少し運がよいはずの男7
○月☓日 エミ
また、誰かがこの場所に迷いこんできた。
動きを悟られないようにしながら、来訪者の姿を盗み見る。
それは男の子だった。私が動いていることに気がつかれないよう、すぐに視線を戻す。
でもやっぱり気になって、もう一度男の子の方を見てみる。
髪は黒。キョロキョロとよく目を動かしていたので、ゆっくりと慎重に目を伏せる。
体格から受ける印象の限りでは、男の子は私が殺された時よりも年齢は上のように思えた。あくまで殺された時を基準にした場合だ。この場所で過ごした時間も加算したなら、恐らくは私の方が年上だろう。外見で判断されて年上ヅラをされたら、たまったもんじゃない。
外見上、割と幼く見られがちな容姿をしているため、年齢を低く判断されることは理解していた。
男の子のつま先が私の方を向いていなかったので、最期にもう一度確認。――僅かに見えた口元がなんだか生意気そうだから気をつけなくっちゃならないと感じた。
まず、先手を取ろうと思う。ボードでメッセージ表示作戦だ。
死ぬ前の世界では見たこともないような、宙に浮かぶ何かに、いきなり文字が表示されていたら驚かないはずがない。この手法で毎回、来訪者に対して主導権を握れていたのだ。
・ようこそ、ハーフウェイ・ポイントへ。
驚くがいい。
だが、私の予想に反して、男の子は特に表情を変えることなく、落ち着いたトーンで言った。
「なぁ、アンタ、ここはドコだ?」
その予想外の反応に驚くとともに、アンタという言い方に少しムッとしてしまう。彼は猫が温いものの上に乗っている時のように、緩やかで落ち着いた目をして言ったのだ。ボードが空中にあること。加えてそれは誰も操作していないようにしか見えない。なのに、彼はステータスボードが動作していることに対して、微塵も驚きを感じていないらしい。
え? なんなのよ、この人は。
落ち着きすぎ。
だいたい、ここ、雲のような物に囲まれているのよ。まずは理解の外の場所にいることに驚いたっていいじゃない。
――ああ、予想外の反応に、彼の気を乱すどころか、私のほうが取り乱してしまっている。
一旦落ち着いて、応対方法を考えよう。
そう、この男の子は今までに来ることがなかったキャラクターね。まずはそれを認めましょう。そう、彼のステータスをステータスボードの能力を使って、参照しましょう。
『名前/タカハル。年齢/十八歳』
名前はタカハルで年齢は十八歳。外見から推測したとおり、やはり肉体的には少し年上のようだ。
次に各種パラメータの項目を視てみる。
基礎能力値は……運が相当に高い。そして、知力が平均以上で……あとは……能力値に平均以下が一つもないのね。それは簡潔にいえば、普通。けれど、中庸は安定していて、悪いことではない。
タカハル君の基本的なステータスは把握できたので、次の項目を視る。
『状態/死亡(他殺・父)』
親による子殺し。やはり、今回もそうだった。もっとも、これ以外の例外が紛れ込むと、ここに来る人が更に増えそうだ。だから、本当に最低限のレベルでは、よかったと言えるのかもしれない。そんなことを考えていいのかすら、もはや分からないけれど。
タカハル君のパーソナルデータは分かった。私も割と落ち着きを取り戻すことが出来た気がする。そして次は……。
――そうだ。そろそろ、・はい/いいえ。作戦を始めなければね。このハーフウェイ・ポイント独特の世界観が重要よ。その不可思議な状態を元にして、私のペースに引きずり込んでいく。
次の質問から、彼にはステータスボードを使って反応をしてみよう。
「もしかして、俺は死んでいますか?」
ステータスボードを操作する。
・はい○/いいえ。
ふふっ、これで少しは混乱するといいわ。
「そんな感じでは答えてくれるわけね?」
私の予想に反して、タカハル君は何事もなかったかのように返事を返した。
あれ? この人、特に疑問もなく、この環境を受け入れたわよ。彼は腕を組み、何度か頷いて、うんうんと言っていた。そのあまりの落ち着きように驚いてしまい、思わず私は声を出して反応しそうになった。
タカハル君の質問に応えるのを忘れていた。私はワンテンポ遅れて、ステータスボードを操作する。
・はい○/いいえ。
