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占い師になりたい  作者: つっちーfrom千葉
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第五話 新入生歓迎会


 久しぶりに早起きに成功した。深夜になってから脳が活性化する晩成タイプの占い師にとって、早起きというのはずいぶんな苦行である。しかし、布団から身を起こしてみても、その日は特に重要な行事もなく、授業も午後からだと記憶していたのでやることもなかった。そこで京介を誘ってフランポーゼに行き、朝食を兼ねて紅茶でも飲むことにした。彼も相当に眠たそうであったが、僕の意見に応じてくれた。


 僕の人生と同様に螺旋気味の階段を辿って一階まで降りてみると、今日はいつもと学内の雰囲気がずいぶん違っていることに気がついた。宿舎の入り口から見渡せる中央広場には、普段の三倍程の生徒が溢れていたのだ。その中には見慣れない生徒も多く含まれている。それを横目に見ながら広場を南に向かって横断すると、髭面のこわもてのマスターが経営している喫茶フランポーゼに行き着いた。このマスター、まだ社会の怖さを微塵も知らない純粋な心を持った学生たちに、これからの人生における計り知れない辛苦を思い知らせるような社会思想論を、説教口調で無理矢理聞かせるのである。この店は残念なことに、上記の理由からほとんどの学生に忌み嫌われているため、普段は客がほとんど入らない。それをいいことに、僕らが時間つぶし目的の隠れ家に使っているのだ。しかし、そんな反社会的な隠れ家である、フランポ-ゼにも今日はなぜだろうか、たくさんの客が入っていた。こんな賑やかな光景はついぞ見たことがない。


「あれ? 今日はやたらと人が多いねえ。何かあるんだっけ?」


 僕が心ここにあらずといった口調でそう尋ねると、隣を歩いていた京介も不思議そうな顔をして、「ガンボレ祭だっけ? あれは違うよな、多分来月だ。それにしても、うちの学校にもこんなに学生がいたんだなあ」と、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、寝起きから抜けきれないようなぼんやりとした口調で答えた。フランポーゼは満席になっていて、他人に聞かれたくない話ばかりする僕らにとって、落ち着いてお茶を飲める雰囲気ではなく、とても入る気になれなかった。


「ちょっと、見てみなよ。マスター、いつもさぼってるから、大勢の客に対応できてないぜ。足がついていってないよ」


 ガラス越しに中を覗いて、僕がそう言うと、京介もそれを見て苦笑した。僕らは、マスターに軽く手を振ってみたが、マスターはちらりとこちらを確認したものの、誤って密林に迷い込み、猛獣に囲まれてしまったスナイパーが、さらに遠くに珍種のパンダを見つけたときのような複雑極まりない表情を見せてくれただけで、僕らの挨拶に答える余裕はないようだった。喫茶店に入ることは諦め、また少し広場を歩いて、真っ黄色に塗り立てられた趣味の悪い木製のベンチに腰掛けた。


「もしかすると、あれじゃないか? ほら、この間、たでま先生がちらっと言ってた、この学校の十年祭」


 僕がそう言うと、京介もパンパンと大きく手を叩いて頷いた。


「ああ、そうか。なんだ、それだったら、せっかくの祭りなんだし、もっと派手な格好して出て来るんだったなあ。今からでも遅くないか…。部屋に戻って着替えてくるかな」


「そうだよなあ。十年祭で間違いないよ…」


 僕は夢遊病者のように、宙に向かってぼんやりとそうつぶやき、独り頷いた。話題が無くなると、穏やかな日差しの下、二人とも無口になり、広場を行き交う学生の群れをさして興味もなく眺めていた。


「しかし、それにしちゃあ、ずいぶんお堅い格好してんな、広場の連中」


 しばらくして京介がそう言い出した。言われてみると、広場で雑談をしているほとんどの生徒が紺色のブレザーを着込み、赤いネクタイをつけ、正装していた。


 十年祭は他に類を見ないような、過激極まりない無礼講の仮装大会のはずだから、これはおかしい。

そう言えば、さっきフランポーゼにいた連中もほとんどが真新しい制服を着て、頭髪も生まれたままのような黒髪短髪だった。これもおかしい。


 それらを統合して考えてみると、どうも今日は十年祭ではないようだ。もっとお堅い式典を目当てにして学内に人が集まっているらしい。


「あっ、もしかすると…」

京介が何かに気づいたらしく、いきなり真顔になった。


「二人とも何やってるんだよ!」


 突然後ろから声がしたので、獰猛な狂犬に吠えられたときのような反応をしてしまった。振り返ると、ロドリゲスが英雄像のように堂々と立っていた。彼の顔はもぎたての林檎のように真っ赤で、ぜいぜいと、かなり息を切らしていた。どうやら、ここまで全力で走ってきたらしい。


