0.旦那様との共同生活、始まります
前世名、松村美加子。享年三十五歳。
今世名、アメリア・マクスウェル。現在十八歳。
――どうやら、結婚することになったようです。
「いやぁ……今世でも、死ぬまで独身だと思ってたのになぁ……」
そんなことを呟きながら、わたしは一人馬車に揺られていた。
そう。わたしにはなんと、前世の記憶がある。
わたしの記憶が戻ったのは、神殿から逃げ出すために塀に登っていたとき。登り切る前にうっかり足を滑らせて頭を打った翌日、医務室のベッドですべてを思い出した。
前世のわたしはものすごくお節介で、他人の世話ばかり焼いてた。周りが結婚して上手くいくのを見ているのが、心の底から好きだったんだ。
それと同じくらい仕事も好きで、バリバリ働いていた。
そして気がついたら、三十過ぎてたのよ。いやぁ、月日が流れるのって早いね。しかも死因が過労死とかアホすぎるわ。どんだけ働いてたの。
ベッドの上でそんな記憶を思い出したときは、ものすごく恥ずかしかった。だけど、前世の記憶を思い出したことにより、わたしは真面目に魔法の訓練に取り組むようになった。
この世界には、魔法と魔術二種類の力がある。
魔術は、魔力を使って起こす力だ。わたしのいた世界で言うところの、科学技術みたいなもの。湯を沸かすのも明かりをつけるのも全部魔術でできる。
だけど、魔法のほうはちょっと違う。この世界の魔法は神様から贈られたギフト。だから、力をもらえるのは全員じゃない。でも力があると分かると、わたしみたいな孤児でも神殿に連れて行かれて、魔法の使い方を学ぶのだ。
わたしの魔法は『心読み』の魔法と言って、その名の通り触れた相手の心の声が聞こえる力だ。
記憶を取り戻す前のわたしが「訓練なんかしたくない」とごねた理由もよく分かる。
だってこの力、めちゃくちゃメンタルダメージでかいんだもん。触れた相手の心の声が聞こえちゃうとかいじめか! 人間不信になるわ!
お節介を焼き続けたせいでメンタルが無駄に強くなっちゃったわたしでも、時折凹むのに……二桁もいかない女の子がこれ使いこなすって、無茶振りにもほどがある。
それを危惧した神様が、わたしの前世の記憶を蘇らせてくれたんじゃない? なんて楽観的なことを思いながら、わたしは魔法を学んだ。脱走常習犯だったわたしの心変わりを見て、神殿の人たちは喜んだものだ。
やがて魔法を使いこなせるようになり、わたしは神殿で神子として働けるようになった。
神子の仕事は、他人に施しを与えることだ。魔法は神様からもらった力だから、他人を幸せにするために使うものなんだってさ。
前世の性格とマッチしたらしく、わたしはここでもバリバリ働いた。心読みの魔法を大事な場面で使いつつ、いろんな人にお節介を焼いた。お陰様で、『救済の神子』なんていうこっぱずかしい名前がついてしまったのは誤算だ。でも、この仕事は好きなのでちょっとだけ嬉しかった。ちょっとだけね!
そして気がついたら十八歳。これからもこんな感じで、死ぬまでお節介焼き続けるんだろうなーとか思っていたら、貴族……しかも公爵令息と結婚することになるなんて。
予想つくわけないよね。今世もわたし、平凡顔だし。違いと言ったら茶髪青目っていうところだけど、この世界じゃ普通だしなー。
だけど結婚理由が貴族側と神殿側の仲を深めるため、という政略上の理由なので、これも仕事の一環だよなと思っている。
なんてつらつら考えていたら、その公爵令息が住んでいるお屋敷に着いていた。
馬車を降りた瞬間目に飛び込んできたのは、どんだけの大きさがあるんだとつっこみたくなるくらい大きなお屋敷だ。その大きさに、思わずゴクリと唾を飲み込む。
結婚前の準備期間ということで、わたしは今日からここに住むのだ。結婚式は三ヶ月後。それまでに旦那様と仲良くなるのが、わたしのここでのミッションだ。
「よし、頑張るぞ!」
「……何を頑張るの?」
「……へっ?」
拳を握り締めガッツポーズを取っていたら、誰かに声をかけられた。声からしてめちゃくちゃ美人だ。顔を上げると、そこには天使がいる。
「くすくす。ごきげんよう、アメリア。そんなに意気込まなくても大丈夫だよ」
そう微笑んでくれた天使様のことを、わたしはよく知っていた。
わたしの旦那様になる人――ユリエル・ルクス・シーク公爵令息。
プラチナブロンドのサラサラヘアに、アクアマリンみたいな瞳がキラキラしていて目の保養だ。何もかも綺麗過ぎて、見ているだけで心が洗われる。めちゃくちゃ完璧な儚げ美少年がそこにいた。
そんな儚げ美少年とのファーストコンタクトで……わたし何やらかしてんだ。
「……申し訳ありません、変なことを口走りました」
前世の上司が「第一印象ですべてが決まるんだから、気合入れろ!」といっている声が聞こえた。すみません課長、やらかしました。前世から成長が見られません。
心底反省してると、ユリエル様は笑って許してくれる。
「気にしないで。こんな僕みたいな男が夫なんて嫌かもしれないけど……これからよろしくね、アメリア」
「いやいや、そんな滅相もないです! ユリエル様はとても素敵なお方ですよ!」
『――お願い、助けて』
……え?
心の声が聞こえたのは、そんなときだった。
触れてもいないのに響いてくるのはとても珍しい。でもそれは、叫んでいる相手がそれだけ追い詰められているということだ。
そしてその声の持ち主は、ユリエル様。
ユリエル様が苦しんでいる。そんな彼を放っておけるわけがない。
その瞬間、このお屋敷で一番にやらなければいけないことが決まった。
ユリエル様とできる限り早く仲良くなって、ユリエル様の苦しみを取り除くこと!
「こちらこそ、こんな地味女で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします!」
勢いよく頭を下げたわたしが笑うと、ユリエル様も少しだけ笑ってくれる。
――わたしとユリエル様の共同生活は、そんな感じで始まった。