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占い師になりたい  作者: つっちーfrom千葉
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第二十三話 厳罰棟所長の訪問Ⅴ

「そういうおかしな人達を、学生時代に矯正出来なかった教育機関にも責任はあるのではないですか?」


 どこからか、そんな質問が飛んできた。それはいかにも、まだ、社会の汚さというものを知らない無垢な学生から飛び出して来そうな青臭い質問だった。面白い答えが返って来そうにない、退屈な展開が予想されたが、何人かの生徒があくびをしたり腕を組み直したりして不満をアピールしただけで不満を口にする生徒はいなかった。講師はにこやかにその質問に応じた。自分が予想していて、待ち望んでいた質問であったらしい。


「ところが、一概に教育や行政の責任にもできないんですよね。これまでのサンプルを見ていますと、学生の頃はまともだった人が、学業を終えてから、もうグネグネに捻くれてしまうということもありましたのでね。それに、例え、学校内にそのような不審な学生さんがおられたとしましても、先生方に言わせると、それはすべて若さのせいになってしまい、社会未経験のなせる業になってしまい、きちんとしたお説教や折檻が行われない傾向にあるんですよね。無責任な話ですけど、これは仕方ない部分もあります。私立でもなければ、先生方だってそこまで個人の性格の矯正までは責任を負いかねる部分がありますものね。教育というものは家庭と二人三脚だ、などとよく言われますが、どちらにしても無責任な話ですよね。我々の研究では、どうやら、血統にも何か手がかりがありそうなんです。厳罰棟に入所している人の家系を調べていくと、三親等以内に必ず入所経験のある人が見つかるんですよね。こればかりは、カエルの子はカエルというような簡単な仕組みにはなっていませんが、それでも、幼い頃の習慣や、生れついた家庭環境が悪癖を生み出す一因にはなっているかもしれませんね。血統以外にも、疑わしいのは、夫婦関係ですよね。なぜか、夫婦で揃って入所されている方もおりますので、おかしな夫の生活を追いかけているうちに、妻の方まで、知らず知らずの内に自分まで洗脳されておかしくなってしまうということはあるようです。奥様方の中には、自分の夫は神だと慕う方もいらっしゃいますのでね。もちろん、結婚した当初からお互いにおかしな人間同士で、変な者同士だから出会ってしまいましたというような、類は友を呼ぶパターンということもあるようです。これはもう、笑えない話になってしまいますけどね」


 そこまで聞いたところで、グリーンという名前の真面目な男子生徒が高だかと手を挙げて質問を要求した。彼には、少し目立ちたがりなところがあるので、ここで発言しておくことによって、クラスでの自分の地位を高めるための、何らかの狙いがあるのかもしれなかった。


「そこに入所させるからには、簡単な判断は出来ませんよね? 血縁や犯罪歴ではなくて、普段の生活の中から、おかしな行動を見つけていって、そういう聞き分けのない人を個別に探していくしかないわけですか?」

マリャベリさんは飛んできたその質問に大きく頷いた。これも彼女が待ち受けていた、答えやすい質問であったようだ。


「それはその通りです。しかし、そう難しいことでもないのです。そういう不道徳な人の見分け方はきちんとあって、自分の心の汚さや嫌らしさは、どうやって隠そうとも、必ず行動に現れるものですからね。実は、そういう人を見つけるのにさほど苦労はいりません。さらに言えば、先ほども申しました通り、類は友を呼びますから、一人おかしな人を見つけたら、まずはわざと捕まえずにおいて、行動をじんぐりと追っていけば、数日も経たない内に、必ず仲間のところに行きますから、そこで一網打尽という手もありますね。社会というのは不思議なもので、どんな変わった人達も、一人で生活を続けていくことは困難で、そういう人達でも、必ず仲間を探して動き回るんですよね。自分のおかしな性格を他人に見てもらって、それを少しずつでも晒していくことによって興奮を見つけ出して喜んでいるのかもしれませんね。もちろん、そういう連中が群れだすというのは危険信号ですから、繁殖させた以上は、仲間も含めてきちんと捕獲しなければいけません。卵でも産まれてしまったら目も当てられませんものね。すぐに職員を派遣して自宅のドアを強くノックします。ドンドンってね。その後で大声を張り上げます。大きな声というのは不心得者を脅えさせる効果があります。我々は法務局の者です。ぶしつけですが、身柄を拘束させて頂きます、とね。ところが、捕まった時は、これは不思議なことなんですけど、皆さん、相当に落ち込まれて、『しまったー』という顔をなされるんですよね。つまりですね、この発言は、自分が行政に目をつけられる存在であったことを事前に知っていたことになりますよね。『あなたたちは、誰ですか? なぜ、ここへ来たんですか? なぜ、私を逮捕しようとするんですか?』これが罪悪感を持たない一般の人間の反応ですよね。不心得者にはこれが出来ないんです。つまり、これを上手く解釈すれば、心に罪悪感を持っている人間を探して捕まえていけばいいということにもなりますよね」


