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占い師になりたい  作者: つっちーfrom千葉
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第二十四話 厳罰棟所長の訪問Ⅵ

 彼女はそれだけ言うと、講演者の方に向きを直した。これ以上、多くを語るつもりはないようだった。ただ、天気占いの大家であるラルセが嵐が来ると言うなら、それは、天候だろうが、人間同士の骨肉の争いのことであろうが、この短い時間の中で必ず起こるということであり、僕も必要以上の緊張感を感じないわけにはいかなかった。そんな運命が後に控えていることを露知らず、講演者のマリャベリさんは平然とした態度で話を続けていた。


「私のこれまでの経験では、どのような不届き者も、捕らえられてからの数日間は、まるで何事もなかったかのように、ヘラヘラとしていますね。自分の犯したことを、どんなに厳しく追求されても、笑みまで浮かべながら受け答えをして責任など何も感じていないようです。まあ、この辺りの反応は強盗などで捕まった凶悪な犯罪者と一緒ですが、彼らにも罪悪感はないでしょうし、これから起こることもわかっていないのですから、開き直るのも仕方ありません。しかしですね、この後の展開で、裁判所の判断によって厳罰棟行きが決まってしまいますと、どの囚人さんも決まってわあわあと騒ぎだしますのでね、やはり、こんな方たちにも心の器の一番奥底に積もり貯まっていた最後の恐怖感というか、人生の末路まで続く縛りのようなものはどうやらご存知のようで、皆さん、腰から下がガクガクと震えて来るようですけど、ふふ、こんな人達にも我が機関の恐ろしさが知れ渡っているというのは、大変光栄なことですね。


 厳罰棟はこの学校の東南にあるシャズラ山のふもとにありまして、戦中は防空濠として使われていたようですけど、今も中には火薬ですとか銃器の類が保管されています。今後も一度大災害が起これば使用される見込みですし、数万単位の住民をこの中に避難させることも出来るわけです。入口は数人がかりでしか開かないような金属製の大扉に仕切られていまして、それこそ、外界の澄んだ空気と内部の薄汚れた空間を仕切っているわけですが、その門まで連れて来られますと、どの不心得者さんも必ず辺りをキョロキョロと見回して不安そうにされますのでね。係員から、『さあ、大人しく中に入りなさい。もう、じたばたしてもどうしようもないんだからね』と言われて、ようやく促されるままに中に、不安そうな面持ちのままで入って行くわけですね。そうしますと、耳を揺さぶるような轟音がしまして、門が閉じられますけど、もうこうなってしまいますと、例え何があっても、この処置が何かの手違いであったとしても、外へ出ることは叶いませんのでね。その瞬間に涙を落とされる方もいるようですけど、さすがにこればっかりは自業自得というものですのでね、これまでのご自分の行いというかですね、身勝手極まりない行動が招いた結果ですのでね、嘆くのは勝手ですけど誰も同情することは出来ないんですよってわけですね。地下空間ですので中はひんやりとしていて、夏場はありがたいんですけど、冬場はそれはもう冷えますのでね。初冬になりますと、小煩い人権団体などから非難の声があがる前にストーブでも設置してやらなければならないわけですね。内部は細長い通路によって幾つもの区画に分けられていますが、廊下に備え付けられた蝋燭の明かりだけを頼りに進んで行きますのでね。廊下の煉瓦造りの壁は薄明かりに照らされて薄緑色に光っていまして、それがなおさら旅慣れていない囚人たちの郷愁を誘うようですけど、『どうやったら、もう一度外に出られるんだ』なんて、この段階になってから、尋ねてこられる方もいるようですけど、ふふふ、子供っぽいですよね。すべては過ぎたことですのでね。この段階になってしまうと、刑罰はズンズンと前に進んで行くしかありませんのでね、私も投獄許可書にグイッとハンコを押しますのでね、ここは悪者らしく覚悟を決めて欲しいところなんですが、このような施設に隔離されてしまうような知性の低い人達ですから、こちらから、そのような堂々とした態度を期待するほうが間違っているかもしれませんね。


