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占い師になりたい  作者: つっちーfrom千葉
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第十八話 生徒会総選挙数日前Ⅶ

 しばしの沈黙の後、音も立てずにクレモネが立ち上がって、入り口の方へ向かって歩み出した。

「どうした?」すかさず会長から声が飛ぶ。

「暖房の温度上げて来ます。パヌッチさんもちょっと寒いでしょ? ごめんなさいね、気がつかなくて」

「いえ……、僕は……、そうですね。すいません、わざわざ……」

彼女が席を立って、議論に間を開けたのは、暖房などが気にかかったわけではなく、今のところ、自分の方が押され気味だと感じたから、ラルセの勢いを食い止めるためにわざわざ立ち上がったのだが、僕は当然として、ロドリゲスも彼女の巧妙な時間稼ぎに勘づいたようで、少し苛立ったのか、背もたれに寄りかかって、椅子をギシギシといわせながら一度大きく深呼吸をした。

 そんなとき、ドアが開いて、タッサンが室内に入ってきた。彼は手にお菓子の乗ったお皿を持っていて、足音も立てずに会長の背後まで歩んでいくと、それを静かに机の上に置いた。

「皆さんでどうぞ……。議論の合間につまんで下さい」

「これは、どこで買って来たんだ?」

会長が中心部に黒ゴマをまぶしてある、模様のついていない地味な薄型のセンベイをつまみ上げて、不思議そうにそれを眺めてからタッサンに尋ねた。

「憑依の京介の実家の両親が生徒会宛てに送ってきたそうです。ええ……、なにしろ、彼も今期は相当に成績が落ち込んでいますから、あれはあれで気を使ったのだと思います……。イワテという地方の銘菓だそうです」

「そういえば、今日は、おまえたちの仲間のあいつは来ていないのか? よくわからんが、狐に憑かれたとか言って、よく広場をぴょんぴょんと飛び回っている、あいつは?」

会長はセンベイを一枚口に入れ、それをガリガリとかみ砕きながら大きな声で質問した。

「京介のこと? 今回は連れて来なかったの。彼が来ると議論が錯綜してしまって収集がつかなくなってしまうと思ったから……。でも、本当は彼にもこの議論を聞いてもらいたかったのよ。彼も私たちと同じ方向を見て生きているし、ほとんど同じ意見を持っているんですもの」

「あんなものが占いと言えるのか? どんな大きな事故を起こしても、前例が無いという理由だけで、この国の法律で裁けないような占いが! 俺がどれだけ我慢してると思ってるんだ。いくら研究機関といっても、学校は遊び場じゃないんだぞ!」


「会長、1985年のエスカー論文というものがありまして……。ご存知でしたか?」

不意にロドリゲスが割り込むように口を挟んできた。

「正確には、ハインリッヒ=エスカー宣言だ。俺を誰だと思っている。占い研究の第一人者だぞ。知らないわけないだろうが……」

「ええ、そのエスカー宣言で憑依も占いの一つとして正式に認められたんですよ。もちろん、地位は水晶には遠く及ばないかもしれませんが……。ですから、この場で憑依を卑下するような言い方はやめて頂きたいですね」

 会長はそれを聞いても、まったく表情を変えることもなく、眼鏡の向こうは冷たい視線のままで、手に持ったセンベイを様々な方向から眺めながら、余裕の面持ちだった。

「ハインリッヒが言ったのは、水晶や占星以外にも未来や過去を占える占いが存在する可能性があるということだけで、何も憑依を賛美したわけではないし、ましてや、占いに選択の自由を認めたわけでもないんだぞ」

「ええ、でも、それまでのような、古典的な占い方法に占有されていた占い世界に、未知の新しい光が大いに差し込んだとも言えるのです。なにしろ、それまではタロットか水晶を数年間学んだ人間でなければ、占い学の応用には進めなかったのです。会長は今でもそのような古い考えを持っているみたいですが、僕は新しい占いも認めてあげて欲しいんです。もし、人類のすべてが保守的な考えしか持ち合わせていなかったとしたら、エジソンもアインシュタインも生まれなかったのですよ。例え、最初は苦く感じても、新しいものを認める心は人類の発展のために必要なんです。違いますか?」

ロドリゲスは会長の目を見ながら、説得するかのように強く働きかけていた。

「ロドリゲスさんはロマンチストなんですね」

クレモネは暖房のスイッチを操作すると、そう言って軽く笑ってから席に戻った。明らかに自分達の知性の高さを鼻にかけて見下しているようだった。

「まあ、発明と革命は違うからな……。エスカー宣言を受けて、もしかしたら、研究を進めていくうちに何か新しい発見……、占いに関することでなくてもな、そういう発見があるんじゃないかと思って学長は憑依の研究を認めたらしいが……、今のところ、たいした成果は出ていないようだな……」

会長は視線を天井に向け、何か物思いに耽りながら、ゆっくりとした口調でしゃべった。ロドリゲスはそこで一度下を向いてしまった。これまでの京介の様々な失態が頭を過ぎったのかもしれない。

