第一話 春の試験の結果
この国もいつの間にやら人々が皆それなりに裕福になり、社会全体の空気がこれほど浮ついてくると、占いに夢を見る人も必然的に多くなるのだが、この記述の中には輝かしい未来を映す鏡も、紛争を解決してくれるタロットも、生まれたばかりの子供の未来を強引に決定付けようとする姓名学も、残念ながら登場しない。占いに興味を持たない多くの読者には、僕の学生生活に起こった現実的な出来事を細々と話す前に、やはり、僕が通っている、この占い専門学校の開校の由来から説明しなければならないだろう。事実だけを淡々と語りはじめるより、その方面から入った方が全体を語る上では結局のところ近道になるからだ。
元々、国内随一の広さを持つアーサー牧場からほど近いこの付近一帯は、大戦中まで強固な岩盤が幾重にも積もり重なった採掘場であった。その埋蔵量も相当なもので、55年前のある日までは職人たちによって、日夜熱心に輝石や石灰石などの採掘が進められていた。校内の広場や公園などの地面の下から、時折、錆び付いたつるはしやザイルなどの残骸が出土することがあるが、それはこの当時の名残である。
さて、大戦直後のある日、採掘中の作業員がここを掘り進めているうちに、このぶ厚い岩盤の下に、意図せずに巨大な地下空間を発見したのである。後々の詳細な調査でも、これは本当に偶然の出来事であったことがわかっていて、一部のチームが本来の目的以外の所を間違って掘ってしまったところ発見したというから、何者かが意図したことではないようである。
その地下空間は、遥か遠い昔に、この地に住んでいた何者かによって意図的に造られた、5000平方メートルにも及ぶ広大なものであった。壁の石は美しく切り揃えられていて、さらに奥へと続く石の段も用意されていて、人体に有害なガスや歪むような空気もなかった。何者かが居住区として使っていたことは明白であった。当然、鉱石の発掘作業は中断し、地質学や古代史の専門家が当地に呼ばれた。彼らがさらに調べを進めてみると、地下空間の壁には水晶玉やタロットカードのような模様が多数描かれており、その近くからは古代の占いの秘法が書かれた教典なども多数出土した。当時の研究者の間では、これはもう間違いなく、時の権力者から迫害を受けていた、古代の占い教団の隠れ家であったのだろうと言われるようになり、さらに多くの学者や教授がこの説を支持した。現場の様子から、それ以外の解答を想像することが難しかったからである。地元のマスコミはにわかに色めき立ち、各新聞社を代表して、古代史に詳しい多くの記者がここに乗り込んできて、連日の取材を始めた。付近の町からやじ馬も多数集まってその様子を興味深く眺めていた。当時、そのやじ馬相手に弁当や飲み物を売りさばいていた雑貨屋の主人が、このわずかな期間の間に一財産作ったという話もあるから、この騒ぎは相当なものだったようである。
騒ぎがここまでくると、この土地の所有者や地元の権力者もこれを放っておくわけにはいかなくなった。この寂れた土地に、是が非でも占いとの因果関係を作らなければならなくなったのである。彼らがここに占い専門の一代アミューズメントを作ろうと考えたのは自然であった。それぞれの利害関係を考慮した末に、この採掘場の上をそのまま占いの研究施設として利用することとなり、占い師を養成するための専門学校が建てられることになったのである。
それ以来、うちの学校は国内一の由緒正しい占い専門学校として、数十年に渡って、世の見習い占い師たちの羨望を集めることになった。プロの占い師に憧れる国中の見習いたちが押し寄せてきて、我こそはと入学をせがみ、難関試験に挑んだ。競争率は数百分の一とも言われているが、それを突破した、わずかの学生たちが入学後も日々勉学に励みながら占い師になるための狭き門に挑戦している。