「今日、十年祭じゃないよねえ。なんの日だっけ?」


 嫌な予感を脇に置いて、軽い口調でそんなことを聞くと、彼は顔をさらに真っ赤にして叫んだ。

「何馬鹿なこと言ってるんだい! 今日は新入生の歓迎会だろ! もう二学生は全員大講堂に集まって、式の準備をしているんだよ!」


「ぐわ! そうだ! やばい!」


 僕らは全てを思いだした。昨日のホームルームで、たでま先生に、いつもより一時間早く集まって準備をするから、明日だけは、例え急性胃炎になっても遅刻をしないようにと、何度も念を押されていたのだ。僕らはもう間に合わないと半分あきらめつつも、大講堂に向かって汗だくになって走った。


 途中、「もう、みんな来てるの?」と尋ねると、「君ら以外はね」と悲観的な言葉が返ってきた。


 講堂の前につくと、あらかた準備は終わってしまったらしく、見慣れた顔が並ぶ二学生たちは、みんな座り込んで、雑談をしながらお茶を飲んだりしていた。そのまま入り口の前まで進むと、顔にタオルを乗せた生徒が一人仰向けに床に倒れていた。顔は隠れていてもスカートを履いているので、女生徒だということはわかった。どうやら、歓迎会の準備で疲れ果て、倒れこんでしまったらしい。


「おっ、死体だ!」


 近づいてみて、それが誰だかわかったので、僕は極刑にも値する自分の責任を少しでもやわらげるべく、おどけた調子でそう言ってみた。


「君らが来なかったから、彼女がその分多くイスを運んだんだよ…」などと、ロドリゲスが語気を強めて解説してくれた。昨日の役割分担で、僕と京介はラルセと一緒にイスを並べる係に抜擢されていたのだ。


 今日、僕らがさぼったおかげで、彼女が講堂のイスを大量に並べるはめになったらしい。運命のいたずらとは言え、考えてみると悪いことをしてしまった。


「バヌッチ、早く謝ったほうがいいよ。人間関係が崩壊するのはこういう時だからね」


 後ろから、ロドリゲスが取り調べ中の検察官のような冷酷さでそうささやいた。そう言ってしまってから、彼はとばっちりを受けないように一歩後ろへ下がった。ラルせの恐ろしさをよくわかっているからだ。


 彼とて、すべてが終わってしまったこの段階になって謝っても、ことが解決するとは少しも思っていないらしい。大勢の人が見ている前で女学生に殴られることは避けたいので、どう話し出そうか迷った。僕は彼女の肩をぽんぽんと二度叩いてからできるだけ優しい口調で話しかけることにした。


「わ、悪かったな……。でも……、今の世の中は……、例えば、大銀行を経由したマネーロンダリングや証券会社の不正取引とか……、そういうもっと汚い悪事であふれているしな…」


 僕は彼女の額からゆっくりとタオルをのけて、怖じけづいた顔でそう切り出した。ラルセは次の瞬間、カッと目を見開いて、こちらを視認した。その目はもはや、人間のものではなかった。狼だ、獲物に襲いかかる直前の腹をすかせた狼の目だ。


「何言ってんだ、このやろう…、殺してやるう…」


 ラルセは地の底から響くような低い声でそう呟くと、やおら立ち上がったが、ふらふらとした足取りですぐ尻餅をついてしまった。


「い、いや、ほんとに悪かったよ。今度、金が入ったらスパゲティーでもおごるよ」


後ずさりしながら、僕はそう言い訳して両手を合わせた。


「もう、あんたの責任感も甲斐性もない言い草なんてどうでもいいわ…。本当の意味で殺してやる…。来世で自分の悪事を思い知るといいわ…」


 そう言うと、彼女は獣のような素早い動きで飛びかかってきた。しかし、疲れのためか足がもつれたらしく、僕の眼前まで来たところで再び膝から崩れ、倒れ伏した。


「おい、大丈夫か?」


 京介が駆け寄ってきて、都合よく自分だけ仲間面して彼女を助け起こすと、そのまま保健室へと連行していった。ラルセは運ばれる途中も、冷たい視線を僕に向けたままだった。


「いやあ、遅刻も時として罪だね……」


 二人を見送りながら僕がそんなことを言うと、ロドリゲスは隣で、「本気で反省したほうがいいと思うよ…。やられた側は一生忘れないからね…」と脅すような口調で静かにつぶやいていた。


