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少し運がよいはずの男のハーフウェイ・ポイント1

 少し運がよいはずの男のハーフウェイ・ポイント




 a




  キッカケは多分、他愛も無いことだった。――んじゃないかな。

 動物実験、マウスを頚椎脱臼させたこと。

 競技場、サブトラックで告白されたこと。

 遊んだ帰り、君だけが別の路線だったこと。

 四年間のアリバイとして、レシートを全て取っておいて、引越しのとき、

 個人情報を特定できるものと、そうでないものを分けて捨てている。

 本当に、君はどう仕様も無い。

 でも、分別のときに懸賞の当選の通知が見つかると少し嬉しかった。

 馴染みの散髪屋、剃刀で首を切られる妄想をして、拳を握るのはやめたほうがいい。

 そんな事しか、思い出せない。

 君の壮大な暇つぶし。

 みんな、君に関心なんて持っていないさ。

 君は只々、つまらない。

 君は只々、卑屈だ。


 ショッキングな ブラッディピクチュアー

 そんなもののように 吐き気がしてくる。

 グレッチで ぶってくれても構わない。

 軟弱な君はきっと それで死んでしまう。


 そんな日々を過ごしていた、君は。

 六〇パーセントのウォッカを買ってきて。

 二/三を捨てて、ミネラルウォーターでメスアップ。

 そして、それをまた捨てて、コップ一杯程度の量にする。

 一度しか口にしたことのない、元公社が売っている葉っぱを

 バラバラにほぐして、それに漬け、冷蔵庫に仕舞った。

 これでよし。二〇パーセントくらいならイッキに飲んでしまえる。

 これがあるから、君は生きていける。

 死の保証だ。

 スキットルに入り切る量にしておけばよかった。

 でも、スキットルの飲み口は小さいから、飲んでいる間に吐いてしまうかも。

 保証は冷蔵庫に眠らせておこう……


 ――君はなんで、生きているんだ?



























 少し運がよいはずの男のハーフウェイ・ポイント




 俺のお気に入りの曲で、自らの置かれている状況のカオスさをサーカスに例えた曲がある。

 好きな理由はギターリフがカッコ良かったからで、歌詞についてはよく分からない。

 サーカスといえば、トラが火の輪をくぐり、ゾウが三輪車をこぐ。

 まぁ! なんという非現実空間なのでしょうか。

 少なくとも、俺の生きていた環境ではそんなことは起こっていなかった。

 アライグマが立つくらいのことはあったけれど。

 違う国の曲だし、俺の人生にそんなことは起こらないと思っていた。

 この言い方でお分かりでしょうが、そのくらいのことは実は起こっていたわけです。

 人生はサーカ……

 ん、どこかで見たことのあるフレーズになってしまいましたね、訂正させて下さい。

 そもそも、サーカスも現実で起こりうることですものね。

 つまり、俺が何を言いたいかというと、

 これからお話することでどうかキレないで頂きたいということです。

 なぜなら、ストーリーをお見せするのは俺。

 つまり、俺イコール神だからです。



 ○月☓日



 ・ようこそ、ハーフウェイ・ポイントへ。

 そんな言葉を表示した、透過性のあるウィンドウが宙に浮いている。スピルバーグのサイエンスフィクションかよ。こんなモノがあるなんて、俺は夢の中か?

 辺りを見渡すと、そんなモノの他に少女がいた。

「なぁ、アンタ、ここはドコだ?」

「――――――」

 少女は無言であったが、明らかに不快を示した。確かに、不躾な質問であった。初対面の子にアンタはないだろう。

 そもそも、ここはどこだ。見覚えがない。だが、そんなことを気にする前に少女に声をかけたのは、少女が俺の好みにぴったりだったからだと思う。

「すみません、ここはドコか教えてくださると、ワタクシ恐悦至極でございます」

 頭の悪い男と思われたであろうか。仕方が無い。なにせ高校の卒業がやっとのことのこの頭、アンタとまた言わなかっただけで上等だったと考えたい。

「――――――」

「うーむ、よく分からん。何があった? いや、独り言だ。気にしないでくれ」

 特に反応を見せない彼女への配慮を、一応、しておく。

 辺りには、宙に浮いている? いや、透明な面に立っていると思えるセミロングヘア美少女、少女の傍らに浮かぶロールプレイングゲームのウィンドウのような形のボード、そして眼下には雲が敷き詰められている。何故、俺は立つことが出来ている? 意識をしてしまったらもう忘れることは出来ない。高い、ヤバい、怖い。――でも立つことは出来ているワケだし、まぁ大丈夫か。今、起きることを受け止めよう。切り替えが早いことが、俺の良いところ。学校の先生も、「諦めが早い」とよく褒めてくれたものだ。

「もしかして、俺は死んでいますか?」

 ・はい○/いいえ。

 なんとなく感じていた疑問をぶつけてみたら、ボードの方が反応をした。ボードの使用用途は少女の意思を示すものなのだろうか。つーか、最初の挨拶といい、ボードの形といい、某、竜の冒険っぽいな。それならば、こう問うことにする。

「そんな感じでは答えてくれるわけね?」

 ・はい○/いいえ。

 いわゆるノンプレイヤーキャラクターのような捉え方でいいのだろうか? マジ、ゲームっぽいなー。しかし、ゲームとは違う、気になる点が一つある。ひとまず、彼女から情報を得ることが出来ることが分かった。それなら、状況の把握が先決だ。

「俺は何故……。おっと、俺は殺された?」

 ・はい○/いいえ。

 肯定、否定で答えられないものには反応を示さないはずだからな。質問の仕方に注意しよう。

 俺、自殺はしないだろうから、死ぬなら、自然死、病死、事故死、他殺だよな。一番エキサイティングなのから聞いてみたらヒットですか。ん? 事故死は他殺に含まれる? でも、自分で事故ったら……今考えることじゃないか――ほうほう、俺、殺されましたか~これは面白くなってきたな。そういえば、死んだ辺りの記憶ははっきりしている。細胞が興奮するような感じのあと、フッと意識が途切れた。順をおっていけばもっと詳しく思い出すことが出来るかもしれないな。

「時間はあるみたいだし、思い出してみるよ。何かやり方はない?」

 ボードは沈黙したままだ。あー、もういいや。最初は付き合ってやろうかと思ったけど、イエス、ノーの二択なんてやっぱり、めんどくせぇ。

「聞きたいが、アンタ喋れるんじゃないか? 最初にアンタって言ったとき、不快さが表情に出ていたぜ。ノンプレイヤーキャラクターがそれじゃあオカシイ」

 そう言って、しばらく待った。

「つまらない人ね。いえ、これから楽しませてくれるのかしら」

 あーよかったー。これで喋ってくれなかったら、人形に話しかけているイタい子だもんな。やっぱり喋りやがった。人で遊びやがって。性格ねじ曲がってやが……性格に関しては、人のことは言えないな――こっちは死んでいるんだが……でも、それは向こうも同じなのか?

