表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

青銀の瞳の便利屋

http://15303.mitemin.net/挿絵(By みてみん)


きっちりと舗装された、しかしあちこちに放置されているゴミ等で薄汚れた道を、一人の青年が馴れた足取りで進んでいる。

時折すれ違う娘がチラッと振り返るが、整った顔に並ぶ青銀色の瞳は目的地を目指して入り組んだ路地の先を見据える。

両側から建物が迫ってくるような狭い路地に入ると、前方からも二人の若者が歩いてきた。三人が並んですれ違える程の幅が無いのでどちらかが譲るしかないが、どちらも避ける素振りさえ見せず、互いに片手を上げて親しげに向かい合った。

「久し振りだな、セディル」

「相変わらず便利屋家業か?ここんとこ姿を見なかったから、もうセロスルードじゃ仕事をしないのかと思ったぜ」

男達の言葉に、セディルは肩をすくめて笑った。

「オウンとキルディオこそ、相変わらず『ネズミ街』をうろついてんだな。しばらく余所で動いてたけど、やっぱ金払いは帝都が一番だからな。忘れられない内に戻ってきたぜ」

「確かに都は情報の流れが早い。いくらお前が目立つと言っても、姿を見なくなればすぐに忘れられてしまうだろうな」

オウンが少し硬い言い回しで頷く横からキルディオが身を乗り出し、気安くセディルの腕を叩いてきた。

「それよりも、ここにいるってことは情報入れに来たんだろ?だったらこんなとこで俺らと話してないで、さっさと色気あるとこ行ってこいよ。姐さん方がお待ちかねだぜ」

細い目で含み笑いするキルディオを軽く叩き返す。彼の魂胆は分かっているのだ。

「どうせお前も来るんだろ?俺をダシにして綺麗どころと喋ろうってか」

「だって俺らが行ったとこで、金持ってねぇとあいつら素っ気ないんだもんよ。ちょっとくらいいいだろ?セディル様ぁ」

「俺も行くぞ。お前が来ないものだから、しばらく眼福にあずかれていなかった」

「…ったく、調子いい奴らだな。あんま長居する気はねぇぞ」

再会した時よりも輝かしい笑顔を見せる男達に呆れた目を向け、セディルは再び目的の場所へと歩き出した。


帝都セロスルードは、この大陸を統治するアーシェラン帝国の首都である。皇帝エルドルト・アーシェランが住まう城があるのは勿論のこと、大勢の貴族や富豪が暮らし、自然と商人達も集まって交易の中心地となり、街は他と飛び抜けて潤っていた。

その一方で光の横には影があるように、帝都の片隅ではそれらの恩恵にあずかれない人々もいた。

貴族の発言から付けられたという、通称『ネズミ街』と呼ばれる日の差さない掃き溜めの一角には、すねに傷を持つ者や他からつま弾きにされた者など、まともな生活が出来ない人間達が集まって独自の生活圏を形成している。彼らは豊かさから出たゴミの中で隠れるように息づきながらも、逞しく生き生きと暮らしていた。


掃き溜めと呼ばれる場所だが、歩く度に落ち着きを感じるのはここの空気が故郷の町に似ているからだろうか、とセディルはいつも考える。

先ほど横切ってきた、紙くず一つ落ちていない貴族街のような清廉された場所は故郷には無い。雑多な人間がそれぞれの事情を抱えて精一杯生きている空間は、逞しい生命の熱を感じさせる。そこが好ましいのかもしれない。

三人はやがて『ネズミ街』の歓楽街と言える通りに入った。十人ほどで一杯になってしまうような小さな酒場が軒を連ね、昼間から赤ら顔をした酔客が道にまではみ出した椅子に座って大声で喋っている。

