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少し運がよいはずの男13

 ○月☓日



 脳が備え付いていた辺りに血がめぐっていくのを感じる。

 右手の拳を作ってみる。少々違和感があったが、俺の五指はしっかりと機能していた。

 自分の体の輪郭がはっきりしない気がする。きっと、連続して他人の思考が流れこむのは疲れることなのだろう。

 身体的感覚が完全に戻ってくる前に脳が様々な発見の整理を始める。

「えーと、人間の能力はステータスに依存していて、加えて才能的な何かでマサトがテンプテーション君で? リュウは超人的スキルの持ち主で? 俺の母さんは普通の人? ――ああ、そうだ、まず、ここまでは合っているか?」

 まだ自分の中で情報のソートが完了していないらしい。思いつくのに任せて断片的なキーワードが口からあふれる。

「ええ」

 声の先にエミを発見する。エミは諦めたように頷いていた。補足の言葉を重ねてこないのは俺が落ち着くのを待っているからだろうか?

 深呼吸で酸素を取り込んだ気分になると、自分の手足の十指が確実に在るという感覚を取り戻した。

 周囲の空間と自身の外殻を区別する。そうすると、自分の身体の大きさが分かる。その大きさの定着を図る。平均的な大きさで少し細めの体、確実にそれが存在することを認識する。そうしてアイデンティティ的なものを保てるようになると、次第に頭も冴えてきた。

 エミが隠していたのは、ステータスボードで殺人者の存在を暴くことが出来るということ。しかし、そのステータスボードも完全ではないようだ。今のところ俺もエミと同じようにケンジの母は殺人者とは思えない。

 ――とにかく。

 世界は知らないことばっかりだ。正確には、『知らないことばっかりだった』と過去形になるのか、やっぱり。死んでいるらしいし。ああ、なんか死んじまったのが、今更勿体ないなと感じる。

 だけど一方で、生まれた街の違うエミと巡り合ったのは、俺が死んだという条件に乗っかったものであり、それは悪い出会いではない、とも感じているのだ。

 それでも割り切れない気持ちは確かにあった。母さん、マサト、リュウ。そしてこの数週間の間には出会わなかった、様々な人達。脳裏に浮かぶ面影に思わずため息をついてしまう。

「ショック? それはそうよね……」

 エミは俺を気づかってくれているようだ。もう彼女が優しいやつであると信じて疑わない。

「まーね、結構ショッキングだよね。結局、ステータスという数字に人間は縛られているなんてな」

 嘘だ。結構なんてものじゃない。こんな言葉は嘘だ。すげーショックだ。殺されて。メッチャクチャムカつく。

 でも、認めなくてはならない。死んでいること、殺されたこと。

「そっちなの?」

 エミは俺の言葉を信じていないのだろう、近づいて顔を覗き込んできた。

 ああ、悲しいさ。でも、目の前のヤツが気に病む様子を見るのも、俺には、もう、結構同じくらいに辛いことになっている。だったら、嘘をくらい幾つでもつこうと思う。俺は悲しくなんてないって嘘を。

「だって、少し運がいいなんて不確かなものにも理由がみえたんだぜ。むしろ、安心したって感じかな。当然、めちゃくちゃビックリはしているよ」

 少なからず本心だ。でも大方は嘘だ。安心なんてしない。

「……嘘つき」

 エミがつぶやいた。

 俺を牽制する狙いでそんなことを言ったのだろうが、エミを視ている俺にはそんなものは通用しない。

「エミさんの心がカワイイ反応をしまくっていたので、俺もふざけまくるのはやめようかと思いましてね」

 こう言うとエミの顔が真っ赤になった。

 ああ、これだ。この子はこういう顔を見せて、そして、たまには笑ってみせた方が絶対にいい。いつか笑みを隠すなんてことが必要なくなる、そんな日を訪れさせたい。

「これもあるから視せるのはイヤだったのよ……」

「これも、とは?」

「私って、自分で言うのもなんだけど、情緒不安定っていうの? そういうところ、あるでしょう? 昔から嘘ばっかり言う人がいて、そんな人といて、私はその人のことを信じたいんだけど、叩かれるし、でも、捨てることもできなくて――」

 エミが言っているのは、彼女の父親のことなのだろう。彼女の思考の断片からそのように推測ことができた。

 きっと俺の心は弱い。

 今まで、冷静に言葉を重ねていたように演じていたエミ。彼女の演技は痛々しく耐えられない。

 突然、よく分からない感情を見出し、左の手のひらで自分の頭をかきむしる。

 俺はどうしたらいい。いま何をしたらいい。ここで何が出来るんだ。

「疑問が一つある。エミの目的ってなんだ? エミにとって、その目的は当然のことみたいだから、エミ自身の主観を視てもイマイチ分からなかった。ここから消える。これってどういう意味なんだ?」

「まず、私の目的……というか、していることについて言うわ。今、私達がいるこの場所だけど、親に殺された人間が訪れる場所らしいの」

「ふむ。俺もそのうちの一人ということか」

「そういうこと。そして、この場所から、次の場所に行く方法を私は『成仏』する、と名付けたわ」

「次の場所って?」

「この場所を通過した魂は新たな肉体に宿って、新たな一つの生命となっているみたい」

「ふーん。魂は廻るのか……」

「そして、『成仏』するのには条件があるの。一つのパターン、諦めること。もう一つは満足すること。死んだけど、いい人生だった、というように。または、最悪な人生だったと思い込むことで、次の生命となる……みたいよ」

「教えてくれて助かった。でも、自信なさ気だな?」

「私だって殺されただけだからね……。この場所のことだって、実際には貴方より長くいたから、少しだけ知っているというだけだし」

「まあ、エミが結局のところ同類だってことは想像できていたけどな」

 さて、どうするか。

 何かやり残したという思いがあるうちは次のステージへの選択権すら得られないことは分かった。それならば、処理しておくべきことが一つ思い浮かぶ。

「まずは、続き、視ておかないとな」

「うん、そうね。どこからだっけ?」

「確かサクラさんっていうんだっけ? あの幸薄さんから。で、関わりがあるとすれば、俺がコンビニに寄った日だろうな」

「そうね。そうだった。――じゃあ準備はいい?」

「もちろん」


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