古代遺跡についてさらに付け加えておくと、出土した教典に書かれていた情報の多くは、現代では一般の占い師でも普通にそらんじている技法であり、解明できないほど謎めいた物や、発掘された当時の占い技法をさらに進化させるようなものではなかったと研究者から取り合えずの発表がされた。しかし、それとて、一部のマスコミや学識者は信用せず、現在の占い学の進むべき方向を歪めるような、占い協会にとって都合の悪い発見があったので、それを隠そうとしているのだという陰謀説が多数流れて、週刊誌を賑わせた。ただ、その教典自体は、今でも、遺跡の跡地に建てられた占い師学校の図書館で誰でも閲覧することができるが、その内部はすべて古代絵文字で書かれていて、腐食も激しく、一般の生徒では、とてもじゃないがこれを解読することはできないと思われる。
地下空間内部に発見されたのは、古代資産としても占いの資産としても実はたいした遺跡ではなかったという当初の研究発表はどうやら真実のようで、発見から十数年の時が経って、遺跡がいざ一般公開されることになると、各地から集まってきた多くの学者が雪崩をうってその内部に駆け込んだのだが、壁に描かれていた、水晶だと思われていた壁画も、その時分になってよく見ると、太陽や別の何かを描いたものである可能性が強く指摘され、今日では、地下空間が占い教団の隠れ家であったという説は根本から覆されそうになっているのだ。マスコミや研究者がこの一件に飽きるのも早く、遺跡への侵入が許可されてから五年後には、遺跡に足を踏み入れる者はほとんどいなくなった。結局のところ、学術的な価値は無いに等しかったのだ。それでも採掘場跡は現在でも何人にも手をつけられずにきちんと保存され、今では我が校の関係者のみが立ち入りを許される神聖な空間となっている。遺跡の上に学術施設まで建ててしまってから、今さら、ただの古代人の広大な住家でした、壁画はすべて落書きでした、などと公表するわけにもいかないからだ。テレビや雑誌などにこの地下空間が取り上げられることも時の流れとともになくなっていた。
ちなみに、学校内部の図書館地下にある隠し通路と、運動場の隅にある洞穴から、今でもこの地下遺跡に侵入することができる。まあ、それをいいことに、校内のカップルの逢い引きに利用されたり、タバコ吸いたさで未成年がここを訪れることも少なくない。しかし、そうやってこの神聖な空間をおとしめた者たちは、すべからく、その年度の単位の取得が怪しくなったり、流行風邪に身体が侵されたりするというから、遠い昔に滅んだであろう、地下占い教団の未知の力も、なかなかに侮れないものがあった。
友人のラルセも入学当初からこの地下空間によく男を誘って連れ込むのだが、そういった無茶な恋愛が長く続いた試しはない。彼女は自分のそういう不謹慎な行為を、他人にラブロマンスと呼ばせずに、自分の裏の顔を安易には見せられない、エリート占い師ゆえの悲しい習性だと言い張っているが、それは単純な受け止め方の違いで、万人にどうでもいいことである。占いの聖地を自分の欲情のままに好き勝手に使っていることに代わりはない。
まあ、僕に言わせれば、古代の遺跡というものは有り難がる人間が存在することに意義があり、知識や興味のない一般人にとっては、廃業した工場の跡地や廃墟やがらくたと同様である。発掘した装飾具や食器なども、それを研究所にて丁寧に保存して研究し、資料などに書き込んでくれる人間にしか存在価値が見いだせないものである。どんなに学術的な価値があっても、現在の宝石や毛皮のコートなどと比較することはできない。夢は見出だせても金銭的な価値は難しいところである。反対に、歴史的な事実や古代の遺物そのものを疑う人間たちにしてみても、自分たちの手でタイムマシーンでも生み出さない限りは、ことの真偽はわからないのであるから、うっかりした文句も言いにくい。僕自身の考えでは、理解できない人間は古代の遺跡などに近づかないというのが正しいあり方だと思っている。つまり、近世のものならともかく、何千年も前の古代の遺物などは、信じる者にさえ、見返りとなるご利益が舞い降りれば、それでいいのである。決して万人向きではない。ただ、興味が無い者には価値が見出だせない辺りは占いと非常に良く似ている。
