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あの雪の日の約束  作者: 蒼井七海
第五章 おわりとはじまり
20/23

1

レクシオの耳に、さざ波のような人々の声が飛びこんできた。喫茶店の喧騒を聞いて、彼は我に返る。はっと顔を上げて、目の前の父親を見つめた。

 過去を語り終えた父は、腕を組み、目を閉じて、身じろぎひとつせず座している。それを見て、レクシオは恐る恐る口を開いた。

「……冗談だろ、と言いたいところだけど、親父に冗談は似合わないな」

 すると、ヴィントは半分ほど目を開けて、少年を見る。

「俺は本当のことしか言っていない。そして、これで全部話し終えた」

「相変わらず愛想ねえなあ」

 レクシオはため息をつく。それから、堪らなくなって頭を抱えた。平静を装ってはいたが、本当はかなり動揺していた。

 殺されかかった自分を守るために、父親が恩人を殺した。なんと、おぞましい話だろう。それに、ヴィントの話が真実ということは、ディオルグとリーシェルの死の責任は、レクシオにもあるということだ。

「……つまり」

 自分の髪をぐしゃりと掴んで考え込んでいたレクシオは、震える声を聞いて顔を上げた。隣に座っている幼馴染の少女が――親の敵と向かい合っているステラが、蒼白になってヴィントを睨んでいる。

「父上と母上は、皇帝陛下の命令であなたたちを殺そうとした。それで、レクを守るために、あなたは二人を殺した――と?」

「そうだな。さらに言えば、ディオルグは貴様ら兄妹を守るために、あえて剣を取ったんだ」

 ヴィントが、身も蓋もない言葉を添えた。ステラは歯を食いしばってうつむく。膝の上で、骨が白く浮き出るほどに強く、拳が握り締められている。

 彼女の様子を、レクシオは黙って見ていた。

 彼らの前に座っていたヴィントが、唐突に立ち上がる。レクシオがそちらを見ると、彼は小銭をテーブルに投げながら、言った。

「この話をどう捉えるかは、おまえたち次第だ」

 ステラとレクシオの返事を待たずに、ヴィントはくるりと背を向けた。そのまま歩き去ろうとする父親に、レクシオは反射的に声を上げる。

「親父!」

 声に止められたヴィントが、少しだけ振り返る。

 変わらず無愛想な彼に向け、レクシオは声を絞り出した。

「……ありがとう」

 相手の、緑の目が見開かれる。だが、わずかに感じられた驚きは、すぐに消え失せてしまった。

「俺は、おまえたちに頼まれたから話しただけだ」

 ヴィントは再び背を向け、今度こそ歩いていく。レクシオは、十二年前と変わらないその姿に、思わず微笑を浮かべていた。

 父親の姿を見送ったレクシオは、隣に座っている幼馴染を振りかえった。彼女は未だに拳を握りしめ、厳しい目でテーブルを睨んでいる。自分と同じで、かなり混乱しているはずだ。ステラの胸の内を察したレクシオは、ぐっと眉をひそめたが、直後に大きく息を吸う。

 今、ここで(とど)まっていても何にもならない。息子の要求があったとはいえ、あまりにも辛い十二年前の真実をヴィントが語ったことは、無駄にしてはいけないと、少年は思っていた。

「ステラ」

 レクシオがそっと名を呼ぶと、ステラは顔を上げた。

 続ける言葉に悩む必要はない。言うべきことは、するりと少年の口から出ていた。

「おまえは、どうしたい?」

 ステラは、目を瞬いた。握りしめていた両手をそっと開いて、見つめている。

「あたし、は?」

 彼女は恐る恐る反芻していた。レクシオは、ただ静かにうなずいた。

 これからのお互いの関係がどうなるのか、まったく分からない。これまで通り友達でいられるのかどうかさえ、レクシオには見当がつかなかった。だからこそ、今はステラの気持ちを優先したかった。このときに、自分たちの気持ちに決着をつけるべきなのは、イルフォード家の者たちなのだ。

 自分と父の関係の決着は、また別のときにつければいい――少年は、そう思っていた。

 ステラはしばらく黙っていた。が、やがてそっと口を開く。

「あたしは……兄上と、話がしたい」

 微かな言葉を聞いて、レクシオは眉を上げた。意外だと思わなかったし、驚きもしなかった。ただ、不安があるのだ。今の話を聞いたラキアスが、どのような反応をするのか――と。