そんな騒がしい通りを歩いて行くと、不意に酒臭い風に妖艶な香水の香りが混じってきた。妓館が集中する辺りに入ったのだ。

セディルは赤レンガを組んだ建物の裏手に入ると、足元の小石を掴んで二階の窓に投げる。すぐに一人の若い女性の影が窓辺に現れ、目が合うなり窓を開けてくれた。

「セディル!しばらく顔も見せないなんて酷いじゃない。相変わらずオマケも一緒だし。たまには一人で正面から入ってきてよね」

大きくはだけた胸元を隠しもせずに、窓辺の美女が身を乗り出す。色めき立つオウンとキルディオをよそに、セディルは彼女にも軽く片手を上げて挨拶した。

「よぉ、メイティ。今空いてるのか?丁度良かった」

「もうすぐお得意様が来るから、その間の小休止よ。タイミング良く来てくれて嬉しいわ」

窓枠にもたれかかるメイティを見上げて、オウンとキルディオが熱っぽい溜め息を漏らす。

「やはりメイティはいつも綺麗だ。オマケ呼ばわりされたが…」

「分かってたことだろ、オウン。いつかは俺らも金貯めて、堂々と店に入ってやろうぜ」

「お金貯めるのはいいけど、あんた達はまず男を磨きなさいよね。いっつもセディルにくっ付いてくるばかりで恥ずかしくないの?」

容赦の無い言葉に、二人はぐうの音も出ずに口を尖らせる。それを見てセディルは笑った。

「ははっ、言われたな二人とも。振り向いて欲しいなら頑張れよ。で、どうだメイティ。何か仕事の情報あるか?」

「あるわよ。依頼料払うからあたしとデートしてよ」

「馬鹿言うな、お前は金払わせる側だろうが。払ってどうすんだよ」

「そうだぞメイティ。あんたに付いてる上客が泣くぞ」

オウンが言うとメイティは窓枠に肘をついて顎を乗せ、つまらなそうに溜め息を吐く。

「上客はいても上玉はいないのよねぇ。もしセディルと子供でも出来れば、その珍しい瞳の色を受け継ぐかもしれないでしょ。顔立ちも保証されるし、そんな子供なら今のお客さんが離れちゃっても欲しいなぁ」

満更冗談でもなさそうな呟きに、セディルも呆れて眉を潜める。メイティはさっぱりした気のいい女で好感は持っているが、あくまで仕事上の繋がりだけだ。けれど彼女は職業柄なのか、会話の間に必ず意味深な発言を挟んでは反応を見て楽しんでいる。

好意を向けられるのが嫌な訳ではないが、オウンとキルディオの嫉妬の視線も突き刺さってくるので、さっさとこの場を切り上げようと決めた。

「気持ちは嬉しいが、俺は後腐れのありそうな依頼は受けないんだよ。それで?何も無いなら他当たるぜ」

突っぱねた言い方をすると、さすがにメイティも鼻白んだ。

「何よぉ、あたしはそんなに未練がましい女じゃないわ。あるわよ、情報!内容は知らないけど、ベルモンドって奴が調査してくれる人間を探してるってさ」

「ベルモンドって、ノギンの酒場によく出入りしてるチビ野郎か。あいつは臆病者だけど金あるからな。いい客じゃねぇか?」

キルディオの言葉にセディルも頷く。

「依頼人がどんな奴でもメイティの情報なら信頼してるさ。じゃあありがとな、メイティ。情報料はまた依頼完了後に払うから待っててくれよ」

メイティはまた肘をついて顎を支えながら、爪を真っ赤に塗った細い指をひらひらと振った。

「はいはい、もう行っちゃうのね。本当つれない男。あたしを待たせる男なんてあんたくらいよ」

「お前なら、俺なんか足元にも及ばないくらいのいい男を余裕で掴まえられるだろ。いつまでも選り好みしてないで、とっとと身請けされて幸せになりな」

「大きなお世話よ、放浪もん。そっちこそいつまでもヤクザな商売するのやめたら?いつか痛い目見ても知らないわよ」

「ははっ、違いないな」

笑い飛ばすと、メイティの綺麗な顔にほんの一瞬陰りが差した。売り言葉に買い言葉となる会話はいつものことだが、時折こうして隠れた本音が顔に出る。きっと自分も同じだろう。

