銀狼 中編
滅茶苦茶遅れました。申し訳ございません。生存報告を含めてとりあえず出来ている所をあげます。
その後すぐに続き書きます。すいません。
「ここが住処か……」
隣には遠い昔に使われていた教会があった。その周辺にも崩れた工場の跡や何かに使っていたと思われるビルが点在していて、所謂都会の情景というものが頭浮かんだ。
とはいえ今やその全てがひび割れたアスファルトの隙間から無遠慮に生える大自然と一体になっていて、遠い過去の残骸だと一蹴できるようなものだが……。
これから足を踏み入れる式場も例に漏れず大層なものではない。屋根は崩れているし、塗装も全て剥がれ落ちている。
何処から入ったものかと辺りを見渡すばかりだ。
「どうしたものか……」
大きく溜息をついて、空を見上げると、先に屋根に開いている大きな穴から中に入って偵察していた夢魘が帰ってきた。
「裏手にまわると厨房へ繋がっている入口があるぜ」
「ありがとう、中にはターゲット以外の魔物はいるかしら?」
「ああ、人型の魔物が4体居たな」
「人型ね……。元従業員だったりして」
「大方無謀にも銀狼に挑んだ奴等だろうさ。お前も仲間になるなよ?」
「仮に誘われたとしても御免よ」
冗談を言い合いながらも速足で裏口にまわり厨房への扉を開け、中に入ると存外綺麗で辺りを見渡した。
埃は被っているものの、食器や、曇ったグラス、空っぽのビンでさえも棚に整然と並んでいる。
「ここにいる魔物は綺麗好きね」
「あり得るかもな、魔物になってもそいつの性分だけは残るって聞いたことがある」
「やっぱり元従業員の魔物だって」
辺りの物を気にしながら歩いていると倉庫と書かれた扉があった、耳を押し当てると微かに足音が聞こえる。
――中に魔物が居る。
暫く耳を澄まし、足音の種類が一つしかないのを確認すると、相手が出来るだけ扉に近づいてくるのを待った。
そして勢いよく押し入った。
魔物が此方を確認する前に振り向こうとする。しかしそれよりも速く自身の鞘から刀を引き抜き踏み込んだ――。
切っ先を伝う血が地面に一滴――。
魔物は血飛沫をあげながら地に伏せた。
まずは一匹。
所詮は元人間、急所が変わる事はない。刀に付いた返り血を拭くためにポケットから布を取り出し軽く溜息をつくと、夢魘が先程の話をぶり返した。
「手が四本もある奴は従業員とはいえねぇわな」
「分からないわよ?魔物の見た目なんて生前の行いが影響するんだし、昔は常人の二倍手が動く仕事人だったのかも知れないわ」
「またはその逆で手の遅い奴のコンプレックスが顕在化したのかもな」
「なんにせよこれだけの情報量で生前の人物像をあてるのは難しいわね。先を急ごう」
拭き終えた刀を眺め元の透き通った銀色であること確認すると再び腰の鞘に差し入れた。
踵を翻し、倉庫全体を見渡す。高く積み上げられたダンボール、大きく丸いテーブルやAからZまで書かれた席札。
しかし一際目を引くものは真っ白なテーブルクロスの山だ、ここまで美しく生成された布は今では中々作れないだろう……。
私はコンクリートの床を少しはねるようにして近付き、一番上の一枚を手に取った。
多少埃と土を被ってはいるがしっかりと洗えば十分売り物になるだろう。
「まったく……。良い事はするものね」
「泥棒は悪い事だぞ」
「資源を循環させることは良い事よ」
「じゃあ今倉庫に入ってきた三匹はどうする? 人殺しだぞ」
「魂を転生させることは良い事よ」
「屁理屈だね」
「どんな事でも、ものはいいようって事よ」
コツンコツンとする足音の方に振り向き刀を構えると三匹、人型の魔物が居る。
左から順に靴が四足必要な女と、コンタクトレンズが三ついるタキシードの老人、もう一匹はハンバーガーを難なく食べる事の出来そうな大きい口の男だ。
ふぅと軽く息を吐きだし右回りに旋回し大口の男に斬りかかる――。
しかし、刀から肉を断つ感触は伝わってこず、無機質な音を立てた。魔物がニヤリとする様に口を開くと長い牙が覗いた。
デカイのは口だけではなかったか……。
「間違えて舌でも噛んだら大変ね」
瞬間、放たれた男の拳を半身で躱し距離を取った。
――流石に一筋縄では行かないようだ……。前方の男から視線を外し、横を見ると、三眼の老人が服の中からナイフを出しコチラに投げこんだ。
私はその向かってくるナイフを右手で受け止めた。
「闡釐後ろだ!」
「知ってる……」
気配が真後ろまで近付いて、敵がコチラに飛び掛かろうとした瞬間、右手のナイフを後方に投げこんだ。
――女の鋭い悲鳴が一室に響いた。
私が少し離れると物凄い勢いでコチラの方に突進して来た。私はそのまま引きつけるように数メートル先、ダンボールの山がある所まで走って、ギリギリの所で女の突進を躱した。
その後、すぐに近くにあるテーブルクロスで自らの体を覆った。
突進の衝撃でダンボールが崩れ落ちる。割れ物注意とかかれた箱から、ガラスが割れる音とピシャリという水分を含んだ音がした。
少ししてから自身を覆っていたテーブルクロスから顔を出すと、長年積もっていた埃が霧の様に部屋全体を白く染めている。
細目になりながらも注意深く見ると三眼の老人と大口の男は目を抑え咳込んでいた。
よし……。
概ね筋書き通りにいったか……。
すぐに大口の男に近付くと男は苦し紛れに腕を振るった、その軌道を僅かに刀の頭でずらし、空いた懐に刀を押し当てた。
刀を振り払うとそのまま男は地に伏した。
その後、流れるように体を翻し三眼の老人へ斬りかかる。
「死になさい!」
言葉に反応して老人は目を覆っていた手を離す、私はがら空きになった頭を叩き割った。
――私は顔に飛び散った血を拭った。
――そういえば、なにか忘れてるような気がする……。そう、夢魘だ。
舞っていた埃が全部地に落ちて景色が澄んでくると辺りを歩いた。
――?
