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占い師になりたい  作者: つっちーfrom千葉
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第三十一話 厳罰棟所長の訪問XIII

 さて、ヤドカリ論の話題が出たので、ここでこの小説のことを説明しなければならないと思う。このことは占いとは直接関係のないことなのだが、近年、我が国で一番ヒットした商品なので、後々のことを考えると、やはり紹介しておいた方が良いと思われる。


 今から20年ほど前、ドイツでハインケン=トレバサシという30代の作家がデビューした。作家と一口にいっても、この人物は近年までそれほど高名な人物ではなかった。本人は自分を生まれながらの小説家だと思い込んで暮らしていたようだが、文章を書き始めてから二年の間は、この人の本が出版社に取り上げられたことは一度もなく、いわゆる思い込みで作家を演じていただけだった。夢想家といった方が正しいのだろうか。とは言え、想像の作家では暮らしていけないので、彼は小さな工場に働きに出ていて、安い賃金で朝から夕方まで働かされていた。いつ倒産してもおかしくないような、孫請けの小さな工場だったので、給料は遅配になることも多く(現物支給になることさえたびたびあった)、彼も夕飯を食べないで過ごさねばならない日も多かった。


 その空想好きな性格が災いしてか友人も少なく(そもそも、他人との会話を彼は執拗に拒む傾向があった)、両親も遠く離れた場所に住んでいたから、ほとんど自分一人の収入が頼りの生活を続けていた。彼はそんな恵まれない生活の中でも、周囲の人間には、常に自分は小説家だから幸せだと言い張っていた。彼は現実の自分の境遇などに興味はなく、空想の中に住んでいる、売れて売れて仕方がない自分の姿に満足していた。そして、その空想の自分の優雅な暮らしぶりを、時折職場の仲間に自慢げに話して聞かせることもあった。当然、彼の知人に、その言葉を信じている者はいなかった。彼自身、朝から晩まで隙間なく働いているわけであるし、どこにも小説を書けるような時間を見いだせなかったからだ。もちろん、彼の服装も食べている物も質素極まりないものだった。しかも、文学系の大学も出ていない彼に、売れっ子作家になるような才能があるとは誰も信じていなかった。トレバサシは年末になると、毎年こう言っていた。


『ああ、もうすぐたくさんの税金を納めなきゃならんな。この国は税金が高くてたまらんぜ』


 もちろん、彼は工場で働いていたから、税金は給料から自動的に引かれていて、自分から税務署に払いにいく必要はまったくなかった。彼がこの台詞をよく使ったのは、自分は作家であるから、その年に売り出した本の税金を払わねば、という思い込みだったのである。決して言葉だけではなく、彼は実際に税務署を訪れることもあった。彼の想像の中では、自分は売れっ子作家であるから、一般の市民よりもたくさんの税金を払わなければという意識が進行してしまっていたのである。もちろん、財布の中には、いつも場末のパン屋の店頭に置いてあるような胡桃入りパンも買えないような、わずかなお金しか入っていなかった。


 税務署員も困り果て(税務署という立場上、おかしな客が訪問することには慣れていたようではあるが)、彼の空想話が長くなってくると、還付金があるからと言って、逆にお金を持たせて帰らせるくらいなのである。彼は自分が書こうとしている作品に絶対の自信を持っていた。想像の中の自分だけでは満足出来なくなり、彼は実際に休日や仕事の休憩時間を利用して少しずつ作品を書き溜めるようになっていった。それが後にヤドカリ論と呼ばれる奇怪な文章だった。


 このトレバサシという男は、我々の住んでいるこの地上に、いや、もっと広く言えば宇宙全体に、エーテルと呼ばれる何者かの意志が常に流れ込んでいると、そう考えていた。この世を作り、そして歴史を思いのままに進行させているのは決して人や神ではなく、このエーテルと呼ばれる気体が原因なのだという。このエーテルが人類を、引いては宇宙全体を自分の思いのままに動かし、進化させていき、ある最終的な理想型を目指しているのだという。ただ、その最終型がどういうものなのか、人類の発展や進化が、今後この星や宇宙全体にどのような影響を与えるのかについては、このトレバサシにもわからないらしい。少なくとも、彼はこのヤドカリ論の中では、そのことを明言していない。彼がその神の意志ともいえるエーテルを証明するために使ったのがヤドカリである。