こういった古い歴史を持つうちの校舎であるが、この硬い岩盤の上に建てられたからということもあるのか、学校に入学してくる生徒にも思想の固い保守層の人間が多い。僕は古い決まり事は、現在を生きる人間によって、常に刷新されていくべきだという、当たり前の考えを持っているが、この学校の教員や生徒の多くはそう思っていないようである。彼らは何か一つ行動を起こすにも、やたらと形式にこだわり、占いの才能についても、最近になって他国で発明されて渡ってきたような新しい技法をなかなか認めようとしない。水晶や易やタロットによって、一人の力でちまちまと占うようなやり方を、科学の分野ではクローンを生成できるほど遺伝子研究が進んだ今になっても、頑なに守っているのだ。
僕自身は、人体に危険はあるかもしれないが、これまで誰も見通すことができなかったほど遠い未来を映し出す、新しい水晶占いの技法に凝っていて、それは大抵、町の裏通りの誰も通わないような古書店で販売されているような、古ぼけた本から得た知識がほとんどなのだが、そういう占いで、今の常識に凝り固まった占い世界に風穴を開けてやろうと必死にもがいていた。このような僕の革新的な考え方は、同級生の中の少数派にだけ理解され、上級生の中の、主に生徒会と呼ばれる保守派の中枢組織によって当たり前のように迫害を受けていた。我が校の占い師試験でも僕の技法は審査官にまるで評価されず、普通の占いを普通にこなそうとする、凡庸な一般の生徒と比べても地位はずいぶん低かった。
さて、僕はここに自分の愚痴を列挙するつもりはなく、占いの技法についても多くを書きたいと思っているが、もしかすると、この長い文面の多くはそういった保守的な人間とのいさかいや、議論のぶつけ合いに割かれることになるかもしれない。四年間に及ぶ、僕の学生時間の多くは、不幸にも彼らとの論争に使われることになってしまったからである。
それでは話を始めよう。二学生に進級した年の春、僕に前期占い試験の結果が伝えられた週の出来事から紹介したいと思っている。なお、文章の中盤以降、各登場人物の会話の中に、自分で感情を高めすぎてしまって、熱にうなされながら話したような、ある種病的な会話が続く場面があると思うが、すべて事実のままに綴っており、悪意のある捏造や誇張などは含まれていないことを読者と約束する。
今日の風は特に冷たく感じた。
それというのも、先日の『水晶』の試験結果を知らされたからなのだが、他の教科と同様に点数はひどいものだった。
うちの学校では試験結果は生徒に知らされるだけではなく、後日、実家の方へも、その残酷な事実は送付される。一週間ほど前、他の教科の試験結果を知った実家の母親から手紙が届いた。
『 いつまでも夢を見ているな はやく帰ってこい』
たった一行だけの文面ではあったが、その重みは計り知れないものがあった。
僕は一年前に両親の強い反対を振り切って家を出て、この占い師養成学校に入学した。そのときに発した言葉は今でも鮮明におぼえている。
「占い師が一部のエリートにしかなれない職業だって事はわかってるよ。でも、僕にだって自分の夢を追いかける権利くらいあるだろ? 必ず成功してやるさ。見てろよ!」