「ラルセ君はどう思う?」

不意に会長がラルセに問いをかけた。

「もちろん、難しい問題ですわ。私自身、憑依を何度か目撃して……、ある種の感動に心動かされた経験はありますけど、水晶とあれを比べるのは利便性の面でも安全性の面でも比較になりませんものね……。魔女のまたがっているホウキと新幹線を比べるようなもので……」

ラルセは答えにくそうだった。彼女自身も議論の矛先が僕らにとってまずい方向に進みつつあるのは承知しているのだろうが、一度受け手に回ると、いくつもの弱みを持つ僕らは不利だった。



 もしかすると、読者の中に、今話題にのぼっているエスカー宣言をご存知ない方が紛れ込んでいるかもしれないので、ここで少し説明を付け加えておく。もっとも、エスカー宣言は20世紀の占い史の中でも、最も優れた学説の一つと言われているものであるから、今まで、これを知らないで育ってきたということは、占いを少しでもかじっている人間にとっては大きな恥になるということも理解しておいて頂きたいところである。

 1985年秋のこと、ドイツのミュンヘンの占い協会主催の学会に占い研究の第一人者ハインリッヒ=ミュラー氏が出席するのではないかという噂が、開催の数週間前から関係者の間でまことしやかに流れていた。


 ミュラー氏といえば、60年代から70年代にかけて、占いに関する数々の画期的な論文や定義を発表し、学会の話題をさらった人物である。氏が発表した有力な学説の一つに『占い結果二分性の法則』があり、これは同じ問題について、同じ能力を持った二人の人物が水晶とタロットを使って別々に占ったとしても、必ずしも結果は一致しないという法則であり、これが発表されるやいなや、占い界全体が震撼し、その実用性が証明されると、氏はたちまちにして占い研究の最先端をいく学者に祭り上げられることになったのである。氏はこの後にも、複数の方法で占って違う結果が得られた場合、水晶の結果を一番重んじるべきだという『水晶有利の原則』や、水晶やタロットで占う未来の予測にはある程度の限界があるという『未来予知不可分性の法則』などを次々と披露して、学会を沸かせたのである。


 しかし、エスカー教授は70年代の半ばに突如として研究施設から姿をくらませ、以降、まったく行方がつかめなくなり、協会での重要な会議や研究にもまったく出席しなくなった。これには、病気説や失踪説も含め、学者の間で様々な憶測が飛んだが、その中で一番有力であったのは、当時世間を騒がせていた、占星での占いよりもコンピューターによる天気予報の方が結果が正確だという、ある数学者の研究発表に、エスカー教授が反論出来なくなったためではないかというものであった。


 思えば、当時は、21世紀の天気予報は機械が担うか占いが担うかを決定するちょうど端境期であったわけだが、エスカー教授は占いの威信を保つべく、その責任を一身に背負い、思い悩んでいたのではないかと、学会の関係者は連日噂しあっていた。もちろん、占い協会の幹部の大部分はエスカー教授の復帰を強く願っていたし、この日、数年ぶりにミュンヘンの議場に教授が姿を現すと、会場全体からの割れんばかりの拍手がそれを出迎えたものである。議場では早朝から、この数年の間に、各国の学者たちによって考えだされた様々な学説が次々と発表されていったが、観客の目は常にエスカー教授に向けられていた。数年間の沈黙を破って、教授が自らここへ足を運んだからには、何かとてつもない、数学者とのこれまでの議論に一気に終止符を打つような、画期的な学説の発表があるのか、あるいは、占い自体をさらに大きく発展させていくような希望に満ちた展望が開かれるのではないかとの期待に、来場したすべての聴衆が胸を躍らせていた。


 そうした流れの中、いよいよ、エスカー教授が意見を述べる番になり、彼はゆったりとした足どりでステージに上がった。会場のあちこちから一斉にフラッシュが炊かれ、立見客は教授の姿をなるべく良い場所で見ようと移動して、押し合いへし合いを始めた。会場の盛り上がりはすでにピークに達していた。教授の姿は失踪前の頃とあまり変わっていなかったが、いくぶん頬がこけ、やせ細っていて、目の光にも衰えが見られた。彼がこの数年間、難解な疑問と戦っていた外面的な形跡が十分に伺えたのである。


 彼は一度大きく咳ばらいをすると、会場に響き渡るほど大きな、はっきりとした声で、「考えれば考えるほどわからなくなるような、深い泥の沼に、我々はまた足を踏み入れてしまったのであります!」と、まず怒鳴り声を発した。一瞬の驚愕のどよめきの後に、会場中が静まり返った。齢80を過ぎた老教授にそんな大声が出せるとは誰も思ってもいなかったので不意を突かれたのである。教授はまた一度咳ばらいをすると、今度は静かな、ゆっくりとした口調で語り始めた。


