少し運がよいはずの男8
三月二十日 エミ→タカハル
タカハル君の周りを見るために、意識を彼の中から外して、再生中の世界に忍び込む。
思念体のような存在として私が独立し、アスファルトに降り立つ。
二度、三度と視線を巡らせ、彼の周りを中心に状況を確認していく。
胸ポケットに造花をつけている人が相当数いた。
色紙で作られた花などで飾り付けられた体育館も見える。タカハル君の年齢、そして、三月の中旬を過ぎた辺りという日付から考えると、今日はここで卒業式が執り行われるようだということが分かる。
卒業式か……。私は彼よりも長くは生きていられなかったから、スーツを着た生徒の集まる卒業式には縁がなかった。
事態の進行を確認しようと思い、タカハル君に視線を戻すと、彼の方に男性が近づいてくるところだった。まずはステータスを参照させてもらいましょうか。
『名前/リュウ 年齢/十八歳 特徴/放物線イメージの実行能力が高い』
三月に十八歳ということは、なんらかの特別な事情がない限り、このリュウ君はタカハル君とは同学年ということ。
続いて、基礎能力値をざっと視ていく。始めに、この人は身体能力が高い傾向にあることが分かる。けれど、精神力は平均以下。外見値はタカハル君より高いのね。
特徴。個人の才能と言い換えることが出来る項目には、『放物線イメージの実行能力が高い』と示されていた。名称から想像すると、サッカーでパスを出すときやバスケットボールのシュートなどでは役に立ちそう。。汎用性はまぁまぁ、というところかしら、使っているのを見ていないからあくまで想像だけれど。
それにしても、この外見値という数値なのだが、基準が未だに分からなかった。さっき視たタカハル君よりリュウ君の方が数値にすると少し高い評価がされているのだけれど……。その値が私の主観によって数値化されているなら、タカハル君の方が少し上になるように思えるのだ。だから、ステータスボードは私の主観的な情報を数値化しているわけではない。私はこれを神の見えざる手、ということにしている。
「ここに居たんだ。今日でここともお別れだな。柄にもなく、泣いてみたり?」
そんなふうにリュウ君が話しかけた。会話が続きそうな感じがしたので、タカハル君の主観に私を潜らせることにする。
その後、彼の思考から、リュウ君がバスケットボールをしていたこと、そこで彼固有の才能を活用していたらしいことが把握できた。
こんなふうに他人から認識されることなく、その人の記憶を覗いていると、自分がまるで幽霊にでもなったような気がする。実際、今の私の存在は、それに似たようなものなのかもしれないのだけれど。
「お前には天罰が下るよ」
会話の中でリュウ君が言った。
そしてタカハル君は数日後に死ぬのだ。
特殊な力などなくとも、人は予言めいたことをしてしまうことがある。
そして、リュウ君がもし、この発言を覚えていたら、後悔するだろうな。
天罰を下せるとして、具体的に、どれほど強大な才能を持っていたら可能かを考えてみる。
例えば、狙って雷を人に落とせたら、それっぽく見えるのではないかと想像をしてみる。――いえ、それじゃあただの不幸な人どまり。天罰なんていうふうにはとてもじゃないが、思えない。でも、どうしてそのように思えないのだろうか?
……ああ、分かった。天罰には前提条件がある。それは、多くの人に対して不利益になることを引き起こしていることだ。つまり、心筋梗塞を引き起こそうが、落雷が直撃しようが、死んだのが極悪非道の限りを尽くした人間だったのなら、人々はそれを天罰にしてしまう。
「金もできたし、ちょっとの間、家に籠るわ。じゃあ、またな」とタカハル君が言った。
彼はある程度、自身の特殊なレベルにある運の良さを自覚している。上等な基礎能力を持ちながら、この体たらく。なかなかできたことじゃない。
タカハル君の精神力の高さは本当のようね。割と不幸な意味で。
四月三日 エミ→タカハル
――え、いきなり二週間後?
ステータスボードの真相への導きは、毎回適切だった。つまり、タカハル君自身の行動、あいだ二週間については特に意味はないのだろう。
彼の主観では、この二週間は本を読んだりしていたということになっている。それにしたってタカハル君の日常の扱い、軽すぎない?
