戦争と平和の【連立方程式】3
紛争が終わった数日後。僕は大佐があの夜訪れていた家を訪ねた。この家はやはり大佐と娘が住んでいた家で、娘のほうは都会の親戚の家が引き取ったらしい。この家にはもう誰も住んでいない。真っ昼間だったが、先の紛争のこともあり、近隣住人はまだ誰も戻ってきていないようだ。まあ戻ってくるかは知らないが、好都合だ。僕はためらうことなく窓を割り、隙間から手を伸ばし鍵を開けた。
人がいなくなって間もない空き家は、まだ埃がたっていなかった。ある程度は臭うかもしれないと覚悟してきていたのだが、暖簾に腕を押しただけだったようだ。
開けられる部屋の扉も、引き出しも、全て開けた。そして、ようやくそれらしい文書が見つかった。
訓練場で一番に飛び出していた、大佐らしい文書で、一枚目の真ん中に、こう書かれていた。
――――信仰と遺伝の関連性について。
そして、二枚目には、恐らく誰に見せるわけでもない、自分用といった具合の走り書きの字で、このようなことが書かれていた。
――――アルテッツァの都心部、主に領土の中央部分。アルテッツァの都心部ではない、主にストーリア含む近隣国と接している国境付近や、港街などの外周部分。
――――信仰心の差は地域の差に比例している可能性がある。妻の生まれ故郷と、自身の故郷における、アルト様への信仰心やお互いの存在に意識の差がある。
――――妻、都心。田舎者はアルト様への敬意がなっていない、アルト様の子じゃないなら何をしたって構わないという主張が多い。当方、都心の人間ほど日常生活でアルト様の名前を出さず、陶酔の強い都心に対して恐怖を覚える人間も。特に、港町や西に多い印象。
――――娘、都心生まれ、妻病死後、当方育ち。まだ幼いが、両方の地域を見た子。そして、顔立ちが妻より自分に似ている。贔屓目だが、性格や考え方も自分に似ている傾向。
――――もしも、都心で生まれ、ある一定期間都心で育って、それでもなお田舎生まれの人間に似て、信心深い人間ではないのであれば、やはり、この国における信仰は、単純な宗教ではなく遺伝に由来する可能性が高い。
――――遺伝性を示す方法として、血液を使った実験をする。
僕は心臓の鼓動を嫌に思いながら、そういった内容の文章を読んだ。初めて、この世には『話せば分かる』という台詞が、子供だましの絵空事と思い知った。やはり、大佐は、いや――――アトラス・アテンザは、アルト様の子ではなかったのだ!
僕の思っていた通りだ!
僕は間違っていなかった!
アトラス・アテンザは死んだ! 僕に負けて死んだ!
ならばこの文書は嘘だ!
僕が、僕たちが、この国が、アルト様が、何においても正しい。それが全てだ!
言うまでもなく、アトラス・アテンザは害悪だったわけだが、こんな輩が、こんな近くに潜んでいたのだ。他にも僕たちの目をかいくぐって、このようなことを企んでいる奴がいないとも限らない。
そしてこの文書。つきつめて言えば、血液からそいつがスタンザかどうかを判別するということだ。幸い勝利者の僕には、奴の研究の成果であろう、液体の入った小瓶がある。これの正体が、二枚目以降の文書に書かれているに違いない。
見つけた書類を手当たり次第持ち帰り、有給を取って、自宅でそれを読みふけった。
アトラス・アテンザの目論見は、至って簡単なことだった。
本来薬を飲むことで起こる副作用の症状を、任意の対象に、意図的に発症させる。その症状が発症するか否かで、アルト様の子であるかどうかを判別するというものだ。アトラス・アテンザは、この症状に幻覚や幻聴を選んでいる。アルト教は他国と違い、偶像などがなく、アルト様という名前の付いた概念を信仰しているため、他の人間に見聞きされないものを自分だけがすれば、それをアルト様と勘違いを起こす可能性があるという見解らしい。
くだらない目論見だが、これもアルト様の救いか、アトラス・アテンザは研究に必要な血液の採集を、自身を含めた二人分しかしていない。おそらくもう一つは娘だろう。用途不明の採血なんて、頼まれても普通は了承しない。ここに僕の血液を使い、発症の違いに、僕が成功させれば、今度は僕が奴らを欺く番だ。
これまた救いなことに、アトラス・アテンザが殉職したことにより、下から押し上げるように僕の階級は上がった。あいつがそうしたように僕も、階級でもって使えるものは使える立場にならなければ。
あいつにできなくても、僕なら出来る。
あいつに勝ったのは僕なのだから。