「物事の本質はできることとできないことの、両方を知ることであります。この世界に生きる多くの研究者は、すでにできると決定づけられたことにしか手を出してきませんでした。それは科学や物理の研究に止まらず、占いにおいても然りであります。例えば、水晶の技術や品質を上げることであるとか、占星用の望遠鏡の精度を科学の力をもって引き上げることなどです。人間は誰しも、いくらでも行き先を選択できる広い野原の上に生まれ落ちたにも関わらず、一心不乱に学業に励んでいるうちに、それに専念する余り、いつの間にか、一歩も脇道にそれることができない暗いトンネルの中へと、知らず知らずの内に入り込んでしまうことがあるのです。我々のこれまでの十数年間に及ぶ研究は、すでにそのようなものだったのです。我々は、占いへの理解を上げて技術を磨く、新しい技術を生み出し、古い技術を捨て去る、そのことだけに執着してきました。それによって、人類は占いがまた新たな一歩を踏み出せるという錯覚に陥ってしまったのです。それは、鉛筆がボールペンに取って代われたように、また、テープレコーダーがCDデッキに置き換えられていったのと同じ現象です。しかし、占いとは自動車やテレビの発明とは違います。パソコンで正しい数値を導き出せば、精度が上がるというものではないのであります。占いの本質とは、コンピューターという、人間が作りだした最も大きな幻覚、それは、まだこの目で見ぬ発展を、これを使い続け、プログラムを進化させていくことによって、必ずや手に入れられるであろうという幻覚ですが、占いとは、そのような幻覚では決して進歩できないものだったのであります。太古の地上で、鉄砲や船をようやく手に入れた欧米人が、まだ新大陸を発見できずにいるとき、先進国の国民が足を踏み入れない南米のある地方では、すでに色とりどりの石を使った占いによって、未来の天災を見事に予知していたではありませんか。彼らにコンピューター計算機を手渡しても、石の占いが発展したり、彼らの生活が豊かになったりということが有り得るでしょうか? いえ、金や財宝に目もくれず、森を見て、海を見て、土を見て暮らす人々の生活にとって、コンピューターなど不必要なものだったのです。しかし、彼らも私たちと同じように占いによって未来を知ることができます。天の声を聞いて、身に降り懸かる厄災を未然に知ることができます。精度の差こそあれ、先進国の国民も、発展途上国の原住民も、同じ占いというもので未来を知ろうとしているのだと、我々は認めなければなりません。そこで考えなければならないことは、石占いが発展したから、水晶占いができたのではなくて、タロット占いが発達してトランプ遊びが生まれたという発想でもなくて、各占いはそれぞれ得意とする分野の占いがあり、それ以外の分野では占いの結果の精度が著しく落ちるということなのです。石占いが進化したものが水晶占いだから、水晶さえあれば、過去の石占いは捨て置くという考えではなくて、この二つの占いを並べて相互に見なければならなかったのです。つまり、これまで水晶が苦手としてきた分野の占い、万能と言われる水晶にも、いくつかの踏み込めない領域がありますが、そのような占いの結果を求めようとするときに、それは、理解を深め、技術を高めることによって解決されるのではなくて、我々がまだ占いとは認めていない、いくつかの未知の占い、例えば、先ほどの南米の石並べや、東洋の霊魂に頼った占い、そういったものに解決策を求めるべきだったのであります。水晶やタロットや占星、そういった見かけのいい万能に見える占いに頼ってきた結果、我々はいつしか童話に語られるお姫様のように、出口のない袋小路に迷い込んでしまったのであります。占いに限界はありません。世界中の占い師が集まれば、あるいは占えないことはないのかもしれません。しかし、水晶には確実な限界があるのです。皆さん、今こそおごりを捨てて、まだ見ぬ占いに、新たな未来を託して見ようではありませんか。我々は知っています。これまでも、そうした幾つかの小さな謎めいた試みが、時には人類の行き先を大きく変えてきたということを! 来たれ! 新世紀の偉人よ! 我々は未来に必ずや勝利する! う、うげっ、げほっ」


 そこまで演説した後、エスカー教授は壇上で激しく咳き込んだあとに倒れ込んでしまい、そのまま病院へと運ばれた。議場は異様なムードとなり、これまで自分たちが信じてきたことが、偉大な先駆者によって真っ向から否定されてしまった、多くの保守層の占い師たちは、まるで、数十年信じてきた神に裏切られた盲目の信者のように、その先、路頭に迷う結果となったのである。エスカー教授は脳梗塞を引き起こしており、意識不明の重体であったが、容態が回復することはなく、七日後の未明に息を引き取った。彼のミュンヘンでの謎に満ちた演説はそのまま彼の遺言になってしまったのである。


 この偉大な演説を受けて、世界中の学者たちは一斉に水晶一強時代の終焉を唱え、まだ見ぬ新しい占いにも協会の門戸が開かれるようになったのである。ただ、頭の固い保守派の占い師たちは、いくら神のように崇められているエスカー氏の言葉であっても、これまで自分たちが教え込まれてきたこととは正反対のことを、いまさら簡単に受け入れることはできず、相変わらず旧式の占いを習い続け、また教え続けてもいた。マスコミに影響力を持つ、有力な学者の中にも、エスカー宣言を否定する者も多くいた。彼らはエスカー氏の死後二ヶ月もすると、テレビに連日のように出演するようになり、その中でエスカー氏はアル中で、当日はひどく酒に酔っていたのだとか、痴呆にかかっていて、自分の主義に反することをしゃべりだしたのだとか、容赦ない非難の言葉を浴びせかけた。それに引きずられる形で、現在進行形で占いを学んでいる、世界中の占い学徒たちも、校内で日々エスカー宣言の是非を巡って、激しい論戦を繰り広げるようになった。しかし、悪いことばかりではなく、これまで閉鎖的だった占い界がエスカー宣言によって、多少は革新派にも開かれるようになったのは事実である。今では、いわゆる三大占いを学んでいなくても、技術の高さが認められれば、占い協会に加入することが出来るようになったのである。それは、そのままエスカー教授の功績であると言っても良いのである。



