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少し運がよいはずの男5

 四月四日 ピエロ



「はぁ……」

 誰にアピールするわけでもないが、俺は溜息をついてしまった。この場に親しい友人でもいれば、「どうした?」という言葉を期待通りに貰えそうだった。

 何の因果かピエロなんてことを始めて二日目だった。そもそもこんな田舎町でピエロをしていても仕方がない。俺もそれくらいはしっかりと分かっていた。しかし、この肩の自由が利かない体と怠けきった頭で、この時期から何を始められようか。就職求人の募集は終わり、進学しようにも、すでに手遅れで、来年度の入試にしか希望はない。既に多くの同年代が進む道が閉ざされていた。

 だが、それにしたって、一週間くらい前のテレビ番組に影響なんてされるんじゃなかった。テレビに映っていた男とは、意気込みも年季も時代も場所も違うのだ。路上から、芸一本での成り上がりなんて、現代の価値観ではひどく流行遅れだ。しかし、進むべき道を失ってしまったという現状。そして、それを変えなければと思い込んだ勢いで、大道芸のセットは一式揃えてしまったのだ。こうなってしまったからにはテレビで見た彼の潔さにわずかでも近づけるように頑張るしかない。

 昨日もこの場所で道化を演じていたから、今日はクチコミで誰かが来てくれるかもしれない。相当な希望的観測を含む期待をしたところで、誰かが近づいてくることに気がついた。

 うわ、ヤバイ、緊張してきた……。思わずうつむく。

「お兄さん? おどおどし過ぎじゃね?」

 この少し高めな声は……。少し視線を上げて姿を確認する。

 見覚えのあるテニスシューズタイプのスニーカー、細身のジーンズ、ボタンシャツの中にロックバンドのロゴ入りティーシャツが見えた。こんな感じの組み合わせをする人物を一人、俺は知っていた。その人物の名前はスドウタカハルだ。マズい。目の前にいる人は、もしかするとタカハルじゃないか……?

 そのタカハル(?)が言葉を続けているけれど、焦り、緊張、その他で、言葉が耳に、頭に入ってこない。

 なんだ? 駅前に変なヤツがいると聞きつけて、早速様子を見に来たのか?

 それはタカハルならば十分にあり得ることだった。一見、無気力の塊のような人間だが、その実、気になることには労を惜しまないヤツだということをよく知っていた。

 一度、顔を確認しようと顔を上げる。

 チラリと見えたその顔は、間違いなく、タカハルだった。

 自分の顔にメイクはしているが、しっかりと見られるとバレてしまうかもしれないという不安があった。

 唯一の得意技を披露して、そっちで注目を惹くことにしよう。

 鞄から曲刀を取り出し、放物線を描いて、手に戻るイメージを四つ作る。

 そうして、

 曲刀を放り投げる。

 よし、あとはこのイメージを継続させるだけだ。

 おっと、あまり派手に放り投げることは出来ない……肩の可動域は十分じゃない。


 タカハルはそろそろ飽きただろうか、あまり長く見られると練習不足の為ボロが出る。それに他に出来る芸はない。このへんで止めて、立ち去ろう、逃げよう。今日は日が悪かった。

 曲刀をつかんで回収し、片付ける。放り投げているときにはまったく気にならないが、刃の部分が鋭くできていて、こんなものよくも放り投げていられるなと、自分のことなのに思う。

「なんかすごいッスね。芸歴というか、ピエロ歴は長いんですか?」

 タカハルよ、思ったより食いついてくれるなぁ。俺がテレビで見たような流浪のピエロなら、とても嬉しいことだったろうよ。あの人も、『楽しんてくれる人がいるだけで嬉しいです』と笑顔でカメラに向かって言っていたよ。ただ、今は恥ずかしいから逃げるからな。

 ピエロ道を貫くため、コミカルさを意識しつつ、タカハルに手を振った。よし、これで今日は店仕舞いだ。

 早足で帰路に数歩を進めたとき、後ろでどさりという音がした。満杯の買物袋を落としても、こんなに重そうで中身の詰まった感じの音はしないだろう。不自然でひどく気味の悪い音だと感じた。家まで逃げ去りたい気分と同時に、何があったのだろうという好奇心が葛藤する。

