春告鳥(上)-1
春夏秋冬・歌物語【春】
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「クッソー、テルユキめ、おぼえてろ!」
「へっへーんだ、あっかんべぇ! ……おい、大丈夫だったか?」
「ひっぐ……テル……」
「怪我してないな。ほら立てるか、ハルナ」
「ぐす、うわあぁ~ん! こわかったぁ!」
「わっ、抱きつくなバカ! あいつら逃げてったから。安心しろ、な?」
「うん……けどテル、怪我してる。ちょっとみせて」
「いいよ、ただの擦り傷だ。そのハンカチ、お前のお気に入りだろ」
「いいの。言うことをきいて」
「むぅ、好きにしろぃ! …………おっ?」
「テル、上見て。雪が降ってきたよ」
「本当だ。もう三月だってのに、今年はよく降るなぁ……そうだ。良いもの見せてやるよ。いつものとこ行こうぜ」
「丘の公園? もう夕方になるよ。帰りがおそいと怒られないかな」
「へっちゃらさ! 走れば間に合うよ、行こう!」
「いたいっ、テル、手つかむのいたいよぉ!」
「よっし着いたぁ! ほら、見ろよハルナ!」
「はぁ、はぁ……、テ、テル足早いってばぁ」
「ごめんごめん、でもこっからの眺めを見せたくって」
「ここからの? いつも遊んでるとこ、ろ……わぁぁ」
「面白いだろ、雪が降ってるのに山の向こうは夕焼けだぜ」
「きれい。町も、田んぼも、川もみんなオレンジ色になってる」
「お前もオレンジ色になってるぞ」
「テルだってほっぺた赤いよ」
「えっ、あっ、寒いからな、雪も降ってるしな。そうだよな」
「知らなかった。私たちの町がこんなにきれいだったなんて……テル、ありがと」
「いいってことよ。てか、あと二か月で中学生だぜオレたち。いやー、六年間はやかったな。忙しくなるんだろうな、中学生になったらきっと」
「……うん」
「あー、で、でも、お前ブキヨウだからなぁ。困ったときはいつでも言えよ。お、オレが絶対に助けてやるぞ!」
「そうだよね。テルは私が泣いてる時、いつも助けてくれたもんね」
「であるからして、だな。えーと、あの、こ、コレカラモカワラヌオツキアイヲ、じゃなくて、えとその、あぁ」
「テル?」
「オーケー、まずは落ち着くんだ。何といいますか、えーと、ぼく、ミヤマテルユキは……ハルナさんのことを──」
「テル。私ね、引っ越すの。来月に博多って町へ」
「えっ……引っ越、す? は、博多って福岡だよな、そんな、東京から福岡って言ったら」
「もうテルとは会えなくなる……ずっと言えなかった、ごめんね……ごめんね」
「お、おい泣くなバカ! やー、良いんじゃないのか? その博多って町の方がここより良い町かも知れないだろ? ほら、せっかくのカドデだ、祝ってやるぞ。あはっ、あはははっ、めでたいなぁ、めでたいなぁ!」
「テル……」
「向こうでも楽しくやれよ! あはっはっはっは! めでたいなぁ! あはは、め”て”た”い”な”ぁ”!」
「あのね、テル。私ね、まだ誰にも言ったことないけど、夢があるの」
「ゆめ? 何になるんだ……?」
「舞台の女優さん。ずっと憧れてたんだ。いっぱい歌って、いっぱい踊って、たくさんの人を笑顔にしたい」
「ふぅん、そっか。大変そうだけど、がんばれよな!」
「ありがとね、テル」
「じゃあさ、何か歌って見せてくれよ、未来のスターさん」
「……うん、わかった!」
「おぉっ、女優ハルナの誕生だ! こりゃ、めでたいなぁ!」
丘の上から少女の歌が風に乗る。なごり雪が降る中で落ちた滴に気付くには、あの日の俺はまだ幼かった。
小さな町が白むどこかで、一羽の鶯が鳴いていた。
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