 その時、ラルセが僕の胸にそっと片手をあてて、心音を聞くようなそぶりをした。僕もそういう不道徳な人間の一味なんだと思わせたいようだった。僕は慌てて彼女の手を振り払って舌を出して見せた。ラルセの態度は、今日はなぜだか落ち着きが無いように見えるのだが、それは一見、会場の入口でクレモネを見たことによって数日前の興奮が再燃したのかもと思わせた。しかし、彼女の眼前を一緒に通った時には何の反応もなかった。クレモネさんをまるで観光地の置物を見るような目で見ていて、動揺もなく本当に自然な態度だったのだ。


 この時期の女生徒の気持ちを判断するのは難しい。競馬で牝馬のレースの方が格段に予想が難しいように、人間も女性同士の方が力関係を量りにくいのだ。特に、ラルセのような無邪気でありながら、一種の霊感を持ち合わせているような人間の心を読むことは難解である。彼女は物事を単純に捉えることはないようで、ちょっとした生徒同士のいさかいやその後の仲直りを見たとしても、そのこと一つに憶測を交えた単純な結論を言い添えるようなことはせず、その背景にある若者の心情のゆったりとした変化やその時代ごとの特徴などを見出だし、人間関係の構築や破壊の一つ一つをその大きな器量を持って見定めているようなところがあった。いずれにせよ、男女の恋愛行動の一つひとつに簡単に結論を出したりはしないのだ。その彼女の心情を読むというのは、雲の間から今まさに降り落ちた雪の結晶が、これから広大な地上のどこへ着地するかを当てるようなもので、または、春先の爽やかな風が飛ばした、たんぽぽの綿毛を追いかけていって指先で掴むようなもので、このような女性との付き合いにはほとんどの場合運が絡んでいる。雑誌やテレビなどで、男は恋愛が下手だとかはよく言われることだが、それは男同士の付き合いと同じような軽い感覚で女性の気持ちを量りかねてしまうからではないだろうか。感性で行動するからか、それとも妥協を知らないからか、とかく女性の心を掴むことは難しいが、女性同士の付き合いの深遠を知ろうとすることは、それにも増して無謀なことである。先に言っておくと、僕はそういう女性の気持ちを読むのが極めて下手な人間だから、こういうことを偉そうには語れないのだが、今日見たところでは、クレモネさんとラルセの関係は、あのビンタ一発によって、元のさめざめとした関係に戻ったように思われた。あの時の複雑な心情のまま、リベラルと保守のお膝元という、熱い敵対関係を保って生活を続けるのではなくて、元の鞘に戻ったとでもいうのか、お互いがあまり意識しない元の関係に戻ることを望んだということなのかもしれない。ただ、二人の間に長い間続いて来た冷戦は、今日になっても断続的に続いていると思われる。


 ラルセの注意力は講演者の方に全く向いていなかった。今も、彼女は講演者の方ではなく、首を左側に寄せて窓の外の景色に気を取られているようだった。どうも、講演会の方には集中出来ていなかった。無関係なのに巻き込まれた彼女にとってみれば、元々興味のないイベントなのだろうが、そんな意味のないイベントに参加する時でも、これまでは集中して、どこかに意義を見出だそうとしていたことを考えると、今日の態度はなおさらおかしいものに感じられた。そんな彼女の心情を反映してか、まだ陽は照っているはずの時間なのに、窓の外はすでに薄暗く、雲行きはずいぶんと怪しかった。風もぴゅーぴゅーと強く吹いていて、時折、強風が窓をギシギシときしませていた。他の生徒は一応は講演に気を取られているから、そんな窓の外の天候の変化には気づいていないようだった。しかし、ラルセはまるで天気占いでもするかのように、そんな窓の外の空気の流れ方をじっと感じているようだった。僕には、彼女のそんな異性の心をくすぐる横顔が、何かを待っているかのように思えた。彼女は一瞬窓の外から目を離して、会場の一番後ろ、クレモネとエンフォード二世が並んで立っている方をちらと見たが、それでも一度見ただけで目を離し、何を確認したかったのかはわからず、表情は厳しいままで、再び僕の耳元に顔を寄せた。


 そして、「嵐が来るわよ」と一言だけ呟いた。その目は真剣なようでもあり、何かを楽しみに待っているようでもあり、憶測になるが、生徒会のここまでの失態をあざ笑っているようにも見えた。

「嵐だって? それは天候のこと? それとも、生徒たちの心中が吹き荒らされて、これから人間関係が崩壊していくという意味?」

僕は彼女の目を見て、真剣にそう聞き返した。彼女はすぐにつまらなそうな顔をして僕から視線を外した。僕の凡庸な言葉は、さして興味をそそらなかったようだ。

「それは、どっちも同じことでしょ? どちらにしても、今日は無事には済まないわよ」

この作品は長大なので少しずつ区切って投稿していきます。気軽に感想をいただければ幸せです。この作品はアラブ系千葉文庫(http://www9.plala.or.jp/applepig/)にも掲載しています。全部で十数個の短編作品を掲載しています。できれば、そちらの方にも遊びに来てください。

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