 そして覚える、違和感。

 あのタカハルが、そういうことには真っ先に反応し、騒ぎながらも、的確な対処するはずのタカハルが、全く興味を示していない。それが違和感の正体だった。

 恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには、倒れたタカハルとドクドク中身をこぼし続けるコーラのペットボトルがあった。

「おい、冗談だよな? ピエロを驚かすなんて悪趣味だぞ――――――」



 ○月☓日



 ある程度の発見があった。整理するためにエミに話して確認をしてみようと思った。

「分かったことは二つ。一つはピエロが犯人ではないということ。もう一点、ピエロは俺の知り合い。この考えについて、エミはどう思う?」

 俺が投げかけた質問にエミは丁寧に応えを返す。

「一つめについては同感ね。主観をここまでコントロール出来る人間がいたら最早、それは人と言えないわね。少なくとも、実行犯ではないでしょう。二つめについて、私が視る限り、知り合いというより、もっと親しいように感じたけれどね」

 確かに、俺の死に際にピエロが発した声はよく聞いた覚えがあった。

 あれは……うーん……分からん。ピエロの内部で聞いた声だし、死を体験したことによる記憶の混濁のせいもあるだろう。けっして、記憶力の低下ではない。老化にはまだ早過ぎる年齢のはずだ。そのはずだ。

「あとはなにかあるかな?」

 少し彼女の意見も聞いてみたかった。

「コーラがヒントかしらね?」

 今回は質問に応えてくれた。少しは俺に対して心を開いてくれたと考えていいのだろうか。そうなのだとしたら、嬉しいことだ。

 死んだ場面を改めて視てみると、大好物のコーラと共に死ねたというのは、俺のような人間には上出来だったかもしれない。最後の晩餐を希望通りに叶えられたのだから。

 あと、コーラ飲みたい。口の中に広がる甘さを思い出す。C社の酸味の効いたのも好きだが、やはり、S社の駄菓子飴味のコーラが最高だ。ただ、ゼロカロリーだけは勘弁な。

 俺がどうでもいいことを考えていることを察したのか、エミが続ける。

「そういえば、さっきの瞬間に持っていたコーラだけど、コンビニで買っていたものとは種類が違ったわね」

 さすがエミさん、お目が高い。

「あぁ、あの日は買いだめしてある安物を飲んでいたっぽいな」

 ピエロの視点から見えたのは大手スーパーのプライベートブランドのコーラだった。マイフェイバリットS社のコーラの半額程度で買えるのだが、あれは甘みも、酸味もイマイチなのだ。

「それなら、その中に毒を仕込めば、アリバイを持ちながら、貴方に死んでもらうことも可能ね」

 どうやらエミはコーラフリークというわけではなく、死因についての真面目な考察をしていたらしい。

 確かにあの安物コーラは少なくとも数十日間以上は家に置いてあったはずだ。エミの言うような方法だったのなら、親父犯人説が通るか?

 しかし、それはおかしい。俺は翌日に飲もうと思っているコーラのボトルをその日の夜には冷蔵庫に入れて冷やしておく。当然、あれもそうしたのだろう。しかし、その日の朝、親父はミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出して飲んでいた。そして、その時にコーラが入っていることを見ているだろう。つまり、親父が毒を仕込んだ場合、四月四日の感情には何からしらの影響が出るはずだ。だが、ヤツには俺に無関心もしくは憎しみという感情はあれど、殺人に関することが現れていない。つまり、少なくとも四月四日に俺が死ぬとは考えていない。

 それにそもそも、あのクソ野郎がそんな直接的なことを仕掛けてくることが考えられなかった。ヤツが選択するのは、もっと、遠回りで、けれども確実な方法だろう。

 俺が少しの間黙って考えていると、エミは、「とてもそんな仮説は納得がいかないと言いたいようね」と言ってきた。

 分かってらっしゃる。だいぶ分かり合えてきたようだ。

「それをしてくるとすれば、親父なんだと思うが、そこまで直接的な手法は、どうもアイツらしくないと思ってな」

 現在考えていることを曖昧なニュアンスにして応えた。何かを断定するには物足りない、俺の個人的な感情論。

「感情、感覚というものは難しいものよね……」

 何か思うことがあるのか、独り言のようにエミは言った。彼女がここに居る理由は、『感情、感覚』に関係あるのかもしれないと思ったが、それを訊くのは俺の件が解決したらということにしておこうと思う。たぶん、現在の俺とエミの関係性では上手くはぐらかされてしまうのがオチだ。

