100回目の婚約破棄なんて、ばかばかしくて取り合っていられません!……って、えぇ?本気なの?
「ベーベ。君との婚約は、解消する!今日この日をもって、僕との婚約はなかったと思え!」
王家が開催する夜会は、始まったばかりだった。
第3王子アイスの言葉に、会場はシンと静まりかえり、集まった紳士淑女の皆さまは息をのんで、アイス王子と彼に婚約を破棄された伯爵令嬢ベーベのほうへと頭をめぐらせた。
というのは、嘘で。
実際には、会場には「またか……」という呆れたようなため息が漏れただけだった。
イザベラの隣では夫が、「記念すべき100回目だな」などと口笛でも吹きそうなのんきな口調でささやく。
そんな夫をたしなめたものの、アイス王子の婚約破棄には何の感慨も覚えず、イザベラもため息をもらした。
優れた王太子と第2王子のおかげで、王位とは程遠いところにいる第3王子とはいえ、王子は王子。
王子の婚約破棄は、貴族たちにとって大事件である。
とはいえ、それも婚約破棄が「めったにないこと」だからこその大事件扱いだ。
会場の面々の反応もいたしかたないことで、アイス王子がベーベとの婚約を破棄するのは、二人がまだ5歳だった10年前から数えると、実に100回目。
それだけアイス王子がベーベ伯爵令嬢に婚約破棄を告げるのを聞いていれば、慣れる以外どうしろというのだ、とイザベラは思う。
けれど、いちおう王子の婚約破棄の現場である。
人々は「めんどくせーな、あの構ってちゃん王子が」と内心悪態をつきながらも、王子とベーベ嬢の愁嘆場劇場が終わるまで談笑や食事と止める。
他にすることもなくなってしまったので、すべての視線がアホ王子たちのほうへ向けられた。
イザベラも、その一人だった。
王の姉を母に持つ公爵家出身のイザベラは、その美貌と才知で社交界の薔薇と呼ばれていた。
これが他の貴族が言いだした婚約破棄であれば、イザベラは自分の生家と婚家の地位の高さから、この場をおさめるべく夫とともに口をはさんだであろう。
けれど、アイス王子の婚約破棄については、ただただ呆れをもって受け止めるだけだった。
その名にふさわしく薔薇色の豊かな髪と新緑の瞳を持つイザベラは、扇の陰でひとつ年上の王子とその婚約者の愁嘆場にあくびをかみ凝らした。
(退屈だわ……)
王子のことを馬鹿だ馬鹿だと評しつつかわいがっている年上の夫は、この馬鹿げた騒動を注意深く見守っている。
けれどイザベラにとっては、アイス王子とその婚約者は、顔をあわせる機会は多かったものの、馴染みが薄い。
なにしろ王子たちの痴話げんかは、イザベラが王宮で彼らに引き合わされたころにはすっかり日常茶飯事になっていた。
婚約破棄にまでいたらなくても、王子がベーベにまとわりついては諍いを起こすのは日常茶飯事で、自分のことで忙しかったイザベラは、そんな二人に巻き込まれまいと自然と二人とは距離をおくようになっていた。
今回で100回にもなるこの修羅場は、きちんとパターンが決まっていて、毎回そのパターンどおりに進む。
すなわちアイス王子がベーベに婚約破棄を伝え、ベーベが泣いて王子にとりすがり、王子は尊大にベーベを許し、元の鞘におさまるのだ。
婚約破棄の理由も馬鹿馬鹿しさに拍車をかけていて、子どもの頃こそ「ベーベがお菓子をとった」「おもちゃを貸してくれない」などというだれかあの王子に王子という立場を教えてやれよ!と嘆きたくなるようなアホくさいものだったが、最近ではもっぱら「ベーベが遊んでくれない」「他の男としゃべって笑っていた」という百回殴り倒したくなるような理由に変わっている。
(誰かあのバカ王子、ほんとに殴ってこいや!)