「そんなことは俺にはわからないよ。でも、殺される理由がすぐに思いつかない男の殺された理由探しってのは、なかなかに面白そうだと思わないか?」

「まぁまぁだとは思うわ」

 言ってくれますね。

「さいですか。取り敢えず、記憶が曖昧なんだが、何とかならないか?」

「私の、このステータスボードには日にちを指定すれば、貴方の視点を視る――まぁ、脳に他人の主観をインストールするようなものかしらね。それが出来る能力も備わっているわ」

 ステータスボードっていうのか。ステータスボードすげーよ。ハイテクすぎるよ。

 あと、『能力も』ね……他にはどんなことが出来るのやら……文字表示機能は搭載されているようだけどな。

「それを視させてもらうことは可能か? あと、俺の名前はタカハルです。以後、お見知りおきを」

「私はエミコ。長い間は覚えてもらわなくて結構よ」

 人のテキトーな言葉にいちいち反応やがって、ムカつく女だ。エミコって名前が聞いて呆れる。少しは笑みを見せてみろってんだ。でも、悔しいかな、顔は間違いなく好みだ。

「んじゃ、宜しくお願い致します。んで、エミコは映写に付き合ってくれます?」

 ・はい○/いいえ。

 そいつは、どうも。



 三月二十日 タカハル



「卒業か……」

 式典会場、ただの体育館の外で呟いている。少し運がよい、という不確か極まりない能力があるはずの俺であるが、そんな能力に甘えて、人生をナメきっていたため、勉強に力を入れるわけでもなく、就職活動に力を入れるわけでもなくこの日を迎えていた。

「よう、今日でここともお別れだな」

 リュウか。保育園からの付き合いだけど、ここで一端、お別れだ。確かコイツは、バスケの推薦で大学に進学が決まっていて、そのことは羨ましい気がしないでもない。そして、少し、おモテになる。コイツ放つ放物線は美しいからおモテになるのも、理解は出来る、出来るが……羨ましい気がしないでもない。

「結局、何にも所属することは出来ず卒業ですよ……」

 暗澹たる表情を作って言ってみる。さして、不安はないのだけど。

「ここを卒業してそんなことになっているのは、タカハルくらいだろ……」

「二次試験と面接がどうにもならねーんだから仕方が無いだろうが」

「お前は運の要素が絡むと強いけど、そこに甘え過ぎなんだよ」

 そんなことは無い。ないと思いたい。が確信を突かれ、口を尖らせ、黙っているとリュウが続けた。

「だけど、やっぱり当たっているんだろ?」

「一緒に買いに行ったアレ? あぁ当たったよ」

「おいくらだよ?」

「九十万くらい」

 宝くじである。なにせ俺は少し運がいいのだ。

 リュウは飽き飽きだという顔で、「お前には天罰が下るよ」と言いやがった。

「天罰なんて、ヒラリとよけてやるよ」

 ヒラリの動作付きで言ってやった。まいったか。

「お前にはそのくらい出来てしまいそうで嫌だ」

 ヤツは呆れ顔で吐き捨てるように言った。長年の親友への高校生活最後のセリフがそれとは、俺は悲しいよ。

 本心を言わせてもらうと、そんな、神をも恐れぬ所業は年末ジャンボ一等当選者にお任せしたい。繰り返すが、俺は少し運がいい(他の家系比)なのだ。

「金もできたし、家に籠るわ。じゃあ、またな」

 リュウにひらひらと手を振り、家へ帰る。



 四月三日 タカハル



 籠城生活を始めて、約二週間が経ってしまった。無計画に通販でバイクを買ったが活用予定は未定。というか、運転免許が無いから乗ることも出来ない。無計画さには自信があるけど、アナーキーに生きるつもりは毛頭ない。そんな暮らしをしていると、家族のプレッシャーを受け、我がハートの許容量が危険水域に入り、焦った俺。やることを探すという名目で、今日から、散歩に出かけることを日課とすることにした。

 俺の暮らす町は、田園風景が広がる田舎町だ。コンビニエンスストアは徒歩五分に一店舗、どんな都会だよ、と思われがちだが(思わない人間は日本にいないはずだ)、ここが無くなったなら、徒歩四十分がコーラを飲むために必要な時間となってしまう。しかし、最寄りのコンビニは高校生の時分にアルバイトをしていたこともあり、無所属(教育機関、会社等)・新の俺には立ち寄ることが困難なプレイスとなっていて、結局、俺の魂であり、血液たるコーラを得るためには、四十分をかけることになっていた。相棒のハードディスクタイプのポータブルプレイヤーとともに、長旅をし、オアシスへたどり着いた。しかし、プレイヤーちゃんよ、十分そこらでフリーズは勘弁して下さい。

「いらっしゃいませ」

 おぉ、前言撤回、最寄りのコンビニとかどうでもいい。忘却の彼方だ。挨拶をしてきたのは、新しい店員さんだろうか、年上? 化粧っ気が無く、幸の薄そうな美人さんが働いてらっしゃる。下心とかじゃなくて、家から最寄りのところは、ダイエット系の在庫を増やしていたから、ムカついていたというのもあってだな……あそこはナイスミドルばっかりでムサっくるしいし……ともかく、最寄りのコンビニへの未練は断ち切れた。

 冷蔵庫からコーラを取って、キメ顔でご挨拶。

「新人さんですか?」

「そうですね」

 会計中、突然に問われたので驚いた様子の幸薄女(仮)は答えた。

「大学生さんとかですか?」

「まぁ、そのようなものですね」

 語尾に、ね。を付ける人だろうか。勝手な基準で大変申し訳ないが、少し減点だ。聞いておいてなんだが、そもそもここいら一帯に大学、専門学校なぞなかったことを今さらながら、気がついた。まぁなんでもいいけど。

「三円のお返しです。レシートはご利用ですかね?」

 おっさん達が相手なら、「いらねーっす」と返せばいいところだが、ここは好青年を装って、丁寧にいこう。

「どうもです。レシートは必要ないです。コーラ、どうも、ありがとうございました」

「またお越しくださいね」

 やはり、ね。をつける人なんだろう。暇だし、これからはここに通うことにしよう。――はて、何かを忘れているような気がしなくもないわけだが、耳に付け直したプレイヤーから聴こえる、『私の体はあなたのもの』という、どうかしている曲が楽しくて、どうでもよくなった。このアメリカ産のポストパンクを聴きながら踊りたい気分だ。そんなことをしていたならば、即、通報されるだろうけど……