 俺が死んだという、瞬間は確かに重要だ。だがその瞬間だけでは、これ以上の進展は難しいかもしれないと思えてきた。

 話題を変えよう。もう一点、気になっていたことがある。

「俺、ピエロの正体を決定づけておきたいんだが、エミさん、ステータスボードの使用許可を」

「それって、重要?」

 うーん、あまり重要じゃない。たぶんだけど。だが、気になるから確定しておきたいという気持ちがあった。

 俺は眉間にシワを寄せ、真面目を装う。

 俺の様子に真剣さを感じたのか、それとも見かねたのかは分からないが、エミはため息を一つついてから、話し始めた。

「別にいいけれど、人間関係に関しては、知りすぎるのもどうかと思うけれど?」

 確かに。その意見には同意したいこところだ。でも、気になるし、つうか、行き詰って暇だし、と思い、眉間にシワを寄せることを止めないでおく。

「まぁいいけれどね……」

 眉間にシワを寄せ続ける。酷く不細工でマヌケな顔に呆れないでくれるとありがいたい。

「ピエロの三月二十一日を視せてくれ」

 俺の通っていた高校の卒業式が執り行われた日の翌日を指定した。

 正体について、一人、心当たりがあるが、その考えは、あまり当たって欲しくはなかった。



 三月二十一日 ピエロ



「うー、あー、ダルい……」

 首の筋肉が凝り固まり、頭の中心が痛む。

 卒業式の後にボウリングなどをして、なんやかんやで一晩過ごすなんてコースは、その場のノリでやってしまった後に後悔するわけで……。だが、これで最後になるかもしれない部活の付き合いというものを無下にするわけにいかなかった。

 四月から始まる新生活の準備も中旬には済ませた。今日はゆっくりゲームでもして過ごすことに、と思った……のだが、既に主要な持ち物は、新たな住まいに送ってしまっていたことに気がついた。

 これは以前から買おうかなと思っていた携帯ゲーム機を手に入れる絶好の機会だろう。これからの数日は空っぽの部屋があるだけの実家で過ごすことになる。その間、暇になってしまうのは確実だった。さすがに外への遊びにタカハルを誘うのは、サチさんには悪いし、セイジさんの反応がとても恐ろしかった。

 少し出かけてくる、と母に告げ、自転車で電気屋へ向かう。

 最終登校日には白さが目に染みた雪も、もうすっかり溶けていて、春を感じさせる空気が顔に当たって心地良かった。そうして風を感じながら、繁華街へと向かって自転車を漕いでいると、歩道に見知った顔を見つけた。

「やぁ、マサトじゃんか」

 そう声をかけてから気がついたのだが、マサトはなかなかの美女さんと話をしている途中のようだった。

 最初は邪魔してしまったかな、と思った。だがしかし、マサトはお得意の口説きモードではないみたいだった。俺みたいなヤツからすれば少し憎らしいとも思えるイイ顔が少しこわばっているように見えた。マサトの方も俺に気がついたようで口を開く。

「リュウさんじゃないですか。お久しぶりです。お買い物っすか? そうですよね?」

 すがるような目をして俺に話を振ってくる。兄に比べ、口数の少ないヤツにしては珍しい。なんだ? ヤバい状況ってヤツか? 旧知の仲だ。そうならば助けてやるか……。

「あぁ、フジタ電気に行こうと思ってんだよ。一緒に来るか?」

 マサトが、「ええ、一緒に――」まで言ったところで、謎の美女が口を挟んできた。

「ちょっと待って下さい。今は私が話しているところですよね?」

 上見使いで睨まれた。初対面の女性に睨まれたという困惑と不安で、朝から治まらない頭の痛みが増した気がする。そして、この人、けっこう危ない人なのかもしれない。という考えが浮かぶ。多分、ヤンデレならぬヤンデルってヤツだ。

 マサトよ、モテるのは程々にな。

「そうですよねー。じゃあ、早く要件を済ませてくださいよ。貴女は何をお望みなんですか?