むしろ自分が殴ってでも目をさまさせるべきなのかと、イザベラは悩む。
ベーベがアイス王子と遊ばないのは、王族である王子の妻としての勉強に励んでいるからだ。
他の男と話すのだって、常識的な距離を置いて、社交として話していただけだ。
他の男と笑っていた?
そりゃ愛想笑いのひとつもできんようでは、王子妃なんてなれるはずないだろうが!
やわらかな金の髪と薄いブルーの瞳をもつアイス王子は、市井の少女が夢見る「王子様」そのものだ。
15歳の男に称するのもなんだが、近隣の王族のなかでも抜きんでた美貌の「美少年」である。
祝日に国民への挨拶のためにバルコニーに立てば、女たちの悲鳴で国が揺れ、王子の絵姿は高額で売買されているという。
隣国のいき遅れ敏腕女王が、アイス王子を狙っているという噂も真実だったりする。
中身だって、それなりに優秀なはずなのだ。
ただひとつ、婚約者であるベーベへの態度だけが、あまりにもひどいという点を除いては。
(ベーベ伯爵令嬢も悪いのよね。あの方が、あんなふうにいつも王子を甘やかすから……)
イザベラから見ると、アイス王子はベーベにベタぼれしているが、ベーベは王子に友愛のような愛情を抱いているだけだ。
王子にべたべた付きまとわれても寵におぼれることなく、一生懸命に王子妃としての勉強に励んでいる。
それにしては婚約破棄のたびに、王子に泣いてすがって愛を誓っているけれど、それも王命である婚約を重んじてのことなのだろう。
子ウサギのように可憐な少女が大きな目に涙をため、王子の足元にひれふさんばかりに婚約破棄を取り消してくれるよう頼む姿は、見ていていたいたしく、いつものパターンだと思っていても、気持ちのいいものではなかった。
(あーあ。どうせなら、さっさと終わってほしい。今回は、どんなくだらない理由で婚約破棄するつもりなのかしら)
イザベラの嘆きに応えるように、アイス王子は婚約破棄の理由を告げる。
「さっきパーティが始まる前に、僕は君に尋ねただろう?僕のことをどう思っているか、言ってみろって」
「はい、アイス王子」
「そしたら君は、なんて答えた?あなたのことをお慕いしています、だ!」
アイス王子は自分で答えを告げながら、怒りを思い出したのかどんどん声が大きくなっていく。
けれど、「お慕いしています」で何が悪いのか。
イザベラは苛立ちのままに扇をギリギリとひねった。
(ぶっちゃけ、私が王子の婚約者なら、「はぁ?」って聞き返すのが関の山だわ)
イザベラは思う。
どんなに美少年でも、王子でも、くだらない理由で100回も婚約破棄されていたら、愛情なんて持てない。
それどころか将来結婚しても、夫婦としての信頼関係を築くことだって、あり得ないだろう。
イザベラがベーベの立場なら、とっくの昔にこちらのほうから婚約破棄している。
ベーベの家は伯爵家だけれど、古い家系を誇る家柄で、その権力はイザベラの生家である公爵家にも並びたつ。
国の判断としてなされたこの婚約を自ら破棄することはできなくても、王子に婚約破棄を告げられた時点で、その判断を受け入れて、婚約をなかったことにするくらい許されるはずだ。
毎回毎回、王子の意向をくんで、王子に婚約破棄を破棄するよう頼んであげるベーベの我慢強さにはほとほと感心する。
皮肉まじりに考えつつ、二人を見ていたイザベラは、けれどベーベの様子がいつもと違うことに気づいた。
いつもならベーベは目に涙をうかべ、王子の言葉を聞いているはずだった。
けれど今日のべーべはしょんぼりと頭をうなだれて王子の言葉を聞いているけれど、その目に涙はなかった。
王子は、ベーベのそんな反応が面白くないのか、ますます大きな声をあげた。