 ヤドカリは元々蟹の一種であり、生まれ落ちた時は裸であるが、成長するに従って自分の身体に合うサイズの巻き貝を探して、その中で生活をすることは誰でも知っていることと思う。トレバサシの主張の第一は、『ヤドカリには脳みそがない』ということであり、脳みそがないのに、なぜ、他の生物の身体(貝)を利用する術を知っているのだろうという点にあった。脳みそのないヤドカリには親から子へと自分の生き方を伝えることは出来ないため、ヤドカリの全てが他人の巻き貝を利用して生きる術を知っていることは、不自然だというのである。そこから、彼はエーテルの存在を導き出したのである。つまり、エーテルというものが我々の住むこの星の大気には含まれており、それが人間やヤドカリや他の生物の知性に作用して、その生物の進化の手助けをしていると彼は主張したのである。簡単に説明すると、これが『ヤドカリ論』である。どこから読んでも、子供にも笑われそうな理論だが、彼はこの主張を頑なに信じていて、この本の中にそれをしたためた。


 次に、この本が爆発的に売れることになった理由を説明しなければならない。まず、このヤドカリ論の全容が、きわめて煩雑な体系で描かれているということである。このトレバサシという男、自分は小説家だと主張していた割には文章が非常に下手で、しかも、長文をまとめ上げるだけの構成能力もなく、それを理解しようにも、わざと読者に理解させない、遠ざける目的で書かれたのではないかと勘繰りたくなるほど読みにくい文体で書かれていた。しかし、この事が後に思いもかけないような効果を上げた。彼はまずこの原稿を自信ありげな態度で小さな出版社に持ち込んだのだが、『内容が意味不明である上に、無理に理解したとしても面白い読み物ではない。その上、作者はおそらく精神疾患である』と断じられてしまい、原稿は編集者からすぐに突っ返された。


 彼はめげずに、その後いくつかの出版社にも持ち込んだのだが、どこの編集者からも似たような反応を示され、まるで相手にしてもらえなかった。そこで、彼はこれを印刷所に持ち込み、自費で出版することにした。もちろん、手持ちのない彼には、僅かな数を出版することしか出来ないはずだった。ところが、ここで手違いが起こった。印刷所の営業課の社員がこの本の部数を二桁間違えてしまい、この呪われた本は百倍の部数世に出回ることになった。印刷所も、これは自分たちのミスであるから、トレバサシの注文分以外は、泣く泣く自費で引き取り、大幅な赤字を計上してから、それを各地の本屋に売り込むことにした。各地の本屋では、なぜか予定外に大量の本が持ち込まれ、しかも、『ヤドカリ論』という意味不明のタイトルであったため、店長以下、大変に戸惑ってしまい、その扱いに苦慮してしまった。最初は当然海洋生物のコーナーに置かれたのだが、内容を一目見た店員が真っ青な顔をして、『いや、これは違う。これは生物学などではなく、もっと決定的に恐ろしい、まがまがしい何かを含んでいる』とコメントして、他のコーナーへの展示が検討されることになった。そして、最終的にはそれを心霊コーナー(怪奇現象も含まれる)、に展示した。


 さて、これを最初に手にしたのは、世の中の日常的な出来事にはすでに飽き飽きしている心霊マニアたちであった。彼らは日々の生活に退屈していて、(そもそも、こういうものを喜ぶ人種というのは、社会や親や教師を偉大なものだと認めようとしていないものである)政治や経済の動向などにまったく興味を持たず、ただ、自分の興味をくすぐってくれる面白い出来事を探していた。彼らは、この本を読み進めるなり、その極めて読みにくい文体と、なかなか趣旨を理解させてくれない古文書のような内容の虜になり、これが何かの人類史上の秘密(例えば、NASAがすでにUFOの存在を知っているのではないかとか、アメリカのある町で道を歩いていた少年が突然空に開いた穴に吸い込まれた、といった話の真相など)の暴露本ではないかとの憶測が働くようになり、本はにわかに各地の本屋で完売することとなった。この本が馬鹿に売れているというニュースが伝わっていくと、最初はこの本を出版することに難渋していた出版関係者も、いよいよ、これを取り上げなければならなくなり、正式にトレバサシと出版契約を交わすと(この時点では彼の才能を認めたわけではなかった。渋々である)、『世紀末怪奇理論白書ついに発売!』と銘打って、この本を大々的に宣伝するに至った。


