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青銀の瞳の便利屋4

セディルは剣の柄に手をかけ、近付いて来る音の方向へ体を向ける。

茂みの向こうから飛び出してきたのは、夜の闇よりもなお黒い影の獣―――アンノウンだった。

四肢で走る目の無い獣は、耳まで裂けた口から鋭い牙を覗かせて一直線に向かってくる。その様はまさに風のごとくという形容が相応しい素早さだ。

目も鼻も無いのにどうやって獲物を認識しているのか、長いこと学者の頭を悩ませている黒い獣はセディル達を目標と定め、敵意を剥き出しにぐんぐん迫ってくる。

セディルは近付いてきたアンノウンにタイミングを合わせ、一気に剣を振り下ろした。しかし獣はその下を素早くかい潜ったかと思うと、セディルの背後にいたミディアルへ一足飛びに躍りかかった。

主を逃がそうとしていたミディアルは一瞬反応が遅れ、抜きかけた剣の刃をがっちりと漆黒の牙で押さえ込まれる。

すると別の茂みからアンノウンがもう一体現れ、飛び出し様にバランスを崩したミディアルのマントをくわえて引きずり出した。

「うわっ!?」

「ミディ!…くそっ!」

「ミディアル!」

セディルと少女の叫びが響く中、決して貧弱ではない青年の体が物凄い速さで運ばれていく。

アンノウン二体の力に驚きながらも、セディルは抜き身の剣を手に後を追った。この先には深い断崖があるのだ。

(あいつら、ミディを崖から落とす気か!?妙な知恵つけやがって!)

その予感は的中し、アンノウンは見る間に崖の縁へと差し掛かった。しかしミディアルも己を鍛えていたのは伊達ではない。引きずられている体勢のまま、一瞬の隙をついてアンノウンの牙から剣を外すと、懸命に地を踏み締めて刃を振り下ろした。

「このっ…放せ!」

縦に下ろされた剣は見事アンノウンの黒い胴体を真っ二つにする。影の塊はそのまま断末魔の悲鳴も無く風に溶けて消え去ったが、まだミディアルのマントを引っ張る一体が残っていた。

そこへようやく追い付いたセディルは、持っていた剣を投てきの形に構えて叫んだ。

「ミディ!上手く避けろよ!」

「えっ!?ち、ちょっと待った!セディル…うわっ!」

一直線に投げられた剣は、ミディアルの二の腕をかすめてアンノウンの首を貫く。反動で口が開いたアンノウンはマントを離して霧散した。

セディルが崖の縁に座り込んだミディアルに近寄ると、彼は怒っていいのか感謝すればいいのか分からないと言いたげな複雑な表情で見上げてきた。

「セディル、もう少し安全な助け方は無かったのか?」

「助かったんだから贅沢言うなよ。まぁ、手元が狂ってれば崖から落ちるかお前の首が落ちるかってとこだったけどな」

「…それは君のコントロールを褒めるべきなのかな」

そこへ軽い足音が響き、少女が駆け寄ってきた。ミディアルの姿を見てパッと顔を輝かせる。

「ミディアル!無事で良かった…怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫です。ミリカ=タリア様にもお怪我が無くて何よりでした」

涙目になった少女の顔が間近に来て、ミディアルは頬を少し赤らめてうろたえた。そんな友人の姿を初めて見たので、セディルはつい口を押さえて笑いをこらえる。

そんな和やかな雰囲気に、つい気が緩んでしまっていた。その為、セディルが次の異変に気付いたのはミディアルが叫んだ後だった。

「危ない!後ろだ、セディル!」

その声で振り返ると、まだ潜んでいたアンノウンがすぐ傍まで迫っていた。急いでまだ地面に突き刺さっている剣を引き抜いた時、視界の端で少女が両手を広げて前に出るのが見えた。

「馬鹿か…!」

自分とミディアルを庇おうとしているのだと気付いた瞬間、セディルは少女の腕を掴んで乱暴に引き戻した。小さく悲鳴が聞こえたが構っていられない。

しかし剣を狙い定めて振り下ろすには遅すぎた。刃は先程のミディアル同様に力強い牙に押さえ込まれ、そのまま力任せに押された瞬間に足元が崩れて浮遊感に包まれる。崖の縁にいては支える物など何も無かった。

(嘘だろ…!?)

