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占い師になりたい  作者: つっちーfrom千葉
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第二十二話 厳罰棟所長の訪問Ⅳ

 事実として、ムングは失踪から三週間経った今日、立派に戻ってきた。その顔は少し引き攣っていて、まだうまく笑えないようで、あの事件のことを気にしているそぶりはあったが、時折、吹っ切れたような笑顔も見せていた。彼が席に着くと、みんなで一斉に拍手を贈った。歓迎の拍手も、釣られて送られた拍手もあったが、とにかく全員がこの場の雰囲気を盛り上げるためにそれをした。まるで、ムングがこの場の主役であるかのようだった。ムングに握手を求めに行く生徒もいた。彼は照れながら何度も手を振っていた。


 講演会の方はと言えば、この間、ずっとストップしたままだった。エンフォード二世は、このことには無関係な自分を恨んで、なすすべもなく佇んでいたが、場内の騒ぎ声が一通り静まると、これをチャンスと見て、マイクを持って再び話し始めた。


「えーと、これですべての来場者が揃ったようですので、講演会を始めたいと思います。それではご紹介します。厳罰棟の所長を勤めていらっしゃいます、マリャベリさんです。では、所長、壇上にどうぞ」


 そう紹介されて黒づくめのワンピースを着た女性がしずしずと演壇に上がった。彼女は一連の騒ぎや新手の登場があった間ずっと身動き一つしていなかったため、この薄明かりの中では彼女がこれまでどこに立っていたのか、本当に生徒の入場時からずっとこの室内にいたのか判然としなかった。


 彼女は司会の不手際とムングの登場で、長いこと待たされてしまい、眉毛を釣り上げていて機嫌は悪そうだったが、それにしても、来賓として呼ばれて来ている以上、不用意に怒りだすわけにもいかないので、その大きなえくぼの付いた細い顔は微妙な表情だった。出来るだけ、場を盛り上げてから演壇に迎えてほしかったところだろうが、その願いは叶わず、そろそろ自分がなんのためにここに呼ばれたのかも忘れている生徒すらいて、この室内は全く盛り上がっていなかった。


 それどころか、何か、不手際の多い生徒会に対する反乱でも起きそうな雰囲気だった。幾人かの生徒は演壇に上がった彼女をエンフォード二世の仲間として見ていて、険しい顔で睨みつけるほどだった。拍手を贈る少数の生徒もいたが、今日の集まりの目的を覚えているのは、ごく小数だった。


 ミス・マリャベリはそんな室内の空気を読み取った上で挨拶を始めた。 


「皆さん、こんにちは、わたくしが厳罰棟の所長を勤めております、マリャベリと申します」


 そう述べた彼女の顔はぶ厚い化粧で真っ白だった。年齢は40代後半といったところだった。黒いマフラーで上半身を覆い隠していて、胸には銀糸で縫われた豪華な刺繍があった。占い協会から支給の非売品のようで、明らかに、自分は成功者だと言いたいがために、服装からして無理をしているのが見え見えだった。うちの学校の卒業生ということだから、占い師だということはわかるのだが、どの程度の技術を持っているかまではわからなかった。


「今日は『妥協の上に成り立つ成功』という演題で、皆さんとお話をしていきたいと思っています。私のほうで少しだけお話しをしますので、何か疑問がありましたら、どんどん質問してきてくださいね」


 彼女はそう言ってから、会場中に笑顔を振り撒き、自分からいい雰囲気を作っていこうとしていた。あえてきつい態度で出て、生徒を脅して静かな状態を保ちながら、説教じみた話をするという選択肢もあったのだろうが、うちのクラスの生徒たちを手強いと見たのか、相当に妥協した態度であった。


「世の中には、成功者という人がいますね。誰も及びもつかない才能を持っていたり、お金や土地をたくさん持っていたり、有名人にたくさん知り合いを持っていたりする人のことですが、この世に人間として生まれてきたからには、そのように他人から羨まれる、最低でも嫉妬されるくらいの人間にならなければなりませんよね。そうでなければ生まれてきた意味が半減してしまいます。皆さんがこれからどういう半生を築いていけば、そういう成功者になれるかを、今日の私の講演から掴んでいただければ幸いです。何しろ、人生は一回ですものね。例え来世があったとしても、一度目で失敗する人は同じことをしでかしそうですよね。では、まず最初に成功とは何かということですけど、それは夢が叶うことでも、大金を手にすることでもない、明確な基準があります。それは現在の状況が、自分の願望を満たしているかどうかです」


 彼女が講演の最初の話をしている間、僕の横でラルセがもぞもぞと動いていて、チョコをもう一つ口に運んだり、講演が始まってからの生徒会役員二人の表情を確認したり(おかしな動きがないか見ているのか? それとも、二人の連係が気になるのか?)、せわしなかったが、一度だけ僕の方に真剣な顔を寄せてきて、「これは、相当につまらない会になるわよ」と耳元で囁いてきた。


「ところで、厳罰棟をご存知の生徒さんはどのくらいいらっしゃいます? ちょっと手を挙げてもらえますか?」


 マリャベリさんが皆に呼びかけるようにそう言うと、数人の生徒が弱々しく手を挙げた。その後でムングやロドリゲスも手を挙げた。ラルセはこのタイミングで、ステージの横で見ていたエンフォード二世にピースサインをして見せていた。彼は突然のことに困ったような顔をして、不自然な対応を見せたが、慌てて目を伏せた。これまでこの二人の間にどのようなことがあったかと、彼がラルセにどのような感情を持っているのか、ここで説明する必要はないと考えている。


