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案ずる者、疎む者

早朝、帝都セロスルードの門前に三十人ほどの集団が整然と並んでいた。その一糸乱れぬ動きと揃いの甲冑で、正規の訓練を受けた兵士達だということが分かる。

彼らと向き合う形で先頭に立つのはまだ若い女だった。通り過ぎる人達が横目でちらちらと見ていくが、彼らの目を引いているのは彼女の美しい容姿である。

切れ長の瞳が印象的な整った容貌。ウェーブがかった髪は艶やかな色気を放つが、あごの辺りで短く切り揃えているので精悍さが勝る。胸当てとマントの軽装も、彼女の背の高いスレンダーな体を強調していた。

そこへ二人の若い兵士が近付いて来た。先を歩く男は彼女も知っているニックという伝令兵なので、着く前から顔を向けて待ち構える。

「お疲れさん。ステラ小隊長に伝令だ。こいつも特例であんたの小隊に入れろとさ」

ニックは兵士に似つかわしくない気安さで命令を伝える。戦時下ではない為の余裕だろうが、ステラはその不真面目な態度に眉を潜めた。

しかしわざわざ注意することまではせず、彼の後ろに立つ柔らかな風貌の青年に目を向ける。

「何者だ?」

「ミディアル・クーナ。傭兵雇用の警備兵だ」

紹介された青年が頭を下げた。

「初めまして、ステラ・エルフィン小隊長。話に聞く女性隊長の下に就けることを光栄に思います。よろしくお願い致します」

光栄だと言いながらも青年の声は硬い。女のくせにと軽視されるのには慣れているが、それとも少し違っていた。努めて冷静さを装おっているかのように感じる。

その様子と名を聞いて、ステラはすぐに彼の正体に思い当たった。

「ミリカ=タリア様と共にいたという奴か。貴様、本来ならば極刑だということを分かっているのか?」

つい感情が高ぶって語尾が荒くなる。

この青年は着任したばかりの警備兵でありながら、守るべき主君を勝手に外へ連れ出し、挙げ句アンノウンに襲われて彼女を崖下へ転落させたと言うのだ。人目が無ければこの場で自分が斬り捨ててやりたいくらいだった。

「…はい。ミリカ=タリア様が落ちた場所を知っている唯一の人間ということで助命して頂きました。私は何としてもあの方をお助けしたいのです。どうか同行の許可を」

ミディアルの口調はあくまで淡々としている。しかし握り締められた拳が震えているのをステラは見逃さなかった。

本当ならば彼女が落ちた時点で、飛び降りてでも捜し出したいと思ったのだろう。しかし彼は殺されるのを覚悟で戻ってきた。主の為に、人数を動員した方がより確実に捜し出せると判断したのだ。

そのことは彼の事情聴取の内容を聞いたので、ステラも知っていた。ミリカ=タリアと一緒に彼の友人も落ちたという話なので、外見に見えている以上に動揺は大きいのだろう。

同情の余地は無いが、ステラは僅かに溜飲を下げて静かに告げた。

「上からの命令を私の一存でどうにか出来るはずもない。同行は許可する。だが少しでも弱音を吐けば、その瞬間に私が処罰するから覚悟しておけ」

「ありがとうございます」

今度こそ心を込めた礼をするミディアルを見届けると、ニックが口を挟んだ。

「下っ端の俺には上のお方の考えなんて露ほども分からんなぁ。新人警備兵が不始末を仕出かしたりしたら、俺ならその場で首をはねてるぜ。それが逆に特進だなんてな」

ニックは吐き捨てるように呟き、横目でミディアルを睨む。どうやらこの特例に心底納得いっていないらしく、嫉妬を隠そうともしない。

ステラと彼は同期なのだが、彼女が驚異の早さで小隊長になった時に、「綺麗な女は得だ」等を始めとした下劣な噂をニックが流したことを知っている。つまりはそういう男なのだ。

当然ニックの言葉はミディアルにも聞こえたはずだが、彼はどこか遠くを見て静かに立っている。

ニックはその姿に舌打ちすると、ステラの耳元へ口を寄せた。

「なぁ、本当に行くのか?誰も声に出してないだけで、ミリカ=タリア様の生存はまず無いだろうと思ってるぜ?こいつの証言があったからアンノウンに襲われたってことになったが、みんな内心じゃパーシヴァル様の派閥の仕業と考えてんだ。無駄にうろちょろしないでそっち洗った方がいいんじゃないか?出し抜かれてもしらねぇ…ぞ!?」

語尾が跳ね上がったのは、ステラが抜きかけの剣をきらめかせたせいだった。怒りと侮蔑が同居した冷たい目でニックを睨み付ける。

「今ここで、不敬罪としてその首を落としてやろうか?――誰が何と言おうとも、ミリカ=タリア様の捜索は決行する。それが我らの務めだ」

ニックはステラの迫力にたじろぐが、ギリギリの自尊心で踏み止まると唇をわななかせてわめき始めた。

「こ、この歌姫信奉者が!人がせっかく親切心で言ってやってんだろうが。大体、派閥うんぬんを抜きにしたって、あんな崖から人が落ちて無事な訳ねぇだろ。向かったとこで良いとこ死体とご対面だ!」