そして何故か、バイクを衝動買いしたらしい。
そのくせ、コンビニに行く程度で、やれ、昔働いていたから、他の従業員さんに会いたくないとか、いろいろと考える。
変なの……私にはあまり理解が出来ない感情だ。少しだけ、彼の記憶を視ることを投げ出したくなってくる。
音楽をBGMにして街を歩く彼と、彼の住む街並みを、彼から離れて、眺める。
センターラインの引かれていない車道は、歩道を造る余裕がないくらいに狭い。所々に大きなヒビが入ったアスファルトは自転車のハンドル操作を誤らせる原因になりそうだ。
車道から少し沈んだ果樹園には、既に枯れたような色をし、水分が抜けスカスカになった林檎の木が何本も生えている。こんな干からびたような木でも秋になれば蘇り、みずみずしい果実をつけるのだろうか。私が生まれ、死ぬまで住んでいた土地では見ることのなかった風景なので、少し気になった。もし機会があればタカハル君に訊いてみようと思う。
目的地のコンビニに着くと、彼はそこで働く女性店員に心を惹かれたようだった。
あら、タカハル君の好みってこんな感じの、地味目で化粧が薄い人なの? それとも節操がないだけ? ――彼は後者の予感がするわね。
とりあえず、ステータス、視させていただきましょうか?
『名前/サクラ 年齢/二十歳……』
タカハル君は年上好きなの?
能力値……運の数値が低いわね。あ、外見値はなかなか高いわ。その情報を元に、サクラの顔を改めて見てみる。薄白い肌、見方によっては霊のようだけど、それは悪意のある感想かもね。幸の薄い美女。客観的にいうならこれが当てはま―― ――あ、タカハル君ってば、サクラとペラペラしゃべり始めた……。すぐに女性に狙いをつけるなんて……ああ、もう、途中だけど、サクラの情報を視るのは休憩よ。
まったく、お子様はこれだから……。
しかし、せっかく久しぶりに話し相手ができたというのに、こんなことで年下にイライラしても仕方ない。気を取りなおしてタカハル君たちの様子を窺うと、サクラが彼につり銭を渡すところだった。
あのサクラっていう女、今、わざとタカハル君に触れた。勘だけど、おそらく間違いない。
なんだか気に入らない女だ。
幸薄女の癖に男の子をひっかけるのは上手なことは分かった。
当然、彼はそんなサクラの意図には気がついていないみたいだったので、なぜだか少し腹が立った。
○月☓日 エミ
「一旦、休憩、休憩でーす。コイツさ、誰か知らないけど、マジでつまらねぇ。卒業式から家に籠っていた期間なんて、チャプターがついていたら早送り確定だったぜ」
呆れた。
「…………」
返す言葉が見当たらないとはこのことを言うのだろう。久しぶりの話し相手は、この期に及んでも、ふざけているような、とんだ痴れ者だった。
タカハル君なんてもう言ってやるもんか。彼の呼称はタカハル。呼び付けで十分だ。
「なにかいえよー」
・はい/いいえ○。
いらいらして私はステータスボードを使って返答をした。どうやら、タカハルには少し真面目になってもらう必要があるようだ。彼にとって、真相を解明することは、きっと、いいことなんだから。
「それ、・いいえ○。も使えたんだな。驚きだよ、本当にな」
私の抵抗にも、タカハルは全然ダメージを受けている様子がないのだけど……。
……そうだった、この人はかなり早い段階でこの仕掛は見破り、その上、精神力が高い。そんな肝のすわった人には直球の言葉でいくことにした。
「もちろん使えるわよ。言葉づかいだけじゃなくて、頭も残念な人のようね」
「うるさいよ……殺されたのに明るく、元気に頑張っているタカハル君をいたわってくれよ」
私の言葉にタカハルは表情を変え、沈んだ声で応えた。――あれ、今のは本心? 明るく振舞っていた、ですって? まったく、そうならそうとはっきり示してもらわないと分からないじゃないの。そうか、無理をしていたのか。
「ちゃらけているから、てっきり気にしていないものだと思ってしまったわ。ごめんなさい」
