第十二話 生徒会総選挙数日前Ⅰ
ようやく涼しくなり、そこかしこに秋の気配が感じられるようになったある日、学内は朝からえもいわれぬ緊張感に包まれていた。僕の部屋は二階なので、いつもの朝は外から聞こえてくる学生同士の話し声や笑い声で目が覚めることが多いのだが、今日この日だけは、朝目が覚めても窓の外から人の話し声はおろか、子犬の鳴き声すら聴こえなかった。飛び交っている小鳥の数もいつもよりなぜだろうか、少なく感じられた。占い師ではない、一般の人達にこの緊張感をわかりやすく説明するならば、誰もが子供の頃体験したであろう、運動会や遠足の日の朝の、何とも言えぬ緊張した雰囲気がそれに近いかもしれない。
足音をたてずにベッドから静かに抜け出して窓の外を覗いてみると、広場の人影は普段の半分くらいだった。やはり、外出している人はまばらで、ほとんどの人間は家の中で息を潜めているようだった。このような独特の雰囲気を感じるのは当然だった。僕にとっては今日の行事は初めての体験になるのだから。
実は今日は占い師候補生の第一回目の発表日なのである。自分の夢や理想が何であれ、この学校に入学したからには、誰もが占い師を目指して日々勉学と競争を重ねていくわけだが、正式な占い師になるためには占い師統一協会本部から認定証をもらわなければならない。そのためには、協会の厳正な審査を通らなければいけないのだ。この審査は協会の裁定委員自らが、占い師を目指す者たちの個々の技量はもちろん、人格や品格を考慮して、一流になれると認めた少人数の者だけに認定証を渡すのである。
占い学校に通っていない人達が認定を受けたい場合はどうするのかというと、各々で申請の書類を協会宛てに送付して試験を受けることになるわけである。うちの学校は格式高い占い専門学校なので、学校に在籍しているだけで、少々わかりにくい表現になるが、自動的に『占い師候補生の候補』であるから、そんな面倒くさい申請などせずとも、審査に通れば正式な占い師になるチャンスがあるのだ。具体的には、二学生の秋と冬に二回、三学生の春・秋・冬の三回の合わせて五回の審査が行われる。このうち一度でも協会から認定の通知を受けられれば、正式に占い師として認められたことになる。
逆に言えば、この五回の審査で一度も認められなかった生徒は、学校にいる間には、占い師とは認められなかったということである。冷たい現実的な話になってしまうが、噂で聞いた話では、学生でいる間の五回の審査で占い師になれなかった、過去のほとんど生徒は、占い師になる道をあきらめ、別の職業に就いたということである。悲劇的な話ではあるが、僕にとっても無縁の話ではない。僕は過去何度か不祥事を起こしてしまってはいるが、それは学内での話で、協会本部とは何ら関係ないので、絶対に審査に受からないとは言い切れないであろうが、学校の生徒会や先生方に良く思われてないということは協会の審査のプラスにもなっていないということである。まあ、冷静に考えて、この最初の一回目の審査で僕が認定される可能性は皆無に等しいだろう。ただ、仲間のラルセやロドリゲスは二学生の他の生徒たちと比べても、優れた技量を持っており、協会が彼らの才能にどういった裁定を下すのかは興味深いところである。彼らは今どんな気持ちで通知を待っているのだろうか。
ここで問題が一つある。僕ら二学生は今秋の協会発表で初めて占い師合格者の発表を体験するわけであるから、協会の審査を通過したという、いわば合格告知がどのように生徒個人に届けられるのか、それがわからないのである。実際にこのイベントを体験したことのある上級生の話では、通知の方法は毎回違うらしいのだが、掲示板に合格者が貼りだされることもあれば、電話で結果報告を受けることもあるらしい。また、過去の例では、各々の部屋まで、審査の結果通知が封筒に入れられて届けられたこともあるらしいのだ。