もう一度、彼のステータスを参照すると、基礎能力値に関して見落としがあったことに気がついた。彼の能力値、精神力が高かったのだ。精神力の評価は十段階で評価される。大体、人の精神力の平均値が四くらいだったはずだ。なのにタカハル君の数値は、八だった。
「俺は何故……。おっと……」
彼は言葉に詰まり、言い直す。
「俺は殺された?」
・はい○/いいえ。
仕方ないので正確に応えた。ちょっと……・はい/いいえ。に適応しないでよ。
私、このままだと、ずっとステータスボードを使って会話をしなければいけなくなるのかな……なんか、それはいやだ。
「でもまあ、時間はあるみたいだし、思い出してみるよ。何か飲み物とかない? コーラがいいな。缶が青いヤツね」
飲み物って、ここは喫茶店じゃないんだから……。
でも、彼がした『飲み物はないのか』という質問は、最終的に『コーラをよこせ』という命令になってしまったので、・はい/いいえ。で答えることが出来ない話題になった。だから、今までの流れ上、沈黙で問題ない。――ザマアミロよ。
小気味良く思っていると、
「一つ尋ねたい。アンタ喋れるんじゃないか? アンタっていうのは、当然だけど、そちらのお嬢様のことですよ。俺が最初にアンタって言ったとき、不快感が表情に出ていたぜ。もし、アンタがノンプレイヤーキャラクター様なのだとしたら、そんな反応を見せるのはオカシイって。うん、悪かったよ、出来るだけ言葉遣いは直すから、アン……じゃなかった。お嬢さんも機嫌を直しておくれやす」
タカハル君はしまいにはこんなことを言ってきた。
あれ……? なんか、もうバレてるの? はぁ……少し安心したけど、なんだか、この人、とてもやり辛い。
私は気分を落ち着かせるために、ため息をひとつついてから、返答をすることにした。
「つまらない人ね。いえ、これから楽しませてくれるのかしら」
けれど、助かったという気持ちが大きかった。この場所に来てしまった人に対して、こちらから初めてかける言葉をどういうものにするのか、いつも迷ってしまうのだ。今回は向こうから話すキッカケをくれたので、私はそれに対応するだけでよかった。それでも、やっぱり、彼の口調は気に入らない。だって私の方が年上なのに。
「楽しませるとか、そんなことは俺にはわからないよ。でも、殺される理由がすぐに思いつかない男の殺された理由探しってのは、なかなかに面白そうだと思わないか?」
大まかに言ってしまうなら、ここではそれしか出来ないのだけれど。
「まぁまぁだとは思う」
むしろそれしかすることがないの。それが解決して、初めて、その先の道が見つけられる。
「さいですか。とりあえず、記憶が曖昧なんだが、何か方法とかあったりしないか?」
「私の、このステータスボードには日にちを指定すれば、貴方の視点を視る――言うなれば、脳に対象とした人間の主観をインストールするようなものかしらね。それが出来る能力も備わっているのだけど、どう? やってみる?」
ステータスボードの説明に嘘はない。だけど、それが全てではない。私だけは、記憶を視ながらにして、自分の意識を動かすことが出来る。
私がそういう力を使っていることに、彼なら気づいてしまうかもしれない。
けれど、それがいつになるか。その時のことを考えると少し楽しみになる。冷静そうなタカハル君がとても驚くのを見られるだろう。ここで楽しみを見出すなんて久しぶりかもしれない。大体の人は私がもっと導かないと、何も始まらない。
「その力とやら、脳に影響は? あと、俺の名前はタカハルです。以後、お見知りおきを」
脳に影響……どうなんだろう? 多分、大丈夫かな? そんなふうな影響については考えたこともなかったから……。
ちなみに、貴方が自分で名乗る前から、私は貴方の名前を知っていた。貴方はそのことを知らなかったでしょう? そんなことを考えることで、一つ上回ったという気分を得る。
「私はエミ。長い間は覚えてもらわなくて結構よ」
タカハル君はそのうち、この場所から去ってしまうのだろう。なら、自己紹介はこのくらいで丁度いいと思う。
「んじゃ、宜しくお願い致します。んで、エミは映写に付き合ってくれます?」
・はい○/いいえ。
ひょうひょうとした態度をとる彼に、言葉を返さないという、とりあえずの抵抗。
私の方がお姉さんなのよ? 大人の余裕ってわけ。
本当の大人はこんなイジワルをしないのかもしれないけれど。