 一つ呼吸を置いて、ラルセは話を続けた。

「ですから、エスカー氏が最後に何を言いたかったのかは、今や知る術はないのですから、彼が自分が発展させてきた占いを最後になって裏切ったのか、あるいは、さらに発展させようとして、あのような文言を弟子たちに残したのか、はっきりわからないとなかなか前に進めませんね。芸術家にはブロンテやカフカ、ゴッホのように、亡くなって年月が経過してから評価が急激に高まった人は多いですけど、エスカー教授のように亡くなってから、業績をどう評価していいかわからなくなった人は珍しいですものね」

会長は一つ大きく頷いてから、ラルセの方に顔を向けた。

「まあ、昔も今も占いを生業のする者は、幼い頃からエスカー教授の書いた本を読んで基礎を学ぶわけだが……。彼を抜きにした占い学習なんてありえないからな。ただ、今、エスカー教授の本を読む人間は、徹底的な彼の信奉者か、そうでなければ、彼の残した言葉を知りたいとは思うが、それを信じるかどうかは別の問題だと思っている人間に二分されるわけだな。つまり、エスカー教授はミュンヘン会議以前の神々の位置から、あの宣言によって、ナポレオンやコロンブスのように評価の難しい偉人の位置へと位を下げてしまったことになる……」

「それは少し乱暴すぎます! 今の占いの基礎を作った人の評価が定かでないなんて! 計算機で答えをはじきだすようには、彼の業績は計れないはずです!」

ラルセは会長の方ににじり寄って反論し、その熱い視線を彼に向けた。

「ラルセさん、どうしたの? そんなに大声を出さないで。ここをどこだと思ってるの? 少しは慎みなさい」

クレモネがたびかさなる会長への暴言に耐え兼ねて、冷たい声でそう忠告した。

「これは会議ですから、目上の人に反論するのは、まあ許すとしても、あなたも、ちょっと頭が熱くなるとすぐに鎖が外れてしまう人種だから注意して……」

彼女はそう付け足して静かに笑った。この忠告によって、自分が女としてラルセより上の立場にいるのだとはっきり宣言したいようだった。ただ、占い審査の通過によって、ラルセの立場が急激に上昇したため、彼女としてはあまり強くも出れない微妙な心持ちだったのだろう。

「ごめんなさい、ただ、京介はいずれ必ず大きなことをやりますわ。それが良いことであれ、悪いことであれ……。彼が偉大な占いを完成させたときに、占いを専門にしているはずの、この学校の学生が、誰も彼のやっていたことを信じていなかったでは、同じ占いの研究生として、少し寂し過ぎます。私たち3人も、今のゆらゆらとした心持ちでは、どこまで彼を信じてあげられるか自信はないですけど、少なくても、ここしばらくは彼の研究を追いかけていくつもりです」

「ふん、まあ、それはいいんだが……、京介については粗削りながら、研究熱心なところもあると調査報告があがっているからな……。学長も日本びいきだし……、東洋では目に見えぬ悪霊を妖怪というのか……、あれにも興味がおありのようだ。憑依の存続についても、すぐにどうこうと言うことはないんだが……、さて、では本題に入ろうか……」


 会長はそこで一度話を区切り、僕の方に鋭い視線を向けた。恥ずかしい話だが、僕はこの場の空気にすっかり飲まれてしまっていて、何のために自分がここに呼び出されたのかすっかり忘れてしまっていた。

「おまえは何で昼間に本部に一人で乗り込んで来たんだ? しかも、わざわざ、俺のいない時間を選んで……。普段の授業中は萎縮していて、自分の意見を言うことがほとんどないくせに……。今、スケジュールを開けて話を聞いてやるから率直に意見を言ってみろ。何が言いたかったんだ?」

熱い議論の応酬で場の空気がすっかり燃え盛っているところで、僕の方にバトンが飛んできてしまったので、発言を用意してなかった僕はしどろもどろになり、「えーと……、えーっとですね……」と言うだけで、上手く話し出すことができなかった。見兼ねてロドリゲスが助け舟を出してくれた。

「会長、彼は今回の占い協会の審査で残念ながら不合格となってしまいまして……」

「それは驚きに値することか?」

「いえ、そうではなくて、ただ落ちただけでなく、その結果が余りに衝撃的なもので、彼なりに納得できない部分があったようでして……。その話を聞いてやってくれませんか?」

僕は彼のおかげで気持ち良く話し出すことができ、今日の昼間、真っ黒な姿に変装した協会の幹部が尋ねてきて、ラルセの合格と僕の不合格を告げていったことと、合格できなかった理由について詳しく尋ねてみたところ、僕の審査書類は第一次審査すら通っていなかったことと、思想の偏りが審査に悪影響を与えたことが判明したことをみんなの前で話した。