 それから、僕ら三人は歓迎会の会場となる大講堂へ足を踏み入れた。一階のロビーには新入生用の受付が設けられていた。そこにはたでま先生がいて、学長らと何か話していた。彼は僕の顔を見つけるなり、烈火のごとく怒りだした。


「おい、バヌッチ! おまえ歓迎会の準備に大遅刻すったあ、ずいぶんいい度胸だな。そんなことじゃあ、全然歓迎ムードにならないじゃないかよ!」


 僕は数分間に渡って必死に弁明したが、まるで受け入れられず、たでま先生は僕の耳を引っ張って、歓迎会の行われる会場へ連れ込んだ。そして、会場に並べられた一番先頭のイスと向き合うように僕を床に正座させた。そこは来賓席の右隣りで、ステージの真下という好位置だった。


「いいか、これから新入生が入ってくるけど、余計なことを話し掛けたり、睨みつけたり、いじめたりすんなよ」


 先生はそう言い残すと、僕を置いて、受付の方に戻っていった。しばらくすると、受付で胸にバッジを付けてもらった新入生たちが、続々と講堂に入って来た。


「なるべく前の方から隙間を作らないように座っていって下さいね~」


 怒りの炎を心中にしまい込んで、白いベールで完全に覆い隠したような、たでま先生の愛想のいい声が廊下から聞こえてきた。まるで何事もなかったかのようだ。新入生たちは、少し緊張した面もちで、両手をしっかり振って、講堂の真ん中当たりまで行進してきた。しかし、彼らはそこで、正座させられている僕を視界に捉えてしまったらしく、歩むスピードが極端に落ちた。考えてみれば当然のことで、明らかに上級生と思われる生徒が講堂の一番前で正座させられていたら、誰だって、とまどってしまうはずである。この式典において、僕はいったいどういう役割を持っているのだろうか?


 彼らは顔を強張らせながらも、前のイスから順番に腰をかけていった。運悪く一番前のイスに座る羽目になった生徒などは、自然と僕と向かい合うことになるので、その狼狽ぶりも半端でなかった。額から脂汗を流しながら、不自然に目をそらしたりしていた。僕自身もこのまま黙って座っているのは少しやりきれないので、ひとまず立ち上がって彼らに近づき、席についている新入生一人一人と握手をしながら、「入学おめでとう」「来年あたり、もしかしたら一緒に勉強することになるかもしれないから、その時はよろしく」などと、声をかけてまわった。しかし、すぐに受付の方からたでま先生が急を聞いて駆けつけてきて、制止させられた。


「だから、いらんことはしなくていいから、黙って座ってろ」


 先生はそれだけ言って、立ち去った。考えてみれば、京介も一緒に遅刻したはずなのに、なんの罰も受けていない。僕は情けなくなってきた。いくら重要な行事とは言え、少し時間に遅れたぐらいでこんな生き恥をさらすことになろうとは、人生とはまさしく一寸先は闇である。


 やがて、新入生が全員着席を終えると、二学生や先生方も講堂に入場し、歓迎会が物々しく始まった。まず、学長からの話があるらしく、司会の先生から丁重に紹介された後、学長が堂々とステージに向かってきた。学長はステージに昇る階段の手前で正座させられている僕を横目で捕らえると、「また、おまえか」と「ざまあみろ」が入り混じったような憎たらしい顔つきになり、右手でパンパンと二度頭をはたいてから、教壇にあがった。


「え~、新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。言うまでもなく皆さんは、労せずして大金を稼げる占い師になりたいという高い志を持って、我が校に入学して来られたのだと思います。ですから、どうか三年間、その気持を忘れずに、学業に励んで下さい。さて、残念ながら、我が校の上級生の中には、入学してきた頃の初心を完全に忘れてしまったがために、毎日のように失敗と大失敗を繰り返している輩がおります。」


