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少し運がよいはずの男11

 三月二十一日 エミ→ピエロ=リュウ



 私はピエロの正体がリュウ君、ということが分かっているためにタカハルがリュウ君の続きを視ることに対して、気を抜いていた。

 しかし、それは間違いだった。

 コンビニ店員として働いていたサクラがマサト君に絡んでいる。

 この日はそんな思いがけない人間関係が形成されていた日だった。

 そういえば、サクラは精神力が低かった。そのせいでマサト君の魅力に引っかかったということのようだ。そんな能力など必要することなく、彼は人に好かれるだろう。マサト君はこの『魅了』という特性は要らないだろうな。きっと彼は新興宗教の教祖になりたいわけもあるまいし。

 思考がめちゃくちゃになり、ひどく入れ込んでいる状態の人間は危ない。サクラのように冷静さを失った人間を幾人か視たことがある。

 彼らは皆、論理的思考から逸脱し、自らの解釈を疑わず、他人の意見を聞き入れることはない。そんな状態の彼らの頭に、殺す、という単語が浮かんだら、終わりなのだ。

 リミッターが外れた力に抵抗するには、もともと圧倒的な力量差が存在しているか、武器を手にしていないと不可能だ。

 そして、そのどちらもがあの時の私にはなかった。

 その場でただ出くわすことになったリュウ君はサクラが魅了されしまっていることに、当然、気付いていないし、マサト君も自身の特性を理解していないようで、困っていた。ただ、このようなことをリュウ君は度々目撃しているらしい。

 冷静さを失った女はタカハルの友人を傷つけ、自らの利を奪っていった。

 アイツのように精神力の低い人間は意外と世の中に広く存在しているようだった。

 そしてタカハルは、弟と友人の様子を視て、何を思うのだろうか。



 ○月☓日 エミ



「ほぼ間違いないからこの日だけでいいや。マサトとの関係性や主観的な情報から、ピエロ、イコール、リュウだったわけだ」

 さすがにそれは気がつくわよね。

 こんなのは嘘だ、ステータスボードが間違っている、などと言い出さなくてよかった。時には物分りの悪い訪問者もいるから。

「彼、リュウさんがピエロになった理由は気にならないの?」

 世の野次馬どもが好きそうなポイント聞いてみた。

「だって、ここから何日も視るのはあまり意味がないだろ? 大方、肩の怪我だろうさ。アイツはバスケの推薦で大学に進むはずだ。肩、それもガードレールにぶつけた感じから、右肩だろう。右の方が上がらないのは右利きのアイツには致命的だ。骨が折れたりしている所よりも、擦り剥いた所の方が、最初は痛みを感じやすいということを聞いたことがある。ピエロさんは犯人ではないみたいだし、プライバシーだよ、プライバシー」

 そう、確かにひびが入った骨よりも、はられた頬の方が痛むのだ、最初のころは。

 自然治癒した後に、骨折していたことが分かったことすら何度かあった。いつの日か鎖骨がズキズキと痛むのに、言い出せなかった。言ったら、また全身が痛くなるから。

 日常に痛みがあるせいでいつからか感覚が狂っていたのだろう。

「今更プライバシーとか言い訳にもならないと思うけれどね……」

 しかし同時に、私はタカハルを見直していた。必要以上に深くは立ち入らないというスタンスは少なくとも、人間として赤点はつかない人のようだ。最初に覚えた印象よりも彼は優しいような気もする。

「話は変わるけど、マサトが付きまとわれていたよな。あの人、どっかで見た気がするんだけど、誰だっけ?」

「もう忘れてしまったの? 貴方が幸薄女と言っていた人でしょう? ばかみたいなことを言っていたこと、忘れたの?」

 あの人を視たいとか、やはり、何も考えずに言っていたみたいだ。結局、タカハルは何も考えていないだけなのかもしれない。

「確か、そいつを視れば、オールキャスト勢揃いってところかね?」

「そのはずよ。さっき視た三月二十一日をあの女性の側から視るの?」

 その時、私は新たな訪問者が現れる予兆を感じた。

「――一旦黙って。タカハル」

「え? 何故に?」

「いいから」

「はーい」

 タカハルが妙に聞き分けが良いのが気になったが、それを問いただす時間はなさそうだった。

 そして、「ああぁぁぁ」という奇声と共に男が現れた。出現した彼の髪は見事に脱色されていた。顔の第一印象は、なんだか怖そうというものだった。

「イテェーーー……痛くないな?」

 男が体の各部を確かめながらそんなことを言った。タカハルには死に関する記憶はほとんど残っていなかったようだが、この男には体の痛み、という感覚があったようだ。つまり、毒やガスではない可能性が高いということが考えられる。