「なぜそこで、愛していますと言えないんだ?君は、僕の婚約者だろう。世界でいちばん僕のことを愛しているはずだろう?何度も君は誓ったはずだ、僕のことだけを見つめ、僕のことだけを考え、僕のことだけを愛して生きてくと!……なのに、君の態度はなんだ?それで僕のことだけを愛していると言えるのか?」
(うっぜえええええええええええええええ)
ドヤ顔で告げるアイス王子に、イザベラはあきれ返った。
誓ったも何も、それはアイス王子が婚約破棄を告げた時に、半強制的にベーベに誓わせた愛の言葉だ。
二人きりのときに自主的に告げられた愛の言葉ならともかく、公衆の面前で権力者である王子が王命である婚約を盾にとって誓わせた愛の言葉なんて、どこに本人の意思があると思えるのか。
しかもその内容たるや、王子が人前で婚約者に誓わせるような内容ではない。
呆れかえるとは、このことだ。
(だけどベーベ嬢は、ここで愛を誓っちゃうんだからなぁ)
王子も、イザベラも、いあつまった人々も、みんなベーベが王子に謝罪し、あまったるい愛の言葉を誓うのを待っていた。
それが、いつものパターンだからだ。
皆がベーベの謝罪の言葉を待ち、パーティが普段通りに再開されるのを待っていた。
けれど、ベーベは昂然と頭を上げ、王子に寂しげに笑いかけた。
「申し訳ございません、王子。わたくしは至らぬ婚約者でございます。これまで王子にご迷惑ばかりおかけいたしてまいりましたが……、それも今日限りとさせていただきます」
「は?」
アイス王子は、ベーベが何を話しだしたのか理解できないようだった。
きょとんとして、目の前の愛しい少女を見つめている。
ベーベはつとめて声が震えないよう、気丈を装っていた。
けれどすぐにその努力は潰え、その瞳に大粒の涙が溢れてくる。
「お別れです、王子。アイス王子にふさわしい妻となれるよう努力してまいりましたが、不器用なわたくしには、同時に貴方に恋する気持ちを表に出すことができませんでした。貴方だけを恋慕うこの気持ちを表に出せないことで、貴方をいらだたせていることを知りながらも、この気持ちを表に出してしまえば王子妃としてふさしい振る舞いをすることができませんでした」
「……べーべ?」
「愛しています、王子。初めて婚約者として引き合わされた時、緊張のあまり王の前で転んでしまったわたくしに手を差し伸べ、わたくしのような女をかわいいと…、わたくしと婚約できてうれしいとおっしゃってくださった時からずっと、貴方だけを愛しています……。これを口に出してしまえば、わたくしも貴方へのわがままを我慢できなくなってしまいそうでした。貴方が他の女性とお話するのが嫌だと、他の方に笑いかけてほしくないと、そんなだだっこのようなことばかり考えてしまいそうで……!」
ベーベは両手で顔を覆って、泣きだした。
王子は、そんな彼女の素直な言葉の吐露に、信じられないとばかりに顔を輝かせ、一歩二歩と彼女へ近づく。
ベーベの言葉がよほどうれしいのだろう、その内容が自分を「だだっこ」と評しているということすら気づいていないようだ。
「君が、そんなふうに思ってくれているなんて。信じられない。君はいつも勉強、勉強と言って、僕との時間をさけていたから、僕は君に愛されていなんじゃないかと不安で仕方なかったんだ。僕だって、君を愛している……!初めて会った時、恥ずかしげに頬を染め、涙でいっぱいの君の瞳を見た瞬間から、君と結婚する日を待ち望んでいたんだ!あぁ、君も僕のことを思ってくれていたなんて……。夢のように幸せだ……!」
言葉通り夢見るような瞳で、王子はベーベを抱きしめようとする。
けれどその腕は、ベーベによって払いのけられた。
「ベーベ……?」
「もうだめです、王子……!貴方は100回目の婚約破棄を告げられてしまった。王から、申し伝えられていたのです。何度もの婚約破棄は、いかにも外聞が悪い。もし次に婚約破棄を王子が告げたなら、それは必ず守らせると」
