少し運がよいはずの男12
七月二十日 エミ→ケンジ
私は乗り物が苦手だ。電車などの進行方向を向かなくて済むものはまだよいけれど、速度と正面から相対するバイクとなると耐えられそうになかった。
どうして乗り物が苦手なのかと考えたことがあった。その時に出た結論は、他人を、自分を、人間を信用していないからだ、というものだった。そもそも、人間の認識と処理速度には脳という限界がある。人間の体を自分の力で自転車よりも早くは動かすことができないし、空間把握の処理にかかる時間は全力疾走中ですら間に合っていない。つまり、原動機のついた乗り物に乗る際、どうしても確認が不足する箇所が存在してしまう。そしてそれは毎秒ごと増加していく。私は人間の能力と精神を信用しきれないから、他の自動車の追突、衝突、飛び出しの恐怖は積み重なり続ける。だから、自分では運転できないだろうし、同乗も難しいのだと。
けれど、ケンジ君の視点に入ってしまった以上、堪えるしかない。彼が死んでしまうまでは安全なのだから、諦めて彼の中に息を潜めるしかない。
ケンジ君の父親は飲酒運転のせいで亡くなったようだ。やはり人は信用出来ない。
七月二十一日 エミ→ケンジ
バイクがこわい。
七月二十二日 エミ→ケンジ
ケンジ君はタカハルの弟であるマサト君の後輩だったことが分かった。マサト君が後輩という存在と対する時の言動はほどほどに無邪気で、兄に似て少し身勝手だった。その性格は、兄を亡くしてから発生したものなのか、彼元来のものなのか。付き合いがなかった私には判断ができない。
『下』ではタカハルの死は心不全と処理されたようだ。
けれど、単純な心不全でこの場所に来ることはない。
七月二十三日 エミ→ケンジ
またバイク……。多分、私がこれに慣れることはない。
そして、彼は死んだ。
○月☓日 エミ
ケンジ君が亡くなった。
トラックと正面衝突事故。
状況に疑問はない。脱水症状かなにかを起こしていたのだろう。
しかし……。
今までのケースから不自然に思い、ケンジ君のステータスを呼び出す。
『名前/ケンジ 年齢/十六歳 状態/死亡(他殺・母)』
一体どういうこと? これは殺人じゃない……と今のところは思うのだが、ステータスボードがこんな表示をするということは意味があるはずだ。
「ケンジはマサトの友人だったのか。だから、俺の顔を見て少し反応したんだろうな。他人から見ると少しだけ似ているらしい」
「そういうことのようね」
私の疑問点はすでにそこにはなかった。
「……時間の流れは、違うみたいだな。もう何ヶ月も過ぎていた」
「そうね、この場所とは違うみたい」
でも、ハーフウェイ・ポイントにいる私達の見かけは成長も衰えもしない。少なくとも、下の世界の数年程度では。
「ねえ、タカハル。彼、ケンジ君の母親の視点を視てみない?」
「なぜだ?」
「視れば分かると思う。そうすれば、少しだけ事態は動くはず」
「けど……」
「ええ、そうね。貴方が及ぼした影響について、貴方が救われる結果にはならないと思う」
タカハルの買ったバイクが原因の一端を担ってしまったことは変えようがない。けれど、タカハルのバイクが無くともケンジ君は自力でバイクを手に入れる可能性が高い。
「でも、少しは……ごめんなさい、上手く言えないのだけど……」
特殊な空間。ハーフウェイ・ポイント。すべてを説明すると、私みたいにここで過ごし続けなければいけなくなってしまうかもしれない。
「分かった。視てみよう」
タカハルは簡単に私の提案に乗った。その反応に私は違和感を覚えた。
七月二十日 エミ→ヨシミ
七月二十一日 エミ→ヨシミ
ケンジ君の母親ヨシミは彼の位置情報を絶えず入手していたようだ。財布の抜き取りとネズミ捕りの情報。これらが殺人の方法に関係するのだろうか。
現在、彼と母親の関係は良好なものではないようだった。かといって、彼らの関係は絶対に修復不可能なものとは思えなかった。
しかし今となっては全てが手遅れだった。
七月二十二日 エミ→ヨシミ
この日、ケンジ君はマサト君と会うために陸上競技場に行っていた。それを彼女自身は遠出をしているものと勘違いしていた。
七月二十三日 エミ→ヨシミ
ヨシミはケンジ君がバイクを使って出かけるという予想をして、会社に向かった。
彼女が想定していたネズミ捕りの日取りはもう少し後のことだったようだ。
○月☓日 エミ
「こういうことだったのか……」
タカハルが呟いた。私も考察をしてみる。
ケンジ君の死因は交通事故。それを引き起こした要因は脱水症状。これだけならただの事故だ。今回のケースでは、ケンジ君の母親のヨシミの思惑が加わってくる。ヨシミはケンジ君からバイクを取り上げるために、警察による交通違反の調査、ネズミ捕りを利用しようとした。
タカハルなど、あの町に住む人々の視点をいくつか視たが、スピード違反取締りを効率的におこなえる場所はいくらでも存在しそうだ。
そのスピード違反プラス免許不携帯の違反キップについて問いただすことで、ケンジ君との交渉を有利に進めようと画策したのだろう。
しかし、私には理解出来ない点があった。ケンジ君のステータスが、『状態/死亡(他殺・母)』と表示されたことだ。確かに彼の死は、財布を抜き取られ、峠のコンビニエンスストアで水を買えなかったことに起因するかもしれない。しかし、彼の母親の意図はそこにはなかった。彼の免許を隠すことが目的だったはずだ。
これは本当に殺人なの?
私はタカハルの意見を聞いてみたかった。
「どう? 参考になった?」
「うーん、あまりかな」
「どうして?」
「答えがないから。いや、求めるべき解答なんてないんだろうけど、俺の知りたかった答はないんだ」
「言いたいことがよく分からない」
「だよな、俺もよく分かっていないから」
タカハルが知りたかったのは、自身とケンジ君の関係性、ミッシングリンクだったはずだ。けれど、彼の真の意図はそこにはなかったということだろうか?
「ケンジ君のことだけど、あれは脱水症状による事故ということでいいのよね?」
「そうだろうね。だけど、財布を持っていれば違った結果になったかもしれない」
「そうね。そういうことよね……」
確かに結果として殺人ではあるのだろう。
「何がそういうことなんだ?」
「いいえ、何でもない」
「なあ、エミ。ステータスボードを使わせてくれ」
「いいけど、誰を視るの」
「……あと一人、オールキャストには足りていない」
「……それ、誰のことかしら?」
あと一人、誰のことだろう。もしかすると、アオタケ先生という人のこと? なんてことを言う気はしなかった。今のタカハルは、生ぬるくて、皮肉屋な性格を隠して私と対峙している。
もう冗談で済まされる時間は過ぎてしまったのかもしれない。もしかすると、これすらも彼の一時的な気の迷いかもしれないが、それでも私は真面目に対応しようと思ったのだ。
「エミさん、貴女です」
「私は生前の貴方とは関係していないはずだけど?」
「いろいろとおかしかったんだよ。……いや、おかしいというのは少し違うな。とにかく、エミは何か重要なことを隠している」
「意外と鋭いのかしら? それともヒントを出し過ぎた?」
「エミがステータスボードの力を見せ過ぎたのは原因ではあるかな。プライバシーに配慮してきたつもりだが、コマが揃わない。その何かを回避したままでは答えにたどり着けない気がするんだ」
「そう……じゃあ、私の視点、視てみる?」
「それで説明になるのならば」
「十分すぎるわ。長くなるから、重要ではないところはスキップをするわよ」