今回の告知はどのように行われるか、生徒の誰もがおそらくわかっていないから、みんなの対応も様々である。家で通知が届けられるのを、じっと息を殺して待つ者もいれば、試しに広場の掲示板まで出かけてみる者もいる。自分が審査を通過するわけがないとタカをくくって、審査のことを心中から消して、普通に授業に出る者もいるわけだ。そういう人間の心境を深く読んでみると、家で通達を待たないという生徒は、わざと常道に反する行動を取ることでゲンをかついでいるのかもしれない。つまり、授業を終えて、疲れて家に帰ってみたら合格通知が届いていて感激しました、というようなドラマを期待しているのかもしれない。だが、僕自身は何も知らないような、とぼけた顔で授業に出るというのは、少々邪道に感じられる。他人のやり方にケチをつけるつもりはないが、やはり、人間は素直に生きたいものである。何と勘ぐられようとも、僕は授業には出ずに、素直に家で通達を待つことにしよう。僕に合格通知が届くという結果がどんなに低い可能性であってもだ。
しかし、ただ緊張しながら待っているのも退屈である。多少偏屈ではあるが、僕も一般の人間であるから、何か手柄をたてた時は褒めてもらいたいし、ダメだった時は気のおけない友に慰めてもらいたいと思うのである。諸刃の剣となるが、やはり、友人の部屋を訪ねて、雑談でもしながら一緒に気楽に待つのがいいかもしれない。僕だけが通知を受けられないという最悪の結果になるかもしれないが、ここは寛大な態度を見せて、友人の合格を素直に喜ぶというのもいいものである。さて、誰の部屋を訪ねたものだろうか。親友の三人のうち、合格する確率が一番低いのは京介だろう。才能は飛び抜けているが、彼は僕と並ぶくらい、過去にいろいろな不祥事を積み重ねているからである。言い方は悪くなるが、彼は非常に単純でわかりやすい人間なので、もし不合格となった場合、短気を起こして、かなり荒れるかもしれない。ことによっては、大きなメガホンを持ち出して占い協会の悪口を学内で言いふらしながら練り歩くといった直接行動に出ないとも限らない。いくら同じ思想を持つ仲間だとしても、こんな気持ちのいい平和な秋の日に、そんなことに巻き込まれるのはごめんだった。
ロドリゲスは僕の知っている人間の中では、合格する確率が一番高いだろう。性格が温厚で品があるというのがその一番の理由である。だが、やはり、身近な人間であっても自分の憧れている資格を、他の人間に先に取られてしまうというのはやりきれないものだ。一緒の部屋にいて、彼が通知を受け取って喜ぶその瞬間を素直に祝えるだろうか? 甚だ自信がないところである。彼の成功を派手に祝った後で、自分の敗北を苦く噛み締めながら家路につくことになるかもしれない。
というような、いくつかの思考を踏まえて、逆算して考えれば、ここはラルセの部屋に行くのが一番懸命だろう。万が一、彼女だけに占い師の認定証が届いたとしても、僕は素直に喜ぶことができると思う。親友だから許せるという理由ももちろんあるが、かよわき女性が男どもを出し抜いて一番に合格するというのも、気持ちいいものではないか。ラルセだけが合格したと知れたときの学内の騒然とした雰囲気を想像すると、今からすでに爽快感が沸いて来るのだ。では、出かけることにしよう。
四階に辿り着いて、彼女の部屋のドアを叩くと、ラルセは普段着でドアまで出迎えてくれた。外出用のフロックコートを着ていないので、やはり授業に出るつもりはないらしい。話し方こそ普段通りであったが、その表情はいつもより少し緊張しているように見受けられた。
「あら、パヌッチ、ちょうどよかったわ。授業を休んだはいいけど、することがなくてね、話し相手が欲しいところだったの。これから京介とあなたを部屋に呼ぼうと思っていたのよ。いや、本当だって。ああ、そうね、そういえば今日は占い師審査の発表日だったわね。私ったら、ぼうっとしてて、あまり意識してなかったわ。あればっかりは強く念じていてもどうなるものでもないしね。いつも通りにしていましょうよ。まあ、とりあえず入ってよ」