思い出すのも恥ずかしいが、そんなフレーズだったと思う。あんなでかいことを言わず、学業に励んでくると言い残して、そっと家を出てくればよかったと、今では思っている。
そんなことをとめどなく考えながら、とぼとぼと校内を散策していた僕に、後ろから声をかけてくる者があった。
「パヌッチどうしたんだい、元気がないように見えるね」
その声に振り向くと、そこにはロドリゲスの姿があった。彼は僕と同じ水晶学専攻の生徒だが、成績がとても良く、その上、性格も温厚なため、みんなの人気者なのだ。
「いやあ、水晶の試験でさ…、大失敗しちゃったんだよ…。今年こそ留年するかもしれない…」
僕は肩を落とし、力なくそう答えた。
「調子でも悪かったのかい? 授業ではあんなに良くできてたじゃないか…」
ロドリゲスは出来の悪い僕に気遣って、やさしい言葉をかけてくれた。
この学校の占い試験は各教科とも個人別に行われる。僕が試験会場に入ると、八畳程度の広さの部屋の真ん中にぽつんと机が一つだけあり、その横に試験官が立っていた。そして、入り口近くの黒板の前に七才ぐらいの女の子が一人で椅子に座っていた。
試験方法は机の上に自分の水晶を置き、試験官の問いに対し、適当と思われる答えをその水晶に浮かび上がらせるというものだ。そして肝心の試験問題は『ここにいる少女の将来の職業を答えよ』というものだった。多々ある水晶の試験問題の中では比較的簡単なものであるし、この試験に備えて、数週間もの間、水晶のできる友人に付き添ってもらって、アドバイスをもらいながら猛練習してきたので自信もあった。
試験官の「はじめ!」という大声を合図に、僕は懸命に水晶をこすり始めた。しかし、数秒後に水晶に浮かんできたのは、ほっぺたに大きな傷のある、まるでマフィアのような迫力ある禿げた中年男の顔だった。それを見た試験官は何も言わず、僕の方をにらみつけたまま、黙って首を振った。最悪の結果に、僕はしばらくの間呆然と立ちつくすしかなかったのだ。
僕がその話を聞かせると、他人に対して懇切丁寧で知られるロドリゲスも、さすがに大声で笑い出した。当然、笑えるような話ではなく、僕はかなり機嫌を害したのだった。
「いやあ、ごめん、ごめん。しかし、誰なんだろうねぇ、その男は。そっちの方が大問題じゃないか。君は試験を受ける側だろう? 君の方が問題を提示してどうするんだい」
彼はそう謝りつつも、その顔はおかしくてしょうがないといった様子だった。
「だいたいねえ、僕のは水晶の質が悪いんだよ。下町の骨董市で騙されて買ったものだもん。多分、値段は君の使ってる物の五分の一くらいしかしないはずだよ。安物を使ってるんだから結果が悪くても仕方ないだろう?」
「おお、そうくるかい? しかしねえ、僕に言わせてもらえれば、君はたぶん集中力が多少なりとも足りないんだよ。技術はいいんだけどね。まあ、次の試験が秋にもあることだし、そのときにまたがんばればいいじゃないか」
「両親がさ、僕の試験結果を知ってかんかんになってるんだよ。来週辺り、実家に連れ戻されるかもしれないよ。彼らの機嫌しだいでは今度こそ退学させられるかもね…」
そう言いつつ、道に転がっていた石ころを蹴飛ばしたのだが、そんなちっぽけな石ころさえ僕の思い通りの方向に転がっていかなかった。
「まあ、そんなに悲観的になるなよ。歴史に残る英雄だって、みんな子供の頃から優秀だったわけじゃない。偉大な人間こそ、子供の頃はその生き方を他人に否定されるものさ。他人と違うことをやろうとする人は常に苦労してるのさ。嘘だと思うなら、偉人伝を読んでごらんよ。バルザックだってエジソンだってそうなのさ。だから、君も自分の得意科目だからって、最初からうまくいくとは限らないってことさ。ああ、そうだ、そう言えば、親友の京介も失敗したらしいよ、憑依の試験でね。試験中に突然、たちの悪い霊にとりつかれたらしい」
