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占い師になりたい  作者: つっちーfrom千葉
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第四話 ラルセと星占い


 先日の夢占い大失敗の影響なのか、ここ数日ずいぶんと体がだるい。夜あまり眠れないので、その分、昼間身体に力が入らず、余分に寝るようになり、授業など全然でれないし、でたくない。これが最近世間で流行りの睡眠障害なのかもしれんな、などと自分のいいように考えながら、今日も夕方までゴロゴロしていた。


 しかし、部屋の外からガヤガヤと騒がしく人の声が聞こえ、全く眠りにつけない。おそらく、今日も隣室に住む我が友ロドリゲス氏の部屋に、彼の占い目当ての女性客が殺到しているのだろう。


 この際だから説明しておくが、この別館には二階から五階まで四十近い生徒の個室があり、その全てが占い師として営業しているわけである。しかし、その中で客が頻繁に訪れるのは五つにも満たない、特定の部屋だけである。つまり、残りの多くの部屋は、毎日ほぼ無客状態であり、その生徒のただの寝室としてのみ存在するという、恐ろしい現状がここにある。僕のように半ば営業をあきらめた生徒も中にはいるのだ。


 しかし、隣の部屋であんなに派手にやられて、このまま黙って寝ているのも何か腹立たしいので、寝床から抜け出し、ドアの隙間からそっと覗いてみた。案の定、隣の部屋のドアは開け放たれ、客が部屋の外まで累々長い列を作っていた。そのほとんどが十代の女性客だ。後ろの方に並んでいる女の子たちが、「ロドリゲスく~ん、私の番はまだ~?」などと、部屋の中に向かって黄色い声で呼びかけたりしていて、なんともにぎやかである。


 そうかそうか、今現在、京介が試験以来の絶不調で商売を休んでいるから、京介目当てで訪れた客の行き場がなくなり、よけいロドリゲスの方へ客が集中してしまっているのだ。しかしまあ、隣の部屋にも同学年・同学科の占い師が寝泊まりしているのに、一人もこっちへ入ってこようとはしない。まったく、何という過酷な現実であろうか。まさに才能主義によって生み出された現実社会と似た厳しい二極分化である。


 先日、そのことでロドリゲス本人に対して、『いい加減、僕も客が欲しいのだが』と、いくらか不平を漏らしたところ、「それなら、派手な看板でも掛けるといいよ」などと、前向きな助言がもらえたので、昨日自ら手作りで『完全的中! 超人気占い師在中!』と、真っ赤な文字で大きく書いた看板を作成し、ドアの外に掛けた。


 ところが、今見ての通り、全く何の効果も得られない。それどころか、あんな派手な看板を掛けておいて、誰も入ってこないとなると、よけい惨めだ。やらなければよかったという虚しい思いも湧き、そんなことを考えていたら、だんだん頭の中に怒りが浸透してきた。思い切って、自分の部屋にガソリンを蒔いて、自演火事でも出してやろうかなどと物騒なことまで考え始めてしまったのだが、それでは占い師としての領域を逸脱してしまうので、思い直すことにした。


 しばらくの間、ロドリゲスの部屋の方を覗いていると、列に並んでいる女性のうち数人がこちらに気がついた様子だ。しかし、彼女らは、何か気持ち悪い害虫でも見てしまったかのように、僕の方から不自然に目を背け、再びわちゃくちゃと無駄話を始めた。その有様を見て、僕はさすがに腹が立ったので、一言文句でも言ってやろうと、ドアを開け、一歩外へ踏み出した。すると、その時、列の最後方に並んでいた、黒ぶちのメガネをかけた、僕と同年齢くらいの痩せた男性が、こちらに向かって歩んできた。彼は僕の眼前まで来ると、オドオドとした態度で話し始めた。


「あの、こちらも…、一応、占い師さんですか?」


「一応でなくて、完全に占い師ですよ!」


 僕は強い口調でそう言い返した。すると、その男は深々と頭を下げ、「いやあ、そうですかぁ…、助かります。実は私とある理由があって、少し急いでまして、あちらの部屋だと、もう数時間はかかってしまいそうなので、できればこちらで占ってもらえませんでしょうか?」


 たいそう礼儀正しい態度と、その純朴な笑顔に僕の怒りは吹き飛び、「さあさ、そういうことでしたか、どうぞ、どうぞ。いやね、お客さん、お目が高いですよ~。あっちの部屋はねえ、長時間待たされる割には対応と技術はたいして良くないんですよ」などとうそぶき、その男性の手を引き、部屋に呼び込んだ。


 その気弱そうな男性は部屋に入ってからもおどおどしていて、部屋の入口付近をうろうろするばかりで、イスに座ろうともしなかった。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。そこにあるイスに座っていて下さい。」