「協会の幹部が直接ね……、おい、今のところ、メモをとっておけ」

僕の話をいったん止めて、会長はブエナに的確な指示を出した。ブエナは素早く青いカバーのノートを取り出して、震える手でそれを開いて何かメモを取りはじめたが、利き腕どころか、下半身まで緊張でガクガクと震えていて、それは会長への熱すぎる忠誠と、対抗組織である僕らの前で何かいい格好をしなければいけないのではという義務感が合わさってそうさせるのだろうが、明らかにこの豪勢な顔ぶれの中で、一人だけ空気についていけていない印象があった。彼女のような俗物の人間というのは、自分よりも下手だと思っている人間の前ではやたらと張り切って強気になれるが、自分よりも目上の集団の中に引っ張り出されてしまうと、いつもの反動で余計な緊張に身体の自由を奪われて、今のような情けない状態に陥ることがままあるのだ。僕はそんなブエナを横目に見て、それを少し鼻で笑い、自尊心を取り戻すことができた。そのため、深刻な話題にも、落ち着いた口調で話を続けることができた。


「そこで……、僕は思ったのです。いくら僕の未熟な技術でも一次審査すら通らないほど、みんなより劣っているはずはないと。僕だけがこのようなひどい結果を受けるのには、まあ、ここから先は少し言いにくいのですが……、もしかすると、生徒会の思想差別を背景にした妨害があったのではないかと……。例えば、リベラル派の選考書類にだけ、何かマイナスになるようなことを書き込むとかですね……」

「しかしな、仮にそういう妨害があったとして、ラルセは審査に受かってるんだぞ? そこをどう説明するんだ?」

「会長、パヌッチは不合格を告げられた際、協会の幹部からかなり激しく罵倒されたそうです。そのことが、彼の心を深く傷つけてしまい、あのような暴挙に走らせる結果になったとお考え下さい」

ロドリゲスがすかさず僕をフォローしてくれた。

「それは初耳です。先ほど来たときにそれを話してくれればね」と冷静な顔でクレモネ。


「ふん、どうせ、場違いな発言を繰り返して、逆に揚げ足を取られる羽目になったんだろうが、そんな自業自得で占い協会のお偉方を怒らせると、いずれ酷い目に遭うぞ。おまえはどうも、何か感情的な行動を起こすたびに余計な敵を増やしていくタイプらしいが、思想が偏向していてもなるべく敵は一つに絞った方がいいぞ。でないと、いずれ、今の仲間にも愛想を尽かされることになる……」

「その通りです……。今はもう後悔しかしていません……。申し訳ありませんでした……」

僕の謝罪を見届けると、会長は目をつぶって瞑想してしまった。どう裁断したものか、考えているようだった。時計の針は凍りついたように動かず、僕らにとって厳しい時間が続いた。

「会長、ここにいる3人は選挙で会長に投票すると約束してくれたんです。ですから、その……、今回だけは許してあげてくれませんか?」

両方の陣営から効率よくポイントを稼ぎたいと思ったのか、間の悪いタイミングでブエナが口を挟んできた。会長はブエナを睨みつけ、冷たい静かな声で答えた。

「いいか? 選挙で俺に票を入れるというのは、この学校で占いを学ぶ学生にとって当然のことだ。反対に聞くが、それ以外の選択肢があるのか? もし、あるんだったら聞かせて欲しいくらいだ……」

ブエナは会長の鋭い視線の先に晒され、あまりの恐ろしさに髪の毛が逆立ってしまい、身体全体が縮こまってしまった。大蛇に睨まれた子羊のようになって、何も言えなくなってしまった。

「いいですわ。パヌッチの今回の一件を不問にして下されば、あなたに一票投じる覚書を書いていきます」

ラルセが強い言葉でそう言ってくれた。

「生徒会本部に、リベラル派に土足で踏み込まれて不問にはできない……」

会長がこれほどまでに機嫌を悪くしているのには、生徒会に入り込まれたことよりも、自分が可愛がっている秘書のクレモネがひどい仕打ちを受けたことに原因があると思われるが、彼女が僕のしたことをどの程度に増幅させて会長に伝えたのかはわからなかった。

「あら、それは博愛を旗印に掲げる会長様らしくないお言葉ですわ。愚かしい行為を厳しく罰することは、どんなレベルの人間にもできることです。そういう偏屈な行為もこの大きな社会の一部なんだと大目に見て、その上でそういう人間の行為も温かい目で見守ってやるのが上に立つ人間の器量だと思いますけど……」


 クレモネはラルセのその発言を薄ら笑いを浮かべて聞いていたが、目は笑っていなかった。僕はラルセがそう言った瞬間、ポケットの中で手を滑らせて床に万歩計を落としてしまったのだが、それを拾い上げようと屈んだ瞬間、机の下でクレモネの足がラルセの足を蹴り上げようとしているところを見てしまい、逆にラルセの足がそれを交わしてクレモネのくるぶしを蹴飛ばしていたのだが、それを間近に見て恐ろしくなってしまった。ブエナの先ほどまでの真っ青な表情からすると、彼女はとっくに机の下での、このような攻防に気づいていたらしいのだが、ネズミ程度の発言権しか持っていない彼女には、事態を打開することを何も言い出せなかったのだ。彼女は何事も起きないようにと願い、顔を青くして震えているだけだった。時々、口をパクパクとさせて、その震え方は異常なほどだった。