「なんだと……!父上が、そのようなことを?」
愕然として王子は言うが、王の判断は遅すぎるくらいだった。
むしろ100回も婚約と婚約破棄を繰り返す末王子に、もっとはやく引導をひきわたすべきだったのではというのがイザベラの感想だ。
王子の婚約は、国の重大ごとである。
こんなに何回も破棄してよいものではないのである。
今まで王子の行為が見逃されてきたのは、ひとつには、王子の婚約破棄が表ざたになっていないからだ。
王子はまだ5歳と幼少だったころに初めて婚約破棄を告げ、泣き出したベーベを見て、即座に婚約を結びなおした。
その後も婚約破棄は繰り返されたものの、その婚約空白時間は最長で30分。
何度も繰り返される婚約破棄に周囲はすっかり慣れてしまい、自国の王子の馬鹿さを隠すために皆でこの件に関しては口をつぐんでいる。
王子も国外の貴賓の前では婚約破棄騒動を起こすほどの馬鹿ではなかったため、婚約破棄騒動は、この国の貴族と王宮で働く者以外には知られることはなかったので、隠ぺいが可能だったのだ。
ふたつめの理由は、孫のような年齢の後妻に産ませた末王子を、王が溺愛していたからだ。
上の二人の王子は有能に育ち、今も国政を支えている。
アイス王子に期待されているのは、その顔で愛想をふりまくことくらいだった。
だからこそ、これまでは王子の軽率な行動も見逃されていたのだろうけれど、王子もベーベももう15歳だ。
そろそろ見逃すわけにはいかなくなったのだろう。
(ベーベと婚約破棄になったら、アイス王子は隣国の女王と結婚させられるハメになりそうだなぁ)
ざまぁみろと、イザベラは思う。
何度も何度もお馬鹿な騒動に付き合わされていたため、アイス王子への同情はない。
隣国は豊かだし、女王は年齢は食っているが美人である。
お馬鹿な王子には、過ぎた縁だとさえ思う。
ただし隣国の女王は、アイス王子との結婚を望んでいるとはいえ、王女時代から唯一絶対の信頼と愛情をよせる家臣がいる。
その家臣は身分が低く女王とは婚姻が結べないため、家臣との間に生まれた子を正式に「王の子」とすることができないそうだ。
それゆえ身分が高く、見栄えがよく、自分に逆らえないよう調教できそうなアイス王子をカモフラージュの夫として、白羽の矢をたてたというのが真相である。
隣国にいっても、よくて飼い殺しの人生が待ち受けているだけだろう。
(おかわいそうに、アイス王子ったら)
イザベラはそっと目を伏せて哀悼の念を示すが、もちろん嫌味である。
ただベーベに関しては、少し気の毒に思う。
ベーベは生真面目な少女だ。
母親をはやくに亡くし、厳格な父親に育てられたせいで、自分が王子妃になるという役目をとても重く受け止めていた。
生来不器用という彼女の自分への評は正しく、幼いころからベーベは、いつも一生懸命勉強に励んでいたにも関わらず、その習得は他の子よりもずっと遅かった。
外国語や教養、ダンスや楽器の演奏も、今のベーベはきちんと習得していて、どこに出ても王子妃として恥じることはない。
けれどそれを習得するために支払った彼女の努力や時間は、他の少女たちの数倍に及んでいた。
そんなベーベの努力は、イザベラも知っていた。
ただその努力の根底に、あのアホ王子への愛情があったということは、今日はじめて知った。
王子妃としてふさわしくあるために努力してきたベーベの生真面目さが、なんでもすぐに習得できたアイス王子には理解できず、王子を不安に駆り立て、一連の婚約破棄騒動を引き起こしていたのだと思うと、なんだか憐れだった。
アイス王子の愚行は目を覆いたくなるほどひどいけれど、周囲はただ騒動に巻き込まれて、ちょっと迷惑をこうむっただけだ。