 ○月☓日



「一旦、休憩。コイツ、誰か知らないけど、マジでつまらねぇ。卒業式から家に籠っていた期間なんて、早送り確定だったぜ」

「…………」

 俺が小粋なジョークをかましてやったというのに、驚くほどの呆れ顔である。さっきまでの無言状態とは違い、今回は、『死ねば?』って言葉が聞こえてくるようだ。まぁ、死んでるらしいし、もう一回は死ねないよなー。確かに、微塵も笑えるものでなかったのはわかるけど、そこは、ほら、人間様お得意の空笑いを見せて、円滑なコミュニケーションを図ってくれてもよいのではないだろうか? うん、つまらないことを言ったのは認めるけども。

「何か言えよ」

 ・はい/いいえ○。

「それ、・いいえ。も使えたんだな。驚きだよ、本当にな」

「もちろん使えるわよ。言葉づかいだけじゃなくて、頭も残念な人のようね」

 泣きたい。この空間歴は長くないが、外見では、こちらが年長のようだ。たぶん。「気を確かにね、タカハルっ」……幸薄ボイスのつもりで脳内再生してみたが、気持ち悪いな、俺が。なんでこんなことをしてしまったのだろう……死んでいるらしいけど、死にたい……

「うるさいよ。殺されたのに明るく、元気に頑張っているタカハル君をいたわってくれよ」

「ちゃらけているから、てっきり気にしていないものだと思ってしまったわ。ごめんなさい」

 あれ? 深刻だ。どうやらエミコは真剣に謝ってくれているらしい。ヤバい、死んてるとか、ホントのところを言わせてもらうなら、どうでもよかったっす。俺とは違ってエミコはイイヤツらしい。イイヤツは嫌いじゃない。

「えーっと、エミコさん。英才の貴女様と違い、エフォートが足りないので……」

「え、でいちいち区切らなくていいわ」

 偶然かもしれないだろ。わざとだけど、早々に気づかれて恥ずかしいつーの。

「とにかく、ごめん。美人の険しい顔は好きじゃない。しかも、気にしていないことは大正解だ。なんの問題もない。ただそのクールビューティーフェイスをだな……」

「いい加減にしなさいよ」

 お、少し顔を赤らめたような気がする。そして、俺は気持ち悪い。死んでいるからって、イタいセリフを言いまくってはいけない。死ねば……しつこい。自らのギャグに胃もたれした。

 ここは、運がいい以外の特徴である、心を読む特技の使いどきかな。相手の心を見る、ということを意識する。そうすると――

「タカハル、貴方そんなことも出来るの? とすると、貴方の能力を見誤っていたようね……」

 エミコが口を挟んできた。

「ちょっと待て、俺は何もしていないぞ」

 正確には、動作は何もだけど。

 しかし、何故分かった? 外見上の変化は何もないはずなのに。

「私に嘘はつけない、と考えておいたほうがいい。見ようとするのは止めなさい」

 エミコはご立腹のようだ。

 これ以上はヤブヘビかもな。それよりも、疑問を解決しておこう。勝手に心を観察しようとしたことからも話を逸らしたい。

「話は変わるが、ここに戻って来たのは、聞きたいことが出来たからなんだ」

「何?」

「ステータスボードで視ることの出来る視点は、俺の視点だけなのか?」

「あなたの、と言ったのが間違いだったわね。覗く人の指定は可能よ」

 覗く。甘美な響である。

「つまり、幸薄女の視点も――」

「……出来るわよ。ただし……」

 何ペタバイトのハードディスクを積んでいるんだ、ステータスボード……

「十八禁的な要素は自動的にカットされるわ」

「いや、そんな使い方しようと思っていたわけ無いだろ……」

 全く、俺がエロいことばかり考えていると思わないで欲しいね……ちくしょう、ステータスボードすげーよ。ハイテクすぎるよ……

「行き詰まったり、実行者の目星がついたりしたら試させてもらいたいが、いいか?」

「エッチな目的でなければ、協力してあげるわ」

「エミコ先生は、冗談に厳しすぎると思います」

「隣で貴方がニヤニヤとしている状況を考えるだけで吐き気がするだけよ。それより、続きは視ないのかしら?」

 俺はまだまだ談話コーナーに居座りたい気分だったが、エミコ先生は物語の続きを御所望らしいので、ステータスボードへ意識を集中させることにした。



 四月四日 タカハル



 幼い頃には皆が考えたであろう、そう、今日はオカマちゃんの日である。誰がなんと言おうが、そうなんだ。三月三日が女の子の日、五月五日が男の子の日。ならば四月四日は? 一般のみなさんならば小学生の時点でそんなことを言うのは飽きるだろうな……俺は馬鹿なことばかり考えているから、当然、飽きていない。長すぎる暇つぶしには、どうでもいい体験と無駄なことこそ必要なのだ。だから、散歩ついでに街にオカマを探しに行くことにする。


「いねぇなぁ……」

 世は、グローバル社会、テレビタレントにオカマちゃんが引っ張りだこであろうとも、我が町は一味違う。ローカルエリアオバサンネットワークが、ド派手な格好のオナゴ、金髪学生、等々のソースを簡単に特定するような社会である、いわんや、オカマちゃんをすることのハードルはなかなかに高くなる。そんなレアモノを真っ昼間から発見するクエストの難易度は無限大である。しからば、俺のような無所属(学無し、職無し)新(今季より)が昼間から闊歩することこそ、ありえないことになりそうだが、やはり、宝くじを当てておいたことが効いているのか、咎められることは無い。いや、そこまでは無いが正しいが……


 やっぱり、オカマちゃんいねーわ。

「帰るか――」

 切り替えの早さがいいところ。散歩にも退屈を覚え、帰路に着こうとしたところ、奇妙すぎるヒトを発見した。

「お兄さん? おどおどし過ぎじゃね?」

 ピエロがいた。が、自信というものをドコかに忘れてきたのであろうか、うつむいてトンガリ靴を凝視している。ピエロとは、それで務まるのか?

「ま、いいや。ピエロだよね。何かみせてくれると嬉しいんですけど、どうでしょう?」

 彼はうつむいた顔を少し上げ、またうつむいた。うなずいたということにしておこう。

「何を見せてくれるんですか?」

 精一杯の笑顔で尋ねた。警戒されないことに、こしたことはないだろう。

 すると、彼は足元においてあった鞄から、曲刀を四本取り出し、ジャグリングを始めた。

 マヂカヨ。

「ちょっと、危ないって! 刃はついてないんだよな?」

 しかし、俺の不安をよそに、彼は淀みなく放物線を描き続け、三十秒程だろうか、そのくらいの時間がたったところでジャグリングを終えた。

 これは賞賛に価する芸だ。

「なんかすごいっすね。芸歴というか、ピエロ歴は長いんですか?」

 しかし、やはりというか、なんというか、先ほどまでと同様に、彼は何も答えずに、曲刀を仕舞い、手を振った。

「なんつうか、面白かったです。機会があればまた今度見せてください」

 彼は何も答えずに去っていった。ベリークールだぜ。職人芸って感じだよなー。どのくらい練習したら出来るのかな?