 学長はそこまで言うと、一呼吸入れ、僕の方に冷たい視線を向けた。そして、また話を続けた。


「東洋の文明国のことわざには、『初心忘るべからず』というものがあります。非常に重く意味のあることわざです。皆さんには、今日この場で、この言葉を胸に刻みつけていただきたいと思っております。さて、話は少し変わりますが、皆さんがこれから目指していく、占い師という職業は非常に責任の重い仕事であります。遊び半分でやっていては、いずれ重大な事故を引き起こしてしまうことになります。我が校では昨年、ある生徒が…、名前はなんといったかな…、パヌ、パヌ、う~んと…」


 学長は、そこでまた不自然な間を置き、手で頭を抱え、悩んでいるフリをしながら、ちらっと僕の方へ視線を向けた。権力者から放たれる圧倒的な威圧感に僕は思わず目をそらした。


「まあ、名前は思い出せないので言いませんが、P君という生徒がとんでもないことをやってしまったのです。P君はその日、ある老人から、自分の寿命について占ってみて欲しいと頼まれたのです。本来、寿命などの重要な案件に関する占いをする場合は、事前に教務課から許可を受けなくてはならないのです。しかし、その時、P君は老人の提示した占い料に目がくらみ、許可も受けずに独断であっさりと引き受けてしまったのです。しかも、その時P君は一学生ですから、まだ見習い期間中であり、お客を取ってはいけないことになっているのです。つまり、この時点でP君はすでに二つの校則を犯していたことになります。さて、占いを始めたP君はその老人の未来の姿を水晶に映し出そうと、懸命にこすりを始めたのですが、やれどもやれども、老人の未来の映像は浮かび上がってこなかったのです。一ヶ月後も、一週間後でも、その老人の未来像は水晶に映し出されませんでした。やっきになったP君は、ついに一日後の、つまりその老人の次の日の姿を映し出そうとしたのですが、なんとそこで浮かび上がってきたのは、その老人が白装束で棺桶に入っている姿だったのです。P君はそこまできて初めて、自分がとんでもないことをしてしまったことに気がついたわけです。あわてて、水晶を隠そうとしましたが、その行動を不審に思った老人が水晶を見てしまったのです。その直後、老人は絶叫し、口から泡を吹いて、その場に倒れ伏してしました。すぐに救急車で病院に運ばれましたが、その可哀想な老人は、病院についてすぐに心臓発作で息を引き取ってしまったのです……」


 学長はそこでまた一息入れた。新入生の中には、凄まじい現実を聞かされた驚きのあまりアライグマのようにパッチリと目を見開く者や、眼をうるませながら、ハンカチで口元を押さえている女生徒もいた。


「うちの学校では、その事件を『パヌッ○の変』と呼んでいます。その生徒は今でも我が校にいます。まあ、今現在校内のどこにいるのかは、私にもわかりませんが…」


 学長はそう言って、みたび僕の方へ視線を向けた。その学長の視線につられ、何人かの新入生が僕の方へ顔を向け、一様に納得したような表情を見せた。


「ああ、それと、今、このステージの前で正座している生徒については、あまり気にしないで下さい。どうか、あまり冷たい目で見ないでやって下さい…」


 学長は僕を指さしながらそう言った。その瞬間、ほとんどの新入生の視線が僕の方へそそがれた。あんな紹介の仕方はやめて欲しいものだ。学長は一通り話し終えると、目的を完遂したと言いたげな満足そうな笑みを浮かべ、一度頭を下げてから教壇を降りた。すると、間髪入れず、司会の先生が話し始めた。


「つくも学長、ありがとうございました。さて、次は上級生による、占いのデモンストレーションです。最初は、憑依を使った占いです。では、京介君お願いします」


 紹介を受けると、京介は少し緊張した面もちで、正座させられている僕の横を、まるで他人事のようにすり抜け、教壇にのぼった。僕はこのときになってようやく彼が遅刻をしてきたにも関わらず、なぜ罰を受けないで済んだのかを理解できた。こんなに分かりやすい裏取引があったとは夢にも思わなかった。彼が教壇に上がると、司会の先生が説明を始めた。


「え~、まず、占いの中でも最難度を誇るといわれる『憑依』を皆さんにご覧いただきます。ただ今、壇上に上がりましたのは、我が校でも屈指の憑依使いの京介君です」


 新入生の中には今日初めて憑依を目にする生徒も多いらしく、期待の拍手や歓声が起こった。後ろの方では身を乗り出してまで、ステージの方を見ようとしている生徒もいた。僕は無垢な新入生には憑依はインパクトがありすぎるのではと思ったのだが。まあ、悪い影響を受けて精神に異常をきたしてしまう生徒がいないことを祈るばかりである。


