幸せのおすそわけ
「めぐちゃん聞いてーっ!」
「なあに?」
「こないだ話した先輩と今度デートすることになった!!」
「へえ、すごい!おめでとー」
「ありがとう!やっぱりめぐちゃんに相談するといいことあるな」
「そうかなあ」
友達にはよく、一緒にいると幸せになれる、と言われる。なんか、わたしに話したり、わたしと長く一緒に居たりするといいことが起きるんだって。
みんなが喜んでくれたり、幸せになるのはわたしもうれしい。だって、みんなのこと大好きだもん。
「めぐ本人がなんだか幸せオーラあるよね。
笑顔とか、すごく癒されるもん」
「それわかる!」
「そうかなあ、うれしい」
「っ、めぐ危ない!!」
「へ…」
ガンっ!
頭に強い衝撃が走り、視界が一瞬暗くなる。少し遅れてジンジンと痛みがやってきた。みんなの悲鳴と心配してくれる声が聞こえる。何だろう…?
「いたた…っ」
「めぐちゃん大丈夫っ!?」
「廊下でボール遊びしないでよっ、めぐに当たったじゃない!!」
「わ、悪ィ福田!!け、怪我とか!」
「へへ…大丈夫だよ、みんな。ありがとー」
「私、一応保健室の先生呼んでくるっ」
支えてもらって立ち上がると、目眩がした。でも少し痛みがあるだけで、あとは大丈夫そうかなあ。みんなに心配かけちゃった、ごめんね…。
みんなを安心させたくて、わたしは笑ってみた。そしたら落ち着いてくれたみたい、よかったあ。
「もう、めぐってば本当ツいてないよね。周りの人のことは幸せにするのに…」
「うーん、わたしが鈍くさいだけじゃないかなあ。まいちゃん達がいつも楽しませてくれてるから、わたしも幸せだよ?」
「もー、照れること言わないでよ」
「先生連れてきたよ!」
「あ、みっちゃん、ありがとー」
念のため、帰りに病院へ行ったけど特に何ともなくて、わたしはまいちゃんたちとのグループにすぐ報告した。みんな心配してくれて、優しい人たちばかり。わたしは運がないとかツいてないとかよく言われるけど、十分幸せ。
「おはよう!」
「あっ、めぐおはよう」
「おはよ、めぐちゃん」
「めぐちゃんおはよう…えっと、じゃあまいちゃんみっちゃん、また後でね」
「うん。それじゃあ、私も日誌取りに行かなきゃだから、また後で」
まいちゃんとわたしだけになる。みんな忙しいのかな?
わたしも鞄を置くため自分の席に向かう。今日も隣の席の人はもう座っていた。
「早川くんおはよう!」
「…おはよ」
「今日も早川くんの方が先だったね」
「俺いつも一番最初に教室着くから」
「へえ、そうだったんだ!すごいなあ。わたし、朝起きるの苦手なんだよね…」
「ああ…確かにそんな感じする」
早川くんはどこか大人っぽくて、友達は多いみたいだけどよく一人でいる。
頭が良くて運動もできるから女の子から人気なんだけど、早川くんはあまり女の子と話したりしない。前にどうしてか聞いてみたら、女の子が苦手なんだって。だからわたしも話しかけない方がいいかなって思ったんだけど、「福田は別にいいよ」って言ってくれたし、優しくて物知りな早川くんのお隣は楽しい。
あまり優しいイメージはないって前にみんなが言ってたのが不思議なんだよね。
「福田」
「なに?」
「土曜日、出かける予定ある?」
「土曜日…って明日?んー、と…あっ、髪を切りに行く予定だよ。少し揃えてもらうだけだけどね。どうして?」
「その日──」
「早川ーっ!数学の宿題見せて!!」
その一言をきっかけに早川くんの周りに男の子が集まってきて、早川くんの声は聞こえなかった。男の子に囲まれるのは怖いから離れてまいちゃんと話していると先生が教室に入ってきて、結局早川くんが何を言いたかったのかわからないまま一日が終わってしまった。何て言いたかったんだろう?
「いいお天気でよかったあ」
秋晴れ、って言うのかな。空がとてもきれいで、いつもならバスで美容室まで行くんだけど、今日は歩くことにした。正解だったなあ、イチョウの葉っぱが黄色くて、すごくおしゃれな感じがする。私の前を歩くカップルがそれを楽しそうに眺めているのが、なんだが温かい気持ちになる。
今度まいちゃんたちともお出かけしたいなあ…。わたし誘うのが苦手だから、みんなと一緒に遊んだことがあんまりない。最後に遊んだの、友達になってすぐの夏だったかなあ。
よしっ、今度がんばって誘ってみよう!
「あ、まい達じゃん、偶然!」
「本当、偶然だね」
まいちゃんの声!すぐそこの曲がり角から聞こえてきたから覗いてみると、みんなの姿が見えた。誰もわたしには気がついていないみたい。ちょっと驚かせてみようかな!