 コーラを呷る。うん、なんかテンションが上がって、気分がよくなってきた。

 そこで、俺の意識は失われた。



 ○月☓日



「え、短くね? 意味のありそうな日が三日だよ? この子、ビックリするくらい早く死んじまいましたよ?」

 俺ってこんなに引き篭っていたっけ? ……いたな。

「でも、次の日を見ることが出来ないわけでしょう? なら、そこで終わったと考えるのが自然じゃないかしら」

「エミコが操作して偽装を……」

「必要が無いでしょう?」

 クリティカルヒット。エミコを疑う必要は今のところ無い。

 エミコを信じないなら、全ての意味から疑う必要が出てくる。

「最初に答えてくれたわけだけど、俺は殺された? という問いに、なんでエミコは、・はい。と答えることが出来たんだ?」

「……私が下を観測していた限りで、自殺者がここに来たことはないからよ」

 下ね……

 けど、結論付けが至極、簡潔すぎないか? しかし、エミコが迂闊なことを言う事は考えにくい。それだけの例数を見てきたということだろうか? そこについて少々無遠慮と思いつつ、尋ねてみる。

「エミコは何故、観測が正しいといえるんだ? 実は大正生ま……」

 拳が飛んできた。初接触が、ナックルという衝撃体験をありがとう。でも、最後まで言わせてくれてもいいだろう……

「ここに来るには資質が必要なの。それはステータスボードで参照できるわ。資質を持ち、他殺される。私が体験した、全例がこのパターンよ。これが貴方は殺されたと判断した理由よ」

「みんな苦労して死んでいるんだな、泣けるぜ」

「貴方は安定してバカのようね」

 さすがの俺も、俺がかわいそうに思えてきた。自らの尊厳のために反撃をすることを決める。この扱いを生んだ責任はほぼ完全に俺にあることを棚に上げ、エミコ様に報復を開始する。

「人の名前を呼べないようなお子様に、バカとか言われても痛くも痒くもないね」

「貴方のような変な人間と話すのは苦手なの。真面目な人にはそれなりの態度で応じるわ」

「コミュニケーション障害ちゃんかと思ったぜ」

 もう一度拳が。飛んで。きた。こういうものは避けてはいけないと相場が決まっている。だが、痛い。

「もうダメージを受けたくないので、話を変えまーす」

 委員長風に決めてみる。

「どうぞ、タカハル君」

 エミコは議長然として指名してきた。

 次のキャラは……「メンドクサクナッタ」

 即時対応が出来ないので誤魔化した。

「ふざけてばかりだから、私が折れて、乗ってあげたのに……」

 エミコはガッカリといった様子である。かわいらしいところもあるじゃないか。

「真面目なことを言うとだな、死因に検討がつかないので、他の人を見せてください。ってのは如何?」

「今までの映像で見当がつかないなら、そうするのがベターだと思うわ」

 さっきの表情と違い無表情で答えた。切り替えの早いことで。可愛らしい感じでよかったんだけどな。

「候補なんだけど、まず、家族。あっ、俺、言ってなかったけど四人家族だから」

「あ、そう」

 今の、あ、は俺の、あっ、とカブっていて面白いね。などと言おうものなら、またしても、鉄拳制裁をいただけることが可能なので、自重しておこう。そんなものをご褒美と呼べる、マゾ趣味はない。

「構成はですね。父、母、俺、弟でして、この弟が賢いわけさ。だから、俺のことも巧く殺っちまえるのではないかと思うわけです。そのあとで、他の二人の様子も見たい。エミコはどう思う?」

 まぁ、怪しいのは一人かな。

「貴方と接触の機会は他の人よりも多いでしょうしね。いいと思うわ」

「では、ご一緒にいかがですか、お嬢様?」

 気障ったらしく頭を下げると、エミコ苦笑し、うなずいた。

 あとな、拳は握らないでくれ。

 俺は崩れた笑顔でもう一度、頭を下げた。

 負けたわけではない。痛いのが嫌なだけだ。それだけさ。泣いてなんかいない。



 三月二十日 マサト



 春休みも半ばだ。兄貴の高校は卒業式だけど、僕の方は昨日だった。

 卒業式なんて厳粛な場で、あの兄貴が、ふざけないでいられることが出来るのだろうか? リュウさんもいることだし、卒業って日に退学ものの馬鹿なことはしないと思うが……しかし、兄貴は危険だ。去年の卒業には、時間に起きていたにも関わらず、わざと式が終わる頃に登校して、担任の前を何回通ることが出来るか、ということをやっていた。まったく、心配になるから、バカな真似ばかりしないでくれと思う。

 心配していても仕方が無い。自分がすべきことをするべきだ。ともかく、今日は数学を目標まで進めて、その後は兄貴の部屋から小説を拝借して、一日を過ごそう。


「ただいまー。帰りましたぁ」

 兄貴か帰ってきた。しかし、兄貴のキャラ設定はどうにかならないのか。チャラいでもなく、ワルいでもなく、口語では分かりにくい言葉を使うスタイルは何に影響を受けたのだろう?

「どなたかいらっしゃいますか?」

 昨日は、「誰かいねーのか、コラー」だったかな?

「部屋にいるよ」

 分かってはいるのだろうけれど。

「マサトちゃんか。今日もいいことあったか?」と兄貴が部屋に入ってきた。

「普通だったよ。兄貴さ、昼間に鍵が空いていて、家にいると考えられるのは僕だけというのが想像出来るだろう?」

 まったく、兄貴は大雑把に生きすぎだ。

「いやー、すまんね。学校でリュウに九十万が当たったという話をしてしまって、ふと、強盗さんとかがいらっしゃっていたら、ヤバイなーって思ってさ」

 絶句した。まず、兄貴が高額な配当を得ていたこと、次に、それを日常のことのように話している精神、最後に、家に強盗がいた場合、その問いかけでなんとか出来ると思っているという三点について。

「兄貴、また当たったの?」

 この点について一番驚くべきなんだろうが、我が家においては一番後回しになる。兄貴は運の要素が絡むと本当に強い。

「最近なにかと入り用だからな。二百円払って、お金をもらってきた」

 またこれだ。でも、こんな感じで運がよければ適当に生きていても大丈夫なのかもしれないな。

 呆れ顔で「僕を巻き込まないでくれよ」というと、兄貴は、「悪かったな」と言うと自分の部屋に向かった。

「別に攻めているわけじゃないからなー」と少し大きな声で言っておく。

 小説を借りに行くのはまた今度にしようと思い、明日の分の予習を始める。



 三月二十二日 マサト



 携帯電話を確認すると、メールの受信があったことが示されていた。

「あの人か……」僕は陰気な人間ではないと思うが、さすがに、こう何度も、欲しくもないメールが届けられると、憂鬱な気分になる。兄貴はウチの一族みんなが幸運であると思っているようだが、僕は間違いなく当てはまらない。母は至って平均的な運を持っていると思う。ということで、特殊なのは、兄貴と父の方だと思うが、二対二では、家系が関係するとは言えないな。メールは受信していることを相手に確定させないから助かる。ケータイの光は無視して居間に行くことにした。