 これは最近になって投獄された女性の話ですけど、以前は『祭荒らし』なんていうことをやっておられた方で、なんでも、近くの町でお祭りが始まると、決まってそこに出かけて行って、「ラッパの音がうるさい」だとか、「子供の騒ぎ声が気になって眠れない」などと主催者にいちゃもんをつけるそうですね。責任者が蒼い顔をして出てくると、それはもう凄い剣幕になって脅したてて、これはもう、白目をむいたり、理解できないような野鳥のようなキンキン声で騒がれましてね、相手がお詫びのお金を払うまでは引き下がらないという、そういうことをやっていたわけですよね。こういう人もですね、普段から性格通りの悪事を働いて下さいますと、警察の方でも早いうちから動きが取れるんですが、何しろ、日常的には大人しくされていまして、お上の目につくようなところは何一つ無いんですが、いったん祭が始まりますとね(どういう経緯で日程を調べているんでしょうね)、途端に町に繰り出して来て大暴れされますのでね、この辺りの行動力は理解できない部分もあります。まあ、ある意味で、この方も祭を楽しんでいる一員なんでしょうが、それにしても、このまま放置しておきますと、祭の進行の妨げになりますし、こういう、どうしようもないいさかいを見てしまいますと、子供の教育上もよろしくありませんのでね、住民からの通報によってですね、今年の夏にお縄にかかってしまいました。


 彼女も厳罰棟に入ることになりまして、入る直前まではそれはもう元気にしておりまして、どうせつまらない人生だったからとか、私は食い物さえあればどこに連れて行かれても平気だとか、平然とした態度でそんなことを申されてまして、笑っておられたんですが、厳罰棟の門をくぐって数分も経たない内に表情が曇ってしまいまして、こういう方でも人生が追い詰められたとわかると、それまでの無法がもう出来なくなると、自由に町を出歩くことができないとわかるようでして、突然、通路にしゃがみ込まれて涙を落とされましてね。『もう一度、外の空気が吸いたい』などと図々しく申されますのでね。どこへいても無遠慮に駄々をこねる様はまるで赤ん坊のようなんですね。この段階まで来て、ようやく後悔という念が、むくむくと頭をもたげて来ているわけですね。逆に言えば、世間の目に触れさせたくもないような不心得者を改心させるには、世間に用意されている並大抵の手段では駄目ということで、結局は、厳罰棟まで連れて来なければいけないということなんですよね。口で言えばわかるだろうなんて申される方もいますが、実際のところは説得なんか生易しいわけです。


 囚人によっては『今度こそ改心するから』とか『外に出て、今度こそ人の助けになるようなことをしたい』だとか申されますけど、それはもう手遅れですのでね。悪人の口から飛び出す出まかせなんて、こっちはもう聞き慣れてますよってわけですよね。その祭荒らしの女性には、こちらから、『もう二度と外へ出すつもりはない』と冷たい口調で言ってやりましたが、そうしたらもう、狂乱したように係員のシャツにしがみつきまして、ワンワン泣かれますのでね。まあ、こちらとしても、この瞬間を迎えることがですね、この厳罰棟の存在意義という気もして、いい心持ちになりますね。何しろ、こうまでしないと、悪人の汚された心中の、さらに一番低いところ、底辺のさらに下の地下水脈を流れていたような後悔の念を、現実の世界に引き出してやることは出来ませんのでね。世間の人からは、『そこで許してやって外に出してやれば?』なんて声もあるようですけど、実はそれは出来ないんですね。何と言うんでしょうか、許してやるのは簡単なんですけど、私の身体にも親譲りのサディスティックな血がほんのりと通っているようでして、そういう罪人の懺悔のような、悔恨の言葉を聞きますと、無性に、ある種の喜びが湧いて来まして、それが濁流となって、この(通常の快感にはすでに飽き飽きした)心を打ち震わせるんですね。それは、自分というものが、これまで罪を犯さずに真っ当な道を歩いて来れたことへの優越感とか、その罪人への姿形や態度への嫌悪感とか、そういう複雑な心情が練り合わさって湧いて来るのだと思われますけど、とにかくですね、私としても、捻くれ者をここまで悔恨させることが出来たのだから、もう元へは戻って欲しくないなという気持ちがふつふつと湧いて来るんですね。さらにさらにと厳しく刑罰を進めていこうなんてね、思ってしまいますね。


