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少し運がよいはずの男14

 四月三日 サクラ



「あの人がここに来ることはないのかしら……」

 彼に会ったのはもう一ヶ月も前のこと。切れ長の二重まぶた、若さに満ちている白目に、グラデーションがあって深さを持った黒目を見たときに、すぐに好きになってしまっていた。それから、その人のことを調べてみると、名前はスドウマサト君といって、県内で一番の進学校に通う秀才で、その上に優しい性格ということが判り、さらに大好きになっていた。少し前には、邪魔が入ったけれど、きちんと話すこともできたし、メールアドレスも教えてくれた。きっとあと少しだ。あと少しで全てが上手くんだ。願掛けのためにはマサト君の家の近くに住んでいなければならないし、お姉さんとして頼れるところも見せなければならない。大学に行く間に彼になにかあったら困るから、マサトくんが通う高校近くのコンビニエンスストアで働くことにした。

 自動ドアがスライド。内部のセンサーが反応し、来店を示す音がした。

 来店者の顔を見る。

「あれは……本当に現れるなんて……」

 驚きで、思っていたことが声になっていた。

 マサト君のメールアドレスを手に入れてから、数日が経った日のことだった。私はメタルフレームの眼鏡の奥に冷たい目を持ったオジサンに出会った。その人は私に、若い男性の写った写真と数種類のボトル入りコーラを渡し、「この人に会ったら、まず彼の手に触れる。その日の夜に、スドウマサト君の家の冷蔵庫にあるコーラを、今渡したものと入れ替える。そうすれば君にはきっといいことがあるよ」と言った。私にとっていい事といえば、マサト君と仲良くなることに決まっている。その眼鏡のオジサンの顔の造りが、少しマサト君に似ていることもあって、渡された写真の顔を確実に記憶し、数種類のコーラを大切にしまっておいた。でも何日たっても写真のコイツは現れない。コイツが現れてくれないと、教えてもらったおまじないが出来ない。だから、運が私に向くまではマサト君に接触するのを我慢していたのに……コイツは全然現れなかった。

 それもこれも目の前に居るコイツの責任だ。この男が私達の障害だった。コイツこそが二人の仲を阻むものだ。

 ――いつの間にか目の前にいた、写真のコイツが何か言っていたみたいだ。

 私はおまじないをしなければならない。ともかく。なにがあったとしても。

 語尾だけだが、コイツはたぶん、「~ですか?」と言っていた。私は何かを問いかけられたようだ……。ひとまず肯定しておこう。

「そうですね」

 そしてコイツの出方を伺う。

 私の言葉を聞いて、表情から、違和感を覚えるという様子は見られなかった。なら大丈夫、会話は成立しているらしい。

 そうだ、第一のおまじないをしなければならない、この機を逃してはならない、絶対に。まずは手に触れること。品物を精算して、お釣りを渡す時に手に触れよう。でも、会計ちょうどにお金を出してきたらどうしよう……。それなら、レシートを渡すときに手に触れよう。でも、レシートはいらないと言われたら?

 その時は関係ない、押し付けるだけだ。

 また、コイツ何かを言っていた。そしてレジ台には百五十円が置かれていた。レジの操作にはだいぶ慣れてきているはずだけど、マサト君のことを考えてしまって、預かり金額の入力が上手く出来ない。でも、この預かり金額ならお釣りは出る。よかった……。だから落ち着こう……。会話にはまた肯定しておこう。きっと会話の続きだから、肯定の次は肯定で大丈夫なはずだ。

「まぁ、そのようなものですね」

 よし、精算完了。あとは……。

「三円のお返しです。レシートはご利用ですかね?」

 早く。手を出して。

 コイツの右手が伸びる。その手は、手のひらがしっかり開かれ、私の手が触れてしまわないように配慮をして差し出されたように見えた。勝手に憎しみすら抱いていたのだが、少しだけ申し訳ない気持ちになる。そういえば、この人に罪はないのだ。もっと早く現れてくれたなら、こんな気持ちにならず、なおのことよかったのだけど……。

「どうもです。レシートは必要ないです。コーラ、どうも、ありがとうございました」

 今度は何を言っているのかしっかりと聞き取れた。

 お釣りとして渡すべき一円玉三枚ををしっかり人差し指、中指、親指で挟んで運び、彼の手のひらに置く。そして、人差し指で、さりげなくも、彼の手のひらに確実に触れておく。

「またお越しくださいね」

 その言葉を言い終わって、ここ数日間では初めて、私は自然な笑顔になれた気がした。

 やった、やったぁ。これでコーラを入れ替えたらすべて上手くいく……。おまじないが成功するんだ……。


 深夜。マサト君の家に行く。さすがに玄関は開いていなかったが、窓の鍵がかかっていないところがあったので、そこから中に入り、冷蔵庫の中身を確かめ、手持ちの幾つかのコーラから同じ種類のものを取り出し、冷蔵庫のものと入れ替えて、立ち去った。