 タカハルは無表情で黙っている。確かに、『一旦黙って』とは言ったのだが、こんな風に完全に沈黙しろと言ったつもりではなかった。いうなれば、会議中に発言者の意見を傾聴するようなもの、状況が完了したらタカハルは何かを言っても良いのだ。けれど、タカハルはこう見えて、人見知りという可能性もある。……いや、それはないか。

 仕方がないので、私がステータスボードを使ってメッセージを表示してみる。

 ・ようこそ、ハーフウェイ・ポイントへ。

 男はステータスボードに視線を走らせた。そして、眉間にシワを寄せて訝しげな表情をした。

「あん? なんだこりゃ?」

 男はそう言ってから、ステータスボードを蹴り飛ばそうとした。

 透過性のあるものを蹴ろうなんて理解ができない。もっとも、そんなことをしても何も起きないのだけど、と思いながら、少しだけ身がすくんでいた。

 タカハルは今にも大笑いしそうに口をふくらませながらも、黙ってこちらを見ていた。なめられている気がした。そんな態度に腹がたって、新たな訪問者には気丈な対応しなければと思う。

「こんにちは。事実を言っておくと、貴方は死んだわ」

「はぁ? 何いってんの?」

 私の言葉に対して男はタメ口で返した。そんなに幼く見えるのかな……。化粧でも出来ればよかったのに。実際にしたことはないからうまく出来るかは分からないけど。

 主導権を握ろうと思い、ステータスボードを動かして、男の名前を調べる。……ええと、『名前/ケンジ』ね。

「ここには死んでいないと来られないの。これは事実よ。――ケンジ君ね。よろしく」

 タカハルが何かを考えるように口に手を当てて、私を見ていた。何か変なことを言っただろうか……ええと……。

「てめぇ、なんで俺の名前を知ってんだよ!」

 タカハルが何を疑問に感じたかを考えようとしたら、ケンジ君の怒号が考えを遮った。

「先ほど貴方が蹴ったものがあったでしょう? あれは私の物なのだけれど、アレを使えば分かるの」

 これ以上怒鳴られるのは怖かったので、すぐに答えを明かす。そして、タカハルが一人で頷いているのを見て、彼が何を疑問に感じていたかを理解した。確かにタカハルにはステータスボードを使って、名前や基礎能力などを知ることが出来るのを言っていなかった。

「はぁ? 何いってんの、そんなもん、あるわけねーだろうが」

 そして、ケンジ君は未だに信じてくれない。そんなことを言った私をバカにしきっている。

「じゃあ、貴方がさっき蹴った、あれは何だと思う?」

 ムキになってそんなことを言ったしまう。

「あれだろ? 政府とかが隠している技術とかだよ」

 ケンジ君の言う、『とか』って他にはなんなのかを訊いてみたい。けれど、それを訊いた場合は確実にもう一度、大きな声を聞くことになるはずなので止めておいた。

 話を本筋に戻そうと思う。

「貴方、死んだ時のことは覚えている?」

 私がそう言うと、ケンジ君は口を閉じて視線を宙に向けた。思い出そうとしているみたいに見えたので、私も少し黙る。

「多分、バイクに乗っていて事故って死んだ……と思う……」

 その言葉に私は彼の年齢を参照する。

『名前/ケンジ 年齢/十六歳』

 ええっ? 同い年なの? でもそれなら、一応バイクの免許を取得することが出来るはずだ。

「十六歳でバイクを持っているの?」

「ん? あぁ、先輩が貸してくれんだよ」

 先輩……地元のワルいセンパイってヤツかしら?