 ステラは、ぎゅっと唇を引き結んでレクシオの方を見ている。彼は、わざとおどけてみせた。

「いいのか? あの兄さんのことだ、素直には聞いてくれないかもしれないぞ」

「……あたしはそれでも、伝えたい。事件の真実も、父上の言葉も」

 返事はきっぱりとしていた。改めて見れば、ステラの顔にはいつもの生気が戻ってきている。色々あったが、ようやくふっきれたのだろう。レクシオは肩をすくめた。

「そうか。なら、いっちょ戦いに行くか」

「大丈夫よ。レクが何かされそうになったら、あたしが守るから」

「いやー。そりゃ恥ずかしいから、自衛できるように頑張るわ」

 久し振りに軽口を叩いた二人は、小さく笑ってから、それぞれのカップに手をつける。そして、ヴィントが残していった小銭を握りしめ、会計に向かった。


 気付けば、雪は止んでいた。雲間から差し込んだ夕暮れ時の陽光が、白雪を赤く染めている。ステラとレクシオは帰る間も無言だったが、二人の間に漂う空気は穏やかだった。

 やがて、イルフォード家に辿り着く。二人が重々しい門扉を潜ると、『調査団』の面々が待ちかまえていた。

「おかえり! レク、ステラ!」

 ナタリーがにこにこ笑って言う。ステラとレクシオは、それぞれに苦笑した。

「おう」

「ただいま」

 二人が返すと、ナタリーの背後にいた残りの仲間たちが、驚いた様子で顔を見合わせていた。ステラが笑顔で言葉を返したことに、戸惑っているのだろう。元気がない、と思っていたから。だが、レクシオはあえて何も言わなかった。

「にしても、遅かったねえ。寄り道したの?」

 トニーが、門扉の向こう側を見ながら言う。二人は顔を見合わせた。

「寄り道、か。まあ似たようなもんかな?」

 レクシオが言うと、ステラはうなずく。

「そうね。いろいろ……あったからね」

 しみじみとした様子のステラを見て、『調査団』の四人はさらに不思議そうにするが、二人はそれ以上何も言わなかった。

 この後、ステラは祖父と兄に帰宅の報告をした。そして、『調査団』全員でラキアスの夕食作りを手伝うことになる。ラキアスは、ステラとレクシオを見てやりにくそうに顔をしかめていたが、彼らはあえて気付かないふりをしていた。

 そして彼らは賑やかに料理を作り上げ、そして平らげた。騒がしく温かい時間は、ステラとレクシオにとて、久々に心から笑える時間になった。

 だが、夕食も済んで夜が深くなりはじめた頃――ついにステラが、ラキアスを呼びとめた。

「兄上」

 夕食の片づけが終わり、居間で自らの剣を磨いていたラキアスが、何気ない顔で振り向いた。

「どうした? ステラ」

「少し、よろしいでしょうか。――お話ししたいことがあるのです」

 ステラが言うと、ラキアスの眼差しが冷たくなった。妹のいつになく真剣な顔を見て、彼女の用事に見当がついたのだろう。彼は重々しくうなずいた。

「どこがいい?」

「私の部屋に来ていただけませんか。この時間帯なら、仕えの者も入ってはこないでしょうから」

「分かった」

 ラキアスは短く言って立ち上がる。剣を鞘におさめ、壁に立てかけたままステラについてきた。だが、その腰には護身用の短剣(ダガー)がぶら下がっている。それに目を留め、ステラは小さく息をのんだ。

 ステラは、兄を連れだって居間を出た。すると、扉のそばで控えていた影がゆっくりと起き上がる。その姿を見て、ラキアスが目を見開いた。

「よ、ステラ。その様子だと、一応話は聞いてくれるみたいだな」

 居間のそばで待っていた彼――レクシオは、ステラとラキアスを順繰りに見ながら言った。驚きと、憎悪と、戸惑いとがないまぜになった表情のラキアス。彼をちらりと見やったステラは、真剣な顔でうなずいた。