 ずいぶん久しぶりの客だったので、緊張していたのは、実はこっちの方だったのだが、僕は平静を装ってそう言うと、テーブルの上に布巾をひろげ、水晶の準備を始めた。


「すいません……、それでは遠慮なく……」

小さな声でそう返答しつつ、男性はようやく席に着いた。


「それではどうしましょうか? 何について占いますか?」


「あっ、そうですね。え~と、実はですねえ。私、明日、あの、ある女性とデートの約束をしていまして……、それでですねえ、明日の天候を詳しく教えていただきたいのです…。その後、天候に応じて、デートの時間・場所などの設定をしたいと思いますので、うまくいく秘訣を教えて頂けたらと……」


 男性は照れくさそうに頭を掻きながら、そう答えた。しかし、これは少し困った相談だ。僕の水晶の技術では、映像を静止画でしか映せないのだ。明日一日の詳しい天候を知るためには、水晶に一日の空の動きを動画で映し出せる占い師でなくてはならない。水晶を使わずに天気を占うとなれば、占星術が一番だが、僕はその占星が一番苦手なので、これも無理だ。少し考えた後、僕はついに自分の利益をあきらめ、他人に客を譲る決意をした。


「そのご相談でしたら、知り合いに専門の占い師がいますんで、そちらを紹介しましょう。」


 僕はその男性を引き連れ、四階のラルセの部屋に向かった。占星術専攻の学生の部屋は、夜空を眺めやすい上階に集中している。階段の途中で、「その女は性格にかなり難があるんですがねえ。まあ、技術は保証しますよ」と、客である彼がどうとでも取れるような説明をした。


 ラルセの部屋に鍵はかかっていなかった。失恋直後の婦女子の気持ちを考えて、いちいち遠慮などしていたらきりがないので、僕はドーンと躊躇なくドアを押し開け、中に入り込むと、「お~い、おまえ、生きてんのか~!」と力強く挨拶した。


 彼女は部屋の奥の方で、三人掛けのソファーに前のめりに座り込みながら、缶ジュースを飲み、ファッション雑誌を広げていた。寝起きのようで髪も整えてないし、服も昨日と同じものだった。


「なんだ、バヌッチか。ごめんね…、今、私もお金無いのよ。あなたには貸せないわ…」


 彼女は憔悴しきった表情でそのように答えた。


「違うよ、そんなことじゃなくて、ラルセにお客さんだよ」


 僕はそう言うと、男性客を部屋に引き入れた。彼女は突如として現れた客の方を確認すると、あわてて立ち上がった。


「えっなに? お客さん? ほんと?」


 この慌てようを見ると、彼女もここしばらく客に恵まれていなかったらしい。


「明日の詳しい天気が知りたいんだって」


「明日の天気なんて簡単よ。まかしといて!」


「それで…、おいくらになりますでしょうか?」


 男性は不安そうな表情でそう尋ねてきた。持ち金にそれほどの余裕がないらしい。


「いいわよ、いいわよ。あんた初めてのお客さんだし、ただで見てあげるわ」


 ラルセは天体望遠鏡を窓の近くにセットして、高さと角度を調整するダイヤルを捻りながら、相手と顔を合わせようともせずにそう答えた。


 彼女は常連の客からしかお金を取らないという、ちょっと変わった営業理念を持っている。まあ、初見の客よりもリピーターのほうに期待するという商売方法のほうが長い目で見れば効率がよく、僕と違って商売上手なのかもしれない。しかし、男性の方はそれで収まらないらしく、ポケットをまさぐりだした。


「私にとって、この恋愛は人生の一大事です。明日は大勝負なので、ただで占ってもらうわけにはいきません。これでお願いします!」


彼はそう言って、五千札を差し出した。


「げっ!」


 ラルセよりも先に僕がその金額に反応してしまった。慌てて自分の水晶を取り出すと、「じゃ、じゃあ、やっぱり僕が占いましょうか!」と思わず口走り、素早く持ってきた自分の水晶に手をかざした。その瞬間、ラルセの目がキラリと光り、次の瞬間にはこっちに向けて黒豹のように走り出していた。


「ちょっと! なめてんじゃないわよ! 大体、何であんたがここにいんのよ!」


 ラルセは我が子を襲われたライオンのようにそう吠えると、僕の手から水晶をもぎ取り、なんと、窓の外へ放り投げやがった。


「おまえ! それはないだろ!」


 僕はそう叫ぶと、一目散にその部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。水晶は下の広場にある花壇の上に落ちていたので、幸い割れてはいなかった。僕は水晶を拾い上げて、ハンカチで奇麗に拭くと、急いでラルセの部屋まで戻ってきた。