 タッサンは先ほどお菓子を届けに来てから、この部屋にそのまま留まり、部屋の一番隅に佇んでこれまでの様子を見学していたのだが 、そのタッサンがブエナの異常に一番早く気がついた。彼は音もたてずにブエナの席の横に走り寄って、肩をポンポンと叩いて話しかけた。

「おい、どうした? 大丈夫か?」

ブエナは苦しそうに喉を抑えて喘いでいた。


「過呼吸でしょ? どうせ、過呼吸になったんでしょ?」

クレモネが仕方がないという表情で、冷めた声でそう呼び掛けた。ラルセが慌てて立ち上がった。元友人としての同情心が少しは残っていたのかもしれない。考えてみればブエナというこの女も哀れだった。タッサンは心配そうに背中をさすってやっていた。会長は一度だけブエナの顔を見たが、僕の処分のことを考えていて、精神を集中させすぎているため、何が起こったのかわからないといった表情をして、再び目を閉じて、瞑想に入ってしまった。

「まあ、過呼吸で死に至ることはないですから……」


ロドリゲスはブエナの苦しむ姿がいつもの時間稼ぎの演技だと思ったのか、会議が中断されたことが苦々しく感じられたのか、そのような感想を述べた。ブエナの真っ青な顔と苦しそうな動きを見れば、これは演技でなく本当に起こったことなのだろうが、これからクレモネとラルセの間で激しい議論の応酬が行われると期待していた僕らからすると、彼女の過呼吸はまるで場違いな行動で、いったい、どうやったらこんなに間の悪いタイミングでそんな症状を引き出せるのかわからないが、これまでの緊張した空気が台なしにされた感じは否めなかった。ブエナはロドリゲスの方を一度睨みつけると、苦しそうにゲップを何度かして肺に貯まった空気を吐き出そうとしているようだったが、そのうちにみんなの注目をたいして集められていないことがわかったのか、すっかり涙目になって、「つまんないことで中断させてしまってすいません」という台詞が出てきた。

「水でも飲んできたら?」

立場が違うとは言え、同僚の女性として何も手助けしないのはまずいと思ったのか、クレモネの口からそんな言葉が出て来た。

「コーヒーを入れてやるよ」

タッサンがそう言って、一度会議室から出て行った。


 会長が再び目を開けたのはそんな時だった。彼は重職にありながらも、重要なイベントで話す内容を事前に準備するタイプではなく、議場で思いついたことを次々と話していく人間で、それはありきたりの発言に一般の生徒はすでに飽きているだろうという思惑からそういう方式を取り続けているのだが、授業中などでも、しばらく瞑想していたかと思うと、突然先生の話を中断させて自分の意見を長々と述べることがある。

「そう言えば、来週、厳罰棟の所長がお忍びでうちの学校を訪問されるのだが……」

彼は顎を少し上に向けて、そのような思わせぶりな言葉でこの話を始めた。

「それは聞いてます。噂では、あそこの所長もうちの学校の卒業生らしいですね」

ロドリゲスがすかさず相槌を打った。

「うむ……、ちょうどここにいる三人も、ここにいない京介も同じホームルームの生徒だし、おまえらのクラスに所長を招いて講演をしてもらおうかな……。普段から札付きの罪人を相手にしておられる方だから、ためになる話をして下さるだろうし、そういう真面目な話を聞いて、大人に向けての一歩にしたらいい。そのくらいの罰だったらおまえたちも受け入れられるだろう?」

「厳罰棟の所長ですか……、話が長くなりそうですわね……。ええ、でも、そういう罰で済ませて頂ければ幸せです。パヌッチも安心したでしょうし、私たちと生徒会との間の溝も、これで全て埋まるというわけにはいきませんけど、これまでより何割かは近づくと思います」

ラルセがこれまでの緊張から解き放たれたように、晴々とした表情でそう言った。

「では、そういうことで会議は終わりにしようか……。体調の悪い人間もいるようだしな……。ラルセ君、私への義理が少しでも残ってるのなら、投票の方、よろしく頼むよ……」


 会長は最後にそう言うと、顔も合わせずに静かに立ち上がると、威厳を保ったままドアの方へ歩み寄っていった。ラルセは返事をしなかったが、いたずらっぽくニヤッと笑った。会長はクレモネの後ろを通り過ぎる時に、「おまえも早く来いよ」と気遣いの言葉をかけていた。クレモネはそれに対して複雑な表情をして、「ええ、もう少し話をしてから追いかけますから」と呟いた。会長はドアの外へ出て行き、扉はガチャンと閉められた。その瞬間だった。クレモネがすごい勢いで左手を伸ばし、ラルセの右腕の服の裾を掴んだのだ。僕もロドリゲスも彼女の素早い反応にあっけにとられたが、会長が退場してしまえば、箍が外れたように、こういうことが起きるのではないかという予測も何割かは頭の中にあった。僕よりもロドリゲスの方が先に反応して叫び声を上げた。