「ええ~、もし気分が悪くなってしまった人は遠慮なく申し出てくださいね。我が校の医療設備は優秀でして、例え大事故が発生しても、高度な手術も学内でできますのでね……。それでは、京介君、お願いします!」


 司会の先生が悪びれずにそう言うと、京介は教壇の上に敷いてある座布団の上に正座して、懐から扇子を取りだした。彼は最近少し調子を落としているので、僕は多少心配だったが、その不安よりも、また憑依を見てみたいという期待の方が上回った。僕も身体を無理矢理回転させ、ステージの方に向けた。京介は一度大きく息を吸うと、「はあ~!」と絶叫し、扇子で自分の左腕をパン!と一度叩いた。


 まだ、何に憑依するのかを決めないうちに儀式を始めてしまったので、少し面食らったが、京介はそんなことは全く意に介さない様子で、平然と誰も聞いたことのないお経を唱え始めた。そして、その経のリズムに合わせて、扇子を手の平でポンポンとうち鳴らし始めた。その格好がおかしかったのか、新入生の中には失笑するものが多くいて、会場に笑い声が響いた。しかし、笑ってられるのも今のうちだ。僕は自分だけが憑依の恐ろしさという事実を知っている優越感を保ちつつ、そう思った。先生方は息を殺して、京介の様子をうかがっていた。


 やがて、扇子を叩く音がしだいに大きくなり、リズムが速くなってきた。京介はそのリズムに合わせて、今度は首を激しく横に振り始めた。ますます、会場の笑い声が大きくなった。しかし、次の瞬間、京介の瞳が紫色に光りだすと、会場から笑い声は消え失せた。身体を硬直させる者が増えてきた。京介はゆっくりと立ち上がると、「ぐお~! ぐお~!」とこの世のモノではないような唸り声を発した。そして、両手で挟み込むように頭を抱えながら、「うお~! 俺の、俺の頭の中に何かが入ってくる~!」と叫びだした。会場のあちこちから悲鳴が聞かれるようになった。新入生の女生徒のうち、何人かがその様子を見て、居たたまれなくなったらしく、先生に連れられ足早に会場から出ていった。僕もそのほうがいいと思う。気分が悪くなった者は無理に見る必要はない。僕はこれが大好きだから目を離すわけにはいかないが。


 次に、京介は突如四つん這いになって、「ウオン、ウオン!」と鳴き声をあげ始めた。どうやら、野生の狼の霊に憑依されたらしい。しばらくの間、彼は獲物を探すかのように周囲を伺っていた。近くに猫やうさぎがいたら飛びかかっていただろう。そして、新入生たちと目が合うと、彼はそのままの姿で教壇から飛び降りた。そして、新入生の方に視線を向けると、「ウウ~!」と一吠えしてから、最前列に座っていた生徒に襲いかかった。あまりの過激な展開に新入生たちは絶叫した。その時、これを待っていましたとばかりに、たでま先生が素早く駆け寄ってきて、「はい! やりすぎ!」というかけ声とともに、入魂棒で京介の頭をひっぱたいた。すると、京介は「ぼへっ!」と叫び、あえなく床に倒れ伏した。


 それを見て、司会の先生が、「もう大丈夫ですよ。悪霊は立ち去りましたからね」と襲われた生徒に優しく声をかけた。その生徒はうなずくこともできないような放心状態で、数週間は振り払えないであろう心の傷を負ってしまったようで、身を震わせ半泣きだった。


 しばらくして、京介はむっくりと起きあがると、「う、うまくいきましたか?」と申し訳なさそうな顔で周りの生徒たちに尋ねた。その瞬間、会場からは京介を讃える、割れんばかりの大拍手が起こった。新入生の多くは大感激したようだ。僕も濡れに濡れたハンカチを握りしめながら、こればっかりは涙なしには見れんなと、そう思った。


 京介はみんなの反応を見て気をよくすると、「いいかい、みんな~! 今日見たことはなるべく早く忘れるんだよ~!」と新入生たちに大声で呼びかけ、そのまま、大きな拍手に包まれながら退場していった。