 陸上競技場に毎日のように行くことが出来るのは、休みの良いことの一つだと思う。三年生も完全に部から姿を消し、新三年生がいない短距離ブロックではブロックのリーダーとして頑張らなくては、と思うが、変な人にメール攻勢をかけられるは、兄貴は適当に生きているはで悩みは絶えないだけれど……

 部活に出かけようと準備をしていると、「マー君、元気ない?」と母が思案顔で聞いてきた。

「少しね、でも大丈夫。兄貴はどうするのかなと思ってはいたけれどね」はにかみ、母の心配になりそうな方は隠して答えた。

「ター君はなんだかんだで、どうにかしてしまう子だから、マー君が気にすることないと思うわ」と、母はなんでもないように答えた。

「だけどさ……」

 だが、母に言っても仕方が無いことに気がつき、出かける準備を進める。兄貴への考え方は人それぞれだ。

「今日は部活よね? 頑張ってらっしゃい」

「ありがとう。行ってきます」

 逃げ出すような気分で家を出た。



 ○月☓日



「よくできた弟さんよね」念押しをされる。

 先制パンチを打たれ「あぁ」としか答えることが出来なかった。

「マサト君とタカハル君は、生まれてくる順番を間違えたのかしら?」

 …………うっさい。あと、タカハルを先にもってこい。

「穿った考え方をすることしか出来ない誰かさんには、あの少年が狡猾な男に見えていたと、そういうことかしら?」

「そうかもしんないッスねー」

 遠い目をしておく。

 それと、少年ってエミコさん、アナタ、何歳ですか?

 短い時間ではあったが、マサトという個人として意識したことはこれが初めてだった。今までの俺は、ヤツを、勉強の出来る隣人としてしか、認識していなかったのだなと思った。それは、少し寂しいことだったと、死んでから気がついた訳だ。なかなか滑稽な兄であったと言わざるを得ない。疑っていたのは、別の人物だがな。

「マサト君も問題を抱えているようだけれど?」

「ストーカーのような存在がいるようだったな。ヤツは賢くて、顔もいいしそのくらいいるかもしれないな」

「確かに、貴方とは違って人気がありそうな子よね」

 違って、を強調して言われたような気がするが、気にしない。

「ケッ、よく母にも言われていたよ。と、いうことで次は母にインタビューいってみようか」

 今は逃げの一手だ。



 三月二十二日 サチ



 マー君を見送ったし、私も準備しなければね。

 ……その前に……、「ター君ー。起きてるのー?」

 しばらくして、「起きてるよ」とター君ーが居間に降りてきた。

「私はパートに行くけれど、お昼はどうする?」

「冷蔵庫のものを使っていいなら、勝手に作るよ」

「今日は買い物に行く予定だったし、あるものなら好きに使っていいわよ。余っている豚バラを使ってくれると助かるわ」

「了解した。そろそろ時間じゃないの?」

 敬礼のようなポーズをとっている。手をヘラヘラさせて、だらしないフリが好きね。

「そうね。行ってきます」

「行ってらっしゃい。気をつけて」

 ター君が笑顔でそう言った。やはり、我が子の笑顔はいつ見てもいいものだ。


 家を出て、車に乗る。

 ター君はきっと酢豚を作って食べるだろう。買っておいた材料は、豚バラ(薄切り)、たけのこ、ピーマン、パプリカ、にんじん、たまねぎ、酢豚に都合のいいものばかりだし、それがあの子の得意料理で好物だ。あの子も男の子にしたら料理は出来るけれど、たけのことパプリカを同時に使って、尚且つ、食べたい物といったら酢豚しか無いよね。豚バラを片栗粉でまとめるあの子の酢豚は特別に美味しい。『ケチャップとオイスターソースがポイント』だそうだ。

 将来は少し心配なのだけれど、あの子は強運でなんとかしちゃいそうね。お父さんのいいところ全てを受け継いでくれればよかったのだけれど、運のよさだけを受け継いで、怠け者なところとかは私に似てしまって、少しかわいそう。マー君は運がいいわけではないけれど、真面目な子だから、そこでバランスが取れているのかしらね。


 職場に着いた。

 車で行く必要もないかな? いつも思うけれど、惰性で続けてしまっている。ター君が免許でも取れば譲ろうと思うけど……

 とにかく今日も程々にがんばろうかな。



 ○月☓日



「ター君ーと呼ばれているのね。弟さんの時から予想はできたけれど」

 エミコの顔は今にも吹き出しそうである。何か食べ物を口に含んでいるなら、小粋なジョークでも言って、吹き出させてやろうと思うが、何も食べていないので言わない。そもそも、ここで食事は必要なのだろうか?

「悪いのかよ」

 あと、そこをイジられるのはちょっとばかりムカつく。母さんはいいんだよ。だが、そんなことより、母さんが、いろいろと考えていたことが意外で驚いた。普段からのんびりとした人だから、想像も出来なかった。

「嫌がりそうだと思ったわ」

 エミコは意外そうに聞いてきた。

「気に入ってはいないよ。まぁ、いろいろとあんだよ」

 母親が家族の中で一番好きだから好きにさせている、とかは恥ずかしいので言えないぜ。マザコンぎみであるとは自覚している。

「この人を視るのもずいぶん早く打ち切ったわね」

「ああ。そういえば容疑者なんて一人しかいないんだわ」

 俺は一度言葉を切る。

 あんまり視たくも無いんだがな……自分が殺される理由が分かってしまうかもしれない。少なからず心へのダメージはあると思う。

「親父だ。親父を視る」

 憂鬱だ。



 四月四日 セイジ



 起きているのは……サチだけか……

「御早う」

「おはようーお父さん」

 何時も明るい人だと思う。朝から元気で少々疲れるが悪くはない。

「今日はいい天気だね。君なんかは一日怠けていたいと思うのかな?」

「そうねぇ……のんびりと散歩とかはしたいかも」

「それにはお供したいものだね」

「でも、仕事に行かなければダメよね。ご飯、並べるわ」

 そうだな。何時までも空想に浸ってはいられない。マサトをそろそろ起こしてきたほうがいいだろう。タカハルは……放っておこう。

「マサト、起きているか?」部屋の前で問うと、「少し経ったら行きます」と返ってきた。

 起きていたのか。余計なことをしたな、と思い、食卓につき手早く食事を済ませる。

「では、行ってくる」

「いってらっしゃい」

 いつの間にか食卓についていた、マサトが答えた。気がつかなかったとは、少し疲れているのかもしれない。


 職場へ着いた。

 今日は市の入札か……これは私の『当てる』能力を以てすれば容易い。この力で私の会社は急成長をした。私の能力を使えば、他社も手が出せない。不正行為の疑いは数限りなく受けることとなったが、証拠などは当然見つかるはずもなく、でっち上げようにも、繋がりが全くないところの入札を全て成功させると、口だけの人間は皆黙った。敵となる人間はどんどん消した。私に同業者が裏金を送ってくることもあったが、そんなくだらない人間は告発した。そのようなどう仕様も無い人間を全て黙らせたらこの町はいい町になるだろう。