「貴様…いい加減にその口を閉じなければ、本当に……!」


「―――ミリカ=タリア様はご無事です」


激昂する二人の間に、不自然なほど冷静な声が割り込む。ステラは剣の柄に手をかけたまま、声の主であるミディアルを見た。

「彼女は生きています。あいつと一緒なんですから。あいつなら、セディルなら絶対に…!」

先程まで感情の見えなかった青年の声に、驚くほど強い響きが込められていた。恐らく一緒に落ちたという友人の名前なのだろう。セディルという人物に対する全幅の信頼がその呼び方に詰まっている。

ステラはそこで、ミディアルの妙な冷静さの理由が分かった気がした。

「ニック、もう伝令は済んだだろう。戻れ」

ステラが冷徹にいい放つと、ニックはまだ何か言いたそうに口を開いたが、顔を赤くするばかりで言葉が出てこない。最後にもう一度舌打ちをして足早に去って行った。

その背を見送った後にミディアルへ視線を移すと、彼はハッとして頭を下げた。出過ぎた発言だったと自重しているのだろう。

その肩にそっと問いかける。

「ミディアル・クーナ。お前はミリカ=タリア様達が生きていると思うのだな?」

「はい。僕の友人はそう簡単に死ぬような男ではありません。便利屋としての自負も能力もある。必ずミリカ=タリア様を守り抜き、帝都へ戻ろうとするはずです」

その即答がステラの心にも希望を灯した。

彼が生存を信じる心には、自分には無い輝きがあった。誰もが絶望的だと諦める中で、部下を巻き込んでまで捜索に志願したのは、単に自分が信じたくなかったからだ。生きていると己に言い聞かせることで、現実から目を背ける後ろ向きな気持ちがどこかにあった。

だがミディアルはあくまで友人を信じた上で、その生存を確信する前向きな気持ちだったのだ。

案じる気持ちは同様なのに、ステラは想いの強さで負けた気になる。それは彼女にとって、大切な主に対しての裏切りに等しかった。

「馬を持て!エルフィン隊、出発するぞ!」

高らかに宣言すると、部下の一人が白馬を連れてくる。ステラは擦り寄ってきた愛馬に股がり、自分の立ち位置を探しているミディアルへ馬上から呼び掛けた。

「ミディアル、お前も馬に乗って私の後に続け」

それには並んでいる他の歩兵達もざわついた。

新人で、しかも一度は罪人として処刑されそうになった者が、馬に乗って隊長と共に自分達を率いる形になるのだから不満でないはずがない。当のミディアルもさすがに困惑している。

部下達の不満を感じながらも、ステラは決然と言い放った。

「ミリカ=タリア様が転落された場所を知っているのはお前だけだ。他の者達も納得がいかないのは分かるが理解してほしい。ミディアル、お前も背後から刺されたくなければそれなりの仕事をしろ。それとも馬には乗れないか?」

「い、いえ…分かりました」

まだ少し戸惑いながらも、ミディアルは新たに連れられてきた馬に股がる。それを確認するとステラは馬を歩かせて隊ごと移動を開始した。

必ずミリカ=タリアを捜し出す―――その決意だけが彼女の頭を占めていた。




「くそっ!あの女、ちょっと顔が良いからって調子に乗りやがって。もう少し可愛いげがありゃあ俺の女にしてやってもいいってのによ。馬鹿な奴だ」

小隊から離れたニックは、ぶつぶつとステラへの愛憎入り交じった言葉を吐きながら通りの角を曲がる。

そこで伝令役である彼の『真の主』に行き当たって慌ててひざまずいた。

「こ、これはダウナーク様…失礼しました。まさかこのような所にまでお越しとは」

「なに、用があったついでだ。――ステラ・エルフィンの説得はやはり出来なんだようだな」

頭上から降ってくる老成した静かな声に、ニックはステラとは違う迫力を感じて震える。

「申し訳ございません」

「よい。多少目障りだが、あれごときが動いたところで大した障害にはならぬ。当初の予定通り、あの兄妹を向かわせるとしよう」

「…本当にミリカ=タリア様が生きていると?」

「僅かな可能性でも、有り得るのなら万全をきす性質でな。今回こそが待ちわびた千載一遇の機会だ。これを逃す訳にはいかぬ。…あの方の為にな」

冷静な声の奥に潜む炎の決意に、ニックは息を飲むと同時に誇らしくなった。やはりこちらに付いて正解だった、という己の先見の明に対してだ。

主の杖の音が遠ざかるのを合図に立ち上がり、ニックは先程までの不機嫌さが嘘のような弾む足取りで戻って行った。



暗躍する影が見えたところで、一区切りです。

先は長いです。

お付き合いありがとうございます。

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