彼女は矢継ぎ早にそこまで話すと、僕を部屋に迎え入れてくれた。部屋の内部は以前訪れた時から一変していた。薄いピンク色の小型のソファーが部屋の中央にいくつか配置されていて、ベッドの側にはペンギンの親子のぬいぐるみが置かれていて、壁にはハリウッドの映画俳優のポスターが貼られていた。
「いやあ、いつの間にか、ずいぶん変わったねえ。いいセンスになったね。ちょっと、以前より大人しい感じもするけど」
僕はとぼけてそのような感想を述べたが、実は彼女が部屋の模様変えに踏み切ったのには理由がある。
先月の中頃、我がクラスで流行の最先端をいくネーモ嬢が誕生会を開くということで、みんなを自分の部屋に招いたのである。しかし、彼女の部屋を訪れた際に、ラルセの顔色はずっと良くなかったのだ。無理もない。ネーモ嬢の部屋は壁紙や家具がすべてパステル調の色合いで統一されていて、一般の学生ではちょっと手の届かぬような調度品が並べられ、その配色・配置のセンスが素晴らしかった。そのため、訪れた人々に女の子らしくて可愛らしいと手放しで褒められていたのだ。同じ年齢の女性であるのに、ありきたりの占い用品や、京介から預かった怪しい実験器具ばかりが置かれている自分の部屋と、現代若者の流行をふんだんに取り入れたネーモ嬢の部屋を脳内でどうしても比較してしまい、とても辛かったのだろう。ラルセがやりきれない怒りを噛み殺していたことをよく覚えている。それから彼女は客以外の友人や知人を自室に誘わないようになり、休みを見つけては遠距離の都会まで繰り出すようになった。本屋で購入した若者向けのファッション雑誌を読みあさって大量の知識を得て、それを手がかりにして、調度品や服装を整えてきたのである。
一介の占い研究生として、勤勉ながらも色気のない学生生活で我慢するか、若い女性として華やかな道を選ぶかは難しいところであるが、彼女の現状での選択はこうなったということである。
「やだ、そんなに変わってないわよ。ただ、世間ではこういうのが流行っているみたいだからね……」
彼女は自尊心を覆い隠すようにそう言うと、僕と向き合うようにソファーに腰掛けた。左腕には青いスカーフが巻かれていた。これは青い絹布に女神像や十字架といった宗教的な紋様を銀糸で刺繍して、自分の腕に服の上から巻くというもので、今年西ヨーロッパの若者の間で流行しているそうだ。やはり、相当に彼女の頭の中の流行熱が進行しているらしい。僕のそんな考えを察して、それを打ち消そうと思ったのか、ラルセは話し始める前に僕の眼前にあるテーブルの上に自分が読んでいた新聞を置いた。
「今月の生徒会報読んだ? あなたの気になる情報が載ってたわよ」
僕は新聞を拾い上げて、ざっと目を通した。紙面の右下の区画には見たくもない生徒会長の顔写真入りのコラムが長々と三段に渡って掲載されていた。左下は占いクイズとパズルのコーナーだった。上部の大見出しには、『我が校の来年度受験希望者が昨年より1、5%増し』と書かれていた。他は各スポーツクラブの予選大会での結果だった。毎月ほぼ変わらぬ紙面構成であり、どこにも僕好みの記事はないようだった。
「そこじゃないわよ。ここよ、ここ」
ラルセはそう言って、左側の区画の片隅を指差した。そこは紙面の中で一番地味な、生徒会の議事報告の区画の最後の辺りで、先月の生徒会審議会の審査結果報告の欄だった。
『生徒会審議会は先月末の審査会で、去る先月二十三日に食堂で他の生徒に飲料を浴びせかけた三学生の男子生徒に対して、停学五日間の処分を下した』
「なんだって! あの事件が、たったこれだけ?」
僕はその記事を読んで憤慨し、思わず絶叫してしまった。
「落ち着いてよ、パヌッチ。気持ちはよくわかるけど、私の部屋で大声を出さないで」
ラルセは周囲の部屋に迷惑を及ぼさぬように僕をなだめたが、これはとても安閑としていられるような記事ではなかった。