彼は死んでしまったばかりよね。こんな状況に混乱してしまうのも仕方ないことかもしれない。同時に頭を下げて謝罪の意を表す。私に対して、怒りが収まらず罵声が返ってくる可能性もあるな、なんてことも考えていた。
しかし、彼は少し恥ずかしそうな顔になり、何かを考えたような顔をしながら、言葉を発し始めた。
「えーっと、エミさん。英才の貴女様と違い、エフォートが足りないので……」
文節、選択する言葉がなんだか変だ。
――あ! 分かった……。まったく、この男は……。
「いちいち区切った後、エ、で始めなくていいから」
何かを考えていると思ったら、なんの意味のない、エ、で始まる単語を使った言葉をなんとかして紡いでいただけだった。
前言撤回。この期に及んでこんなしょうもない言葉遊びをするなんて。タカハルは少しばかり今までここに来た人間からは逸していると考えるべきだろう。
でも、実際はどうなのだろう。今、この場所ではタカハルの気持ちを、視て、知ることは出来ない。これが私の過去となれば、彼の視点も視ることは出来る。しかし結局、現在のやり直しなんてできないのだから、そんなことに大した意味は生まれない。だから私はこの場では精一杯の誠意を見せようと心がけている。……つもり。
「とにかく、ごめん。美人の険しい顔は好きじゃない。しかも、気にしていないことは大正解だ。なんの問題もない。ただそのクールビューティーフェイスをだな……」
またもこんなふうにふざけたことをタカハルは言っていた。
きっと、タカハルは私が想像も及ばないくらいに適当なだけだ。なんとなく、ちょっとだけ彼のことが分かってきた気がする。でもなんでだろう、体温が上がった気がする。
「いい加減にしなさいよ」
何故かタカハルの顔が見られなくなった。
「私に嘘はつけない、と考えておいたほうがいい。変なことをするのは止めなさい」
更にもう一言クギを刺した。嘘は後になれば、ステータスボードを使うことで嘘はすべて分かってしまうのだから、だから、私に嘘は通じない。最終的には。そして意味のない後悔をするのだろう。
これでやめてくれればいいのだけれど……。
「話は変わるが、聞きたいことが出来た」
タカハルにはなにか思うところがあるのか、話を変えるようだ。きっかけは分からないけど、別の話題になるようで助かった。
「何?」
「ステータスボードで視ることの出来る視点は、俺の視点だけなのか?」
まだ、そのことに関してはヒントを出していないと思うのだけど、そこにたどり着くのも早かった。
「あなたの、と言ったのが間違いだったわね。覗く人の指定は可能よ」
「つまり、幸薄女の視点も――」
もしかして、エッチな考えから派生して思いついたの? やっぱり、貴方、ただの馬鹿なの?
「……出来るわよ。ただし……十八禁的な要素は自動的にカットされるわ」
ステータスボードは、本当に最低限のプライバシーは勝手に厳守される。理由はわからないけど、そうなっていて本当によかったと思う。
「いやいや、そんな使い方しようと思っていたわけないだろ……」
タカハルが肩を落とす。なんか、もう、わかりやすいくらい明らかにガッカリしたわね。私も女の子なんですけど……。ひどくデリカシーに欠ける。場所が場所なら裁判所に訴えているところだった。
「行き詰まったり、実行者の目星がついたりしたら試させてもらいたいが、いいか?」
「エッチな目的でなければ、協力してあげる」
彼には何度釘をさしても足りない気がする。この言動が彼らしさといってしまえば、それまでだけど、簡単には許しはしない。
「エミ先生は、冗談に厳しすぎると思います」
タカハルは生真面目な生徒のように言った。しかし、この発言に彼の真意がないのは分かってきた。
「隣で貴方がニヤニヤとしている状況を考えるだけで吐き気がするだけよ。それより、続き、視ないのかしら?」
お願いだからそろそろ真面目に視て。すべて、貴方のためなの。




