第二十六話 厳罰棟所長の訪問Ⅷ
彼女達は普段の授業では一般の生徒と同じような無難な生活を送っているつもりなのだろうが、世間から見れば、なかなかそうはいかず、彼女達の行動には自分達のおかしな生態を隠しきれないほころびがいくつかあるようである。例えば、今年の春先に、うちの学校では珍しい平和学習の授業が行われたことがあって、自由参加の授業であったため、席順も決まっておらず、アリアと数人の仲間は教室の一番隅っこに陣取って、授業の内容には全く集中せず、何かヒソヒソと話し合っていたのだ(どうせ、内容は自然現象や雷のことだと思われる)。この授業のためにゲストとして呼ばれた先生は、平和を維持するためにはどうすればいいのかということを熱弁していたのだが、授業の終わり間近になって、最後の締めとして、生徒みんなに向かって、『ねえ? 皆さんも平和な世界を望みますよね?』と問い掛けたところ、生徒の多くからは和やかな賛同の拍手が贈られた。会場がそんな暖かい雰囲気になっても、アリアたちがキョトンとしてその正論の輪に加われなかったことは言うまでもない。ここで何事もなく授業が終わっていれば良かったのだが、教室の一角を占める生徒たちだけ拍手をしなかったことが先生の気に障ったらしく、先生は教室の一番後ろの隅っこ、アリアたちが座っているところまで歩み寄っていって、もう一度同じ質問をした。
『あなたたちも平和な世界を望むでしょう?』
すると、アリアはわざと目立つように右手を大きく挙げて、すべての生徒にアピールするようにこう言った。『いいえ、先生、私はカオス(混沌)を望みます!』それを聞いて、平和学習の先生が驚愕したのは言うまでもない。先生は、目を吊り上げて、『カオスを望むですって? それはもう普通の考え方じゃないのよ? あなたはいったい何者なの?』と問い掛けた。アリアと数人の生徒は、先生を怒らせ、周りの生徒の注目が集まっていることを全く意に介せず、それどころか全員でにやにやとふてぶてしく笑って、自分達が奇異な存在だと思われていることを楽しんでいるかのようだった。
僕は偶然この時の授業に出席していて、しかも、彼女達と席も近いところにいて、間近でこの場面に遭遇したから言えるのだが、彼女達は自然現象の不可解な魅力に、度を越えて取り付かれてしまっていて、平和や仲間同士の交流などといった、人間味あふれる行動心理への同調や協力の気持ちをすっかり無くしてしまっていた。例え、彼女達が大災害が数日後に起こることを事前に察知したとしても、それが人類への警告として発表されることは決してないと思われる。彼女達のグループが世界が終わる日を予知出来たとしても、アリアとその一味はそれを誰に教えることもなく、自分達だけの秘密として心に持ち続け、人類を滅ぼすような大災害がこの地を襲っても、彼女達は自分も含めた種々の人々が大風に吹き飛ばされていても、溶岩に飲み込まれていても、そののたうち苦しむ様を満足げに見届け、この星の最期の瞬間まで笑っていると思われる。アリアとその仲間は、つまるところそういう混沌の世界を理想としたグループなのである。
ただ、今日の講演会のような、クラスで集まるイベントのときは彼女は常に大人しくしているはずで、それは他のクラスにいる頼れる仲間たちがいないため、自分一人では得意のカオス理論を持ち出してひけらかすことは出来ないし(さすがに一人で異端の心理を発表するには、気恥ずかしさが先に立つのか)、クラスの中に自分の味方は絶対にいないと信じきっているからだと思われる。そのため、彼女が講演中に突然叫びだしたのは、普段から雷を待つ心情が熱く燃えたぎっているので、その幸運が突然、自分でも予期しないタイミングで訪れたことへの反応だと思われる。つまり、みんなに何か危機が訪れることを伝えようと立ち上がったのではなく、まるで起き上がり小法師のように、雷鳴に意図せず心のスイッチを入れられて、反射的に叫び声をあげたのである。彼女は講演の間中ずっと誰とも話さずに静かに座っていて、こちらから見ていた感じでは講演者の偉そうな態度や、その長話など全く意に介さず居眠りをしているようにさえ見えたのだが、今後起こることを期待している大きな災害のことを考えて、つい夢想していたのかもしれない。それが、この荒れ模様の天候への変化を見落とすきっかけになり、彼女は夢うつつのままに突然の雷鳴を聞き付け、それがまるで天からの宿命的な呼び声のように思われて狂乱して椅子から立ち上がったのだと思われる。彼女は叫び声を上げてから十数秒経過して、ようやく我に帰り、今はちょうど自分のしてしまったことに悔やんでいるところだと思われる。それはクラス全員の注目を集めるという今の状況が、災害時ではない普段の日常においてはなるべく目立たないでいたいという、彼女の願望からは程遠い、不本意な行動であったからだ。
「アリア、どうした? 何か感知したのか?」
