第二十話 厳罰塔所長の訪問Ⅱ
クラスの全員が広間に入ると、クレモネさんが音もたてずに入り口の扉を閉めた。電灯を暗めに設定してあるのか、少し薄暗い室内で、生徒会の役員と思われる人間が演壇に上がってマイクを取り上げた。
「えー、皆さん、揃ったようですね? それでは講演会を始めたいと思います。私語はやめてください」
部屋が薄暗かったので、頭部が影になっていて、最初に見たときは誰だかわからなかったのだが、その声でエンフォード二世だとわかった。彼はいつものように背中を不自然なほどピンと伸ばして、少し威圧的な態度で立っていた。相変わらずの小太りで、まあそれが彼の最大の特徴なのだが、ぶ厚い眼鏡の奥の目は日本のダイブツ様のような細さと冷たさで、とてもじゃないが、人好きのするタイプではなかった。僕らと余り関わりのない人物なので、仲間内では、彼の本名は誰も知らないのだが、彼がこの国の優秀な保守派の政治家だったエンフォードに憧れているという噂を聞いたので、エンフォード二世というあだ名が付けられた。生徒会では書記や副会長を歴任していて、最近では、会長に継いでナンバー2の地位を誇っている。性格は大人しめだが、読心術のようなものを心得ていて、他人が自分に良くない心情を持っていると、少し話しただけですぐにそれがわかると公言している。『まあ、そうなんでしょうね』と『馬鹿なことをして僕を困らせないでくれ』が口癖。そんな薄暗い性格だから友達はそれほど多くないらしいが、女性には努めて優しくすると周囲の人間に語っているらしい。まあ、一応は生徒会のナンバー2なのだから名声欲しさにそのくらいは言うのだろうが。僕は彼が笑ったところを見たことがないが、面白い演劇などを見ると、他人とは異なるタイミングで「ふふふ」と口元だけで笑うという噂だ。一学生のときにラルセに毛根が細いと言われたのをいまだに気にしているらしい。
エンフォード二世は今日も不機嫌そうだった。誰を見ているのかわからない、いや、誰にも興味を持ってなさそうな無機質な視線を演壇から広間の隅々にまで投げ掛けていた。
「えー、今日は本当は会長が挨拶に来る予定だったのですが、先ほど本部二階のシュレッダーが突然壊れてしまい、唸り声をあげながら大量のゴミを周囲に撒き散らしてしまいまして、会長は事態の収拾に当たっています。そのため、代わりに私が来ました」
それを言った途端、ヒューと会場のどこからか冷やかすような口笛が飛んだ。彼の登場を誰も喜んでいないのだ。ただ、例え生徒会長が来たとて、同じような雰囲気だっただろう。
「おまえの話は誰も聞きたくないぞー」と、聞こえるか聞こえないかわからないくらいの音量で京介が言った。周りの女生徒がクスクスと笑い声をあげていた。それで怯むようなエンフォード二世ではなかったが、突然引き受けた大任だったので多少の緊張は見て取れた。
「はいはい、静かにしてください。講演をしてくれる方がすでに会場に入っていますので、ここからはいい雰囲気を作っていきましょう。僕は何があったのか知りませんが、ここ数日間、会長がひどく不機嫌で……、まあ、おおかた、この中の数人が本部に乗り込んできたという一件が尾を引いているんでしょうけど……」
エンフォード二世の声は話している間に少しずつ小さくなっていくのでいつも語尾が聞き取りにくかった。
「おい、太っちょ! もっと大声で話せ!」
ついに誰かがそんな言葉を投げてしまった。エンフォード二世は右手で眼鏡をクイッと上にあげてから、「ちょっと、うるさいクラスですねー。君らは、いつもこうなんですか?」と不満そうに言った。彼が右へ左へと視線を動かすたびに腹の脇のお肉がユサユサと揺れるので、それを見たみんなはついにゲラゲラと笑い出した。
「皆さん、いいですか? 先日の総選挙のこと、ご存知ですよね?(ここで薄笑いを浮かべて) 開票の結果、うちの会長が見事に大量の信任投票を得まして、二期目の当選を果たしました。これまで懸命に業績を積み重ねてきて、多くの生徒さんから信頼を勝ち得たということですからね。(少し上目遣いになる)後期もですね、うちの派閥が実権を握ることになりましたのでね、ふふふ、私の言うことに素直に従って頂かないと、後々困ったことが起きますよ。いいですか? 今騒いでいる人達だって、狭い会議室なんかで、私と面と向かって座ったら、真面目な話なんて出来ない人なんでしょ? あなたたちは重大なことは匿名でしか発言出来ない人達なんでしょ? ふふ、それをまず認めて下さいよ。私を豚だと言うのであれば(この時点では誰も言っていない)、あなたたちは家畜以下ですよ。議論するに足りないですね」
「俺達はおまえら全員を信任したわけじゃない。会長に投票した人間だって、学校の安定を願って保守派に入れたんだ。そんな安っぽい脅しに屈するもんかー、いい加減ダイエットしろー」
会場の一角からはそんな罵声が返ってきた。やはり、今日の集まりは予定外のイベントだったので、みんなかなり不機嫌なようだった。この騒ぎの責任の一端を背負わされた気がして、僕の胸も妙に高鳴った。エンフォード二世は、これ以上ない感情の高ぶりに襲われたようだが、一度眼を閉じた上で、静かな声で、「自己実現、自己実現」と二回繰り返して呟き、落ち着きを取り戻そうとしていた。このままでは講演会が先に進まなくなると危惧したのか、下手に観衆を挑発せずに、騒いでいる連中の声には耳を貸さないことにしたらしい。彼は冷静な顔に戻って話を続けた。
「では、講演してくださる先生を紹介しますね」
彼は冷静を装ってそう言ったが、会場は相当にざわついていた。僕も過去には、生徒会の主催であっても、生徒のざわつきを諌めようとしたところから混乱が起きてしまい、失敗に終わった催し物をいくつか見てきたが(こういう騒乱というのは、この年代の学生の集まりでは起こりがちである)、今回のこの講演会も、この微妙な雰囲気の中での開催とあっては、この段階ですでに、成功するかどうかのぎりぎりのラインといったところだった。せめて、会長がここに来ていれば、その威厳によって、事態はうまく収拾出来たのであろうが、彼が来れないとあっては、今日ここに集まっている生徒は、校内で荒くれ者の部類に入る人間が多く含まれており、それがわかっているから生徒会もナンバー2を派遣して来たのだろうが、万事うまくいくかどうかは、この段階では未知数だった。
そんな時だった。会場の後ろの扉が開いて、一人の生徒がおずおずと入ってきた。みんな、一斉に振り返った。
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