「大変素晴らしいパフォーマンスでしたね。憑依のデモンストレーションは一年に数回しか見ることができないのです。今日これを見られた新入生諸君は幸せですよ。神に感謝すると良いですね。京介君、どうもありがとう。さて、続きましては、占いの代表格である水晶の方をご覧いただきます。ではロドリゲス君、おねがいします」


 司会の先生がそう紹介すると、今度は廊下で待機していたロドリゲスが威風堂々と入場してきた。ロドリゲスの姿が現れると、新入生から、猛烈な拍手と耳をつんざくばかりの歓声が起こった。新入生の中には、過去、うちの学校に来て、ロドリゲスに占ってもらった人間も多くいるのだろう。もしかすると、彼に憧れてこの学校への入学を決めた生徒もいるのかもしれない。案の定、女生徒からの声援が実に多い。まったく困ったものだ。彼は新入生たちに作った笑顔で軽く手を振りながら、全く緊張した様子を見せずに、ステージに上がった。ロドリゲスが長机の上で水晶の準備を終えると、司会の先生が花瓶を手に持って、ステージに上がった。その花瓶にはチューリップが一輪活けられていた。しかし、まだつぼみばかりで花は咲いていない。司会の先生はその花瓶をロドリゲスの水晶の横に置くと、また独特の口調で語りはじめた。


「それでは皆さん、この花瓶にご注目ください。まず手始めに、これからロドリゲス君がこのつぼみに、数日後どんな花が咲くのかを占います。まあ、これは小手調べですけどね」


 司会の先生はそう説明すると、邪魔にならないようステージから降りた。ロドリゲスは不敵な笑みを浮かべると、「このぐらいのことだったら、手を使わないでも、できますよ」と余裕たっぷりに言い放った。会場からどよめきが起こった。ロドリゲスは手を胸の前で組み、眼を閉じた。本当に全くこすりをしようとはしない。やがて、彼はゆっくりと目を開けると、水晶を持ち上げて、描写面をこちら側に向けた。水晶の中央には真っ赤なチューリップが映っていた。会場にいる生徒の間からは、「おお~!」という驚きの声が上がった。


「驚かれた方も多いと思いますが、彼はこの学校でも有数の才能ある占い師で、このぐらいのことだったら朝飯前なんです」


 司会の先生は得意げな顔をして、まるで我が事のようにそう言った。

「それでは次の占いに行きましょうか。」


 続けざまに、先生がそう言うと、奥の扉が開き、一組の仲むつまじいカップルが入場してきた。これまでとは違う、やや低めの声が場内に響いた。二人はどう見ても新入生には見えない。おそらく三学生だろう。彼らは新入生たちの間を通って、ステージの方へ向かってきた。本当は通路のちょうど真ん前を歩いてきたかったらしいのだが、そこには僕が正座していたので来づらかったらしく、カップルは僕を避けるようにして、少し遠回りしてステージに上がった。その際、女性の方は予定通りに進まなかった登場シーンに軽く戸惑いの表情を見せ、男の方は僕に聞こえるように、「ちっ!」と舌打ちした。僕だって好きでここに座っているわけではないのだが。


「さあ、ではこれから、校内でも一番仲がよいといわれているカップルの今後を占っていただきましょう。こういう恋愛に関する占いがロドリゲス君の真骨頂なのです」


 司会の先生がそう紹介すると、カップルの二人もさすがに恥ずかしそうな顔をして、互いに顔を見合わせた。そんなことだったら、無理して出てこなければいいのに。会場に多数いる女生徒などは、やはりこういった恋愛問題には大いに関心があるらしく、興味津々のようだ。


「では、お願いします!」


 司会の先生はそう言ったが、なぜかロドリゲスはその場に立ち尽くしたままで、占いに取りかからなかった。何か考え込んでいる様子だった。そして、一度僕の方へ哀れみのこもった視線を向けると、物憂げな静かな口調で語り始めた。


「いや、やはり今日は何か調子が出ないみたいなので、このぐらいでやめておきます」


 彼が突然そんなことを言い出すと、会場から「え~!」という驚嘆とため息が混じり合った声が上がった。一体どうしたのだろうか。この展開には僕も驚いた。ロドリゲスは話を続けた。


「それで…、まあ、僕の他にも水晶の得意な占い師がいますから、その人に代わりにやってもらいます。」


 彼はそう言ってから、再び僕の方を見て、少し笑みを浮かべた。そうか、彼は生き恥をさらしている僕のために、わざわざ見せ場を作ってくれたのだ。今に始まったことでないが、なんていい奴なんだろう。