そろりと一歩踏み出した。
「あれ、福田は居ないんだ」
「うん。だって、誘ってないもん」
その言葉にピタリと体が止まる。急にさあーっと血の気が引いて体が冷える。ドッドッと心臓が強く響く。怖い。
聞いちゃだめだと心は思うけど、どこかから聞かなきゃだめだと言われる。怖くて逃げればいいのに、足は物陰に体を隠すとそれきり動かなくなっちゃって。
ううん、どうして怖いなんて思うの?まいちゃんたちは友達なんだから、怖いことなんてない、大丈夫だよっ。大丈夫、大丈夫…。
「え、何で?」
「だって、めぐと一緒に居たらたしかに幸せにはなるんだけど、めぐ自身がツいてなさすぎて一緒に居ると危ないんだもん」
「そうそう!引ったくりに遭ったり、上から植木鉢が落ちてきたり、トラックが歩道に突っ込んできたり!まあ、全部めぐちゃんしか被害にあってないんだけど、でもいつか巻き込まれそうで」
「最初は何もない所で転んだり、めぐちゃんの分だけ買った物が不良品だったり、その程度だったんだけどどんどんエスカレートしてて」
「何それ、こっわ!」
「でも、確かにアイツ運悪いもんなー」
バクバクと体全体が心臓になってしまったようにうるさい。手も足もガクガク震えて力が入らない。
まいちゃんたちが言っているのはぜんぶ本当のこと。なのに、なぜだかすごく怖い…!どういうこと?なに?わたし、き、きらわれ、てる…?
そんな、そんなことない、だって、だってみんな優しいもん!!
「でもまあ、めぐと居たら幸せになるのは確かだし、学校内だけで一緒にいれば得の方が多いかなって」
「うわ、お前らサイテー!!」
「だって本当のことじゃーん」
「はは、たしかにな!」
みんなの笑い声から、わたしはいつの間にか逃げていた。
「っは、はあっ…」
頭がぐるぐるしてよくわからない。どういうこと?でも、息が苦しいのは、きっと走ったせいだけじゃない。ぼたぼたと雫が落ちる。雨かと思ったけど、相変わらず天気はいい。しゃがみ込むとよけいに溢れてきて、嗚咽が止まらない。
そんなわたしの横をいろんな人が通り過ぎていく。あ…この音。
ちらりと横を見ると、地面はイチョウの葉で埋め尽くされている。みんなはその上を歩いていく。ここ、並木道だったんだ。周りの人たちは風景に感動しながら、どんどん進んでく。わたしは一枚、拾ってみた。
「……わたし、あなたと同じだね。他人を幸せにして、喜んでもらって。それなのに、最後には踏まれてしまうの」
わたし、イチョウの葉とおんなじ。でも、だめだ。イチョウはこんなにきれいで愛されてるけど、わたしは──。
「福田っ!」
「っ!?」
急に腕を掴まれる。ぐいっと立ち上がらせられるけど、足がふらついてその人に支えてもらった。
「…まい達に会ったのか」
「はや、かわくっ」
「アイツらの言うことなんか、アイツらのことなんか忘れろ。お前は何も悪くない。
…だから、泣くな」
涙を拭いてくれる手がとても優しくて、少しだけ息が楽になる。だけど、安心したらよけいに涙がでてきてしまって、感情がぐちゃぐちゃのまま。
「なんで、早川くん、ここに…」
「…福田も今日出かけるならこうなるかもしれないって思って。アイツら、お前の悪口とか言ってた」
「…わたし、みんなに嫌われてるのかな」
「俺は好き」
はっきり言ってもらった方が楽かなって思った。なのに、わたしの耳がおかしいのかな。驚いて顔を上げたら、早川くんの顔が少し赤かった。
「え…?」
「俺は、福田のことが好き、だよ」
「ほ、本当に?」
「…うん」
嘘じゃない?わたしの聞き間違えじゃない?
せっかく止まってた涙がまたぽろぽろ零れて、早川くんが少し慌ててる。ごめんね、早川くん。迷惑いっぱいかけちゃって。
「わ、たしもっ、わたしも早川くんのこと好きぃっ…。まいちゃんもみっちゃんも、みんな好きだよぉ…!」
「…お前それ、俺と意味違う」
ため息が聞こえて、嫌われたかと思って謝る。謝んなくていい、と頭を撫でられたら胸が少し高鳴った。こんなの、はじめてだ。
「福田は、人を幸せにする力があると思う」
「そんなこと…」
「俺はお前の頑張ってる姿とか、喜んでるとことか、笑ってる顔見たら幸せになるよ」
「え?」
「だから、俺のこと幸せにして」
そう言って笑った早川くんの顔を見たら、なんだか恥ずかしくて、嬉しくて、顔が熱くなったの。どうしてだろう?
当初の予定とは少々違う流れになりました。本当は女の子が自分で自分の体質に気づく予定だったんですけど、体質が明らかになることすらなかったですね…汗
人を幸せにするタイプのめぐ。だけど、実は「自分の幸せを分けて」他人を幸せにしていたんです。だから、人を幸せにすればするほど自分は不幸になっていく。
因みにめぐの名前は福田愛海です。中学二年生。
時間があれば早川くんサイドのお話も書きたいです。
お読みいただきありがとうございました!