青銀の瞳の便利屋3
ミディアル・クーナはセディルと同じ、ヘッセルという町の養護施設で育った同い年の幼なじみである。セディルは生まれた時から親が無かったが、ミディアルはセロスルードに働きに出ていた両親が預けて行ったのだ。
しかし二人が十歳になったある日、その両親が突然死んだと連絡が入り、ミディアルは両親の友人だったクーナ家に引き取られることになった。
当時のセディルは奇怪な目の色をしていると気味悪がられ、更にそのことで反抗ばかりするので施設の大人達から疎まれていた。そこでミディアルが出たのをきっかけに、セディルも施設を飛び出したのだった。
小さい町で顔見知りが多かったとは言え、子供が一人で生きていくのは容易ではない。生活の為には何でもやろうという意気込みで、今の便利屋の原型のようなことをやっていたが、結局のところ今まで生きてこられたのはミディアルと、彼の引き取られた家の隣に住んでいたレオの存在のお陰だろう。
その後三人が成長し、そろそろ道が分かたれるだろうことを感じ始めた頃、ふいにミディアルが言った。
「セロスルードで傭兵になろうと思うんだ」
余りに唐突な発言に、セディルとレオは二の句が継げなかった。
いつ襲ってくるか分からないアンノウンに備える為、どこの町でも若者の一部は戦う術を身に付ける。ミディアルがそんな護身として以上に腕を磨いているのは知っていたが、まさか戦いを生業にしたいと考えていたとは思わなかった。
しかし彼にとっては何も唐突な話ではなかったらしい。
「父さんと母さんに引き取られてから本当の両親の話を色々聞いたんだけど、両親はセロスルードの…それも皇帝の城で働いていたらしいんだ。だから僕もいつかは城勤めになりたい。その為に帝都へ行って、まずは貴族の傭兵の口を探すよ」
穏やかな口調の中にも、決して意思を曲げない頑固さが見える。
ミディアルは昔からそうだった。優しい顔と性格をしているくせに、こうと決めたら誰が何と言おうと絶対に譲らないのだ。
だからセディルも最初は驚きと寂しさを感じたものの、ミディアルがもう『決めた』のだと気付くと背中を押してやる気になったのだが、もう一人の幼なじみは気持ちの切り替えが上手くいかないようだった。
「両親のことは分かるけど、だからってミディがそんな危険な仕事に就くこと…」
レオは何とか押し止める言葉を探している。年上のミディアルが隣家にやってくるなり、レオはすぐに兄のように懐いて一緒に育ったのだから無理もない。セディルにもその気持ちは痛いほどよく分かった。しかし―――。
「よせ、レオ!」
セディルはあえて鋭い一喝で遮った。レオが小柄な体をビクリと震わせるのを見て悪いと思ったが、謝ることはせずにそのままミディアルを見る。
「ミディ、男が一度口にしたことだ。途中で投げ出したりするんじゃねぇぞ。自分で納得いくまで二度とここには帰れないと思え」
ミディアルはセディルの目を真っ直ぐに見つめ返していたが、ふいに苦笑を浮かべた。その目に新たな決意が浮かんだのをセディルは見逃さない。
「君は相変わらず厳しいね。分かってる。落ち着いたら手紙を書くよ。……レオ、ごめん。心配してくれてありがとう」
ミディアルの言葉に、レオは膨れっ面でそっぽを向く。怒っているみたいだが、出発する時にはいつもの元気な笑顔で送り出してくれるだろう。
それから三日後。よく晴れた日の早朝に、ミディアルは養父母とセディルとレオに見送られながら帝都セロスルードへ旅立って行った。
「あの後セロスルードに着いてからは色んな貴族の所を渡り歩いて、三ヶ月くらい前にようやく今の所に落ち着いたんだ。そろそろ二人に手紙を書こうと思ってたとこだよ」
説明を終えたミディアルは、懐かしそうに目を細めてセディルを眺めた。話している内に故郷の光景を思い出したのだろう。
セディルとしても、便りが無いのは何とかやっている証拠だろうと思って心配はしていなかったが、実際に元気そうな様子を前にするとやはりホッとした。
「なるほどな、とりあえず状況は分かった。…俺らに連絡をよこさなかった理由もな。お前はお前で楽しくやってたってことか」
しかし驚かされた報復は忘れない。わざとにやけながらミディアルの横に立つ少女に目をやると、彼は慌てて首を振った。
「なっ!ち、違うよ。無礼な誤解をしないでくれ!彼女はミリカ=タリア様といって、今僕が雇われている所のお嬢さんだ」
黙って二人の話を聞いていた少女は、突然水を向けられて戸惑うようにミディアルを見上げた。セディルの含みのある言葉にはまるで気付いていないようで、ミディアルが何故動揺しているのか分からずに不思議そうな顔をしている。