 司会の先生の隣でこの様子を見ていた、たでま先生もロドリゲスの心中を察したらしく、悪人面をさらに歪ませたような苦々しい表情を見せた。そして、僕の方を見て、「しょうがないから、ステージに上がれ」とでも言うように、顎をクイッと上げた。しかし、その眼は明らかに、「失敗したら、今度こそ地獄を見るぞ」と言っていた。ロドリゲスが余裕の笑顔を浮かべたまま、足音もたてずに、ステージから降りると、会場からは惜しみのない拍手が送られたが、新入生の多くは少し残念そうな顔をしていた。間髪入れず、会場の入り口から京介が足早に入って来た。僕の水晶を持ってきてくれたのだ。彼は僕に水晶を手渡すと、「良かったな。がんばれよ」と言ってくれた。僕は黙って頷くと、会場から噴水のように沸き起こる、心ない罵声を背に受け止めながら、満を持してステージに上がった。


 水晶の準備を始めると、会場は何とも言えぬ微妙な空気に包まれてしまった。学長も不安そうな顔でこちらを見ている。僕がこの歓迎会をぶちこわしにすることを恐れているのだ。司会の先生も微妙な笑みを浮かべながら、説明を始めた。


「え~、少し意外な展開ですが……、このままデモンストレ-ションを続けたいと思います。今、壇上に上がっている生徒は水晶専攻で、この学校では知らない者はいないというほどの有名人であります。名前はパヌッチと言います。学長や生徒会長でさえ、ある意味、一目も二目も置くような生徒です」


 あまりいい紹介にはなってないなと、僕は寂しく思った。


「それでは、始めて下さい……」


 司会の先生は人生の一部をあきらめたかのように、無念極まりない表情でそう告げた。


「え~と、す、水晶というのは…、た、たい、大変長い歴史がある占いです。しかし、だからといって、そ、それほど難しいかと言えば…」


 僕がどもりながら、そこまで言うと、司会の先生がさっと手を上げ、「あっ、講釈はいいですから、さっさと占いの方をやっちゃって下さい。お二人も待ってますから」 そう言って、カップルの方を指さした。その二人はステージの上でずっと待たされていて、すでに半ば夢破れたような不安そうな顔をしながら佇んでいた。


「そうですか…、ではさっそく、お二人の恋愛の行方を占います。」


 僕はそう言って、水晶に手をかざした。これは間違いなく人生で一番の大勝負であり、失敗の許されない占いだ。僕はいい結果が出るように両脳にこれまでにないパワーを込めて念じつつ、ゆっくりと両手を動かした。会場にいる新入生と教職員全てが、固唾を飲んで見守っているのがわかった。入り口のところで、京介とロドリゲスも心配そうにこちらを眺めていた。これで、このカップルが喧嘩別れしたところなんぞを映し出してしまったら、今度こそ間違いなく退学になるだろう。僕はそんなことを考えながら、念力を水晶に送った。すると、水晶にジンワリと二年後の二人の様子が映ってきた。これから行楽地にでも向かうのか、カジュアルな私服に身を包み、手をつないで街を歩いていたが、静止画なので、関係がどこまで進んだのかよくわからない。とりあえず、まだ結婚した様子はなさそうだった。僕は先送りをするべく、ゆっくりと手を前に動かした。そして、そこから約一年ほど先送りされた映像が水晶に映り始めた。


「いやった~!」


 僕はその瞬間、ガッツポーズを取った。そこに映っていたのはまさしく、このカップルの幸せに包まれた結婚式の様子であった。教会の前で大勢の友人に囲まれて、豪勢な衣装に身を包んだ二人が仲良く手をつないでいた。僕が水晶を持ち上げ、その画像をみんなに見せると、会場全体から今日一番の怒号のような大歓声が起こった。その画像を見た瞬間、ステージの上にいたカップルも抱き合って、喜びを表現した。まさに奇跡である。会場の盛り上がりは頂点に達した。


「せ、成功しました! これでお二人の未来が約束されました!」


 司会の先生も両手でガッツポーズしながら、そう実況した。 ロドリゲスと京介が飛び跳ねながら、ステージの方へやってきた。ロドリゲスは僕の横まで来ると、肩を強く叩き、「おめでとう、バヌッチ! これで君もついにエリート占い師の仲間入りだね。明日からはお客さんの相手で忙しくなるよ」と興奮冷めやらぬ様子で言った。