先月二十三日の昼休みの時間、中央校舎内地下一階にある大食堂では四十名ほどの生徒が食事をとっていた。ここは、校舎の敷地の中にある飲食店の中では一番規模の大きな食堂なので、占いの学科や思想信条を問わず、様々な生徒が呉越同舟で食事を取ることができる、最もポピュラーな食堂である。学内でどんな複雑な因縁を持つ人間同士も、この食堂に入ってしまったからには、争いの矛をおさめなければならず、どんな偏った思想の人間同士でも食堂の中にいる間は、意見のぶつけ合いなどを避けて、仲良く談笑しなければならないという暗黙のルールがあった。
その日、この食堂の中央付近の机でオブリシャンという三学生が一人で寂しく食事をとっていた。その前日、彼は残念なことに長年恋焦がれていた女性にピシャリとフラれてしまったのだ。やり場のない悲しみと怒りを心中に包み込んでいた彼は、食堂の右壁に設置してあるテレビの前のベンチに陣取っていた、同学年のカップルが、楽しそうに会話しているのを見て激しく苛立ち、自分の見ていたテレビ番組の音量が周囲の雑音で聞こえにくくなっていたこともあり、次第にその二人のことが我慢ならなくなってきた。そして、なんと、突然立ち上がると、飲んでいたキノコスープをそのカップルの頭上からぶちまけてしまったのだ。当然、カップルはスープの熱さに驚き、絶叫し、辺り一帯は騒然となり、オブリシャンは生徒会の規律委員数名に取り押さえられて、連行された。普通の生徒間同士のいさかいであれば、加害者であるオブリシャンが生徒会で相当な説教を受け、カップル両名に謝罪して事件は解決するはずである。
ただ、話はここで終わらなかった。このオブリシャンという生徒は生徒会の書記を勤めている委員だったのだ。さらに、スープをかけられたカップルの男性も生徒会委員であったことが後に判明した。つまり、この事件は単なる昼休み中のいさかいではなく、生徒会の内部闘争劇であるとも言えるわけだ。この一件はキノコスープ事件として、思想絡みの事件好きな人々の心に記憶されることになった。
被害者・加害者二人とも生徒会委員であったという事実が判明してからこの事件は学内で生徒会内部の不祥事として、一般生徒の注目を集めることになった。生徒会の裏事情に詳しいある事情通の生徒は、オブリシャンは前々から生徒会執行部に強い不満を持っていたのであろうと、推測を交えて見解を述べた。
渦中の生徒会執行部はエリートの中のエリートの集まりであり、自分達のメンバーの一員が各学科の試験で上位に入りそこねるという事態でさえ、恥ずべき失態として受け止める組織である。それなのに、恋愛絡みのこんな破廉恥な事件を起こされてしまっては、さぞかし肝を冷やしているだろうというのが、僕の身内での総意だった。この事件の審議で、生徒会自身がどこまで内部の人間関係の情報を表沙汰にするのか、また、加害者に対してどのような判決を下すのか、みんなが興味深く見守っていたところだったのである。
しかし、ついさっきこの目で見た通り、生徒会本部は紙面の中で、こんな数行のお決まりの文句でこの事件の幕を降ろしてしまったのだ。
「仕方ないでしょ。あの政治家よりずる賢い人達が自分達の組織内部のごたごたを公にするわけがないわ……。私としても、ちょっと、残念だけどね。幹部たちの揺れる心をもう少し見ていたかったわね」
「加害者の事件に至るまでの心境の推移くらいは紙面で語るべきだと思うけどなあ。並の心理状態ではここまでできないよ。熱々のスープだから、ことによると顔に火傷を負うくらいの怪我になったかもしれないんだよ。当たりどころが悪ければね。十分に乱心と言えると思うけどなあ」
「そうね、加害者の当時の心境と被害者との詳しい交遊関係と、それと加害者の反省文くらいは掲載すべきだったかもしれないわね。でも、加害者心理に踏み込めば踏み込むほど、生徒会の複雑な内部事情や幹部優先の偏った機構が公になってしまうから、自分たちがこの一件でいささかも動じていないことを内外に示すためにこんな簡潔な文章にしたんでしょうね」
ホットココアをすすりながら、ラルセは冷静な口調で答えてくれた。