 ○月☓日



 ステータスボードが脳にダメージを与える可能性を真剣に検討してしまうほどの思考の情報量だった。

「この人はもう十分だろ……。脳内の妄想が俺の頭にはヘビィすぎる……」

「なかなかの入れ込みよね。もうこれは偏執と言ってもいいくらい」

 それにしても、マサトはイカしたオネエさんに狙われたもんだな。アイツ、大丈夫かなあ……。

 でも、まずは自分のことにカタをつけようと思う。解決への糸口が見えた気がした。

「オジサンねぇ……」

 そもそも、この殺人劇にオジサンは一人しかいなかった。女の記憶にあったオジサンの特徴は、俺の記憶にある、『ヤツ』の顔から受ける印象にピッタリとハマった。

「今の所、大人の男は貴方の父親のセイジさんしかいないわね」

 エミが俺のつぶやきに対して応えたようだ。

 それ、俺が言おうと思ったのに……余計な真似を……。

 けど、やっぱりそうだなと思う。メタルフレームの眼鏡の奥に冷たい目、アンド、マサト似(幸薄サクラ談)しかヒントはなかったが、今の所はその仮定でいこう。

「サクラは俺の親父らしき人物から、コーラのすり替えをするように動かされた。動くきっかけとなるのは俺の来店。そしてそのタイミングを親父は把握できない。つまり、親父の主観的に違和感が発生することはない。きっと窓の鍵はサクラとの接触以降からは毎日開いていたんだろうな。仮に間違ってサクラの住居不法侵入が見つかろうものなら、マサトへのストーカー行為ということにしてしまえるだろうしな。アレの中身はニコチンかな……あれはアルカロイド系だしな……」

「――ちょっと、どこでそんな知識を……」

 俺の言葉をエミが遮った。

 そんな知識をどこで仕入れたかって?

 俺はマサトくらいの秀才ではない、残念ながら。だが、日々を無駄に過ごすことにかけては天才的だと自認している。いつの日にかも、医師になるつもりも能力もなんてものもないのに、アレルギー疾患のガイドラインを暗記してしまうくらいに読んだことがあった。だから、そんな過程で世界の毒物名鑑を読んだりもしていて、無駄でしかない知識の一つや二つや三つ位は増えていくのだ。

 だが、そんなただの暇つぶしをあげつらって、俺のことをマッドな子だと断じられても困るので、「たまたまだよ」と言っておく。

 ――薄く笑いながら。

 意味もなく、なんか、マッドな感じを演出してしまった。簡単には性根を変えられないものだ。

「しかし、あのリアリストがおまじないだと? 俺はそこが納得できねーぞ。嘘でもそんなことを言うようなやつじゃないぜ」

 俺の言葉に対して、エミは首を横に振った。

「ちなみにだけど、メタルフレームの彼自身はおまじないと言っていないわ。『そうすれば君にはきっといいことがあるよ』と、言ってはいたみたいだけれどね」

 その発言、めちゃくちゃ詐欺師くせぇ……。相手の解釈次第で意味がいくらでも変容する。

「エミ。ここから生きている人間に向けて、ステータスボードで思考を視せることって出来るのか?」

「ええ、たぶんだけど大丈夫」

「俺、もしかしたら、満足ってヤツ出来るかもしれないぜ」

「本当に?」

「試してみる価値はあると思う」

「何を、誰に視せるの?」

「親父に俺の十秒後の脳内を。いけるか?」

「ええ……じゃあ今から十秒でいい?」

「オーケー」

 エミがカウントを始める。

 まずは俺の顔を、鏡で見たことがある顔を、脳内に鮮明に浮かべる。

 次に脳内で創り出した俺におもいっきり舌を出させる。顎に付くくらいに舌を伸ばした顔を想像。

 おもいっきり目を剥く。デコに皺を寄せる。

 減っていくカウント。残りは二秒。

『母さんとマサトを不幸にしたら許さねぇ』と、俺が発信したという意味を持たせた言葉を脳内に浮かべる。

 エミが少し笑った気がした。

 もうカウントダウンは聞こえなかった。つまり送信は完了したはずだ。それをエミに確認する。

「親父に視せられた?」

「たぶんね……だけど貴方、ひどい顔していたわよ?」

 どうやら、本体の俺もなかなか変な顔になってしまっていたらしい。エミの笑い顔をしっかりと見られなかったのが残念だ。

「どう? 力が抜ける感じがしたりしない?」

 体を動かしてみる。

「いんや、まったくしないね。バリバリ元気だ」

 今ならマサトに短距離走で勝てるかもしれない。そのくらい体は自由だ。

「そう……」

 大体、俺は親父に幼稚な復讐をしたかっただけだ。このくらいじゃ、俺は消えるつもりはない。かといって、これ以上、親父に手を出すつもりもない。悔しいことだが、アイツに破滅されては愛すべき家族が困るだろう。

「……せいぜい怯えて生きてやがれ」

「何か言った?」

「なんでもないよ。――さて、どうしたものかねぇ……」

 そんなことをつぶやいてから。とりあえず、雲の果てを目指して、奇声をあげながら駆け出してみた。ごちゃごちゃした気持ちの整理が付けばいいなと思いながら。


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