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少し運がよいはずの男9

 四月四日 エミ→タカハル



 タカハルの視点は次の日に続いていた。

 四月四日に強引な理由をつけて、街でセクシャルマイノリティの人を探すって……いったい何を考えているのかしら。けれど、この程度でも、以前の二週間よりは活動的というのが驚きね。

「いねぇかぁ……やっぱりねー……」

 ダラダラと歩くタカハルが呟いた。

 まだ一時間も経っていないのに帰る気なの? いくらなんでも飽きっぽすぎると思う。


 けれど、街にはおかしな出会いが転がっている。

 顔を白く塗って、チェック柄の上着を着て、先が少々とんがった靴を履いている。

 ピエロ。そう定義するにはお粗末な姿形をしている人が、彼の住む町にはいたのだ。

 もしこれが忘年会の緩すぎる出し物だとしても、時期が外れすぎている。

 ではなんだろうか、この人は。

 タカハルがピエロらしき人物に近づき、声をかけた。もしこの人に出くわしたのが私なら、すぐに来た道を引き返すだろう。見かけが怪しすぎる。まず関わろうとは思わない。

「ねえ、お兄さん? おどおどし過ぎじゃね?」

 タカハルが言うように、彼、もしくは彼女は、無言でうつむいたまま、正面を見据えるでもなく、下を見続けるのでもなく、挙動不審だった。たしかにそんな態度ではピエロなんて務まらないと、私も思う。

 タカハルといくつかの言葉を交わした後、ピエロは芸を始めた。

 外見のチープさからは想像できないレベルで、彼の芸は突出したものだった。

 曲刀が高く舞い、得物が次々と手に吸い込まれていく。淀みなく、流血の心配は微塵もない。絶対の自信を描く放物線。

 ――放物線。

 私にはそれが出来る人物に心当たりがあった。

 ステータスボードを喚び、ピエロのステータスを参照する。

『名前/リュウ 特徴/放物線イメージの実行能力が高い』

 間違いない。彼はこの才能を活用して、難なくジャグリングをしているんだ。

 ふふ、この時のタカハルは気づいていないようね。出し抜いた気分。これは反則ではない。私の力を必要に応じて使っただけだもの。この日のタカハルはただ感心するばかりで、ピエロがリュウ君と同一人物であることに気づいてはいない。

 このことをいつ明かすことにしようか。最大限の驚きにはタイミングが重要だ。


「なんつうか、面白かったです。機会があればまた見せてください」

 ジャグリングが終わり、ピエロが立ち去るようなので、タカハルは言葉をかけた。

 やはり、タカハルはリュウ君=ピエロに気づくことはなかった。やっと私が一本、取った。

 でも、このショーはタカハルにとって、とても楽しいものだったみたい。たしかに、私にも純粋に楽しめばよかったという後悔が伴う。そういえば、サーカスなんて連れていって貰える家庭環境ではなかったから、大道芸らしきものを見るのは初めてだった。



 ○月☓日 エミ



 そして、ショーの後、彼の意識はここに来ることになった。彼の体には続きの話がなかった。

「え、短くね? この子、ビックリするくらい早く死んじまいましたよ? 意味がありそうな日が三日分しかないぜ」

 タカハルは他人ごとのように言った。けど、そんなことを言われても……私だって、いきなりこちらに戻されてびっくりしているんだから……。これだけの情報量じゃ解決も何もない。確実にタカハルの視点だけでは死因の解決にはいたらないだろう。

 第一、まだ、タカハルの父親の顔も見ていない。

 でも、とりあえず、事実の確認から始めましょう。勝手ながら、私はタカハルを真相へと導く役目を請け負っているのだから。

「でも、次の日を見ることが出来ないわけでしょう? なら、そこで終わったと考えるのが自然じゃないかしら」

「エミが何らかの細工をして偽装を……」

 この期に及んで空口を叩くなんて。

 ――そんなことは、「必要がないでしょう?」

 私の言葉にタカハルは軽く笑った。やっぱり、私がそんなことをする意味なんてないと分かっていて、やれ細工とか、偽装とか、言ってみたんだ。タカハルはそういうことを言ってみたいだけなんだ。