『憑依』は我が校の上位科目の一つで、依頼に関係のある霊魂を呼び出し、それを占い師自らの身体に乗り移らせることで、占いの結果を導くという、凄まじい占いだ。占いの中でも最もレベルの高いものの一つに分類されるものではあるが、なにしろ危険度が高いし、占いの信憑性という意味でも今ひとつで、学者の間でも賛否が分かれるらしい。その特殊な性格ゆえに、厳しい資格審査があり、我が校で憑依を学ぶことを許されている生徒は3人しかいない。京介はその中の一人で、我が校が誇る憑依のスペシャリストだ。わざわざ日本という東洋の果てにある国から、特待生として我が国に招かれている。しかし、最近調子を落としているという話は聞いていた。
「そうかあ、京介もだめだったのか。そうだ、試験に失敗して落ち込んでいるのは何も自分だけじゃないんだ。よし、人の不幸を聞いたら、何だが元気が出てきたよ」
「その意気だよ。じゃあ、僕はお客さんが待ってるから…。またね!」
そう言って、ロドリゲスは走り去っていった。彼から『お客さん』という言葉を聞いて、じわじわと風呂場の床にカビが生えるようにゆっくりとだが、嫌な気持が沸いてきた。昨年入学した僕らは、今年無事に二学生になったわけだが、うちの学校では、生徒の自立を促すため、二学生になったら、一人ひとりの生徒の自立を促すため、自宅からの仕送りを受けてはいけないことになっているのだ。そのかわり、各占い師に一部屋ずつ個室が貸し与えられ、生徒が自分でお客をとることが出来るようになる。いわゆる自給自足制度で、いよいよ占い師の見習いが本格的に始まるわけだが、稼いだ金額も年間の学力評価に関わってくるため、占い師として人気のない生徒はかなり苦しい成績と生活を強いられることになる。
ロドリゲスは女の子に人気があるから、彼の部屋には毎日のように長蛇の列が出来ている。噂では、今学期稼いだ金額はすでに十六万にものぼるという。僕は今だ、二千程度だというのに。
校内の寮にある自分の部屋へ戻ってくると、驚いたことにドアの前にたでま先生が立っていた。僕のホームルームの担任だ。僕が「あっどうも」と軽く挨拶すると、たでま先生はいつもの気さくな笑顔で話しかけてきた。
「おう、どうしたんだ。試験のとき、何かあったらしいじゃないか。職員室で水晶の先生が顔を真っ赤にしておまえの名前を連呼してたぞ…。怖くて見てられなかったよ」
「いや、あの、水晶の試験で問題と全然違うものを映しちゃったんですよ。もちろん悪気はないけど、わざとやったと思われてるのかもしれない…」
そう言うと、たでま先生は少し安心した様子で、「なんだ、そんなことか。よくある事じゃないか。あの先生もそんなに怒ることないのになあ。俺も昔は授業中にとんでもないものを水晶に映して、停学になったことがあるよ。いやまあ、生徒の前では言えないようなものだけどな。だから、そんな気にすんなよ。だいたい、水晶に何が出たっからって所詮は占いなんだからさ!」
そのような大それた発言をすると、先生は僕の肩をポンと叩いた。
「そうだ、パヌッチ、おまえ、お客の方はどうなんだ。儲かってんのか? なんかロドリゲスの奴はやたら稼いでいるらしいじゃないか。教師の俺より月給が高いらしい。あいつからはそろそろ税金を取らなきゃならんな」
「いや実は、僕のところへ来たお客は今学期に入ってまだ四人なんですよ…」
そう告げると、先生は身体をのけぞらして驚き、「おまえ、四人って、まだ一桁じゃねえか。真面目にやってんのか?」と心底驚いた様子で目を見開いた。そして、「しかしまあ、少ないとかえって気になるなあ、誰が来たんだよ?」と僕の顔を覗き込むようにして、興味津々な様子で聞いてきた。