「でも、許せないよなあ。この一件だけでも、もし新聞なんかで大きく取り上げることができれば、十分に現生徒会執行部へのダメージになるし、もしかすると、今回の占い師審査に影響を及ぼす可能性だってあったんだよ」
「ああ、そうね、今日が審査の発表日なのよね。あなたと夢中になって話している間にまた忘れてしまっていたわ……。でも、あまり意識しても仕方ないものね、こればっかりは。最近になって、審査というものを一応は意識しながら、粛々と学生生活を送ってきたつもりだけど、実際にその日が来てしまったらもうジタバタしてもしょうがないのよね……」
この日を意識していたという一言が気になったので、今日という日が来るまでに、どういう手だてを打ってきたのかを彼女に尋ねてみた。
「え、ああ、あまり細かくは言いたくないけどね。わかるでしょ? 真剣な試験や試合のような、こういう時には他の人間を出し抜いてしまおうという、ずるい思いが働くものなのよ。まあ、もちろん私に限らずだけどね。あなただったらわかるでしょ? こういう人間の微妙な深層心理を読むのが得意ですものね。みんながみんな、仲の良いクラスメイトだって言ってみたところで、違う言い方をすれば競争相手でしょ? 心のどこかで意識しないわけにはいかないわね。みんなで手をつないで一緒に成功の道を歩めれば、それが一番いいのでしょうけど、そうはいかないものね。歩を進めれば進めるほど、どこかで誰かが落ちこぼれるわけだし、それを気にしないわけではないけれど、でも、この学校生活に限らず、もっと先に進んでも人生は常に競争でしょ? それなら相手を蹴落とすことを気にしていたらキリがないものね。どの段階でお別れがくるかという話になるだけよね……」
「あーあ、他人のこれからの人生を占って、幸せな道へと導くだけの簡単な仕事なのに、なんでこんなに厳しい審査を受けなければならないんだろう?」
僕は天井をあおいで、大声でそう言った。
「大工さんや神父さんだって競争をするのよ。腕を磨いてより偉くなるためにね。どんな職業の人だってそれを否定することはできないわ。自分の技量と才能を他人に認めさせるために人間は生まれてきたとも言えるのよね」
「それで、君は具体的にはどんな手を打ったの? これと決めた人以外には誰にも言わないから教えてくれよ」
「まあ、他の人になら絶対教えないけどね。あなたならいいでしょうね。私の心の重しがそれで少しでも軽くなるなら、それもいいことですしね。他人に自分の汚い部分を見せたくないなんてそんな純朴な思いからではないけど、他の人は油断ならないものね。そんな巧妙な私の手法を見せたら、次は真似されてしまうかもしれないし、真似されるのが嫌ってわけじゃないけど、気分はよくないわね。もう一つこちらの手を見せるのが嫌な理由は、相手がもしかしたら自分より進んでいるかもしれないということよね。その場合、相手は今まで以上に用心深くなって、それ以降決して自分の手の内を見せなくなるし……、当然よね。心の中ではせせら笑っているわけですものね。私の身内では京介はともかくロドリゲス君は油断ならないわよね。ある意味で私より目標が高いし、私より深く考えているかもしれないですものね。彼の心の中では当然占い師の正規の資格なんて通過点でしょうけど、その後のビジョンもあるでしょうから、今回のこの勝負は落としたくないでしょうね」
「二人とも合格すればいいとは考えられないの? できればみんなで同じような結果を受けて一緒に喜びあいたいというのも、ずいぶん薄弱になってきた現代若者の代表的な心理状態だと思うんだけど……」