 僕も先輩との用事が出来て、後が支えているので」

 マサトは笑みを浮かべながらも、強めの口調で少し突き放すように言った。とりわけ女性には紳士的なヤツにしては珍しい。ヤツも少なからず、この女性に不安を覚えているみたいだ。これくらいで引き下がってくれるといいのだが、事態というものはそう簡単には好転しないらしい。

「貴方の用事なんて一人で大丈夫でしょう? 私はマサト君と話しがしたいの」

 女は俺の目を正面から睨みつけて言った。その言葉はマサトが言ったものなのに、その文句を俺に言われても……。

 この女とは絶妙に会話の成立が困難であることは理解できた。コレはなかなかアレな御方のようだ。

 ――ということで強硬手段に出ることにする。

「マサト、行くぞ」

 マサトの腕を引き、退散を決め込もうと試みた。

 そうすると、その女の様子が豹変し、明らかに早口になり、まくし立てる。

「待ちなさいといっているのね。わからない? わかるわよね? わかったら動くのをやめてくれるかしら? そう難しいことをいっているわけじゃないの。ただ、連絡先を……」

 ――よし、逃げよう。コイツは駄目だ。マサトに目で合図し、自転車に駆け寄る。

 女が何事かを叫び、うまれた距離を詰めてきた。

「貴方、余計なことを考えないで」

 強い力が肩にかかった。

 多分、突き飛ばされた。

 ガードレールが近づいてくる。

 白い。

 いや、俺がガードレールに近づいていく。

 必死で頭を庇うと、右肩をぶつけた。

 地面に転んだはずみで、アスファルトで肘を擦り剥いたようだ。イテェ……な。

 俺が痛みと驚きで、言葉を発することができずに黙っていると、マサトの顔が困った時に浮かべる必殺のアルカイックスマイルから、無茶を言うアオタケと対峙する時のタカハルが浮かべるのと似た表情に変わっていくのが分かった。やっぱりコイツら、兄弟なんだなと、こんな状況にも関わらず、思う。

「おい! なにやったかわかってんのか? アンタがやったのはただの暴力だぞ。ああ、わかったよ。要望はなんだよ。但し、簡潔にだ。リュウさんが怪我しているからな。――リュウさん、俺のせいで本当にすいません」

 マサトは言葉に詰まることなく、言い放った。タカハルと本当にソックリだ。一人称も『俺』だなんて、いつものマサトからは聞けない単語だ。

 俺の体も、擦り剥いたところが痛むくらいだからいいけどさ。なんというか、なかなかに不幸ではある。

 マサトの急変に驚いたのか、おとなしくなった女がマサトにボソボソと何かを言っているのが見える。会話は聞こえないけれど、マサトなら大丈夫か、なんて楽観的なことを考えながら、痛みのもととなる箇所に触れてみる。着ていた長袖シャツが少し破れてしまっていた。アスファルトなんて粗い目のヤスリみたいなもので擦りむいたものだから、その箇所はグズクズになっていて治りが悪そうだった。

 これじゃ、休日が台無しだよなーと、少しの間、ボーっとしていると、「リュウさん、話をつけてきました。本当にご迷惑をおかけしてすいません」と言いながらマサトが近寄ってきた。

 怪我の文句の一つも言ってやろうかと思い、女がいた方に少しビビリながら視線を戻すと、女はもういなくなっていた。

 立ち去るのはやっ……。

「お前が謝ることじゃねーよ。大丈夫だったのか? てか、またナンパでもしたのか?」

 マサトの女性関係はコロコロと変わる。偶然すれちがうと、以前見たのとは違う子と一緒に歩いているなんてことを度々目撃していた。

「いつも言っていますけど、僕、ナンパとかしないっすから。――その傷は病院とか行かなくて大丈夫ですか?」

 いつもコイツはこんなことを言っているが、その真実はどうなのだろうか。以前は『部活の練習中に競技場でいきなり声を掛けられまして』、『休み時間に隣のクラスの子が……』など受動的モテるということを言っていた。これは一種の才能なのだろうか。そんなものがあるのなら、すこし分けて欲しいくらいだ。