「いや、あの、ロドリゲスが義理で二回来てくれて、あとはラルセと京介が一回ずつです、はい」
「おまえ、それ全員うちのホームルームだから、身内の生徒じゃねえか。他からも客取れよ! 自分ちに泥棒に入るようなもんだよ、そりゃあ…」
先生はすっかりあきれ果てた様子だった。
「いやあ、なんか僕のところには誰も来てくれないんですよ。校内にはたくさんお客さんが入ってきてるのに。たぶん、部屋の位置が悪いと思うんですよ。だって、僕の部屋に着く前にロドリゲスや京介の部屋があるから、みんなおもしろがって、そっちへ入っていってしまうんですよ…。できれば、前期試験の後、部屋替えしてもらえませんか?」
僕は普段から考えていたことを率直な意見として表明した。
「おまえ、気持ちはわかるけど、部屋のせいにすんじゃないよ。言いたかないけど、技術が悪いんじゃないのか? 四人って、異様だよ。俺が受け持ってる生徒の中で一番少ないもん。チンパンジーだってもう少し上手に客寄せするんだぞ」
その甚だ心外な言葉に対して、僕は技術には自信がある旨を説明した。すると、先生は深く頷き、「よし、わかった。ちょっと時間あるから、俺が客になってやるよ」と力強く言ってくれた。
「そうですか? それじゃあ、こちらへどうぞ」
僕は急に元気が出てきて、先生を部屋の中に導いた。
教師という身分でありながらの客という立場も、まんざら嫌ではなさそうで、「うむ、うむ」などと言いながら、たでま先生はイスに腰掛けた。
「それでは、どうしましょうか。何について占いますかね…?」と丁寧な態度で尋ねると、先生は腕を組んで、「そうだなあ~、いやな、俺とおまえの仲だし、占うのは、本当に何でもいいんだが、まあ…、じゃあ…、俺が将来、禿げないかどうかだけ、見てよ、うん」と少し照れくさそうに言った。
なるほど、それで僕のところに来たのか。たでま先生が最近自身の髪の毛の生え際をやたらと気にしているという怪情報は僕の耳にも入ってきている。客が頻繁に来る、ロドリゲスや他の占い師のところへ行くと、自分の秘密を他の生徒に知られてしまう恐れがある。それで、先生は絶対客がいないであろう僕のところへ来たのだ。そういうことか、そういうことか。ずいぶんと見くびられたものだが、考えてみれば、僕にとってこれはチャンスである。いい結果を出して、たでま先生のご機嫌を取れば、試験結果を帳消しに出来るかもしれない。たでま先生の髪は僕の目から見ても、そこまでひどいもんじゃない。近い将来を占ってやれば、そんなに悪い結果は出ないであろう。
そこまで目論み、少しにやにやしながら、「そうですか、では未来ですね。どのくらい先を見ますか?」と尋ねた。すると、先生はまた少し考え込んでから、「う~ん、そうだね、じゃあ、とりあえず5年後を見てみようか。それで平気だったら、早回しをしてもっと先を見よう」と、リズムよく答えてくれた。
「承知いたしました。では先生、失礼ですが…、当店は前金になっておりますので…」
「あっそうか、そりゃあ気がつかなくて悪かったな。え~と、いくらだっけ? 金額が提示されていない部屋で占ってもらう場合は別にいくらでもいいんだよな。じゃあ、これで」
そう言って、先生は机の上に五百硬貨をポンと置いた。僕はそれを冷たく一瞥すると、「申し訳ないんですが、先生。当店では重大な用件の場合、最低千はいただくことになっております」と静かに告げた。先生はそれを聞いてむっとしたようで、「おいおい、一応言っておくがなあ、おまえはそういうことだから客が来ないんだよ。だいたい何で前金なんだよ。ロドリゲスのとこだって、金は結果を見てからの後払いだろ」などと不満を言うと、しぶしぶ机の上にもう二百五十硬貨を置いた。