 出版社はこの本を売り込むために、これは半ば狂人が書いたものだと宣伝したが、トレバサシはそのような悪口まがいの宣伝文句をまったく気にしなかった。彼はどんな理由であれ、この本を多くの人が読んでくれることだけが嬉しかった。折しも、世は怪奇現象ブームであり、マスコミも各社競って、世の中に転がっている怪しげな現象や文献を探していたので、この広告文句に一斉に飛びついた。それから、本は霊魂や精神科の専門家や怪奇文章マニアに煽られて売れに売れた。初版本は大量に刷られたが、それでも、大量の怪奇本マニアを満足させることはできず、本屋の店頭からあっという間に消え去った。客の中には、後でプレミアがつくことを見越して、一人で何冊も購入していく人間までいた(心霊マニアというのは、例え、他人に理解できないような物でも、自分の持ち物にプレミアが付くことを一番喜ぶ人種であるし、日常的に何か後で高価になりそうな物は転がっていないかと探している人種と大抵の場合リンクしているものである)。その凄まじい売れ行きが、さらに噂と憶測を呼び、新聞やテレビでも連日取り上げられる一大ブームとなった。


 ここまで来ると、彼を非難することは、多くの読者(例え、それが常識すら理解出来ないような心霊信者であっても)を自分の敵に回すことになると考え、評論家たちもなし崩し的に彼を賞賛するしかなくなった。事実、発売から数ヶ月後には、ドイツ国内の圧倒的多数の世論は、トレバサシの主張を支持するようになった。ただ、彼らはヤドカリ論を完全に理解したわけではなく、トレバサシの奇々怪々たる性格を理解し許したのであった。それには、このような恵まれない半生を歩んできた彼への同情の念も強くあったと思われる。シンデレラストーリーというのは、いつの世でも、どんな種類の人間であっても喜ばれるものである。凄まじい売れ行きはドイツ国内だけにとどまらず、あっという間にヨーロッパ各地に飛び火した。今の世に絶望しているような一部の人間は、彼は偉大な教主として崇められるようにさえなった。


 それから一年も経つと、翻訳されたヤドカリ論がこの国にも持ち込まれるようになり、各地の書店で大々的に販売された。そうは言っても、この国はまともな思想人、それは、マスコミの大袈裟な宣伝文句や、政府の虚言には簡単に騙されない思考を持った人のことだが、そういった常識人が多いので、導火線に火がついた状態のこの本といえども、簡単にはベストセラーにならなかった。本屋で手にとっても、内容に興味を示さず、顔をしかめる客が多かったという。それはそのはずで、元々がそのような偶然が重なったような経緯で売れた本なので、まともな思考を持った人がまともに評価をすれば、それほど高い売上がでるはずがないのである。しかし、西洋で空前絶後の大ヒットになっているという宣伝文句はやはり強烈であり、堅物が多いはずのこの国でも、若い層を中心に徐々に話題になり始めた。テレビゲーム好きな単純な思考回路を持った層には、次第に受け入れられるようになっていった。しかし、知識層を取り込むまでには至らず、いまだ我が国での評価は定まっていないが、現在のところ、オカルト本の域を出ていないようである。

この作品は長大なので少しずつ区切って投稿していきます。気軽に感想をいただければ幸せです。この作品はアラブ系千葉文庫(http://www9.plala.or.jp/applepig/)にも掲載しています。全部で十数個の短編作品を掲載しています。できれば、そちらの方にも遊びに来てください。

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