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――カラスが鳴いた。
真下の人間が死に逝くのを待っている。
そこには男が一人、女が一人……。
一人は命を乞い、一人は刀を振るう――。
どうしてこうなった? 感触はあった、手応えもあった。あの時先に刀が触れたのは俺だった。死んだはずだ。今までの100人は確かに死んでいた……この女は何が違う? 何故、立っている? 何故、斬ったハズの傷が癒えている? 訳の分からないことだらけだ。ただ唯一分かる事は此処で……死ぬということだろう。
――首が離れる事を自覚したその瞬間ロシアの古い諺を思い出した――殺された者は、殺した者をその目に焼き付ける――
女性にしては長身で、真っ黒な服を着ていて、少し胸元がはだけていて、合間から見える白い肌と女性らしいスタイル。
とても殺しに向いている格好と思えない、しかし俺は殺される。
銀色の長い髪が血で濡れていく……。ただ深い赤色の瞳は少し悲しそうで……。
離れた体を動かして手を――。
――カラスは一羽、二羽と増えていく。その鳴き声は誰に宛てたものか? 私か? それとも地面に転がった男だろうか? ああ、分かっているカラスは喋りなどしない。この暗い森の中、私の犯した罪を蔑む者など居ない。
拾い上げた男の目はただ空を見ていた。
――私が殺した。
その言葉を発したのはこれで何千回目だろう? 戒めのために発していた言葉だが次第に効果は薄れている。代わりに心に大きい穴が空いたように……寂しさが私を苦しめるようになった。
――首を袋に入れて踵を翻すと無数の羽音が聞こえる。立ち止まって振り返ると、男の体はおどろおどろしい程の数のカラスで見えなくなっていた。
馬が地面を踏む音。車輪が地面を伝いガラガラと荷台に詰め込まれた商品を揺らしている。その頂には昨晩殺した男の首が串刺しになっていた。
我ながら良い趣味とは言えないが、これのお陰で辺りから此方を伺う賊達はこの不吉な行商人を標的にしようとはしない。彼らも死ぬのは怖い。特に外で死ねば恐ろしい魔物になってしまうのだから。
――昨日の男も決して例外ではないが、あの様子だと骨しか残っていないだろう。
しかし、あのカラスは何だったのだろう……。たった一羽、食べる様子もなく、じっと此方を見つめていた。それだけならまだ良い。ただ確かに笑っていた様に見えた。
一体その奇妙なカラスは何だったのかと、空を眺めていると何やら人以外の気配を感じる。すぐさま立ち上がり私は刀の鯉口に指を引っ掛けてその方向をじっと睨んだ。
黒い何か――カラスだ。そいつは私の上空を通り過ぎる事なく男の生首の上で羽を休め、其れを嘴でトントンと叩いた。
「随分と血生臭せぇな……。ちゃんと頭洗っているか?」
笑っている……それだけはない。
人の言葉を話している……。幻聴ではなく、明確にこの耳で聞き取れた。
間違いなく昨日のカラスだ。どうしてここに? そもそもどうやって喋っているのか? などと頭を回転さそうにも、ただゾワゾワとした恐怖が背中から上ってくるだけだ。
カラスは完全に思考が停止している私に構わず言葉を連ねた。
「まあ……もう聞こえちゃいねぇだろうが……」
此方にまだ注意を向けていない内に殺した方が良いだろうか? しかし、人とは勝手が違う、普通のカラスでない以上警戒するに越したことはない。
「なんだ? 発音でも間違えているか?」
今度は私の方を向き話した。
その明瞭な発音はより一層の不気味さを感じさせるが……。しかしどうだろう? ここまで人の言葉を理解しているのだ。同時にこのカラスは相当の識者であると言える。冗談を言う所、思考回路も人間に近しい部分はある。刀の鯉口から手を放し少しの間、様子を見ても敵意を感じない。話し合いの通じる相手じゃないだろうか?