それなりに長い付き合いだ。冗談めかした言い方をしていても、お互いに相手の身を心配していることは真実だった。

だがその本音もすぐにまた完璧な仮面の下に隠れ、メイティは子供っぽい仕草でベッと舌を出す。セディルはさっきの表情には気付いてない振りをして踵を返すと、もう振り向かずに手だけを振ってその場を後にした。




数多くの小さな酒場が軒を連ねているネズミ街の中で、ノギンの酒場は中規模と言える店である。三十人ほど収容出来る店内は三、四人掛けの木製丸テーブルが点在し、カウンターからしかめっ面の店主が見守る中、彼のふくよかな妻が給仕に勤しんでいた。

その店の隅っこで、ベルモンドは強面の取り巻き達に囲まれながら、自らの小さい体を抱きしめて震えていた。

ある噂を聞いてから、ここのところよく眠れていない。噂の真偽を確かめたいのだが怖くて自分ではとても出来ず、取り巻き達も面倒だと言って動いてくれない。

確かめてくれる人間が見付かるのが先か、自分が睡眠不足で参るのが先かで神経をすり減らしていた。

すると酒場の扉が乱暴に開き、三人の若者が入ってきた。ベルモンドは派手な開閉音に驚いて震えが大きくなる。

(くそっ!何て下品な奴らだ。もっと静かに入って来られないのか……ん?何かこっちを見ているような…?)

悪態を口には出せないので心中でついていたベルモンドは、三人の中の細い目をした男が自分を指差しているのに気付いた。そしてよりによってその内の剣を持った青年が近付いて来たので、思わず後ずさろうとして椅子からひっくり返りそうになる。

体が浮いた瞬間、駆け寄ってきた青年に腕を掴まれた。

「ひいっ!ごめんなさい!」

「何ビビってんだ?お前がベルモンドだよな。便利屋をご所望だって聞いて来たんだが、合ってるか?」

「へ?便利屋…?」

軽々と引き戻され、改めて椅子に座り直す。

近くで見る青年は二十歳前後で整った顔をしているが、何より目を引くのはその瞳の色だった。このアーシェラン帝国は移民が寄り集まって出来た為に、瞳の色はあまり統一感が無い。しかしそれでも、光の加減によって銀にも青にも見える彼の色は殊更に珍しかった。

すると、その顔を見た取り巻き達が急にわめき出した。

「その目の色!てめぇがラミアス妓館の女どもが言ってた、セディルとか言う便利屋か!」

「ちっと顔が良いとか騒がれて、よそ者が出ばってんじゃねぇぞ!」

「何だ、お前らもメイティ達のファンかよ?あいつら情報くれんのはいいんだが、こうやって知らないとこで恨みを買ってんのは厄介だな」

強面の男達の怒声にも、セディルというらしい便利屋の青年はビクともしない。平然と放った言葉には男達の憧れる女性への親しさが籠っていて、余計に彼らの嫉妬心を煽っている。

(そう言えば聞いたことがあるぞ。依頼達成率百パーセントを公言する、変わった瞳の便利屋のこと…)

ベルモンドの方が泣いて土下座したくなる程の殺気の中、飄々と腕組みをして立つセディルの姿に頼もしさを覚えた。

どのみち依頼を受けてくれるなら誰でもいいと思っていたところである。向こうから来てくれるなど、願ったり叶ったりだった。

「ま、待て待て!待ってくれ!……君は便利屋なんだな?なら依頼をしたい。出来れば今夜にでも取りかかってくれ」

興を削がれた男達は睨む視線をベルモンドにも向けてきたが、金目当てでまとわりついている彼らは実際に歯向かっては来ない。

対するセディルは、その神秘的な青銀色の瞳で人懐っこくウインクして見せた。

「毎度ありー」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