ミディアルはそんな彼女に一つ頷いて見せると、今度はセディルを指し示して紹介した。
「ミリカ=タリア様、彼は僕の故郷の友人でセディルと言います。もうお気付きでしょうが口が悪くて、素行もあまり褒められたものではありませんが、根は良い奴ですよ」
「てめぇ、笑顔で変な紹介するな」
「初めまして、セディルさん」
少女は微笑んで挨拶すると深々と頭を下げた。柔らかな物腰はきちんと躾けられた良家の令嬢であることを物語っている。
セディルが「どうも」と軽く挨拶を返すのを見届けてミディアルが口を開く。
「セディル、君はまだ商売と称して何にでも手を出しているのか?」
その口調には溜め息が混じっていた。ヘッセルにいた頃から時に危険な目にも遭う便利屋家業にいい顔をしなかったが、今でも心配は続いていたらしい。
だが今更言うことを聞くくらいならとっくに止めているので、セディルは以前のようにあえて彼の心配を無視した。
「いかがわしい言い方するなよ。ちゃんと便利屋って言えよな」
「…変わらないよ」
「それより今までのことは分かったから、何でこんなとこにいるのかを教えろよ。あ、ちなみに俺は依頼だ。内容は一応守秘義務があるから言えない。まさか本当にこっそり逢い引きなんてことは…」
話題を逸らす為に促すと、ミディアルは瞬時に「ない!」と叫んだ。少女の方も首を傾げているので、セディルが邪推したようなことは本当に無いのだろう。友人の真面目さからしても、雇い主のお嬢様に手を出すとは考えにくい。
これ以上の誤解を避ける為か、ミディアルは渋々語り出した。
「僕は単なる護衛だよ」
「護衛?傭兵なのに主の身辺警護を任されてるのか?」
すると、少女が後を引き取って説明し始めた。
「ミディアルは警備兵なんです。私が庭やバルコニーに一人でいると、色々と話しかけてくれるんですよ。それでつい甘えてしまって、こうして時々抜け出すのを手伝ってもらってるんです」
「ほぉ、抜け出すねぇ」
「み、ミリカ=タリア様!人前でそのようなことを軽々しく仰ってはいけませんよ」
ミディアルはセディルの視線を気にして慌てて押し止める。少女も反射的に口を押さえたが、当然ながら遅すぎた。
「真面目なミディアル君が珍しいことで」
揶揄を含んだ言葉に、ミディアルは少し考えてから口を開く。
「…ミリカ=タリア様は立場的に外を自由に出歩けないんだ。君も彼女が歌う姿を見ただろう?広い場所で何も気にせず歌いたいという願いを、例え短い間だけでも叶えて差し上げたいと思ったんだよ」
セディルの脳裏に先程の歌う少女の姿が蘇った。
月の光をスポットライトに、彼方へ伸び伸びと歌声を響かせる彼女は本当に気持ち良さそうで、邪魔をしてはいけないと思わせる近寄りがたさがあった。一人でいる少女を放っておけないようなミディアルが、押し込められて縮こまっている彼女を何とか解放してやりたいと考えるのも無理からぬことだろう。
「ミディアルにはいつも本当に感謝しています。こうして外へ出してくれるのはもちろんですけど、それよりも彼が来てからは寂しさを感じることがありませんから」
少女の心からの微笑みに、ミディアルは頭を下げる。
「もったいないお言葉です。僕の方こそ、慣れない地で貴女の人柄に救われているんです。…セディル、そういう訳だから悪いけどここでのことは内密にしておいてくれ。僕のことはともかく、ミリカ=タリア様の縛りがきつくなってしまっては気の毒だ」
お人好しだと思ったが、口には出さなかった。ミディアルが本気で彼女に同情しているのが分かったし、少女の方でも彼を信頼している。茶化したり話を漏らしたりすれば、それは友人であるミディアルの名に傷を付けることになるだろう。
「了解。でもお前、それにしたって無用心すぎないか?いくら近くに控えてるっていったって、アンノウンもいる森で大事なお嬢様を一人にするなんてよ」
断崖の縁に座る少女は完全に無防備な状態だった。護衛の剣も茂みにいてはアンノウンの素早さに敵うはずもない。
セディルはそんなごく当たり前の指摘をしたのだが、何故かミディアルはしてやったりという風に笑って答えた。
「その心配はいらないよ。ミリカ=タリア様は歌っていたからね。アンノウンに襲われることはないんだ」
「はぁ?何だそれ」
「これも広めないで欲しいんだけど、彼女の歌は…」
その時、突如ミディアルの言葉を遮るように葉ずれの音が響いた。ガサガサとうるさいほどに鳴り響く音が一気に近付いて来る。
三人の顔に一斉に緊張が走った。
(これはついに来たか…!?)