 傷は……擦り剥いたところがなかなかに痛み、肩は少しズキズキとする。頭は朝からずっと重いままだ。結論としては……。

「ま、大丈夫だろ。んで、今日はどうしてこんなことに?」

「今日の人は本当に意味がわかんないっす。いわゆる、一目惚れってヤツみたいでしたけど……」

 はっ、これだからモテモテくんは……。

「あーうぜえこと言ってら……で、結局、どうしたわけ?」

「なんか、メアドだけでいい、ってことだったんで、リュウさん怪我したみたいでしたし、教えて帰ってもらいました。で、体は本当に大丈夫ですよね?」

 確かにコイツがモテるのもわかる。優しくて、イケメン寄り、秀才、運動は県大会で上位入賞。だが、ここまでモテるのは不条理なことであるとも思う。女性だけに効く何か特別なものがあるのだろうかねぇ……。

「だから問題ないって。メアド教えちまって大丈夫か?」

「メールならある程度は冷静に話が出来るだろうし……まぁ、仕方ないですよ」

「そんなもんか……モテる男は違うよなー」

「止めてくださいよ。僕、今、彼女いるんで、こういうのって困るんですよね。てか、リュウさんも中学の時にバスケ部の子と付き合っていたじゃないですか」

 そんなこともあった。でも中学に通っていたのなんて何年も前のことだ。というか、『今、彼女いるんで』って言った? お前に彼女がいるのは、今だけじゃなくていつものことだけどな、悲しくなるから言わないけれど。

「程度の問題だっての。お前はちょっと異常だよ」

「いや、普通ですけどねー。でもやっぱ、リュウさん病院に行ったほうがいいっすよ。肘のところ、けっこう血が出ていますよ。割とグロいです」

 確かに、シャツの裾が赤黒く染まってしまっている。この服装のまま電気屋へ、ってのは、なかなかに問題がある気がした。だが、擦り傷くらいで病院にかかるのは面倒だ。仕方がない、今日は家に帰るとするか……。

「はあ……家で大人しくしとくわー。マサトも気をつけろよな」

「ご迷惑かけてスンマセンでした」

 ったく、ホント、高校生活最期の長期休みが卒業式を挟んで再開したというのに、その初日から台無しだわな。



 ○月☓日



「ほぼ間違いないからこの日だけでいいや。マサトとの関係性や主観的な情報から、ピエロ、イコール、リュウだったわけだ」

 俺の視点から視たピエロがおどおどしていたことや、小さく頷くように見えた仕草も、リュウが俺に気づかれることがないようにしていたことの勝手な勘違いという理由付けができた。  

 しかし、俺とリュウの二者からの視点を視ても説明がつかないことがある。リュウが何故、あんなに上等な芸を短期間に身につけられたか、ということだ。確かにアイツの運動能力は高い、それは知っている。達人は自らの領域に物事を引き込むことで、何事もこなすことができるとも聞くのだが……。

 ――考えをまとめている内にエミが返答をしてきた。

「彼、リュウさんがピエロになった理由は気にならないの?」

 その点については大雑把にだったが、予測ができた。

「だって、ここから何日も視るのはあまり意味がないだろ? おそらくは肩の怪我だろうさ。アイツはバスケの推薦で大学に進むはずだ。ガードレールにぶつけた感じから、右肩だろう。右の方が上がらないのは右利きのアイツには致命的だ。骨が折れたりしている所よりも、擦り剥いた所の方が、最初は痛みを感じやすいということを聞いたことがある。ピエロさんは犯人ではないみたいだし、プライバシーだよ、プライバシー」

 流浪の旅をする流しのピエロを特集したテレビプログラムなら、たしか俺も観た気がする。とはいえ、あの話の出発点は今から干支が二回りくらい前の話だったと記憶している。俺たちが生まれるよりもかなり前の逸話だ。現代においてそのまま適応できることだとは考えられない。怪我で仕方なしに、とはいえ、リュウも不思議な決断をしたものだと思う。