 ○月☓日



「終わっちゃったぞ」

「つまり、貴方の死んだポイントで貴方のお父様はお仕事中というわけね」

 俺を殺すとすれば親父に間違いがないハズなんだが……そうだ……

「俺の死んだ様子を見ていたかもしれないヤツを視てみよう」

 まず、最初にこれをするべきだったんだ。正直、犯人=親父と決めつけていたから、外堀を埋めていく感じで進行したなら、ミステリー風で楽しいか、とか考えていたが、実際、そんな状況ではない。俺の一つ限りの命。エンターテイメントを意識している場合ではなかった。変な空間にステータスボードとクールビューティーな少女に楽しくなっていた。少しは真剣になろう。たぶんそうすることが人間としては、正しい。この期に及んでまでも遊んでいるのは、俺が義務教育の生徒でも怒られるであろう不真面目さだ。ぶっちゃけ、それでも、真剣にはなりきれない。

「つまりは誰を視るの?」

 分かっているくせに。

「ピエロがいたろ。アイツは俺を見ているハズだ。四日のアイツを視る。よろしく頼むぜ」

 でも、予想外のことが起こったほうがめちゃくちゃ楽しいのは確かだ。



 四月四日 ピエロ



「はぁ……」

 誰が見ているわけでもないが、俺は溜息をついてしまった。この場に親しい友人でもいれば、「どうした?」という言葉を期待通りに貰えそうだ。

 何の因果かピエロなんて始めて二日目だ。そもそもこんな田舎町でピエロをしていても仕方が無い。分かってはいる。しかし、この肩の上がらない体と怠けきった頭で、この時期から何を始められようか。新卒の募集は終わり、進学しようにも、もう遅かった。

 それにしたって、一週間ほど前のテレビに影響なんてされるんじゃなかった。テレビに映っていた男とは、意気込みも年季も年代も場所も違うのだ。だが、セットは一式揃えてしまったし、やるしか無いのだ。昨日もこの場所で道化を演じていたから、誰かが来てくれるかもしれない。

 中途半端ながら、決意をしたところ、人が近づいてくることに気がついた。うわ、緊張してきた……

「お兄さん? おどおどし過ぎじゃね?」

 コイツはマズい。タカハルじゃないか?

 何かを言っているが、耳に、頭に入ってこない。なんだ、変なヤツがいると早速聞きつけて様子を見に来たのか? あり得る。一見、無気力の塊のような人間だが、実際には、気になることには労を惜しまないヤツだ。一度、確認しようと顔を上げる。間違いなく、タカハルだ。顔をしっかりと見られるとマズいな。唯一の得意技を披露して、そっちに注目してもらうことにしよう。

 鞄から曲刀を取り出し、放物線を描いて、手に戻るイメージを四つ作る。そうして。曲刀を放り投げる。よし、あとはイメージし続けるだけだ。おっと、あまり派手には出来ない……肩の可動域は十分じゃない……

 そろそろ飽きただろうか、あまり長く見られるとボロが出る。このへんで止めて、逃げよう。曲刀を回収し、仕舞う。

「なんかすごいッスね。芸歴というか、ピエロ歴は長いんですか?」

 タカハルよ、思ったより食いついてくれるな。俺が流浪のピエロならとても嬉しいことだったろうよ。テレビのあの人も、「楽しんてくれる人がいると嬉しいです」と言っていたよ。ただ、今は恥ずかしいから逃げるからな。ピエロ道を貫くため、コミカルさを意識しつつ、手を振って去る。

 よし、今日は店仕舞いだ。と帰路に着こうとしたとき、後ろで物音がした。逃げ去りたい気分と好奇心が葛藤する。そして、うるさいくらいのあのタカハルが、何も興味を示さないことを不審に思い、恐る恐る振り返った。

 そこには、こぼれるコーラと倒れたタカハルがいた。

「おい、冗談だよな? ピエロを驚かすなんて悪趣味だぞ………………」



 ○月☓日



「分かったことは二つ。ピエロが犯人ではない。ピエロは俺の知り合い。これについてはどう思う?」

「一つめについては同感ね。主観をここまでコントロール出来る人間がいたら最早、それは人と言えないわね。二つめについては、知り合いというより、もっと親しいように感じたけれどね」

 確かに、俺の死に際にピエロが発した声はよく聞いた覚えがある。あれは……分からん。死を体験したことによる記憶の混濁のせいだろう。けっして、記憶力の低下ではない。老化にはまだ早過ぎる。……はずだ。

「あとはどうかな?」

 彼女の意見も聞いてみたい。

「コーラがヒントかしらね?」

 改めて視ると、大好物のコーラと共に死ねたというのは、俺のような人間には上出来だったかもしれない。あと、コーラ飲みたい。

「そういえば、コンビニで買っていた種類とは違ったわね」

「あぁ、あの日は買いだめしてある安物を飲んでいたっぽいな」

「それなら、その中に毒を仕込めば、アリバイを持ちながら、貴方に死んでもらうことも可能ね」

 そうすれば、親父犯人説が通るか? だが、それはおかしい。親父の四月四日の感情には、無関心もしくは憎しみはあれど、殺しに関することが現れていない。つまり、四月四日に俺が死ぬかもしれないとは思っていない訳だ。そもそも、あのクソ野郎がそんな、犯人の限定されることを仕掛けてくることが考えにくい。

 少し、黙っているとエミコは、「とてもそんな仮説は納得がいかないと言いたいようね」と言ってきた。分かってらっしゃる。

「それをしてくるとすれば、親父なんだと思うが、どうもらしくないと思ってな」

 曖昧に答えた。断定するには物足りない。

「感情、感覚というものは難しいものよね」

 何か思うことがあるのか、独り言のようにエミコは言った。

 このポイントが重要だが、これ以上の進展はまだ難しいかもしれない。話題を変えよう。

「俺、ピエロの正体を決定づけておきたいんだが、エミコさん、ステータスボードの使用許可を」

「それ、重要?」

 うーん、あまり重要じゃない。たぶん。だが、気になるから断定しておきたい。俺は眉間にシワを寄せ、真面目を装う。

「別にいいけど、人間関係に関しては、知りすぎるのもどうかと思うけれど?」

 確かに。同意したいことろだが、気になるし、つうか、行き詰って暇だし、と思い、眉間にシワを寄せることを止めないでおく。

「……まぁいいけれどね……」

 眉間にシワを寄せる。呆れないでくれるとありがいたい。

「ピエロの三月二十一日を見せてくれ」

 ここに誰が出てくるか……それはおそらく……



 三月二十一日 ピエロ



「うー、ダルい……」

 卒業式の後に、ボウリングなどで、一晩なんてコースは、やってしまった後に後悔するわけでね……まぁ部活の付き合いというものも大事にしなければな。

 新生活の準備もできているわけだし、今日はゆっくりゲームでもして過ごすことに……おっと、荷物は新たな住まいに送ってしまっている。ここは、欲しいと思っていた携帯ゲーム機を買うチャンスだろう……数日は暇になってしまうのは確実なんだ。さすがにタカハルを遊びに誘うのは、サチさんには悪いし、セイジさんが恐ろしい。

