涙色の雪
正直、ファンタジーというジャンルにしていいのかよく分からない今シリーズ。ひたすら人間ドラマです。
「雪がふってきた」
冷たいものの気配を感じたステラは灰色の空を見上げ、呟いた。
いつもならはしゃぎ回るところであるが、今の彼女にその天真爛漫さはない。あるのは、ただどこまでも大人びていて、怖いほど静謐な少女の顔だった。
それもそのはず。彼女は今終わったばかりの、一番身近な肉親の葬儀の場にいるのだから。
名門イルフォード家の現当主とその妻の葬式ということで、帝国の各地から彼らに近しい者たちが大勢集まっているため、辺りは喪服を着た人であふれかえっていた。なんとなく不安を覚えた少女は、きょろきょろと周囲を見回し始める。
「……おにいちゃん?」
消えそうな声で呼んでみるも、返事はない。そのことに突然不安を覚えた彼女は、歩き始めた。しかしすぐに、やみくもに歩きまわってもどうにもならないことに気付くと、近くで誰かと話をしている女の人に声をかけた。
「あの、すみません」
女性は驚いた後ステラに顔を向ける。そして、声をかけた張本人が、先程火葬されたばかりであるイルフォード夫妻の娘であると気付くと、憐憫の眼差しを向けてきた。それは一瞬で消えさったが、少女にとってその一瞬は不快だった。
同情なんてほしくない。そんなことをするくらいであれば、『あの事件』を止めてほしかった。父のことも母のことも、あの男のことも、気付いて、止めてほしかった。
誰にも見えない、誰にも聞こえない空間で、悲哀と憐憫の眼差しを向けられるたびに、少女は慟哭している。
今も心にふつふつと熱い物が湧きあがるのを感じたステラは、しかしそれをむりやり抑えこんで、聞いた。今この感情を相手にぶつけても、どうしようもない。
「おにいちゃん、わたしのおにいちゃんをご存じないですか?」
幼い少女にしては、随分と丁寧なしゃべり方。それに戸惑ったのだろうか、女性は少しの間無言だったが、すぐ我に返るとある場所を指さした。
「お兄ちゃん? ああ……ラキアスくんなら、あちらの方で見かけましたよ」
「ありがとうございます」
女性の言葉を受け取り、頭を下げたステラは、先程示された方向へ向けて走り出した。
兄を見つけるのに、さして時間はかからなかった。葬儀場のすぐそばにある小高い丘の上に、見覚えのある姿がたたずんでいるのが見えたから。そこまで走って来たステラは一度息を殺すと、次に呼びかけた。
「おにいちゃん!」
すると、彼女と同じ茶髪の少年が振り向き、笑う。たくましい顔に似合わない、どこか儚い笑みだった。
「ああ、ステラ。来たんだね」
「うん。何してたの?」
兄の方にかけよったステラは、静かな声で問いかける。すると兄は丘から見える町の方に目を向け、呟くように答えた。
「少し、思い出していたんだ。おまえが生まれたばかりの頃、それを記念して、とかいって、父上と母上が俺の腕を引きながら喜々としてこの丘にやってきたこと」
兄の答えに、少女は沈黙する。自分が生まれたばかりの頃のことなど、覚えてはいない。だが、たしかにこの丘から見える風景には、どこか言い得ぬ懐かしさがあった。
兄の言葉は続く。
「あのときここから見た景色は、とても美しかった。もともとの美しさもあるけど、何より、おまえと父上と母上がいてくれたから、余計に美しく見えたのだろう。今でも、鮮明に覚えている」
だけどその今は、少し、さびしいよ――彼の言葉はこう締めくくられた。ステラとしては、珍しく感傷に浸る兄にどんな言葉をかけて良いのか分からなくなり、いささか戸惑っていたところである。結局、「うん」とだけ言った。
直後に、兄は振り返る。そのときの彼の目は、ステラがたじろぐほど鋭い光を放っていた。
「俺は、許せない。父上と母上を奪ったあの男が。あの男の意志を継ぐであろう者が」
言葉は簡潔かつ遠まわし。しかし、その先にどんな台詞が続くのか、妹たる少女には分かった。分かってしまった。
――俺は、許せない。父上と母上を奪ったあの男が。あの男の意志を継ぐであろう者が。
――だから俺は、復讐するんだ。
口には出なかった言葉を聞いた気がして、ステラは戦慄した。言いたいことはあったが、これ以上兄の前で何かを言うことなど到底できるわけがなかった。
だから、心の中だけにとどめる。
――でも、あの人は……
ステラは兄と共に、両親が殺される瞬間を見た。錯乱する自分がいる一方で、どこか冷静に物を見ている自分がいたのも覚えている。だから、覚えていた。
――あの人は、かなしそうだったよ?
両親を手にかけ、血を浴びた男の冷たい瞳が、今にも泣きそうなほどに揺れていたことも。