「そうですね。ご存知ない生徒さんも多いと思います。まだ、皆さん、お若いですものね。厳罰棟というのは、犯罪は犯していないけれども、心の中が、思想的に凝り固まってしまって、他人からの助言や忠告を一切聞けない状態に陥ってしまった人を、生涯に渡って拘留する場所なんですよね。誰でもそう聞くと、行政の冷たさを感じたり、一方的に拘束するのは残酷だと思うようですけど、この処置は、そういう他人と交われないような人たちが、大手を振って町を歩いていたら、市民が余計に困るからですよね。


 そこで質問ですが、今現在、何人くらいの方がそこに入っていると思われます? 意外と多いんですよね。二百三十人ほどをここに収容しています。皆さんは、もう少し多いと思われてましたかね? でも、実際には、世の中の不道徳な心得を持つ人というのはそのくらいなんです。あまり増えたり減ったりもしません。ほとんど収容者の数は一定ですね。収容されるに至る理由は人により様々なんですけど、何人か紹介しますと、ある人は、映画館で映画を見終わった後に、心変わりでもしたように席から動かなくなってしまいました。何でも、自分は神の生まれ変わりであるとか、自分が長時間座ったことによって、この席には神の威徳が染み付いたとか申されまして(映画の内容は宗教や神に関することではありませんでしたので、彼が言い出したことと関連はないと思われます)、警官隊が来るまで、丸一日そこから動かなかった方がいました。


 別の例を挙げますと、この方は中産階級が多く住まわれている中央区に住んでおられるのですが、食いぶちを失ったために、毎日食うや食わずの大変な貧困にありまして、査察によって、これでは中央区に居住する資格がないということになりまして、行政の命令によりまして、サウズヘルズ地区に住居を移転しなければならないはずのご身分でしたが、そこから行政の命令に執拗に逆らい始めまして、なかなか転居をされなかった方。この方は、自分はまだ夢を見ているだとか、今はこんな情けない身分だが、これから自分の想像の通りに人生が進んでいけば、ここからでも(すでにその方は50代のお歳でしたが)お大尽になれる可能性はあるだとか申されまして、迎えに行った役所の職員は、人間の成長力の限界というものを良くご存知の方でしたから、あなたの力では、この位置からはい上がることはもはや無理だと、優しい口調で説得にあたりましたが、その方は顔を真っ赤にされて反論をされまして、それはもう気がおかしくなったように、その譲らない話を延々と三時間も聞かされる羽目になりました。


 例え、そんな途方もなく低い可能性で、彼の成功が起こり得るとしても、そんなものをいちいち計算に入れていたら、政治も行政もはかどりませんものね。ですから、そういう聞き分けのないお方には厳罰棟でですね、もう一度人生のお勉強をしてもらうことになります。この施設の話をしますと、すぐに横暴だとか、人権侵害だとか、そういう言葉を投げてくる方がいるんですけど、逆にお聞きしたいのですが、そういう聞き分けのない方を世の中に放置しておいたらどうなると思われます? それは巡り巡って皆さんが嫌な思いをされるんですよね? 非難される方も街でそういう人に絡まれて、時間を無駄にするなりして、ご自分の人生が被害に遭われれば、すぐに悟ってくれるはずなんです。


 ですから、まともな大多数の人間の生活を守るために、厳罰棟のスタッフは、これからも粛々と活動を続けますし、言い換えれば、この機関は、この国をさらに住みよい世の中にしていくための見えないごみ箱という言い方も出来ますよね。聞き分けのない方を皆さんの目に見えない場所に隔離して教育し直して、それでも矯正が無理なら一生を棒に振ってもらう。ここはそういうシステムになっているんですよね。誰でも、どんな思想を持った人でも、平等に暮らしていいなどと申してしまいますと、実際問題として、どんなに住みにくい世の中になってしまうことかわかりません!(ここは少し興奮気味に身を震わせて) そういう方たちの脳内から溢れ出した得体の知れない病原菌が周囲にばらまかれて、不条理が蔓延してしまいますと、それこそ、社会全体が腐ってしまって目も当てられませんものね。目先を少し変えますと、犯罪というものは未然に防げるかもしれませんね。高度に発達した教育や、都市に充実した警察組織があればそれは可能なんです。しかしですね、聞き分けのない人の無用なトラブルというのは、警察には防げないものなんですよね。刑法にはそこまで踏み込む力がないからですね。


 まあ、言い方を変えれば、教育がそこまで進んでいるからこそ、このような方々が生まれて来られたとも言えますよね。警察は怖いから犯罪は起こさないけれども、いつの間にか自分だけの思想に取り付かれてしまって、道徳や法を無視するようになって、縦横無尽に動き回り他人に迷惑をかけるようになる。そもそも、犯罪に振り回されている国などでは、我が国の厳罰棟のようなシステムは出来ないわけです。まず、警察の仕組みを発展させる必要があるわけですからね。あくまで犯罪の根絶が優先事項です。この仕組みは、いわば、犯罪の少ない社会に、それでも沸き立つ不愉快を未然に防ぐシステムとも言えるんですね。皆さんも不愉快のない社会の方が良いと思いますよね?」


 そこまでの話を聞いて、みんなの反応は様々だったが、今のところためになると思っている生徒が半分。おかしな雲行きだぞと思っている生徒が半分といったところだった。この段階でどうですかと質問を投げ掛けられても首を捻っている生徒の方が多かった。


この作品は長大なので少しずつ区切って投稿していきます。気軽に感想をいただければ幸せです。

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