「免許は?」

「持ってるよ、さすがに無免はねーわ」

「その費用は?」

「教習所の? 無趣味でコツコツやっていれば、そのくらいはあるって」

「貴方が不良寄りの人間なのは、なんとなくわかったわ」

「俺なんて全然普通だって、先輩なんてスゲー真面目な――」

 少なくとも私には彼が普通には見えなかった。ここに来る人はちょっとズレているのかしら? 私は普通……。タカハルだって……彼は違った意味では変なのだけれど、ケンカはしない……んじゃないかなぁ。

「――事故で死んだときに思ったことは?」

「んでさー……ん? あー、えー、なんかいつもより調子がよかったな」

「調子がいいとは具体的には?」

「体が軽いっていうか……血がたぎるって感じと同時に体が浮くような気分でもあったな。――っていうかさ、となりのオニーサンさ、感情ある? 全然動かないけど、となりの彼女とケンカでもしたわけ?」

 ケンジ君の示す、『となりのオニーサン』とはさっきからずっと黙ったきりのタカハルのことだろう。しかし、そのタカハルは振り返って自らの背後を見ていた。なんて古典的なボケなのだろう。

 タカハルはケンジ君の反応が芳しくないのを察したのか、ため息をついてから口を開いた。

「このエミ様に黙れって言われたものでね、一向にしゃべっていいと許可が出ないし黙ってたんだよ。悪かったね」

「それは仕方がねえな、感情がないなんて言ってこっちこそ悪かった」

「全然。気にすんなって」

 ほんの二三言で彼らは打ち解けあった。私を悪者扱いして仲良くなった。

 彼らの会話は続く。私は納得できない。

「その顔……いや、ちょっと違うかもな……」

「なんだよ?」

「一応訊いてみるけど、オニーサン、スドウって名前?」

「そうだよ。よく分かったな。――あ、もしかして後輩か?」

「高校? いや、多分違うよ」

「じゃあなんだよ」

 タカハルの疑問にケンジ君は黙ってしまった。

 そして、大きなため息をついた。それは諦めとか失望ではない、ため息の気がした。

「バイクで事故って、アンタの顔も見れたし……てか、アンタの顔を見れたということは、だ……」

 笑顔でそんなことを呟いたケンジ君の体が半透明になっていく。

「エミ、どういうことだ、大丈夫なのか、ケンジのこの状態は」

「え……ええ、大丈夫と言えば、大丈夫なはず……」

 まだ自分の死を確かめてもいないのに、ケンジ君は消えようとしていた。

 次第に薄くなっていくケンジ君の体。

 そしてケンジ君はそのまま消えてしまった。

 唐突な出会いと別れ、そして不明瞭なタカハルとケンジ君の関係性。

「タカハル」

「なんだ?」

「見ていたわね?」

「ああ」

「貴方もそのうちにあんなふうにここから去ると思う」

「そうか、だからエミは一人なわけだ」

「……そうね」

 私は死んでもひとりきり。

「どういう条件だと考えられる?」

「多分、自分が死んだことを認めたら、かな」

 そう言ったものの、私にもはっきりとしたことは分かっていなかった。けれど、私より後にこの場所を訪れた人たちは、自分の死を見つめることでここから去っていった。タカハルもあと少し視たら今までの人たちと同じようにここから消えていくのだろう。それは仕方のないこと。

 例外は私だけ。私は自分の死に方を視ても、何度も視ても、ここに残り続けている。

「アイツ、ケンジは俺を見て、死んだことを認めた、……つまり、俺が死んでいることを知っている、ということか。しかし、俺を直接は知らないと言っていた。……伝聞かそれに類するもの。そんでもって俺の顔が判断材料になる……」

「――ねえ」

「なんだよ」

「視てみたらいいじゃない?」

「ステータスボードで、か?」

「うん」

「必要なことだと思うか?」

「……うん」

 死を見つめ、認めることでここから出ていけると私は考えている。なら解明できることはしておくべきだ。

「よし、じゃあ、短い範囲で視させてもらおうか」


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