「それはだめね。物事をキレイに見すぎているわね。えと、そうね……、ここでどういう結果に落ち着いたとしても、占い師としての競争は続くわけだし、そもそもね、みんなが同時に喜ぶ必要なんてないのよ。学校生活でうまくいったとしても私生活までうまくいくとは限らないしね。例えば、恋愛問題とか親兄弟なんかとの家族問題があったりね。具体的には健康問題や相続問題とか、他には不倫問題とかね。つまり、この審査で全員がいい結果を受けられたとしても、それは全員が幸せになれる道とは限らないわけよ。各々が家族との共通の悩みや自分だけの友人・恋愛関係を持っているわけですからね? みんなが一緒に幸せになるっていう概念そのものが、世の中の原理からかなりずれているわけなのよ。学校で幸せになれても家庭生活の動向で自分の心はどう動くかわからないの。それなら、最初からこの一番現実的な競争で白黒をつけてしまった方がわかりやすいのよね。ありえないことだけど、仮にここで全員が一番になれたとしても、未来のどこかの競争で必ず決着をつけなければいけないのよ。わかるわよね? ここで勝った人にも次の勝負があるし、負けてしまった人には勝った人とは別の道で別の勝負が待っているの。人生はそうやって続いていくのよ」
「それはわかるけど、君はどうしたのさ? やっぱり、けっこう姑息なこともしちゃったの? ラルセは大胆な性格だから、あまり裏でコソコソするようには見えないんだけどね……」
僕は芸能リポーターのように少しにやけながらも踏み込んで聞いてみた。
「そうね…、占星の先生に頼んで、他の生徒の技量と個々の研究がどれくらい進んでいるかということは聞いたわ。占星の研究は難しいから、独りで研究を進めている人は少ないのよ。どんな大胆な推論を立てたところできちんと証明できなければ公の機関には発表できないし、短い学生生活の間にそこまできちんと研究結果を出せる人は少ないから、私の周りの人はほとんど数名でつるんで実験をしているんだけど、私からすればそれでは考えが足りないわね。仲間とは言え、他人に自分の研究の進行状況を教えれば、ライバルの人間にそれが漏れてしまう可能性も高くなるわけだしね。そこでね、私は仲良くしている先生からうまくライバルたちの研究の進行状況を聞き出して、自分の考えの方が上を行っていることを確認して、自分のそれまでのレポートにさらに手を加えた研究結果を作成して、安心して占い協会本部宛てに送付することができたってわけよ。え? 少し卑怯じゃないかって? 全然問題ないわね。例えば、あなたのように本当に心から親しい人が相手だったら、私もそこまで競争に力を入れないだろうし、手加減もするでしょうけど、普段は仲良く話しているとは言え、やはり、同じ学科のクラスメイトっていうのは友達ではなくライバルよね。相手が私に対して、表では笑顔を見せながら裏でどんな悪口や小細工をしていたって私はなんとも思わないわね。人間関係の中ではそれが当然ですもの。自分で勝手にこの人は親しい人だと思い込んでいて、あるとき、突然足を引っかけられたからって、それを裏切り者って呼ぶのはどうかと思うわ。相手の心が見えないのに勝手に心を許してしまった自分が一番悪いと思わなければだめよね。だから、私も先手を取って相手の裏をかいたり、情報収集したりすることを悪いこととは思わないわ。はっきり言ってしまえばそれが企業や政治を含んだ人間社会の構図そのものですものね」
そう言いきってから、僕を見つめるラルセの目つきには、いつにない迫力と威厳があった。しかし、彼女の本音は別のところにあるのだと思う。今の意見は彼女の身にいつの間にか染み付いてしまったエリート意識が言わせているのだと思う。しかし、本気になってしまったラルセのオーラに押されて、紅茶の入ったカップを持つ手が奮え、この場に居づらくなってしまった。
「ちょっと、下のポストを見てくるね。ラルセの方も見てくるよ。もしかしたら、審査の通知が届いているかもしれないからね」
僕は上手く逃げ出す口実を思いつき、ラルセにそう告げて立ち上がった。
「お客さんに行かせるなんて、そんなの悪いわよ。私が後で自分で見に行くからいいわよ」
「いいから、そこにいて」
僕はそう言い放って、一度彼女の部屋から出た。少々、心が重くなり、息苦しくなっていたので、いい気分転換になるかもしれない。
この作品は長大なので少しずつ区切って投稿していきます。気軽に感想をいただければ幸せです。




