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1.忙しすぎる結婚準備期間

 ユリエル様と仲良くなる。

 お屋敷にやってきた当初は、そう意気込んでいました。いましたとも。


 だけどお屋敷に来てから三日もろくに話せないとか! 結婚準備と神子の仕事が忙しすぎてユリエル様と会えないとか! どういうことなの!


「アメリア様! お次はこちらのドレスにいたしましょう!」

「あ、はい」


 現実逃避をしていたら、メイドのエリーの声で現実に引き戻されました。


 ……ふふふ。ただいま着せ替え人形中なんです、わたし。


 今日の夜に開かれるシーク公爵家のパーティー。それに着ていく服を選んでいるのです。……シーク公爵夫人が。


「うーん……アメリアさんには、濃すぎる色はダメねえ……これからは、パステルカラーのドレスにしましょうか。改めて仕立てないといけないし、あなたに合った色がいいものね」


 儚げ金髪碧眼美女ことレベッカ様が、たくさんあるドレスをメイドたちに持たせながら言う。これらのドレスはすべて、レベッカ様の私物だ。


「……あのう、レベッカ様。わたし一応、日中は神殿で働くことが多い身の上ですので、あまりお気になさらず……」

「お義母様かあさまと呼んでくださらないなんて……アメリアさん、わたくしのことが嫌いなのですか?」

「い、いえ、そのようなことは!」


 レベッ……お義母様は、ユリエル様によく似た儚げ顔を歪ませながら言った。全力で首を横に振ると、お義母様は微笑む。


「良かったわぁ。わたくしね、娘にドレスを見立ててあげるのが夢だったのよ。体が弱かったから、娘を産むことはできなかったけれど……可愛らしいお嫁さんができるなんて! とても嬉しいわ!」


 満面の笑みでそう言われちゃうと、ものすごく断りにくいよね。わたしは諦めて、お人形になることにした。


 でも正直、お義母様がこんな感じで結構安心している。


 いやだって日本にいた頃は、嫁姑問題で愚痴ってくる友人の話をもろに聞いてたからさ……。


 私が今暮らしている国、フローレシスは貴族社会だ。明確に貴族が上だと決まっているから、孤児のわたしを受け入れてくれるのかかなり不安だった。この通り、杞憂だったんだけど。


 この国は王政なのに、神殿という派閥が存在する。当初は地球で言うところのイギリスとかフランスみたいなところかなーと思っていた。だけど神殿で暮らしていくうちに、どちらの派閥にも神という存在が根付いていることに気づいた。いや、国自体に根付いているというか。


 この国はとにかく、ローラン神が人間を見守っていて、良いことをしたら恵みが、悪いことをしたら罰をもらうっていうことを全国民が知っている国なんだ。神様なんて、そんな馬鹿なーとか思っていたわたしですが、魔法を悪いことに使った神子が大聖堂の祈りの時間でのたうちまわり始めたのを見て悟った。この国には本当に、罰を与える神様がいるんだって。


 その子は死ななかったけど、それから数日寝込んでいた。罰怖い。

 それを踏まえた上でわたしは、この国の上下関係を軽く実感したのだ。


 神様が一番上、次に王族やら貴族、そして神殿の人間だ。最後に平民。


 そんな順位だから、神子のわたしが公爵家に嫁げるわけだ。


「よし、今日のパーティードレスは水色にしましょう」


 気づけば、今日着るドレスが決まっていた。わたしの瞳の色と同じ、水色のドレスだ。ネックレスも似た色の宝石を選んでくれた。可愛い。


『やだ、かわいい……アメリアちゃんすごくかわいい……お嫁さんできてよかったわぁ……』


 うぐ。


 そんな感じで気を抜いていたせいか。お義母様の心の声が耳に届き、わたしは若干呻いた。


 わたしの魔法は、触れた相手を対象とする範囲の小さい魔法だ。触れなければ声はほぼ聞こえてこない。だから神殿にいた頃は、手袋をしたり露出の少ない服を着たりして自分でなんとかしてきたのだけれど……貴族社会に飛び込んだ今、接触回数の多いエリーとかお義母様の声が結構聞こえてくるわけで。


 触れないように気をつけたり、意識を彼方に飛ばしていたら聞こえてこなくなるのだけれど、ドレスが決まったという喜びからかつい気を抜いてしまった。

 一瞬身構えたけど、お義母様がものすごく嬉しそうにしていたのでほっとする。


 お義母様、本当に娘さんが欲しかったんだなぁ……心の中でちゃん付けするくらいだし。


『小さい頃はユリエルにわたくしのお下がりを着せたりできたのだけれど、今は大きくなってしまって無理だから……』


 ……うっかり気を抜いたせいで、とんでもないものも聞いてしまったぞー?


 ユリエル様がちょっぴり不憫に思えてきた。


 ユリエル様の女装か……うん、わたしよりも美人さんになること間違いなしだね!


 想像して微妙な気持ちになったので、そっと顔を逸らすことにする。


 パーティーで着るドレスが決まったので、エリーが脱がしてくれる。やっと終わった、良かったー。


『レベッカ様のお下がりなので、夜までに少し丈を調節して……小物は分かりやすいところにちゃんとまとめておかなくては』


 エリーの心の声は基本こんな感じだ。黒髪もいつもおだんごにしてるし、真面目だなーと思う。

 わたしのお世話を任されても文句一つ言わないエリーを見ていると、なでなでしたくなる。やらないけど。


 すると、別のメイドさんが断りを入れつつ入ってきた。彼女は「仕立て屋の方が来ています」と言ってくる。……仕立て屋?


「アメリア様。仕立て屋の方が来ておりますので、このまま採寸させていただきますね」

「……へっ?」

「アメリアさん。ウェディングドレスもそうだけれど、お披露目パーティーのときに着るドレスもあつらえなくてはいけないんですよ? 採寸は必須です。公爵家に嫁いできたのですから、貧相な格好だけはさせません。素敵なドレスを、デザイナーの方と決めましょうね!」


 どうやら、今日仕立て屋さんがくることは決まっていたようです。つらい。


「……はい……」


 終わると思っていたことが続く瞬間って、どこの世界でも絶望感半端ないですね……。


 終わると思っていた仕事がパソコンの動作停止でおじゃんになったときのことを思い出しながら。わたしは心の中でひっそり涙を流した。

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