「ちゃんとやってくれよ」と先生は不機嫌そうだった。
「わかりました。では…」
そのお金を受け取ると、僕は水晶の上に手をかざした。
『水晶』はご存知の通り、占いの中でも、最もポピュラーなものである。主に、ある事物の過去や未来について占う。占いの基本であるため、この学校に入学する生徒は必修科目として、全員が習わなくてはならない。占いの基本動作としては、まず、水晶の上に両手をかざし、水晶の外面をなでるように、左右対称に手を動かしていく。この動作を『こすり』という。そして、精神を集中させ、対象となる事物の過去か未来を自分の頭の中に思い描く。この時に思い浮かぶものは別に正しくなくともよい。最後にその映像を水晶に念力として飛ばすのである。それがうまくいけば、水晶に正しい映像となって、浮かび上がってくるのだ。単純ではあるが、水晶が一番出来不出来の激しい科目である。『こすり』の下手な生徒は初心者だけであり、二学生にはほとんどいない。この占いをやるにあたり、問題になってくるのは、やはり集中力である。頭に画像を思い描く際、集中力が足りないと、雑念が混じり、水晶には全然違うものが浮かび上がってしまう。集中力が鬼門となって、水晶をものにできないでいる生徒は多い。僕もその一人だ。
しばらくの間、集中しながら黙って水晶をこすっていると、何やら白く輝くものが浮かび上がってきた。
「先生! 結果が出てきました」
僕が嬉しそうにそう告げると、たでま先生は身を乗り出してきた。そして、「どうだ、禿げてないか?」と心配そうに聞いてきた。僕はこすっている手に徐々に力を込めた。すると、突然、鮮明な画像が眼に飛び込んできた。それは衝撃的なものだった。水晶には教員室で机に座りながら、右手に鏡を持ち、すっかり丸く禿げ上がってしまった頭を撫でている、未来のたでま先生が映し出されていた。僕はあまりのことに、「おうっ…」と低くうめき声を発した。大変なことになってしまった。これを見せるわけにはいかない。
「どうしたんだ! 大丈夫だったか? 大丈夫だったのかあ!?」
先生は恐怖と不安が入り混じった声でそう叫んだ。
「いやっ、ちょっ、ちょっと待ってください。今巻き戻してみますから!」
驚きのあまり、声にもならぬ声で僕も叫んだ。
「なんで、なんで、おま、おまえ巻き戻してんだあ! はやく見せろ!」
すでに先生は涙声だった。先生が水晶に手を伸ばしたので、僕はその手をバシッと払った。
「い、いま、まき、巻き戻してますから! 落ち着いてください、大丈夫ですから!」
「だから、何で巻き戻してんだよ、大丈夫だったら、早回しするはずだろ!」
狂乱の中、先生がそんなことを言いながら、身体を絡みつかせてきたので、巻き戻しがうまくいかなかった。そんな状態でも僕は踏ん張り、ようやく水晶に映る結果を一年ほど巻き戻せたが、先生はやっぱり禿げたままだった。さらに、無理に巻き戻そうとしたため、ビシッという音とともに水晶にひびが入った。そんなことをしているうちに、先生はついに僕から水晶を無理やり取り上げ、その画像を見てしまった。
「がふっ!」
その叫び声とともに、次の瞬間にはボットンという鈍い音がして、水晶は床に落ちた。先生は部屋の壁の方を向き、肩をふるわせたまま、うつむいていた。僕はいたたまれなくなった。
「あの…、先生…、ご愁傷様です…」
そんな僕の声も耳に入らない様子で、先生は入り口に向かってふらふらと夢遊病者のように歩き出した。
「そうか…、何も悪いことはしてないのに、たった5年であんなひどいことになっちゃうのかあ…」
最後にそう言葉を残して、たでま先生は静かにドアを開け、非難の言葉も礼も言わずに出ていった。
この作品は長大なので少しずつ区切って投稿していきます。気軽に感想をいただければ幸せです。