二ヤニヤと此方を窺うカラスに少しばかりの笑顔を作った。
「冗談みたいなカラスが冗談を言うなんて、まるで滑稽で目が覚めたわ」
相手の理解度を確かめるためコチラも冗談で返すと、暫く間があったが次第に翼をばたつかせて笑いはじめた。
「ハハハ! 鶏の代わりになれたようでよかったよ!」
ひとしきり笑うとすぐにキッと鋭い目つきに戻り話をつづけた。
「でもよ、お前にはホントに驚かされたよ。見ていたぜ? 殺されたはずのお前が立ち上がって男を切り殺す所」
確かにそんな姿を見たら私だって驚くだろう……。度肝を抜かれたカラスを想像すると笑えてしまったが、できる限り真剣な表情で答えた。
「死ににくいだけよ、生きやすくなるわけじゃないわ」
不死身だからといっても22年生きてきて良かったことなんて何一つもない、散々殺したし、殺されもした。
自分に対しての皮肉を込めた言葉を察してかどうかは分からないが、カラスは話を切り替えた。
「なんにせよ、俺達は気が合いそうだ」
それを言うとさっきまで男の頭にいたカラスは私の目の前まで下りてきた。
「俺を連れて行ってくれないか?」
「どうして?」
即答だった、現状互いにメリットがあるとは思えない。
しかし、話に食いついたと捉えたのか私の周りをパタパタと歩きはじめた。
「100年以上むかし、人が世界を牛耳っていた時だ……」
「俺達も人の住処に居場所を作っていた。嫌われちゃあいたが、要は棲み分けが出来なかったのが問題だ」
「しかし、現在の人類はどうだ? 世界中の大気が汚染されて外に三日もいりゃ魔物になっちまう……。外気から遮断した膜を張って暮らしちゃいるが、昔と打って変わり酸素供給の為どこを見ても緑豊かな村しかない。大気汚染の原因になる工場なんてもってのほかさ。衰退していくのが目に見えるぜ」
自慢げに語るカラスに少しむっとなるが言っている事に間違いはない。薬により生物本来の免疫を失った人類は大気に対して耐性を持たない。更には通信手段が限られることだ。
村をつなぐ情報のほぼすべてが私達行商人に頼り切っている、技術者が知恵を出し合える場所がないのだ。
眉間に皺を寄せ考え込んでいるとカラスが小さくカァと鳴き私を引き戻した。
「すまない、少し高圧的だった……。誤解しているかもしれないが俺は人が好きだ。尊敬もしている。アンタらに早く追いつきたいと思っているだけさ」
カラスは少し反省する態度を見せた後――。
「さて、ここからが本題だ、俺は」
――今度は真剣な面持ちで私に向き直る。
「俺達カラスの国を作る」
先ほど冗談を話していた時と違い、ただの一点の曇りない表情はその大きな嘘を本当にするという意思が伝わり――瞬間、ワクワクに似たような驚きがこみ上げた。
「だがな、国には文化や法律が必要だ、そして残念ながら俺にはまだその知識がない、だから行商人のお前について行って村の風習や規律を学ばせてくれ」
なるほど……しかし全く私のメリットが思い当たらない――。
暫く黙っているとカラスは頭を下げた。
「迷惑はかけねぇ! 頼む!」
「良いわよ」
存外あっさりと許してくれたのが意外だったのかカラスは驚いて目を丸くしている。実際、私自身も納得のいく理由を持っていない。ただ、このドキドキは久しく忘れていた。これを何と言っただろうか?
まあ、いいか。暫くこいつと行動すればいずれ思い出すだろう。
ただ、いまは笑いたい気分だ。
「私は十慧闡釐、貴方は?」
するとカラスは少し戸惑いながら答えた。
「そうか、人には呼び名が必要だったな……。よし、闡釐! 友好の証だ……! 付けてくれ! カッコいい名前を頼むぜ!」
「カラス」
「おいおい……! そりゃ種族名じゃないか! 人間って呼ぶみたいなもんだ!?」
「カラスはカラスでしょ?」
眠たい……。先ほどまであった緊張感が途切れ、瞼が重くなった。そんな時に名前なんて考えていられるか。私は今まで動きっぱなしだった馬を止め、荷台に寝そべった。
「それじゃあ、少し寝るわ……。おやすみ、危なくなったら起こしてね?」
そう言い瞼を重く閉じる。
「貴方を連れていく理由は目覚ましに丁度いいからよ」
「鶏や鳩と一緒にするなよ……」
寝息が聞こえると諦めがつき再び男の頭の上に昇った。
読んでいただき有難う御座います。
この作品は何れ漫画に描き起こそうと思っているのでその間コチラで原作を進めていきます。
また、挿絵とかも描いていこうと思うので楽しみに待っていて下さい。
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