少女を腕に抱えたまま咄嗟に剣を崖に突き立てる。中腹辺りでひとまず落下が止まって息をついたのも束の間、大きく剣がしなった。

見上げると、セディル達を突き落としたアンノウンが細い刃の上に四つ足で立っていた。

「無事かセディル!?ミリカ=タリア様!」

崖の上からミディアルが覗き込み、その驚きの現状を見た。剣がこのまま折れずにいてくれたとしても、アンノウンがじりじりと刃の上を迫ってきている。気を失ってしまったらしい少女を片腕で抱え続けるのも限外があった。

セディルは友の目を真っ直ぐに捉えて叫んだ。

「ミディ!俺はそう簡単に死んだりしないって知ってるよな?俺を信じろ!」

そう叫んだセディルは意を決して崖を蹴り、アンノウンもろとも剣を引き抜く。そして強烈な風を全身に感じながら、眼下へ広がる樹海へと落ちて行った。




崖下に向かって叫び続けるミディアルの後方―――木が作り出す闇の中で、それらの一部始終を見ていた青年がいた。

黒い服に黒いマント、更には黒い覆面までして容姿を隠している。闇に生まれ、闇へ帰る存在なのだと誇示しているかのように。

彼はセディルがここへ着く前から、この場に潜んで少女の歌を聞いていた。聞き惚れていた訳ではなく、セディルのように人から頼まれた訳でもない。彼はただ観察する為に黙って聞いていたのだ。

青年は観察対象の少女が落ちた先へ目をやる。

(あの歌、そしてミリカ=タリアという名前…フルネームを聞ければ確実だったが、恐らく間違いないだろう。それにしても一緒に落ちたあのセディルとかいう男……ここからでは目の色はよく見えなかったが、まさか生き残りがいたのか?)

一瞬感傷に浸りそうになって、すぐに首を振る。

少女がこのまま死んでくれれば手間が省けて丁度良いのだが、同時にあの男が死んでしまうのは少々惜しいと思ってしまった。

しかしそんなことにもう意味はないと思い直す。全ては終わり、忘れられていくものであり、自分はその中で無駄に延長されてしまった悪夢の清算をしなければならないのだから。

「ならば、いっそ全て消えるべきだ…」

自らに言い聞かせるように呟く。そこには一つの恐れもあった。

もし彼らが生きて樹海に降り立ったなら、『あの場所』に辿り着いてしまうかもしれない。己の罪の始まりの場所―――ミイラを据えていた朽ちた台座に。

もっとも辿り着いたところで、廃墟と化しているはずのそこが何なのか、何が起こったのか分かる訳もない。それでもどこかで恐れを感じている。

(俺はまだこんなにも弱いのか…自分の愚かさを知られるのを未だに恐れているなんて)

樹海を渡ってきた風は、濃い緑の匂いを内包している。崖の下に延々と広がる緑の絨毯は、本当に波打っているかのように隙間無く豊かに茂っていた。

この光景は一年中―――いや、それどころか千年は変わっていない。もし千年前にこの場を忠実に描いた絵画があったとしたら、見比べても違いを見付けることは難しいだろう。

このアーシェラン帝国は一年中常春が続き、花が散ってもまたすぐ同じ場所に花を咲かせる。どんな樹木もつる草も一度根付いて芽吹けば、例え枯れても翌年には同じ姿でそこにある。

干ばつも無ければ豊作ということも無く、常に安定した糧を得ることが出来る―――このよく出来た箱庭のような大陸に住む者は、その異常さに気付くことはない。

他の大陸では気候の変動により空から氷の粒が降ったり、大地の水が枯れて砂ばかりの土地が広がっていたり、いくら種を蒔いても作物が全く育たずに人々が飢えて死ぬ国もあるという。そんな話をこの国の人間は物語の中ですら知らないのだ。

それが当たり前だと思うくらい、長い時間が経ってしまった。

崖下に叫び続けていたミディアルが、悔しそうに地面を叩いて草を引きちぎる。青年はそれに気付くと思考を中断し、姿を見られる前にそっとその場を離れてそのまま闇に溶けるように消え去った。

http://15303.mitemin.net/挿絵(By みてみん)

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