「今更プライバシーとか言い訳にもならないと思うけれどね……」

 エミは辟易とした様子で応えた。そりゃあ、立件されたら、ステータスボードを使った方の敗訴が確定的だけど、こんな場所に司法機関も立法機関も、ついでに、行政機関もないだろうから敗けようがない。そもそもそんなものがあったら、まずは人殺しを何とかして欲しかった。

 それに、もう一点、探ってみるべき点を見つけた。

「話は変わるけど、マサトが付きまとわれていたよな。あの人、どっかで見た気がするんだけど、誰だっけ?」

 エミが深くため息をついた。

「もう忘れてしまったの? 貴方が幸薄女と言っていた人でしょう? ばかみたいなことを言っていたこと、忘れたの?」

 あぁ。そういえば、そんな人いたなと思い出す。こんなところでご登場とはね。

「確か、そいつを視れば、オールキャスト勢揃いってところかね?」

「そのはずよ。さっき視た三月二十一日をあの女性の側から視るの?」

 それはどうだろう。さっきの幸薄女はどうかしていた。考えもまとまっていないだろうし、何より、そんな脳内を視るのは疲れそうだ。そんなものを視るよりも……。

「――一旦黙って。タカハル」

「え? 何故に?」

 エミの急な鋭い言葉に聞き返した俺。

「いいから」

「はーい」

 そして聞き分けのいい俺。

 いったい何が起きるのだろうか。少しドギマギしながらもおとなしくして黙っていると、「ああぁぁぁ」という奇声と共に男が現れた。

 出現した彼の髪は見事に脱色されていた。

 顔の第一印象は、すごくウマが合う、全くウマが合わない、のどちらかになるだろうというものだった。そしてどちらかといえば、なんとなく気があう気がするのだ。

「イテェーーー……痛くないな?」

 今、男が発した言葉の意味はなんだろう? 彼が俺と同じように、死んだ、殺された、のだとすると、その原因は痛みを伴うものということなのだろうか。それとも、尻餅でもついて痛い気がしただけなのか?

 エミに黙れと言われたので黙ったままでいると、エミがステータスボードを使って、メッセージを表示していた。それは前と同じく、

 ・ようこそ、ハーフウェイ・ポイントへ。

 というものだった。

 ……なんだろう。それはこの男に対する対応として違う気がする。

「あん? なんだこりゃ?」

 俺の不安は的中し、彼はいきなりステータスボードを蹴り飛ばそうとしていた。俺は黙っていろと言われたので黙っておく。そして放たれた彼の爪先は、ステータスボードをすり抜けた。

 ふむふむ、害意をもって触れようとすると、すり抜けるのか。一つ勉強になった。

 エミが驚いたように目を見開いていた。俺は黙っていろと言われたのでそのまま経過を観察しておく。

「こんにちは。事実を言っておくと、貴方は死んだわ」

「はぁ? 何いってんの?」

 エミの無情とも思える宣告に対して、男は嘲るような顔とイントネーションで返した。その反応は正常だろう。けれど、もしこの空間を俺たちの知りうる現実で再現するのなら、相当な費用がかかるだろう。人が立っていられる透明で、安定感のある物を造らなければならないし、雲を見事に浮かせなければならない。

「ここには死んでいないと来られないの。これは事実よ。――ケンジ君ね。よろしく」

 ん? 今、エミはこの場所を訪れた男の名前を呼んだのか?