「少し出かけてくる」

 母に告げ、自転車で電気屋へ向かう。

 さすがに、雪はもう無くなっていて、春を感じさせる風が心地良い。

 そうして、自転車を漕いでいると、見知った顔を見つけた。

「やぁ、マサトじゃんか」

 声をかけてから気がついたが、なかなかの美人さんと話しているところのようだ。邪魔してしまったかな、と思ったが、マサトは口説きモードではないらしい。

「リュウさんじゃないですか。お久しぶりです。お買い物っすか? そうですよね?」

 なんだ? ヤバい状況ってヤツか? まぁ、助けてやるか……

「あぁ、フジタ電気に行こうと思ってんだよ。来るか?」

 マサトが、「ええ、一緒に」まで言ったところで、その女が割り込んできた。

「ちょっと待って下さい。今は私が話しているところですよね?」

 わ、この人けっこう危ない人なのかもしれないな。マサトよ、モテるのは程々にな。

「そうですよねー。じゃあ、要件を早くしてくださいよ。後が支えているんで」

 これくらいで引き下がってくれるといいのだが……事態というものは簡単には好転しない。

「貴方の用事なんて一人で大丈夫でしょう? 私はマサト君と話しているの」

 まぁ、そうだけどさ……絶妙に会話の成立が困難であることは理解できた。コレはなかなかアレな御方のようだ。ということで強硬手段に出ることにする。

「マサト、行くぞ」

 そうすると、その女の様子が豹変し、明らかに早口になった。

「待ちなさいといっているの。わからない? わかるわよね? わかったら動くのをやめてくれるかしら? そう難しいことをいっているわけじゃないの。連絡先を……」

 よし、逃げよう。コイツは駄目だ。

 マサトに目で合図し、自転車に駆け寄る。

「貴方、余計なことを考えないでね」

 突き飛ばされた。ガードレールが近づいてくる。いや、俺がガードレールに近づいていく。肩をぶつける。アスファルトで肘を擦り剥く。イテェ……

「おい! なにやってんだよ! わかったよ。要件はなんだよ。但し、簡潔にだ。リュウさんが怪我しているからな。リュウさん、俺のせいで本当にすいません」

 マサトが叫んだ。

 いや、擦り剥いたところが痛むくらいだからいいけどさ……なんというか、不幸ではあるよね……はぁ、休日が台無しだよな。

 少しの間、ボーっとしていると、「リュウさん、話をつけてきました。本当にご迷惑をおかけしてすいません」とマサトが戻ってきた。

 文句の一つも言ってやろうかと思い、女がいた方を少し恐れながらに見ると、彼女はもういなくなっていた。

「お前が謝ることじゃねーよ。大丈夫だったのか? てか、またナンパでもしたのか?」

 マサトの女性関係はコロコロと変わる。たまにあうと違う子と一緒に歩いている。

「いつも言っていますけど、ナンパとかしないっすから。病院とか行かなくて大丈夫ですか?」

 いつもコイツはこんなことをいっているが、真実はどうなのだろうか。以前は、競技場でいきなり声を掛けられまして、学校の休み時間に……など受動的モテるということを言っていた。一種の才能なのだろうか。

 体は……擦り剥いたところがなかなか痛み、肩は少しズキズキとする、

「大丈夫だろ。んで、今日はどうしてこんなことに?」

「今日は本当に意味がわかんないっす。所謂、一目惚れってヤツみたいでしたけど……」

 はっ、これだからモテモテくんは……

「結局、どうしたわけ?」

「なんか、メアドだけでいいの、ってことだったんで、リュウさん怪我したみたいだったから、教えて帰ってもらいました。体は本当に大丈夫ですよね?」

 確かにコイツがモテるのもわかる。優しくて、イケメン寄り、秀才、運動は県大会で上位入賞、だが、そこまでモテるの不条理であるとも思う。女だけに効く何かがあるのだろうかね。

「だから問題ないって。メアド教えちまって大丈夫か?」

「メールならある程度は冷静に話が出来るだろうし、まぁ、仕方ないですよ」

「そんなもんか……モテる男は違うよなー」

「止めてくださいよ。今、彼女いるんで、困るんですよね。てか、リュウさんも中学の時にバスケ部の子と付き合っていたじゃないですか」

 そんなこともあった。もう何年も前のことだ。

「程度の問題だっての。お前はちょっと異常だよ」

「普通ですけどねー。やっぱ、リュウさん病院に行ったほうがいいっすよ。血がけっこう出ていますよ」

 うわ、確かに……これで電気屋へ、ってのはなかなかに問題がある。だが病院は面倒だ。家に帰るとするか……

「家で大人しくしとくわー。マサトも気をつけろよな」

「ご迷惑かけてスンマセンでした」

 ったく、休みが台無しだわな。



 ○月☓日



「面倒だからこの日だけでいいや。取り敢えず、ピエロ=リュウだったわけだ」

「ピエロになった理由は気にならないの?」

「だってここから何日も視るのは退屈だろ? 大方、肩の怪我だろうさ。折れたりしている所よりも、擦り剥いた所の方が、最初は痛く感じるということを聞いたことがあるよ。ピエロは犯人ではないみたいだし、プライバシーだよ、プライバシー」

「今更プライバシーとか言い訳にもならないと思うけれどね……」

 エミコは辟易としていた。そりゃあ、立件されたら、敗訴が確定的だけど、こんな場所に司法機関も立法機関も、ついでに、行政機関も無いだろうさ。そもそもそんなものがあったら、まずは人殺しを何とかしとくれよ。

「話は変わるけど、マサトが付きまとわれていたな。あれはどっかで見たけれど、誰だっけ?」

「貴方が幸薄女と言っていた人でしょう」

 あぁ。そんなの視ていたな。こんなところでご登場とはね。

「確か、そいつを視れば、オールキャスト勢揃いってところかね?」

「そのはずよ。さっき視た日をその人の方から視るの?」

 どうだろう……さっきの幸薄女はどうかしていた。そんなものを視るよりも……

「俺がコンビニに寄った日、関わりがあるとすればその日だろう」

 アノ人、少し変だ。



 四月三日 幸薄女



「あの人がここに来ることはないのかしら……」

 あの人に会ったのはもう一ヶ月も前のこと……切れ長の二重まぶた、若さに満ちている白目に、深さを持った黒目を見たときに、すぐに好きになってしまった。それから、その人のことを調べてみると、県で一番の進学校に通う秀才で優しい性格ということが判り、さらに大好きになっていった。少し前には、邪魔が入ったけれど話すこともできた。きっとあと少しだ。あと少しで全てが上手くんだ。そのためにはあの人の近くに住んでいなければならないし、お姉さんとして頼れるところも見せなければと思い、大学に行くのもやめて、コンビニエンスストアで働く時間を増やすことにした。