煩わしい虫にたかられたレベルの被害で、愛し合う二人を引き離すのは、愛する夫と幸福な生活を送るイザベラには、いかにも憐れに見えた。
だからイザベラは、こっそり夫を扇でつついた。
「ねぇ、なんとかできないの?」
上目づかいで夫を見ながら囁けば、夫はくすりと笑う。
余裕ぶったその態度に苛立って、夫の脇腹を扇でぐりぐりえぐると、夫はイザベラの耳元であまく囁いた。
「いつもアイスを非難しているのに助けてあげるなんて、イザベラは優しいね。けど、そんなところも大好きだよ」
かぁっと赤くなったイザベラが夫を睨むと、夫はすでに立ち上がり、アイス王子たちのほうへと歩いていくところだった。
「アイス。ベーベ伯爵令嬢」
イザベラの夫の登場に、アイス王子は顔をこわばらせた。
「ツドラ兄上……」
高齢からめっきり公の場に出ることが少なくなった王の代わりに、王の代理を務めることが多くなった第一王子。
それがイザベラの夫、ツドラ王太子だった。
王太子は、この世の終わりを見たかのように自分を見る弟王子と、その婚約者ににこりと笑う。
そして、何事もなかったかのように告げた。
「アイス、君も今夜の月を見たかい?今宵は見事な満月だ。まるで妖精王とその妻がいたずらをするという夢想夜のようだと思わないかい?こんな夜は、妖精たちに惑わされて、不思議な夢を見ることもありそうだね。今宵、ここで起こったことは、まるで妖精が見せた夢のようだと、そう思わないかい?」
ツドラ王太子が、近くにいた自分の友人である宰相の令息に問う。
すると宰相令息は苦笑いをうかべつつ、「そうですね、今宵は夢幻を見てしまったようです」と同意した。
王太子は、次々に自分の友人たちに声をかける。
それぞれが要職にある男たちが次々に、「今宵のことはすべて夢幻だ」という王太子の言葉に同意すると、王太子は満足そうにうなずき、パーティに集まる人々に問いかけた。
「さて今宵、妖精王のいたずら以外に、なにかを聞いたものはいるかい?いるというのなら、この場に名乗り上げたまえ」
王太子と、その友人である要職にある面々の言葉を、真っ向から否定するものはあらわれなかった。
そもそもがアイス王子の婚約破棄騒動なんて、痴話げんかのようなものだ。
それが初めてのことならともかく、100回目ともあれば、王太子たちに逆らってまで、その1回に重要性を見出すものはいなかった。
100回だろうが、99回だろうが似たようなものだ。
王太子はみんなに感謝の言葉を伝えると、すこしばかり厳しい表情で弟王子を見た。
「ということだ、アイス。今宵だけは、君の言葉は誰も聞いていない。われわれが見たのは、妖精王のいたずらだけだ。……だが、次はないよ?」
「ありがとうございます、兄上……!」
アイス王子の100回目の婚約破棄は誰も見なかったことにしてやると、王太子はこの場をまとめた。
愛しい婚約者の真意を知ったばかりのアイス王子は、喜びに震えながら、兄王太子に頭を下げる。
ベーベ伯爵令嬢は言葉もなく、その場にひれふさんばかりに王太子に頭を下げるばかりだった。
寄り添うように二人が会場から姿を消すと、ツドラ王太子がイザベラの隣へと戻ってくる。
「いいの?あんな勝手なことして、王はお許しになる?」
イザベラは不安げに、夫を見た。
確かにベーベに同情し、彼女の力になれればと思ったのは事実だけれど、愛する夫とひきかえにしてまで、彼女とアイス王子に便宜を図るつもりなんてなかった。
けれど14歳年上の夫は、くすりと余裕の笑みを浮かべただけだった。
「ベーベ伯爵令嬢が言っていた王の命令だけどね、あれ自体がアイスたちへの後押しみたいなものなんだよ」
「どういうこと?」
わけがわらかず眉をひそめると、王太子はそんなイザベラの眉間をいとおしげに触れ、