「――行こう」

「ん」

 ステラの短い声がけに、レクシオも短く応じた。

 三人は、ステラの部屋へと向かう。ステラが先頭に立って部屋の扉を開くと、貴族の娘に似つかわしくない質素な空間が開けた。

 円卓と椅子、そして部屋の奥にはベッドがあり、壁には二本の剣が立てかけられている。それだけの部屋だ。装飾のひとつさえない。

 ステラは、兄と幼馴染に椅子を勧めた。それから自分も座った。小さな円卓を、異様な三人が囲む。

 ステラの着席を見届けると、ラキアスが口を開いた。

「それでステラ。話とはなんだ?」

 問われて、ステラはうなずいた。心を落ち着けるために二度、三度と深呼吸をする。それから口を開いた。

「今日、父上と母上の墓参りに行ってきました。そこで――ヴィントと出会いました」

 ラキアスが驚きに目を見開いた。だが、その表情は、すぐ険しいものに変わる。だが、ステラは淡々と話を続けた。

「そして、話を聞きました。十二年前の出来事について、私たちの知らない話を」

 言ってから、彼女はヴィントから聞いた話を兄にもした。内容はだいぶかいつまんだが、十分に衝撃的な内容は伝わったらしく、すべてを話し終えるころには、兄は唖然としていた。

 心地の悪い沈黙が広がる。すべてを語り終えたステラが、どう続けようかと悩んでいると、ふいに向かいの兄が口を開いた。

「……信じたのか」

「えっ?」

 小さな、小さな声。低く沈みこんだ問いかけに、ステラは目を見開いた。彼女が思わず反問すると、ラキアスは鋭い視線を向けて、言いなおした。

「おまえは、その話を信じたのか。迫害された身でも犯罪者でもあるその男が、真実だけを離すとは限らないだろう」

 兄の顔をまっすぐに見て、しかしステラは息をのんだ。

 彼の声は暗い。そして、剣のように鋭い両目は、冷たい光を放っていた。

 逃げ出したい衝動にかられる。それでもステラは、息を吸い、腹に力を溜めて、その場に踏みとどまった。

「……私は、信じています。『彼』があの局面で嘘をつくとは思えませんし……レクシオの記憶とも、一致しているようですから」

 ステラは、横目でレクシオを見る。彼は、深くうなずいていた。

 ヴィントとディオルグが戦っていたときは、彼は眠らされていたが、それ以外の出来事はしっかりと覚えているようだった。

 ステラはもう一度深呼吸をして、兄の顔を見据える。

「それに、私は話を聞いて良かったと思いました」

 すると、ラキアスが虚を突かれたように目を瞬く。ステラは弱々しく微笑んで、続けた。

「あの日――雪の中で見た『彼』の顔が、すごく悲しそうだったんです。ずっと、その表情が心に引っかかっていた。彼は何を思って両親を殺したんだろうって、疑問に思い続けていました。でも、今回、やっとその理由が分かって、嬉しかったんです」

 ディオルグとリーシェルは、ヴィントにとって敵であったが、同時に恩人であり友であったのだ。そんな人たちを手にかける苦しみは、ステラにはとても想像がつかない。あの表情の奥に、どれだけの感情がつまっていたのか、考えるだけでも胸が詰まりそうだ。

 だからこそ、兄に理解してもらいたい。傷を負ったのは、苦しみ、悲しんだのは――二人の死に泣いたのは、自分たちだけではないのだと。

 だが、ラキアスの冷たい目から、拒絶の色は消えていなかった。

「……そうか」

 彼は小さな声でそう言うと、おもむろに手を腰へと伸ばし――短剣を抜き放った。鋭い切っ先は、まっすぐにレクシオの方へと向けられる。ステラと彼は、同時に椅子を蹴って立ち上がる。

「なっ……!」

「俺は、話を聞いてこう思ったよ」

 唖然とするステラに向かって、ラキアスは淡々と言い放つ。

「両親の死の、本当の原因はそこにいる少年だとね。彼がいなければ、お二人とヴィントが無用な衝突をすることもなかっただろう。いや、そもそも、父上があいつを家に招くこともなかったはずだ」

 レクシオの目が見開かれる。顔から血の気が引いていくのが、ステラにさえ分かった。

「――兄上っ!」

 彼女は思わず、悲鳴を上げていた。

 兄の言うことには一理ある。そして、レクシオが一番自分で否定しづらいところを突いてきたのだ。ステラにとってはそれが、あまりにも悲しかった。

 どうすればいい。どうすれば説得できる。ステラは、めまぐるしく思考する。だが焦れば焦るほど、良い言葉は見つからない。ラキアスの殺気はどんどん膨らんできている。彼が刃を振りかざすのも、時間の問題だ。ステラが、絶望的な思いにとらわれた、そのとき。

 レクシオが、ステラの前へ出た。

「レク?」

 ステラは、信じられない思いで幼馴染の背中を見る。ラキアスも、驚きのあまり硬直していた。

 そんな中で、レクシオは毅然と言い放った。

「ラキアスさん。そんなに俺が殺したければ、さっさと殺しに来ればいい」


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