「やめろ! そんな! まるで、餌がなくなって豹変した、野性のリスみたいじゃないか!」

「あんた……、あの方を誰だと思ってるの? 偉そうな口ばかりきいて……、いい加減にしなさいよ……」

クレモネにそういう言葉で脅されても、ラルセはまるで動じなかった。こういうことが起こるのを望んでいたようでもあった。本当は早く決着をつけたくてウズウズしていたのかもしれない。ラルセは微笑していた。

「あんたの人生論なんて、かったるくて聞いてられないわ。いくら背伸びしたってチューリップの美しさなんて空からは見えないの。今日はパヌッチに代わってそれを言いに来たってわけ……。熱く人生を語るなら成功してからにしなさいってね」

「二人ともやめないか! ここをどこだと思ってるんだ! 暴力沙汰を起こせば、厳しい処分を受けることになるんだぞ! クレモネさんも手を放せ! たった一度の他愛もない怒りのせいで人生が台なしになる人だっているんだぞ!」

ロドリゲスの出したその大きな声を聞き付けて、タッサンが部屋に戻ってきた。彼はコーヒーをテーブルの上に乱暴に置くと、クレモネの側に走り寄って行った。聡明な彼には、なぜこんなことが起きたのか、半ば理解できていたようだった。元々、こういう不測の事態が起きないように我々を見張る目的でここにいたのかもしれない。

「生徒会をはるか上から見下すような態度が、前々から気に喰わなかったのよ」

クレモネはそう言ってから、さらに腕に力を込めた。ラルセも余裕が無くなってきて、パンパンと何度かクレモネの手を自由な左手で叩いたが、それでもクレモネは放そうとしなかった。二人とも目が血走り、歯を食いしばっていてすごい形相だった。普段から二人とも見かけを重視しているため、外に向けてこんな顔を見せたことはないと思われる。タッサンがクレモネの肩を抑えて二人を引き離そうとしたが、鬼が宿ったかのような凄い力で引っ張り合っていたので、簡単には引きはがせなかった。僕とロドリゲスは危険を感じて、ラルセを両脇から抑えつけようとした。その時、ブエナが突然立ち上がって、「やめてー! こんなことはやめてー! どうして? 同じ学校で学ぶ生徒なのに、どうして!」と狂ったように叫んだ。

「あんたが役立たずだから、こんなことになったんでしょうに!」

クレモネが一度ブエナの方に顔を向けてそう言ったが、その時掴んでいた左手の力が少し緩んだのか、ラルセがうまく身体をねじって自分の右手を取り返した。ラルセはその反動をうまく利用して身体を半回転させると、そのままの勢いでクレモネの頬に思いっきりビンタをかました。

 パーン!! という乾いた音が部屋中に響き渡った。クレモネは壁際まで吹っ飛んでいってそのまま床に倒れた。

「何でも、自分の思い通りになると思ってるんじゃないわよ!」

ラルセはとどめとばかりにそう叫んだ。百獣の王の雄叫びのようだった。起こってはいけないことが続け様に起こってしまったので、僕は何をしていいかわからずしばらく呆然としていた。自分のことがこんなに役立たずに感じられたのは久しぶりだった。タッサンはクレモネを助け起こし、「大丈夫か?」と声をかけた。クレモネは目にいっぱいの涙を溜めていた。痛みからの涙ではなく、占い師協会の審査で一番のライバルであるラルセに先を越され、その動揺を心の内に隠しておくことができなかった自分への怒りがあったのかもしれない。タッサンはふらふらしているクレモネの肩を支えようとしたが、彼女はその手を振り払って一人で出口に向かってゆっくりと歩み出した。

「こんなものは、自分への恨みよ」

最後にそう言い残して、クレモネはドアを開けて廊下に出ていった。タッサンはそれを確認すると、ラルセの方を振り返って声を張り上げた。

「こういう暴力沙汰が起きないようにするための会議だろ?」

ラルセはそれを聞いてふてぶてしくニヤッと笑った。

「みんな、ああやって大人になるのよ。あなただって、そうでしょ?」

彼女はそう言ってからコーヒーのカップに手をつけて手前に引き寄せた。ブエナは壮絶な展開に感極まって両手で顔を覆い隠して泣き出した。それは、自分の一番好きなものに自分の一番大事なものを壊されたような気持ちで、たいした思想も持たない彼女には難しすぎる場面だったのかもしれない。

「昔から、こういう子なんだ、こういう子なんだ……」

さすがのロドリゲスも青白い顔をして、錯乱したようにそう言ってから、冷静を保てないといった様子で、その場で何度か足踏みをした。

「この場で今起きたことは、他の誰にも知られないようにするしかないな。歴史上、こういう取り決めが守られた試しはないが……」

タッサンが深刻な顔でそう言った。

「僕らの方からは絶対漏れないよ。でも、そうとも言いきれないかな……。人間っていうのは、とかく、衝撃的なものを見た後は口が軽くなるからな……」

僕は自信もなくそう言った。例えば、今起こったことを帰ってから京介に話すなと命じられてもそれは難しかった。スポーツで応援しているチームが劇的に勝った後のように、こうした興奮のイベントは人間の口を子供のときのように軽くしてしまうものなのだ。

