MAY-YA スーパーLIVE!
場面はとあるライブ会場。観客席には女性を中心としたファンたちが隠し切れぬ興奮を顔に浮かべて開演の瞬間を待っている。
と、スポットライトの光条がステージ上の闇を切り裂き、ギターを肩から下げ、首にコルセットを嵌めた一人の男の姿を照らし出す。
瞬間、怒号の如き歓声が会場を激震させる。
――キャー! メイヤー! カッコイイー!
全国ツアー、その初日の幕開けである。
ファンのみんな、今日は僕のライブに来てくれてどうもありがとう。今日という日が皆にとって幸せな一日になるよう願っているよ。
ところで、曲に入る前に一つ話しておくことがあるんだ。
うん、一目見て分かったと思うけど、実は首を怪我しちゃったんだ。その事について少し触れておこうと思う。
それは昨日のことなんだけど、僕はデパートに行ったんだ。今日はライブ初日だし、景気づけにワインでも買ってメンバーの皆と飲もうかと思ってね。
その後、エレベーターに乗った時になんとなく屋上のボタンを押したんだ。本当に気まぐれでね。
そこはよくある子供用の小さな遊園地みたいな場所になってたんだ。
それで僕も子供の頃が懐かしくなってね、パンダに乗ってみたんだ。百円入れると音楽が流れて動き出すやつだ。
跨がる、ハンドルを握る、硬貨を入れる。音楽が流れ出す、でもパンダは微動だにしない。
大人だから重くて動かないのかな、と思って降りようとしたんだ。そこで後ろから衝撃。
首がガックーンとなったと思ったら激痛。思わずシャウトしちゃうくらいの激痛。
首を押さえて振り向くと、虎に乗ったガキがニヤニヤしながらこっち見てる。ニヤニヤしながらガンガンぶつかってきてる。
それで思わず手が襟元に伸びて……おっと、そろそろ曲に入ろうか。
それじゃ聴いてください。今日の一曲目、『空を舞った少年』。
ありがとう、今日はみんな凄くノリがいいね。最高のライブになりそうだよ。
ええと、それでどこまで話したっけ? ああ、デパートまで。その続きだね。
その後、家に帰った後も首の痛みが取れなかったんだ。大事なライブ前だし、何かあっては大変と思って医者に診てもらったんだ。
それで近所の小さな整骨院に行ったんだけど、それがまた酷かった。
僕が一通り症状を説明したら、僕を俯せに寝かせてから取り敢えず少し触ってみますね、って言って首筋を触り始めたんだ。
ここは痛みますか、いえ大丈夫です。ここはどうですか、少し痛みます。ではここは、痛いです先生凄く痛いです。じゃあこっちは
首がゴッキーンと鳴ったと思ったら激痛。思わずエア・男子100メートルバタフライ決勝しちゃうくらいの激痛。
涙目で振り向くと、白衣着た先生がニヤニヤしながらこっち見てる。ニヤニヤしながらカルテになんか書いてる。
先生はごめん手が滑った、って一応謝ってくれた。ニヤニヤしてたけど。
それで結局首の様子はどうなんですかって聞いたんだ。そうしたらその医者、何て言ったと思う?
よく分かりませんのでもっと大きな病院で診てもらって下さいって。紹介状書きますから、って。ニヤニヤしながら。
それで外に出たら、会計のお姉さんが紹介状出して一万円になりまーす。
思わず先端が鉄で出来てる頑丈そうな傘を持って診察室に乗り込んで……え? 次の曲? もうそんな時間?
それじゃ一旦歌に入るよ。セカンドシングルから、『トレパネーション』。
この歌のタイトルのトレパネーションっていうのは、ドリルとかを使って頭蓋骨に穴を開ける凄く危ない手術のことだよ。真似しないでね?
ところで、どうでもいいけど首が動かないから水が飲みにくいね。これ外していい? 駄目?
まあいいや。続きだけど、その後紹介された大学病院に行ったら検査の後でムチウチって言われたんだ。
もうびっくりしたよ。次の日からツアーが始まるのにいきなりそんな事言われてさ。
必死に説得してライブの許可は貰ったんだけど、あまり激しい動きはしないように厳しく注意されたよ。
ちょっと遅かったよね。
それでまあ、コルセットを付けて家に帰ったんだ。すると、家の前に数台のバイクと車が並んでてね。
バンドの皆のだとは一目で分かったけど、どうしてうちに来てるんだろう。そう思いながらドアを開けたんだ。
アルコール臭。酒盛りしてやがったよ。僕抜きで、僕の家で、僕のワインセラーからお気に入りを勝手に引っ張り出して。
その時点でスイッチが入りかけたけど、なんとか我慢したよ。だって十年以上付き合ってきた仲間だしね。多少はこういう風に無遠慮になるところがあっても仕方ないと思ったんだ。
で、深呼吸して気持ちを落ち着かせてたら後ろからガッツーン。
視界がグラッとしたのと同時に激痛。思わず三途のリバーサイドでコーラン唱えながら胸元で十字を切っちゃうくらいの激痛。
リアルに泡を吹きながら振り向くと、酒ビン持った男がニヤニヤしながらこっち見下してる。ニヤニヤしながらスルメくっちゃくっちゃしてる。ワイン飲みながら何故かスルメ。
メイヤなにそれ、新しいアクセ? ダサくね、デカイし安っぽいし。ニヤニヤしながらそんなこと言ってんの。
お前コルセットも知らないのか、そう言おうとしたら他のメンバーも僕が帰ってきたことに気付いた。
で、そいつら僕の姿見てゲラゲラ笑い出してさ。
メイヤさんなんすかそれ、新しいギャグ?(笑)とか、それ明日は付けないで下さいねwwwマジありえないっすからwwwwwとか言ってんの。
もう馬鹿。どうしようもない馬鹿だらけ。
いいかお前ら、これは首を怪我した時に付ける物で、って言いかけたらまたガッツーン。
倒れた上から次々ガッツーンガッツーン。なんかこれ防御力高そうっすね、ニヤニヤニヤニヤ。完璧出来上がってたね、あいつら。
その間も他の奴らは次々ワイン開けてんの。一本何万もするのを。一口飲んでは放り投げて。ニヤニヤしながら。ニヤニヤ。ニヤニヤ。
そうしたら僕もなんだかすっごく楽しくなってきてね。とりあえずまず最初に上のやつを引きずり倒して動かなくなるまで一通り殴打した後、転がってたコルク抜きを拾って残りの二人を……
ああ、また話が長くなったね。それじゃ次の歌に行こうか。
今回のツアーのために書き下ろした新曲、『樹海に消えた演奏家たち』、聴いてください。
――その直後に会場に乗り込んできた警察を、MAY-YAは両手に持ったギターとマイクスタンドを華麗に振り回して撃退。
――更に応援要請によって駆け付けた機動隊をも蹴散らし、会場の半径1キロに緊急警戒態勢が敷かれるという非常事態に発展。
――そうして、そのライブは一夜にして伝説となった。
鞭打ち症になった際に首に付ける器具ですが、ポリネックとかソフトカーラー、頚椎カラーなど色々呼び方があるようです。
私はコルセットと呼んでいたので作中ではそうさせていましたが。まさにトリビアル(どうでもいい)。