 タカハルは笑みを浮かべ、続ける。

「話がちょっと戻るけれど、俺は殺された? という問いに、なんでエミは、・はい。と答えることが出来たんだ?」

 ふざけたことを言ったかと思うと、突かれると返答に困る質問をしてくるのは、もしかしてわざとやっているのかしら? この時点の彼の主観を視ることは出来ないから、その真意については分からない。なので、彼の質問意図を探る実験を一つすることにする。

「……私が下と、ここの関係性を観測していた限りで、自殺者がここに来たことはないからよ」

 これは嘘ではない。だが、本質からは程遠い。条件を否定する事柄を一つ提示しただけでは、あまり意味がない。

 この私の応えかたに対して、タカハルはどういう反応をするのか。私なりに彼を試してみたつもりの返答だった。

「確認するけど、ここに来るのは死んだ人間だけなのか?」

「ええ、おそらくね」

「おそらく、か」

 タカハルは少し私から視線を外し、ポツリと言った。そして、こちらに向き直り、聞いてきた。

「エミは何故、観測が正しいといえるんだ? 実は大正生ま……」

 確かに年上だけど! 年上だけど……そんなに……それじゃあ、おばあちゃんじゃないの……。

 彼は、たまたま、確信を突く。特に考えているわけではなく、たまたま、偶然に。もう、そう考えてしまってもいいのかな……。

 これだけふざけられたなら、タカハルのこと、そろそろ一発くらい叩いてもいいわよね。

 軽く手を握り、彼の腕に当てた。

 そういえば、他人の存在を久しぶりに感じた。

 タカハルは、痛ってぇ……みたいなことを言いたそうな顔をしていたが無視をする。たぶんそんなに痛いわけがない。

「はあ……ペースが乱される……ここに来るには資質が必要なの。その項目はステータスボードで参照が可能なの。そして、私が体験した全例がそのパターンに合致する。これが貴方は殺されたと判断した理由。この説明で十分かしら? 私が視てきた死の体験について一つ一つ語ってあげましょうか?」

 度重なるテキトー発言に、いらっときていたようで、うかつに少し多くヒントを出したかもしれない。けれど、もう言ってしまったのだから仕方がない。さあ、ここまで言ったのだから真相に近づくように考えて……お願いだから……。

「いいえ、結構です。それにしても、みんな苦労して死んでいるんだな、泣けるぜ」

「あなたは安定してめんどくさい人のようね……」

 私は、『資質』という言葉に食いついて欲しかったのに……。だいたい、死の体験なんて簡単に視せるわけないじゃない……。視るたびに死ぬ思いをするのよ? 刺されたり、絞められたり。そんなことを、おいそれと体感させられるわけがない。

 私の願望に気がつく様子もなく、タカハルは私の言葉に言い返してくる。

「さっきから、貴方、貴方って、人の名前を呼べないようなお子様に、バカとか言われても痛くも痒くもないね。俺はエミの夫じゃねーっての……いや、そうやって脳内変換すれば逆に……」

「貴方……みたいな変な人間と話すのは苦手なの。真面目な人にはそれなりの態度で応じるわ」

 売り言葉に買い言葉。そんなことを言ってしまって、よかったのだろうか?

「なーんだ、コミュニケーション障害ちゃんかと思ったぜ」

 そんなことを言ってしまってよかったらしい。

 ひどく心外なことを言われた。心中でタカハルの名前は何度も登場している。ああ、もう! 心外に心中だって! 別にふざけているわけじゃないのに……。

 それもこれも全部タカハルのせいだ。全部!

 もう一度、叩いておこう。さっきよりも強めに拳をぶつけておく。

「もうダメージを受けたくないので、話を変えまーす」

 私はコミュニケーション障害じゃない。

「どうぞ、タカハル君」

 今までとは口調を変え、少し芝居がかった感じで彼の名前を呼ぶ。このような軽いノリにだって理解はあることを見せられたと思う。

 しかしタカハルは……。

「このノリ、メンドクサクナッタ」

「ふざけてばかりだから、私が折れて、乗ってあげたのに……」

 なんなの、なんなの。なんなのよ!

 ええ、私は少し変かもしれないわ。それは認めてもいい。

 けれど、タカハルほどじゃないけれどね!