「てめぇ、なんで俺の名前を知ってんだよ!」

「先ほど貴方が蹴ったものがあったでしょう? あれは私の物なのだけれど、アレを使えば分かるの」

 そう言い、エミはチラリと俺の方を見た。俺はその情報を教えてもらわなかったはずだ。聞き逃したということもないと思う。

 ……なんだろう、俺もケンジのように荒くれた方がよかったのだろうか。

「はぁ? 何いってんの、そんなもん、あるわけねーだろうが」

 そして、ケンジは未だに信じない。完全にバカにしている。まあ、エミってちびっこいから、彼女のあの口調は絶妙な違和感をうんでしまうのだ。

「じゃあ、貴方がさっき蹴った、あれは何だと思う?」

「あれだろ? 政府とかが隠している技術とかだよ」

 お、その発想はなかった。いいねぇ、楽しいヤツじゃないか。

 エミはケンジの突飛な発想には耳を貸さず、話を続ける。

「貴方、死んだ時のことは覚えている?」

「多分、バイクに乗っていて事故って死んだ……と思う……」

「十六歳でバイクを持っているの?」

「ん? あぁ、先輩が貸してくれんだよ」

 ああ、ケンジって十六歳なのか。こっそり情報を仕入れやがってズルイなあ。

「免許は?」

「持ってるよ、さすがに無免はねーわ」

「その費用は?」

「教習所の? 無趣味でコツコツやっていれば、そのくらいはあるって」

「貴方が不良寄りの人間なのは、なんとなくわかったわ」

「俺なんて全然普通だって、先輩なんてスゲー真面目な――」

「――事故で死んだときに思ったことは?」

 エミがケンジの言葉を遮って話しを強引に進めた。彼女は彼のような人が苦手なのかもしれない。

「んでさー……ん? あー、えー、なんかいつもより調子がよかったな」

「調子がいいとは具体的には?」

「体が軽いっていうか……血がたぎるって感じと同時に体が浮くような気分でもあったな。――っていうかさ、となりのオニーサンさ、感情ある? 全然動かないけど、となりの彼女とケンカでもしたわけ?」

 俺に感情はあるので、ケンジが示す『オニーサン』とは俺のことではないのだろう。振り返って背後を確かめてみると、『オニーサン』らしき人物はいない。

 ――なんて古典的な悪ふざけをしてみたものの、どうも反応は芳しくない。仕方がないので、エミの命令を破ることにした。

「このエミ様に黙れって言われたものでね、一向にしゃべっていいと許可が出ないし黙ってたんだよ。悪かったね」

「それは仕方がねえな、感情がないなんて言ってこっちこそ悪かった」

「全然。気にすんなって」

 やはり、ケンジとは気が合いそうだ。俺は自然と笑顔になる。

 ケンジは首を何度かかしげて俺を見る。そして口を開く。

「その顔……いや、ちょっと違うかもな……」

「なんだよ?」

「一応訊いてみるけど、オニーサン、スドウって名前?」

「そうだよ。よく分かったな。――あ、もしかして後輩か?」

「高校? いや、多分違うよ」

「じゃあなんだよ」

 俺の疑問にケンジは応えなかった。

 そして、ケンジは大きなため息をついた。それは諦めとか失望ではない、ため息の気がした。

「バイクで事故って、アンタの顔も見れたし……てか、アンタの顔を見れたということは、だ……」

 笑顔でそんなことを呟いたケンジの体が半透明になっていく。

「エミ、どういうことだ、大丈夫なのか、ケンジのこの状態は」

「え……ええ、大丈夫と言えば、大丈夫なはず……」

 エミは放心したような表情だった。

 次第に薄くなっていくケンジの体。

 そしてケンジはそのまま消えてしまった。

 唐突な出会いと別れ、そして不明瞭な俺とケンジの関係性。

「……タカハル」

「なんだ?」

「見ていたわね?」

「ああ」

「貴方もそのうちにあんなふうにここから去ると思う」

 ケンジのように消えていくということか。

「そうか、だからエミは一人なわけだ」

「……そうね」

「どういう条件だと考えられる?」

「多分、自分が死んだことを認めたら、かな」

 『多分』『かな』こういう表現を使うということは、エミもこちら側寄りの人間ということなのだろう。ルールを設定した側なのだとすれば、もっと断定的なことを言えるはずだ。もっとも、ルール寄りの存在だと気づかれないように、という配慮をした発言の可能性もあるが、それは俺にとって、どちらでもよいことだ。

「アイツ、ケンジは俺を見て、死んだことを認めた、……つまり、俺が死んでいることを知っている、ということか。しかし、俺を直接は知らないと言っていた。……伝聞かそれに類するもの。たぶん顔が判断材料……」

「――ねえ」

「なんだよ」

「視てみたらいいんじゃない?」

「ステータスボードで、か?」

「うん」

「必要なことだと思うか?」

「……うん」

 エミはしっかりとした目をして頷いた。このような目をするということは、そのことに意味は確実に存在するのだろう。

「よし、じゃあ、短い範囲で視させてもらおうか」


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