「あれは……本当に現れるなんて……」

 あの人に会ってから、数日たって、私は冷たい目をしたオジサンに出会った。その人は、「この人に会ったら、手に触れて、その次の日に、この図の化学式を思い浮かべるんだ。そうすれば君にはきっといいことがあるよ」と言って、写真と化学式が記載されたものを渡してきた。いいことといえば彼、マサト君と仲良くなることに決まっている。オジサンが少しマサト君に似ていることもあって、その二つを必死に覚えた。でも何日たってもソイツは現れない。ソイツが現れてくれないと、おまじないが出来ない。だから、マサト君に接触するのを我慢していたのに……全然現れないから……マサト君の第一印象が……それもこれもコイツの責任だ……

 ――コイツが何か言っている。いつの間に近づいていたのだろう。ともかくおまじないをしなければ……何かを問いかけられたようだ……肯定しておこう。

「そうですね」

 出方を伺う。大丈夫、会話は成立しているらしい。精算をして、お釣りを渡す時に手に触れよう。でも、金額ちょうどに出してきたらどうしよう……それなら、レシートを渡すときに手に触れよう。でも、レシートをいらないと言われたら? 関係ない、押し付けるだけ。

 また、何かを言っている。レジの操作にも慣れてきたはずだけど、マサト君のことを考えてしまって、預かり金額の入力が上手く出来ない……でも、この預かり金額ならお釣りは出る。よかった……だから落ち着こう……会話にはまた肯定しておこう。きっと会話の続きだから、肯定の次も肯定で大丈夫……

「まぁ、そのようなものですね」

 よし、精算完了。あとは……

「三円のお返しです。レシートはご利用ですかね?」

 早く。

「どうもです。レシートは必要ないです。コーラ、どうも、ありがとうございました」

「またお越しくださいね」

 やった、やったぁ。これですべて上手くいくはず……明日はおまじないが成功するんだ……



 ○月☓日



「この人はもういいや……気持ち悪ぃし」

「なかなかの入れ込みようよね。偏執といってもいいんじゃないかしら」

 マサトもイカしたオネエさんに狙われたもんだ。

「気になることが二つ。俺の写真を渡したオジサンなる人物と、化学式の正体について。といっても、化学式の方は、カーボンが十に、ハイドロが十四で、ニトロが二、んで、あの結合……記憶違いでなければ、ニコチンだ。確かに、俺が死んだ時の状況も、その薬理学的特性を考えると、俺がニコチンが原因で死んだのは、正しいじゃないかと。まぁ、ニコチンで死んだ他の人にインタビューしたわけじゃないから、あくまで、その効き方は想像でしか無いが」

「そんな知識をどこで得るのよ」

 俺はマサトほどの秀才では無いが、日々を無駄に過ごすことにかけては天才的だからな。医師になるつもりも無いのに、アレルギー疾患のガイドラインを覚えるくらいに読んだこともあった。だから、そんな無駄知識の一つや二つや三つ位はあるもんさ。マッドな子だと勘違いされても困るので、「たまたまだよ」と言っておく。……なんか、マッドな子の言い訳にしか聞こえないな? 十八歳にして、遂に、生き方を反省するべきかと思えてきた。実際、殺されちゃっているわけだし。

「オジサンねぇ……」とつぶやいてみる。

 そもそも、このキャストにはオジサンは一人しかいなかった。女の記憶にあったオジサンの顔は朧げだが、俺の記憶にある、『ヤツ』の顔から得る印象にピッタリとハマった。

「今の所、大人の男は貴方の父親のセイジさんしかいないわね」

 俺が言おうと思ったのに……まぁ、そうだな。冷たい目でマサト似(幸薄女談)しかヒントが無いが、今の所はその仮定でいこう。

「しかし、あのリアリストがおまじないだと? 俺はそんなの納得できねーぞ」

「彼自身はおまじないと言っていないわ。『そうすれば君にはきっといいことがあるよ』と言ってはいたけれどね」

 詐欺師くせぇ……しかし、目的が分からん。呪いとかそういうものならば、やり方がムチャクチャだ。女の主観から、ニコチンを知らなかったことは分かったが……

「リアリストは呪いなんて不確かなものは信用しない」

 そんなもので人が死んでいたらヤバいだろ。

 つまり、いや、やはり――信用に足る何かが存在する。

「でも、貴方の父親しか今までのキャストにはオジサンはいないわよ。まぁ、所謂モブの中にはいたでしょうけれど?」

「……あと一人、オールキャストには足りていない」

 ソイツの視点が決定的に足りていない。ビンゴの真ん中の番号を引くことの出来ないような状態のように感じる。そこを回避しながら進めてきたが、どうやら、その番号は解答をもらうためには必須の箇所のようだ。

「……誰のことかしら?」

 分かっていてとぼけているだろう?

「エミコさん、貴女です」

 ちょっとカッコつけてみた。探偵っぽいだろ。エミコが犯人では無いので、指を差すようなことはしないけど。

「私は直接には関係していないはずだけど?」

 正にその通り。彼女には手の出しようがない。しかし……

「いろいろとおかしかったんだよ。いや、おかしいというか……ともかくエミコは何か重要なことを隠している。ステータスボードってなんだよ。あと、能力ってなんだ? 俺が心を読もうとしたら気づいただろ?」

 そう、それは彼女に会って少ししてからのこと、心を読もうとしたら、気づかれたことがあった。俺はそれを特技があるくらいの認識でいたが、心を読もうとしたとき、彼女は即時に反応した。たぶん外見的な変化は無いはずなのに気がついた。普通の視点では気がつくことの出来ない何かが彼女にはある。

「意外と鋭いのかしら? それともヒントを出し過ぎたのかしら?」

「お前がステータスボードの力を見せ過ぎたのは原因ではあるかな。プライバシーに配慮してきたつもりだが、コマが揃わない。ここを回避しながらでは答えにたどり着けない気がするんだ」

 生と死のハーフウェイ・ポイントとも思えるここで、だらだらとエミコと遊んでいるのもよいが、それに付き合わせ続けるのも、どうかと思うし、まずはしっかりと死因を理解してみよう。

「そう……じゃあ、私の視点、視てみる?」

「それで説明になるのならば」

「十分すぎるわ。長くなるから、重要でないところはスキップをするわよ」

 やっぱスゲーよ、ステータスボード。


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