 悔しくなってタカハルを睨むと、彼はため息をついてから、言葉を発し始めた。

「本題に戻すとだな、さっぱり死因に検討がつかないので、他の人を視せてください。ってのはいかが?」

 どうやら私が睨んだのが効いたようで、タカハルも少しは真面目にやる気になってくれたらしい。その態度の変化にはまったく脈略が感じられないが、それ自体は悪くない傾向だ。けれど、そのやる気が見せかけではなく、本当のものであるかが分からない。だけど、本当にやる気になったのなら、彼には最大限、手を貸すつもりだ。

「今までの記録で見当がつかないなら、そうするのがベターだと思う」

「候補なんだけど、まず、家族。あっ、俺、言ってなかったけど四人家族だから」

「あ、そう」

 ステータスボードにだって表示できないことはある。

 誰と誰が友人関係とか、そういうつながりを相関図のように描き出すことは出来ない。これはたぶん私に問題がある。もし、家庭になんの問題も抱えていないステータスを覗こうものなら、やりきれない気持ちになる。だから、自己防衛の為に視ることができなくなっているのだろう。

 何故かタカハルはクスクスと笑っている。あれ? 私、なにか変なことを言ったのだろうか?

「構成はですね。父、母、俺、弟でして、この弟が賢いわけさ。だから、俺のことも巧く殺っちまえるのではないかと思うわけです。そのあとで、他の二人の様子も見たい。こんな考え、エミはどう思う?」

 貴方を殺したのは貴方の父。それは、まず、間違いことだ。

 でも、まあ、好きにやってもらいましょう。

 タカハルが自力で真相にたどり着き、満足することが、なにより重要なのだから。

「貴方と接触の機会は他の人よりも多いでしょうしね。いいと思う」

「では、ご一緒にいかがですか、お嬢様?」

 タカハルはやけに丁寧に頭を下げた。

 多分ふざけているのだろう。けど、その様子はなんだか馬鹿らしくて、少し笑ってしまった。少しだけ叩いてみようか、とも思い、タカハルを睨んだら、すぐに「ごめんなさい」と言ったので、今回はやめておいた。

 本当に困った人だ。



 三月二十日 エミ→マサト



 タカハルの弟さんの記憶へと飛んだ。私はすぐに彼の頭から抜け出し、正面に回りこみ、その顔を見てみる。

 そして、目の当たりにすると、分かった。うん、タカハルが彼を疑いたくなるのも理解できる気がする。なぜなら、タカハルの顔を男性アイドル寄りにチューンナップしていったら、こんな感じの顔になりそうだからだ。つまりはタカハルの疑いは嫉妬とリンクしたものであるというのが私の推測なのである。嫉妬と疑いは明確に区別される必要がある。けれど、やはりその感情は転換が容易に起こってしまうものだろう。……タカハルの発言が真実であるのなら。

 では早速、視せてもらうことにしましょうか。ステータスボードを使う。

『名前/マサト 年齢/十六歳 特徴/精神力が二以下の相手を魅了する』

 能力値は……どれも平均的な値より高い。そしてマサト君と比較した場合にタカハルが数値で優っているのは、運の良さと精神力だけみたいだ。

 才能は魅了……。うん、これは恐ろしいようでいて、実際は、ほぼ役に立たないものだろう。精神力が二以下なんて低い数値の人間を、私はほとんど視たことがなかった。

 一通り、マサト君の能力を測ると、彼の中に戻り、その感情について観察を始める。

 思考は勉強についてだった。計画的に自主学習を進めていくなんて、マサト君は真面目な人なのだろう。上等な基礎能力を持ちながらにして、日々の努力を怠らないなんて、現代社会を生きる人間としては完璧に近いんじゃないかしら。

 そして、ふと考える。タカハルとマサト君、二人の特徴を客観的に記して第三者に読ませたら、マサト君の方を兄だと答える人が多い気がする。きっとタカハルは宿題を締め切り直前まで気にもしないタイプだと思うから。

 もう一度、マサト君の外側から部屋を眺めてみる。天井の高い、六畳くらいの部屋ということが分かった。私の感覚からすればなかなか広い

 しばらくすると、部屋の外側から、キュルキュルと音がした。スライディングドアが開いた音のように思えた。たしかこの音はタカハルが家から出ていく時に聞いたものと同じだ。