 だいたい、この厳罰棟に来られるような方は、例えば、当局の許可が出た場合に限り、相当な模範囚に限ってですけど、外に出して差し上げることも出来るんですが、そうすると、不思議なことに、ほんの数日でまた元の自分に戻ってしまわれますのでね。外へ出られた開放感によって、恐怖感が失われてしまいますと、すぐにまた昔の自分を思い出してしまうんでしょうけど、そっちがそうくるなら、こっちもそれは出来ませんよってわけですね。つまり、戻ってきた時に、前より厳しい規則で縛り上げてしまうわけですね。外出させることによって、囚人の心の底が見えたなら、今度こそは徹底的に追い詰めていくわけです。


 そうしますと、今度は恩赦なんていう言葉を持ち出されまして、それがいつ発生するのか、なんて恥ずかしげもなく尋ねて来られますのでね。これは我々も嫌われたものです。世の中をあれだけ軽蔑して、道徳や人心を侮るような行動ばかり取られていた方が今度は恩赦、こっちに恩情をかけてくれとせがんでくるわけですね。これはいけません。せっかく、厚顔無知な態度を誰に咎められても続けてこられて、この厳罰棟まで辿って来られたんですから、もう少し、のんびりとしていらっしゃったらどうですか? なんて逆に聞きたくなってしまいますけどね。その女性も、厳罰棟に来てから数日も経たない内から、もう、恩赦なんて言葉を口に出すようになってしまいましたけれど。いえ、この瞬間にいつも思うのは、恩赦なんて小難しい言葉を、いったい、どこから聞き付けてきたんだろうってことですよね。世間で自由に生活を営まれていた時も、心の奥では自分がいつかは自由を拘束される身分になるということがわかっていたんでしょうかね。それならたいしたもんですが、どうもありそうにないですよね。テレビのニュースなんて見ようともしない人達ですし、こればっかりは憶測になってしまいますね。ところが、残念なことに、恩赦というものが、これが本当に滅多に出ないんですね。もう驚いてしまうくらい、ため息をついてしまうくらい出ませんね。ですのでね、皆さんも学生の身分にあって、今自由を謳歌されてますのでね。どうか、このまま人生の正しい標識のある鉄路の上をしっかりと歩まれて、悪いことをなさらずに、この自由な空気をいつまでも吸い続けていただきたいと思いますね。悪いことはできませんね。厳罰棟に収監されている囚人さんたちは、多かれ少なかれ、みんな後悔していますのでね。これまで、無軌道な人生を歩んできてしまったことをですね、今になって、ことさらに後悔なされるんですよね。棟の中は夜になると、囚人さんたちの泣き声がワンワンと響いていますのでね。


 ちなみに、恩赦というのはこの国で大きなお祭りや行事があるときに大統領の気分次第で出ると言われてますけどね。これがもう、本当は伝説なんじゃないかと思うくらい出てませんのでね。最後に出たのが、もう二十年も前の話になりますのでね。しかも、解放されたのは真面目に5年以上刑期を勤めた方数人だけですね。その祭荒らしの女性にもいくら待っても無理ですよと、そのように伝えましたら、相当に落ち込んでしまわれましたけどね。ようやく、ご自分が今どのような状況にあるのかがわかって頂けたわけですね。私は執務室でその落ち込んだ顔と対面してですね、たっぷりと優越感に浸らせてもらうわけですよね。私が厳罰棟に勤めたいと思ったそもそもの動機が、実は囚人の意気消沈する様を見たかったからなんですよね。これまで人々に迷惑ばかりかけてきた方々が、人生を追い詰められてくるとどういう態度を示すのか、なんて、私のような性格でなくとも興味のあるところですよね。つまりは、ざまあみろという話なんですよね」

この作品は長大なので少しずつ区切って投稿していきます。気軽に感想をいただければ幸せです。この作品はアラブ系千葉文庫(http://www9.plala.or.jp/applepig/)にも掲載しています。全部で十数個の短編作品を掲載しています。できれば、そちらの方にも遊びに来てください。

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