戦争と平和の【最小公倍数】7
公倍数(=二つ以上の整数に共通の倍数。)のうちで、整数では絶対値が最小、整式では次数が最低のもの。
春といえば、幼少から、ひいては学生時代もそうであったように、成人後も変わらず、人から物から何まで、入れ代わり立ち代わりする季節である。単にそういう雰囲気を感じさせる気候になるからなのか、冬の寒さがいかにも終わりを連想させる季節だからなのかは知らないが。この仕事場でも、それは同じだ。
この季節から、俺は命令を下す側に立つことになり、命令でもって人間を動かし率いることになった。と言っても、立場────役職が、右から左へ動くがごとくそうなっただけで、彼らは以前から上下関係でいた。それは変わらない。入れ替わったのは、それまでこの立場にいた上司の代わりに、部下のそのまた部下になる新人が来たことだ。
部署として与えられた部屋に、新人含めた部下四人が立ち並ぶ。
「まあ、なんだ。ほぼ知っている顔なので今更かもしれないが、見ての通り今日から新人が入るから、軽く顔合わせといこう」
大部屋というほどでもないが、個室ほどに狭くもない、五人か六人くらいの人数が机作業するのにちょうどぴったり収まるような部屋。ここには五人いるので、五人分の作業用の机と椅子。雑貨や小物を置く横長のテーブル。そのテーブルを挟んだ目の前に四人。一番右側に立つ、若い女性――――彼女が唯一の新人だ。そうだと分かるように、一人だけ軍服の装飾が通常に比べて多い。彼女と、彼女以外の四人とでの顔合わせを兼ねた挨拶と言っても差し支えない。
「訓練学校の卒業試験の日にも会ったが、セルシオ・フォワードだ。この中では勤務履歴が長いが、年配にはまだ青二才と言われる。気楽に、真面目に取り組んでくれ」
「はい」
「で、彼女が新しく入った、アリスト・アテンザだ。訓練学校では成績優秀だったらしいから、フィット少尉のほうが彼女から教えてもらうことになるかもな」
「え、ちょっ……中佐!」
「はっはは。そういうわけで、よろしくな、アテンザ」
「よろしくお願いします」
特に気負ってる感じではないな。新人にしては落ち着きすぎじゃないかとも思うが、いかにも大人しそうな雰囲気の、黒い髪、黒い目。これで元気に返事をされても、か。
アテンザとは反対に、左端に立つ銀髪の、同じく女性。先に彼女を紹介したほうがいいだろう。
「で、次に勤務履歴が長いのが、ランサー大尉だ」
「サニー・ランサーです。女性どうし、よろしくね」
「はい」
「その次が……」
目配せでランサーの左隣の、垂れ目の青年に促す。
「僕はイスト・コンフォート。この中だとアテンザの次に新参だけど、一緒に頑張りましょう!」
「はい」
「えー、こほん。俺はシーマ・フィット。いいか新人。年功序列って知ってるよな。入ったばっかりだからって優しくしたりしないから、そのつもりでいろよ」
「はい」
「…………本当に分かってんのかお前」
「はい、確かに」
「…………ちっ」
食い気味に名乗った、赤毛が悩みの種らしいフィット少尉。さっき、背中を叩くつもりで引き合いに出したのが裏目に出たのか、喧嘩腰なのが心配だ。加えてアテンザも、素なのか、それとも分かっていて薄い対応をしているのか、返事が一辺倒だ。『分かっているのか』の返答が『はい、確かに』というのも、余計に煽っているように見える。
フィットには申し訳ないことをした気がする。恐らくこの時間で、彼女は優先すべき人間の序列を決めてしまったかもしれないからな。