰す目的もある」
後者であるなら、観光目的で来たのにその後の出国履歴がないはずだが、今のところはそういうものもない。奴の外見年齢から察するに、入国時期が一致するような子連れの一家もない――――奴がとんでもない若作りの顔でない限りは。
子供時代を知る人間がちらほらいる以上、ストーリア人であることはまず間違いないのかもしれないが。
「さすがフォワード中佐! 他の誰かとは大違いですねぇ!」
「…………ちっ」
まただ……まったく。
アテンザが来た時もそうだったが、ここ何ヶ月、フィットの機嫌がよかった時はほとんどない。けど、機嫌が悪いときは決まって、ミレーニアみたいな絡まれ方をしているか、ランサーが困った時だ。アテンザもミレーニアも、女性同士という理由でランサーがそばでついていて――――多分、そういうことなんだろう。
フィットの本意に気づいたのは、主にミレーニアのせいだ。多分、絶対に。
「孤児といえば、あたしの家もそういうのやってましたよ。市民館とか、大きな施設で、パンとスープご馳走する感じの」
「なんだそりゃ」
「炊き出しのことですよね」
「そうそう、それです。いやーコンフォート少尉は物知りですね」
「おい」
俺とコンフォートとランサーで「またか」という面持ちで息を吐いた。それでもなんとか取り繕おうとコンフォートが続ける。
「あー、っと。ミレーニア少尉の実家って、お金持ちなんですよね。僕んち兄弟が多くて、たまにお世話になってたんですよ。それで知ってて」
「そうだったんですねぇ、なるほどぉ」
そのままミレーニアとコンフォートで会話が続き、食事が終わるまでにはフィットも冷静になれたようだった。
今日の午後の見回りも二人が担当だ。なんとかこのまま何事もなく終わってほしい。