「いやあ、ありがとう。君への恩は一生忘れないよ」


 僕はそう言いつつ、二人と固い握手を交わした。そんなとき、たでま先生と学長がゆっくりとステージに上がってきた。


「今日はおまえに美味しいところを全部持っていかれたな……」

たでま先生は神妙な顔でそう言うと、僕の頭を軽くパンと叩いた。


「いやあ、皆さんのお役に立てて、嬉しいです。遅刻の失敗も取り戻せましたしね」

僕はそう答え、学長とも握手を交わした。


「こんな偉大な仕事をしてくれた生徒には、たっぷりとお礼をしなければいかんね。あの緊張感の中で、これほど難しい占いを成功させるとは……。尊敬に値するよ」


 学長は、懐から分厚い封筒を取り出すと、僕の方へ差し出した。


「パヌッチ、良かったね」


 ロドリゲスがそう言って祝福してくれた。僕はそのお金を受け取ろうと手を伸ばした。しかし、次の瞬間、信じられないようなことが起こり始めたのだ。隣にある机の上に置いたままだった水晶が、幸せそうなカップルの映像を映しだしたまま、激しく横に揺れだした。そして、以前出来たひび割れからガシュ! ガシュ!という音とともに煙を噴き上げ始めた。


「ああ! これはいかん!」


 僕はそう叫ぶと、水晶のもとに駆け寄った。しかし、次の瞬間には、水晶に映し出されているカップルの画の、ちょうど間を通って、ビビビと亀裂が走った。僕は割れてしまわないように、力一杯、水晶の両側を押さえつけた。だが、水晶の動きはおさまらず、僕の手の中でボカン、ボカンと縦横に激しく暴れた。


「パヌッチ! 水晶を割っちゃあだめだよ! 占いの結果が変わってきちゃうよ!」


 ロドリゲスが恐ろしい形相になって、そう言った。僕にだって、そんなことはわかっている。カップルの二人もかつてない不安げな顔でこちらを見ている。


「これはすごいことになりました。もし、このまま水晶が割れてしまいますと、お二人の関係も、近い将来に破綻するということになるのでありましょうか」


 司会の先生はスポーツキャスターの実況のように流れるような口調で、そう解説した。


「アバブラアバラミカプキ…」

 

 僕は悪霊撃退の呪文を唱えながら、必死に水晶を押さえつけたが、暴れ狂う水晶のパワーは次第に強くなっていった。


「誰か! 封印布を持ってこい! このままじゃあ、まずい!」


 見かねて、たでま先生が叫んだ。会場の新入生たちも、「何でこんなことになってしまったの?」とでも、言いたそうな顔でこちらを凝視している。僕はありったけの念を込めて、「ハッタンアカリマツキ!」と叫んで、水晶を上から平手で思いきり叩いた。その次の瞬間、水晶は衝撃に耐え切れず、バカッ!と真っ二つに割れた。会場は一転して、シーンと静まり返った。しばらくの間、誰も僕に話しかけてくる者はなかった。友人たちも眼を合わせてはくれなかった。全ては終わったのだ。僕は達観した聖者のような表情になり、静かにマイクを手に持った。


「え~、このような結果にはなりましたが…、占い的にはこれで成功です…」


 京介はその場にヘナヘナとしゃがみ込んだ。ロドリゲスも手で顔を覆った。会場の新入生の中には泣き出す者もいた。僕は割れた水晶を回収し、後かたずけを終えると、ゆっくりとステージから降りた。


「これは占い師にとって、最悪の結末なんです」


 司会の先生は静かな口調で、このイベントをそう締めくくった。ステージから降りようと階段まで歩くと、前には例のカップルが呆然と立ちつくしていた。


「まあ、結婚して一、二年ですぐに別れることになると思いますけど、相性が悪かったと思って下さい。これも人生ですしね」


 僕は二人にそう声をかけると、それぞれの姿が映っている水晶の小さな破片を記念品として手渡した。


「おい、パヌッチ!」

 たでま先生がステージの上から強い口調で僕を呼び止めた。


「わかってるとは思うが、しばらく自宅謹慎になるからな……。そのつもりで覚悟していろよ……。おまえとは当分会えなくなるな…… 」


 僕は何も答えずに、黙って頷いた。その次の瞬間、どこからか、ラルセの高笑いが聞こえたような気がして、僕は思わず身をすくめた。


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