「ブエナさん、必ずしも僕らの不利になるだけの出来事ではないですから、みんなには黙っててくれますね?」

ロドリゲスが念を押すようにそう尋ねた。

「わ、私は何も見てません……。何も聞いていません……」

ブエナはそれだけ答えて、机に伏して泣きじゃくるばかりだった。「わーわー!」という彼女の泣き声が廊下まで響いていた。

「もし、喋るようだったら、その女もビンタするだけよ」

ラルセはすっかり高ぶってしまった感情を抑えきれないようにブエナを睨みつけてそう言った。持ってきてもらったコーヒーにようやく口をつけたが、興奮の余り、さすがに利き腕が震えていて、うまく口に運べないようだった。

「おまえらがこんなことをする人間じゃなかったら、俺だって素直にリベラル派でいられたんだよ……。これは嘘じゃないぜ」

タッサンはうつむいてそんなことを話してくれた。同じクラスメイトとしての、義理と友情が少しは生きていたのかもしれない。

「育ちがいいのよね……。結局、そうなんだわ。オーストリア出身のの令嬢だったっけ? 温室の中で紡ぎあげてきた理論だけで世渡りできると思ってるんだから……。例え、完璧な生き方を構築したって、それを実践できなきゃ……。いや、それじゃ変よね……。そういうものをお互いにぶつけ合うのが学校でしょ? 誰だって見知らぬ人間とのぶつかり合いの中で凹まされる部分だってあるはずだわ。私だって妥協することがあるもの……。人に育てられたライオンより、野性の虎の方が強いのよ。一番権力のあるものにすがって生きていくことがどれだけ危ういことか、人生のこの時点で知ることができたのは、あの娘にとってよかったんじゃない? 少しの間、アザは残るだろうけど……」

「みんなが一人で生きていけるほど強くないのは確かさ……。一人でしかやっていけないパヌッチのような人間を情けない男と鼻で笑う生徒も多いが……、一人でやっていけないから、大勢の仲間入りをするしかない他の連中は、きっと、もっと弱いんだ……」

タッサンも神妙な顔でそう呟いてコーヒーをすすった。

「ただ、生徒会とは懸案が多いんだよ。僕も、来年の卒業アルバムの件で会長と意見が分かれていてね……。僕らは亜流なんだから、これ以上、大きな問題を起こすのはやめてくれな」

ロドリゲスはそう言って、ラルセの肩を優しく叩いた。彼女はそれに反応して笑った。

「それでは、おいとましましょうか」

ラルセがそう言って立ち上がった。僕らも後に続いた。タッサンが入口のドアを開けて僕らを見送ってくれた。

「ありがと、生徒会でこんなに美味しいコーヒーが飲めるとは思ってなかったです」

ラルセは最後にそう挨拶してこの会議を締めくくった。

 本部の入り口には警備をしている数人の生徒が立っていた。

「ご苦労様」と呟いてラルセがその横をすり抜ける。まるで何の感慨も無いように。居並ぶ生徒会の委員たちは複雑そうな顔で僕らを見送った。三人で歩いていても、なかなか話す言葉が見つからなかった。長い一日だったせいだ。広場まで戻ってきてから、ようやくロドリゲスが口を開いた。

「パヌッチも少しは気分が晴れたかい? 最初は言われっぱなしだったから辛かったろう?」

「うん、やっと僕にも信頼できる仲間と思想があることがわかったよ。片寄った意見も何人かで集まって主張すれば大木を揺るがすこともあるんだね」

僕は少し照れながらそう返事をした。すでに太陽は傾いてしまっていた。僕らは長細い影を背にしながら、橙色の光に包まれた広場を歩いた。ベンチに座って本を読んでいる学生も新しい水晶の占い方について熱く語っている学生たちもみんな子供のように見えた。

「ちょっと、喫茶店に寄って行きましょうよ。今日くらいは奢る気があるんでしょ?」

ラルセが楽しそうに笑いながらそう言ったので、みんなでフランポーゼに立ち寄ることにした。店主に今日の出来事について話すことになれば、また熱い思想論を聞かされるのかもしれない。太陽が沈むまで、みんなとここにいるのかもしれない。でも、僕はそんな一日が好きだ。

「よ! ラルセちゃん、今日から本格的に占い師だって?」

ドアを開けて踏み込むと、店主から威勢のよい掛け声が飛んできた。

「実はそうなのよ」ラルセが頭をかきながら返事をする。

店にいた十数人の客から、「おめでとう」「おめでとう」と声が飛んできた。

「すっかり、先を越されちゃったな」

ロドリゲスはそう言って、ラルセの頭をポンポンと叩いた。いつもと同じ爽やかな笑顔で悔しそうには見えなかった。

「おめでとう、本当におめでとう」

僕も彼女の背中からそう声をかけた。今日の昼間に言っておかなければいけなかった言葉が、今になってやっと口から飛び出してきた。

この作品は長大なので少しずつ区切って投稿していきます。気軽に感想をいただければ幸せです。この作品はアラブ系千葉文庫(http://www9.plala.or.jp/applepig/)にも掲載しています。全部で十数個の作品を掲載しています。できれば、そちらの方にも遊びに来てください。

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