何か踏んだ様な……。
足元を見ると夢魘が居た。変わり果てた姿で……。
「カラスは元々白い鳥って聞いた事あるけれどこんな形で拝めるとは思ってなかったわ……」
「これは埃だ!早く退け!」
「ごめんごめん、真っ白に燃え尽きたのかと……」
「うっせ!びっくりして天井に頭ぶつけただけだ!」
「それよりちゃんと殺したんだろうな?」
「ええ、ダンボールに埋もれてる奴も入ってた物の重さ的に死んでるわ」
私はそう言うとダンボールから散乱した酒瓶を指さした。
「少し勿体無い気もするけれど、どちらにせよ年代物過ぎて劣化してるだろうし、仕方ないか……」
「そういえば建物に居る人型は全員殺したけれど銀狼の気配を感じないわ」
「寝る時間には帰ってくるだろうさ。偵察の時寝床も見つかったしな」
「こっちは時間が無いというのに……。仕方が無いわね」
私は小さく溜息をついたあとダンボールの山からまだ割れていないワインボトルを取り出した後、夢魘に導かれるまま銀狼の寝床に向かった。
「着いたぜ、多分だがここが銀狼の寝床だ」
披露宴会場といったところか、天井に穴が空いており瓦礫や無造作にのけられたテーブルなどがあるが平地にすれば、三百人位は入る広さだ。会場の真ん中には銀狼が作ったであろう藁などを敷いた簡易な寝床がある。
「寝相が悪いにしてもここまで荒れるものなのね」
「まあ、所詮ワンコロだしな」
「てかよ、お前酒が嫌いとか言ってなかったか? なんだってそんなもん持ってきたんだよ?」
「これね、素敵な会場を用意して銀狼を迎え入れようと思っただけよ」
――ひと仕事終えて一旦息をついた。改めて自分の仕事ぶりを確認する為に大きく伸びをした後、辺りを眺めた。
規則正しく並べられたテーブルが真っ白なクロスに覆われていて、それらにAからMまでのプレートが置かれている。
その整頓された部分とは逆に足元には多量に中身が入ったアルコールの瓶や食器類が散らばっている。
「これじゃ足の踏みどころがねぇぞ」
「テーブルの上があるじゃない」
「正気かよ? 親に行儀ってやつを教わらなかったのか?」
「うるさいカラス黙れ」
「ひえぇ、口まで悪くなっちまって、相方ながら悲しいぜ」
「この戦いは貴方にかかっているんだからしっかりしてよね」
「何だよそれ!? きいてないぜ!」
「そこまで難しい事じゃないわ、銀狼がテーブルを伝って攻撃を仕掛けて来る場合、その前に何かしらの痕跡ができる筈。それを貴方が上から伝えてくれたら良いのよ。ローマ字は分かるわね?」
夢魘は少し考え込む素振りを見せたが決心したようで大きく頷いた。
私はその反応にニコッと口元を吊り上げたあと夢魘を天井の穴から外に出した。
「後は待つだけか……」
自分の腰に刀がしっかりとある事を確認するように鯉口を切り、また鞘に戻した。
大きく深呼吸をして目を瞑る。虫の気配すらない静けさの中では自分のドクドクと流れる血の流れすらうるさく感じた。
――これは緊張? いや……。焦りか? それも違う……。多分これは恐怖なのだろう 。
この世界には透明になる魔物はおろか、火を噴くドラゴンも耳の尖った人も居ない。これから戦う相手はそんな存在だ。
死なない人間と、見えない魔物ではどちらが勝つだろうか? これからそれを決めるのだ。
浅い呼吸を繰り返す中、時折意識的に深い呼吸をした。しかし暫く、答えのない考えが止まることは無かった。
――恐怖が静けさに溶けだした頃、遠くから音が聞こえる。まるで台風の様な風きり音だ。草花を薙ぎ倒す音がわしゃわしゃと聞こえた。
――来る。
その音が鮮明に聞こえだした瞬間、止まった。
次の瞬間、天井の穴から大きな風圧が押し寄せた。
咄嗟に刀を引き抜き頭上に構えるが抑え込まれるように足から崩れ落ちる。銀狼だ。間違いない……。
とてつもなく大きな獣が刀を介して圧倒的な存在感を主張した――。
お読みいただきありがとうございます。10日以内に続きもあげるのでよろしくお願いします。