「あの子たちが思いあっていることは、私たちにはお見通しだったよ。馬鹿なすれ違いで、馬鹿なことをしているっていうのもね。けれど私が結婚するまでは、あの二人にはすれ違ってもらっているほうが都合がよかったから、これまで放置されていたんだ」
あまったるい夫の視線を存分に浴びて、イザベラはようやく得心した。
ツドラ王太子は当年28歳だが、妻であるイザベラはようやく14歳になったばかりである。
この国で婚姻が認められるのは、13歳から。
イザベラが王太子と結婚したのは、昨年のことである。
第3王子よりずっと年長の王太子が独身なのに、末の王子が先に結婚するというのは好ましくない。
けれどアイス王子のベーベへの溺愛ぶりを見ていれば、あの二人がお互いの気持ちを確かめ合っていれば、お互いが13歳になった途端に結婚したがったであろうことは想像にかたくなかった。
けれど二人が13歳なら、イザベラは12歳。結婚はできない年齢である。
「じゃあ、あの二人がうまくいくように祈ってあげなくちゃ、ね」
イザベラは、ふぅとため息をもらした。
アイス王子のお馬鹿な言動も、ベーベの王子妃としてふさわしくあらんとする悲壮なまでの覚悟も、おおかた周囲に誘導されたせいもあるのだろう。
思えばあの二人が婚約したのは、自分と夫が婚約したのと同時期である。
5歳の頃から周囲に誘導されていたのだと思えば、それなりに優秀なはずのアイス王子が、ベーベに対してだけ不器用極まりなかったのにも納得がいくというものだ。
もちろん子どもがすべて、大人の思惑に従うかと言えばそうではないけれど。
イザベラは、優雅にフロアを見渡す夫を見て、誇らしげに胸を弾ませた。
イザベラがツドラ王太子との結婚を決めたのは、イザベラが4歳の時である。
当時18歳だったツドラ王太子は、異国の王女であった婚約者を病気で亡くしたところだった。
王女とツドラ王太子には面識はなく、完全に国同士が決めた婚約であったものの、婚約者をなくして落ち込んでいる王子を見て、4歳のイザベラは自分がこの人を幸せにするのだと心に決めた。
そして王の姉という自分の母親の権力と、公爵家の人脈、子どもという無碍には扱いにくい自分の幼さまで存分に活用し、見事に王太子の婚約者となった。
そのことに関して後悔も反省もしていないが、自分が結婚年齢に達するまで、他の王子たちまで結婚を止められたことは申し訳なく思わないでもない。
ましてや、アイス王子とベーベは思いあっているがゆえに、周囲に関係をこじらされていたと知ってしまっては、その原因としては二人の幸せを祈るしかないではないか。
やれやれと肩をすくめると、夫は真顔でうなずいて言う。
「私は君というかけがえのない人を妻にできて、この上ない幸せに恵まれた人間だ。だから彼らのためにも、心から幸福を祈れる。彼らが私たちと同じように幸福な日を迎えられるよう、彼らの結婚が整うよう神に祈ろう」
ごく当たり前のことを告げるようにイザベラの欲しい言葉を与える夫に、イザベラは顔を真っ赤にさせる。
初めて彼に出会った瞬間抱いた誓いは、今もイザベラの胸にある。
自分がこの人を幸せにするのだと、今もイザベラは本気で思っている。
けれど実際には、イザベラが彼に与えられる幸せよりも、彼がイザベラに与えてくれる幸せのほうがずっと多くて、イザベラはとても嬉しいけれど、ほんのすこしだけ悔しい。
今もまたあふれ出る嬉しさと一抹の口惜しさを胸に抱生きつつ、声だけは平静を装って、イザベラは愛する夫に告げた。
「そうね。まぁ、私たちみたいに愛し合う夫婦になるには、まだまだ修行が必要そうですけどね!」
読んでくださり、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
【9/1】後書きに追記していた人物説明は取り下げました。
ありがとうございました。




