戦争と平和の【多角数定理】11
三時間後。
招集がかかり、一度全員持ち場を離れて仮設小屋へ戻った。理由は分かっている。
「こンの火力馬鹿銃がッ……!」
あたしはまたしても頭を抱えた。これまた文字通り、うなだれる頭の額に手を当てていたのだ。
確かに威力は凄まじいものだった。でもそれだけだ。それだけしかなかった。威力相応に発砲音も相当で、発砲直後数秒は、その音が耳に残って、他の音が聞こえにくくなるくらいだ。
試運転で連携を組んだ想定をしなかったのか。あるいはその点検を漏らすほどの焦りや対抗心を煽るほど、実はアテンザ大佐はあたしが思っていたより『大佐』たり得る人物だったのか。確かにあの土壇場の『言い訳』の出来はよかったけど。
銃火器自体、見た目以上の重さで、担いで走るには効率が下がる。単騎決戦するならまだしも、この場では使えない。
銃声が耳に残っていたせいだろう、あたしの合図が聞こえなかった兵士の一人が、敵が放り投げた爆弾の餌食にされた。あたし自身、他の呼び声に気づくのに何秒か掛かった。
威力は申し分ないが、今回の作戦には不向きだ。それでもこの火力は手放したくない。こいつを使っても支障のないような、連携不要の、単独行動を重点に置いた部隊が必要だ。その上で作戦を練り直したい。
ところなんだけど。
「ヴォルツ、大佐は? まだ戻ってないようだけど」
「あ、ああ……。そうらしい。僕は見てない」
「そう」
ヴォルツは目を逸らした。
この様子、そしてアテンザ大佐は戻っていない。あたしの思惑通りになっている予感を感じていた。もしそうじゃないなら、アテンザ大佐がいないうちに、不在のアテンザ大佐に代わってレクサス将軍に作戦の変更を進言しなければ。
そうしてしばらくしてから、アテンザ大佐が全く別の場所で死んでいたことが報された。
申し分のない威力と思われた新型兵器に欠陥があったせいで、連携が十分に取れなかったせいもあるし、アテンザ大佐の不審死のせいもある。あのアテンザ大佐がよりにもよって、こんな時に持ち場を離れ、戦場とはかなり離れた場所で死んでいたという報告が、別の部隊からもたらされた。部隊の要のうちの一人が謎の殉職をしたのだ、不信感もあるだろうし、不安もあったと思う。
ヴォルツを筆頭にした一部の人間は、アテンザ大佐ともあろうお方がなんと情けないことかと口々に言っていた。
ヴォルツの言動からして、奴がアテンザ大佐を始末したことは間違いない。けどそれにしては、持ち帰っているであろう不審な薬物を、これみよがしに出さないことが気になる。持ち帰っていないのか、持ち帰る前に殺されたか。どうにかして確認がしたい。
あたしは、その遺体が本当にアテンザ大佐なのかどうか自分の目で直接確認したいと言って、やや強引ながらも、別の将軍が率いる部隊まで足を運んだ。
顔は確かにアテンザ大佐だ。大きく目を見開いた表情で、きっと、何にも気づかぬまま死んだだろう。
問題は胸の致命傷だ。銃弾が貫いたと分かる、くっきりとした風穴。衣服の風穴付近の焼け焦げた跡。単に貫いただけじゃ付かない、力ずくで引っ張ったような破れ方。火花のように円状に飛び散った血痕。それらは、目の前でストーリア軍の攻撃にやられたあの隊員の死に方とは明らかに違う。
聞いたところによると、支給された武器以外に所持品は見つからなかったそうだ。やはり例の薬品を持ち出す前にヴォルツに殺されたのだ。でも、ただ脱走しただけではヴォルツがアテンザ大佐を殺す決定的な動機には足りない。やるなら、『戦時中に持ち場を離れた上で、不審な物を持ち出す』という、不信感を確実にする瞬間がいる。ヴォルツのこと、殺した後でその怪しい物体を回収しているはず。
それでも何食わぬ顔で戻ってきているということは、ヴォルツは『それ』を再利用する気か。
遺体の発見場所は、確かに配置された持ち場よりだいぶ離れた場所だが、アテンザ大佐の自宅のある町には近い。
まったく違う配属のこいつらが、アテンザ大佐の自宅の住所なんて知るはずもない。ヴォルツなら、この後いくらでも調べられるだろうから、まだアテンザ大佐の自宅にあるであろう資料一式を、今後可能な限り早いうちに探しに来る可能性がある。
ヴォルツに見つかって変な方向に改造されたら厄介だが、そもそもヴォルツに、アテンザ大佐と同じくらい薬品の取り扱いに知識や技術があるのか? 念には念を。帰り際に寄って燃やすか。
いや、いま試薬品をヴォルツが持っている可能性がある以上、ヴォルツはアテンザ大佐の行動を一部始終監視していた可能性もある。資料を処分する暇も仕草もなかったことが分かれば、第三者のスタンザが別にいることを仄めかすことになる。そうなると一番に疑われるのはあたしだ。アテンザ大佐の研究の話も、開発課の噂も、そもそもアテンザ大佐がスタンザかもという疑惑を吹き込んだのもあたしなんだから。遅れを取る気はないけれど、とばっちりは御免だ。
ヴォルツに何か考えがあって処分していないのなら、あたしが利用できるように計画を変更すればいいだけ。今は泳がせておこう。
そう思った、その時だった。
別の部屋から、女性、ではなく明らかに女の子の声がした。
扉の隙間からこっそり覗くと、黒髪の綺麗な幼い女の子が、黒い目の下を赤く腫らせて椅子に座って、兵士から水をもらっているところだった。
「どうしたの?」
「それがどうも、迷子らしくて」
「迷子? こんなところで? 近隣の住宅街や町には諭告されてるはずじゃ」
「いや…………実は」
待機中の兵士のもう一人が、扉から離れてあたしに耳打ちした。
「あの子、名前を聞いたら、アリスト・アテンザだって言うんですよ」
「アテンザって、まさか」
あの子が、アテンザ大佐の娘?
「お父さんも軍人ですって言っていたので、間違いないかと」
「そんな馬鹿な。母方の親戚の家に預けたって言っていたのに」
「一人でここまで来てしまったようです。本人も、お父さんを探しに来たと言って、近くの林でアテンザ大佐と会ったそうなんですが、何者かに殺されたようで、運良くここにたどり着いた、と。……持ち場から離れた場所で死んだ上に、身内と会っていたなんて知れたらさすがにまずいので、とにかく迷子ってことで、出来れば内密に……」
「なるほどね」
――――迷子を見付けて匿おうとしたところで敵兵に遭遇し殺された。娘の方はきっと幼すぎて見逃されて、ここまでやってきた――――ということにしたいらしい。
それで不審な行動や殉職に関しては収拾が付く。アルテッツァ軍としては願ったり叶ったりだろう。あまりにも悪い外聞は、どこからどこへ漏れ出すか分からない。身内には言うまでもなく、ましてやストーリアなんかもってのほかだ。
意図しない展開ではあったけれど、都合はいい。これで、真相を知るのはあたしとヴォルツだけになるのだから。
もっとも、知っているのは自分だけだと思っているのは、ヴォルツだけだ。
数日にわたって続いた紛争には、結局決着は付かなかった。理由は言わずもがな。
それが、第二次国境線戦争と呼ばれる紛争のことだった。