 彼女はすでに望遠鏡のスタンバイを終え、望遠レンズの微調整を行っていた。息を切らして、乱暴にドアを開け、僕が部屋に入っていくと、「なんだ、割れなかったんだ? いい水晶ね……。持ち主の人生は壊れかけてるのにね…」と顔色一つ変えずに冷たい言葉を投げかけてきた。その後、彼女はもう一度望遠鏡を覗くと、「よし、これでいいわ。じゃあ、メモ取ってくれる?」と男性客に向けて語りかけた。


「あっ、はい、わかりました」


 お客さんの男性はそう言って、懐からメモ帳とボールペンを出した。


 『占星術』は主に数日後までの詳しい天候を知るために用いられる。基本的な占いではあるが、上級者になれば、一ヶ月以上後の天気や天災はもちろん、今後数年間内に起こる天変地異などを察知することもできるという。この占いばかりは基本的な占いの知識や技術はあまり関係なく、もっぱら、占い師自身の才能と理系の知識に正否がゆだねられる。


 彼女は先程までとうって変わって、真剣な表情でレンズを覗いている。その身からは濃緑のオーラが発せられていて、こうなると声もかけづらい。ロドリゲスや京介にせよ、このラルセにせよ、上級の占い師はみなこのような独特のオーラをまとっていて、そこがプロとアマの違いなのだろう。この集中力こそが、僕が彼らを尊敬する一因でもある。


 そして五分ほど経つと、望遠鏡から目を離すことなく、独り言のように何かぼやき始めた。


「う~ん、今夜も…、金星の輝きがいいなあ…、夕焼けのグラデーションと色合いはいまいちだけど、明日も確実に晴れるわね…。でも…、スピカの光りかたが昨日ほどじゃないわ…。他は…、どうかな…? 北極星の位置はと……、まあ、こんなところか…」


 彼女はそんなことを呟いた後、望遠鏡から静かに目を離した。そして、机の上に置いてあった電卓を手に取ると、紙に何かメモを取りながら慣れた手つきでボタンを押し始めた。計算はすぐに終わり、彼女は再び電卓を机に置いた。


「じゃあ、いくわよ。いい?」


「は、はい、お願いします」

客の男性は鉛筆を握りしめて身構えた。


「え~と、明日、午前5時10分に日の出。その後、午前9時15分まではほとんど雲もなく快晴ね。9時半頃から、やや雲が多くなって、風も少しでてくるわ。風速は南東の風3、5mぐらいね…。30分に一度突風が吹くくらいかしら……。でも、電車や観覧車などの乗り物に影響が出るほどではないわ」


 彼女が話し続けている間、男性は一言も言葉を口にせず、ただ紙の上で鉛筆を走らせていた。


「正午を過ぎると、風はおさまるわ。気温は上がり続けて、午後2時12分に最高気温の27度になるわね。その後は、ほとんど無風で蒸し暑くなります。上着はすぐに脱げるようなものを着込んでいくといいです。湿度は37%ぐらいでしょうね。気温はだいぶ下がるけど、雲はなくなって、夜は星空がきれいに見えるはずよ。つまり、絶好のデート日和ね!」


 彼女はそこまで一気に話してしまうと、一仕事終えた芸術家のようにイスにドカッと腰を下ろした。男性も言われたことを書き終えると鉛筆をしまい、すっと立ち上がった。


「どうもありがとうございます。おかげさまで明日のデートもうまくいきそうです。彼女との仲が進展しましたら、また今度、お礼に伺います」


 男性は一気にそう語ると、深々と頭を下げた。ラルセは満足そうな笑顔で頷いていた。その態度には一流の生徒だけが持つ余裕が感じられた。


「明日はがんばってよ。キスもしないで帰しちゃだめだよ。応援してるからね」


 僕はそう言って、彼の側まで歩み寄ると、固い握手を交わした。


「この恋が上手くいったら、あなたがた二人のおかげです! それでは失礼します!」


 男性は堂々と部屋から出ていこうとした。しかし、突然ラルセが機械仕掛けの人形のように立ち上がった。何か大事な事を言い忘れていたらしい。


「あ、ちょっと! あんた、星座は何座だっけ? それを聞かないと!」


 男性は余裕の笑顔を浮かべたまま振り返り、「蟹座です!」と自信たっぷりに答えた。ラルセはそれを聞くと、強い口調で最後に一言付け足した。


「それじゃあ、明日のデート、絶対うまくいかないわよ。ひどい振られ方をするから行くだけ無駄! 星雲がかなりぼやけてるもん、蟹座は……」


 そんな方向から占うこともできるのかと、僕は占星の深さに改めて驚かされた。一歩も身動きせず、白目をむき、呼吸も止まってしまった、その男性客も、もちろん僕と同じことを考えたはずだ。

この作品は長大なので少しずつ区切って投稿していきます。気軽に感想をいただければ幸せです。

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