「ただいまー。帰りましたぁ」

 妙に間延びはしている。やはり、この声はタカハルのものだった。ドアを閉じるための音がもう一度して、バタバタと足音を起てる。

 私はマサト君の感情に潜る。

 マサト君はタカハルの意味のないキャラ付けに違和感をおぼえていたようだ。それは彼と同じく、私も呆れるしかなかった特徴の一つだった。タカハルのキャラは長時間かけて造りあげたものではなく、その場の思いつきでしかないことは分かってきた。タカハルは気分で生きている。

「どなたかいらっしゃいますか?」

 部屋の外から声が聞こえる。間違いない。タカハルは適当に言葉を選んでいる。これからは一層、タカハルの言葉を真に受けないように気をつけなければ。チャンスを見て、タカハルの本心を見つけてやる。このまま一方的に翻弄されっぱなしなんて嫌だった。

「部屋にいるよ」

 マサト君はそっけなく応える。このタカハルへの対応の仕方も、一つのポイントとして覚えておけば活用できるかもしれない。しかし、これが兄弟という特殊な関係の上に成立しているそっけなさであった場合に、もし私がマサト君と同じような態度をとって、タカハルを傷つけてしまったら可哀想だとも思う。

 ああ、どうしよう……思考がまとまらない。

「ああ、さっきの声はマサトちゃんか。今日もいいことあったか?」

 タカハルがマサト君の部屋に入ってきた。私が思い悩んでいても、兄と弟の会話は流れていく。

「普通だったよ。――兄貴さ、昼間に玄関の鍵が空いている。家にいると考えられるのは僕だけというのが想像出来ているんだろう?」

 多分、タカハルはマサト君が家に居ることは分かっていて、意味のない言葉を発しているはずだ。基本的にはちゃんとした思考能力のある人であることは、彼の主観を視たことで分かっている。ただ、少しかまって欲しがりな傾向があるように思う。

 タカハルの少し高めの声も慣れてきて、彼にもかわいらしいところがあると思えるようになってきた。ただ、マサト君の方が低音の声だから、客観的特徴だけでなく、兄弟二人で会話している時にもタカハルが兄には見えない。

 その後、彼らは何気ない調子で宝くじが当選したことを語る。

「兄貴、また当たったの?」

 マサトくんが、さして驚いた調子ではないことに違和感を覚える。加えて、マサトくんの主観から彼らの父親がタカハルに近い運の良さを持っている可能性が示唆される。

 タカハルの父親は運がいい、本当にそれだけ?

 彼らはこのような事態に慣れすぎている。父親の能力がどれほどのものなのか、心配になってくる。



 三月二十二日 エミ→マサト



 マサト君の存在する空間に音が響いた。その発信源は携帯電話みたいだ。

 この歳で携帯電話を持たせているというのは、わりと一般的なのかしら……。少なくとも私の家とは方針が違った。

 彼は携帯電話の方を一瞥し、少し表情を歪めた。その様子から想像すると、何かワケありのようだけど。それは何だろう? 間違いなく、彼はモテるでしょうからその関係かな? タカハルの死因に関係があるのなら、それはのちに明らかになるだろうと思う。


 タカハルは母親から、ター君って呼ばれ方をしているんだ……。

 絶対にあとでからかってやろうっと。



 ○月☓日 エミ



 今度は主導権を握らせない。

「よくできた弟さんよね」

「あぁ」

「マサト君とタカハル君は、生まれてくる順番を間違えたのかしら?」

 もう一発。

「穿った考え方をすることしか出来ない誰かさんには、あの少年が狡猾な男に見えていたと、そういうことかしら?」

 今までのお返しよ。

「そうかもしんないッスねー」

 あら、意外とダメージを与えられたようね。遠い目をしだしたわ。これ以上はちょっとかわいそうだし、話を本筋に戻しましょう。

「そういえば、マサト君はマサト君で問題を抱えているようだけれど?」

 母親からの呼び名がター君であることに気を取られて、重要かもしれないポイントをスルーしかけていた。

「メール魔のような存在がいるようだったな。ヤツは賢くて、顔もいい。つきまとうような存在だって、いるかもしれないな」

 タカハルはつまらなそうな顔をして、そんなことくらいマサトには当然だというような調子で言った。本当にそういうことは前から度々はあったことなのかもしれない。

「確かに、貴方とは、違って、人気がありそうな子よね」

 違って、を強調して言った。

「ケッ、よく母が、マー君、も、カッコイイって言っていたよ。と、いうことで次は母にインタビューいってみようか」

 逃げたわ。今のは絶対に逃げた。


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