会場のどこからか、そんな彼女を気遣う言葉が飛んできた。心配して声をかける者もいた。しかし、彼女が狂乱したのは、講演者の無駄に長い話に苛立ったせいだと勝手に解釈をして、彼女の行動を面白がって手を叩いている者もいた。あるいはアリアが今日の突発的なイベントに最初から乗り気ではなく、反乱を起こすのではないかという憶測を持って、多少の期待も入り混じった興味の視線で彼女を見る者もいた。今日は他にもムングという起爆剤が参加しているので、これ以上の混乱を起こさないで欲しいと心配する声もあがった。アリアはクラスメイトから何度か落ち着けと呼びかけられて、少しは正気を取り戻したらしい。辺りを見回しながら話し出すと、それは落ち着いた口調に戻っていた。
「みんな、聞いて。この雷はただの悪天候じゃないわ。これから、誰も予測していないような、とてつもないことが起こるのよ。私にはそれがはっきりと見えたの」
アリアは極めて早口に説明口調でそう言った。冷静を装っていたが、それは自分が犯してしまった過ちをごまかすために照れ隠しで発せられた言葉だと思われる。彼女のこれまでの思考や行いから判断すれば、例え事前に大事故を予測したのだとしても、ここでクラスメイトを助けようという暖かい気遣いが出ることはありえないからだ。
「くそ! それなら、この場に水晶を持って来るんだったぜ!」
会場の一角からは、アリアの発言を真に受けて、そういう混乱を伴った叫び声が聞こえてきた。
「誰か、今日のことを占ってきてないの?」
そんな声もあがった。自分の不作為を棚に上げて他人にすがりつく甚だ無責任な言葉である。
こういう現象からも明らかなように、未来を占える占い師軍団と言えども有事には隙だらけであり、全員が普段から針ネズミのように全身をピリピリさせているわけではないから、平和なイベントの最中の突然の状況の激変などには極めて弱く、それはある意味で、未来というものを全く見ることができない一般の人間よりも、たちが悪いくらいである。一般人には少なくとも自分は無力だという自意識はあって、どんなことが起きても対応できるよう、予防措置をとっているが、占い師にはそれがない。以前にも同じようなことを述べたが、占い師のほとんどは、本来は物ぐさでがさつな性格であり、それは、その気になればいつでも未来を見ることが出来るんだよという、おめでたい奢りにも似た思いから来るものであるが、例えば、寝る前に深夜に地震が起きないかどうかを占ってから布団に入る占い師は稀である。
そのため、この学校の付近で真夜中に大地震が起これば、一般の居住区と同じくらいの被害が出ると思われる。察知して逃げることができる者はほとんどいないか、あるいは察知していてもその予言を捨てて寝入っているかだが、それは、未来が見える占い師たちも、一般人と同じくらい強い気持ちで、『自分が住んでいる場所で巨大地震など起こるわけがない』と思い込んでいるからであり(初めて占いを覚えて、試みた時分はさすがに明日起こることぐらいは興味を持って占っていたかもしれないが)、こういう油断が心に根強くある以上、特殊能力者といえども、ひとたび災害に出逢えば長生きすることは出来ないのである。我がクラスの生徒も、自分がこれから起こることをわざわざ占って部屋を出なくとも、他の誰かが占ってから教室に来ているわけだから、ここに全員が揃っている以上(もちろん、風邪をひいた様子もないのに、休みを取る生徒などがいれば、占い師は必要以上の詮索をしたりする)、今日は事故は起きないだろうとみんなが考えてしまえば、そこに最大の隙が生まれる。普段から災害が起きた時のことを考えている、臆病な人を馬鹿にする意見もあるだろうが、事故を防ぐのも一つの才能である。人間が自分の運命をうまく乗りこなせるかどうかは、つまるところ、未来が見える能力を持っているかどうかよりも、細心の注意を常に払って生活しているかにかかっている。
そういう僕も、アリアが予言したような、雷から派生する事故の恐怖に内心はびくびくしていたが、周りを見渡せば、少なくとも、タッサンとロドリゲスはこの騒乱の中でも、冷や汗ひとつ流さず真剣な表情をして微動だにせずにいて、動揺を見せていないから、この二人なら事前に今日起こる出来事を占っているだろうし、さらに言えば、屋内にいる以上、雷によってそうそう最悪の事態など起きようもないから、最低限の安全は得られているつもりでいた。得にラルセの先ほどの発言と余裕の表情は、これから天災によって生徒への物理的な被害が引き起こされることを予見したものではなかったはずだ。彼女は外の空気の中に、もっと別なものを見ていたはずである。
この作品は長大なので少しずつ区切って投稿していきます。気軽に感想をいただければ幸せです。この作品はアラブ系千葉文庫(http://www9.plala.or.jp/applepig/)にも掲載しています。全部で十数個の短編作品を掲載しています。できれば、そちらの方にも遊びに来てください。




