第8話
お久しぶりです。
更新再開……予定です。
『どうしたいんだ?』
と聞かれて、何と言うのが正解だったのだろう。
どう―――――――初夜をしたいか、なんて。そんなの、初心者にわかるわけないでしょうっ。
苦肉の策として、リエナー女史の『すべて任せればいい』という言葉を参考にしたのだが、どうやら不正解だったらしい。
図らずも、リエナー女史の経験ナシ説を裏付けるような結果になってしまった。
「『普通で』ってお願いするべきだった? でも、普通ってどんなのが普通なのかわからないし」
二人用の広いベッドの隅っこで、リュシールは一人寝返りを打ちながら反省するしかなかった。
どこでも寝れる、という王族としてどうなの? という体質を自慢にしていたリュシールだったが、さすがに初夜に一人で取り残されて、ぐっすり眠れるわけがなかった。
浅い眠りを繰り返し、エリックが戻ってくるかもと待ち続けたが、とうとう朝になってしまった。
幸せが逃げるというため息を大きく一つついて、リュシールはベッドから起き上がった。
まるで、それを見計らったように控えめなノックの音が届く。
「リュシール様、ミリアでございます」
「どうぞ、入って」
一人ベッドに座ってぼんやりとするリュシールに、ミリアが声をかけるのをためらっているようだった。
「その様子では、昨夜のことは屋敷中に知れ渡っているみたいね」
「……はい」
「ふふ、リエナー女史の言葉はやっぱり間違いだったわよ。すべて任せればいい、なんて―――」
「リュシール様っ」
蔑にされた。勇気を出して覚悟を決めていたのに、そんなもの必要もなかった。
悔しさと恥ずかしさに言葉が途切れ、唇をかみしめる。
「何がいけなかったのかしら。笑顔で、エリック様に従順であれば、いい妻なんじゃなかったのかしら。仲睦まじいって難しいわ」
仲睦まじく振舞おうといったくせに、自分からその役目を放棄して出て行ってしまったエリックに。そして、エリックの求める答えを出せなかった自分自身に、リュシールは苛立ってしまう。
しかし、それを押し殺してミリアに笑顔を向けた。
「とりあえずエリック様にお話を聞きたいわ。支度をお願い」
※ ※ ※
リュシールが手早く身支度を整え、私室のある二階から一階へと降りていくと、ちょうど屋敷を出ようとしているエリックと鉢合わせした。
「おはようございます。エリック様」
「…おはよう」
「どこかへ出かけられるのですか?」
「仕事だ」
エリックが身にまとっていたのは、青い軍服だった。
王家の者ではなくなったエリックは、もう黒い軍服を着用することはないのだろう。ぼんやりと、そんなことを考えていると、エリックはそのまま目をそらして足早に屋敷を出て行こうとしていた。
「お待ちください、エリック様」
リュシールの呼びかけに、エリックの足が止まった。
振り返り、その目が自分を見ていることを確認して、リュシールは口を開く。
「私は、覚悟を決めてこちらへ嫁いでまいりました。王族ではなくなりましたが、帝国貴族として領地を預かる者として、誠心誠意努めたいと思っております」
別居するのではなく、妻として場所を用意してくれたエリックに対し、リュシールは感謝していた。たとえ、初夜を放棄され、蔑にされた今でもその気持ちは変わらない。
そのつもりで、エリックに告げたというのに、返ってきたのは嘲笑だった。
「それが、一晩考えた答えか」
失望と非難が込められた暗い声だった。
「他に、優先するべきものがあるだろう?」
「『他』、ですか? デガルトに嫁いできた以上は、ファストロよりデガルトのことを考えねばならないとわきまえています。もちろん、ファストロを切り捨てることはできませんが…」
予想外のエリックの反応に、リュシールは狼狽えそうになる自分に叱咤して、説明をしようとしたが、「そうではないっ」というエリックの苛立ちのこもった声に遮られた。
「貴族としての義務も、領主の役割も、私が背負うものだ」
リュシールなど必要ない、というような冷たい声だった。そして、冷たい視線。それは、母から向けられるものによく似ていた。
良い関係が築けるのかも、と期待したリュシールの心が、冷たく凝っていくのを感じた。
蒼ざめ、言葉が出ないリュシールからエリックは目をそらした。
「あなたが一番にすべきことは別にあるだろう」
吐息とともにそう呟いたエリックは、そのまま振り返ることなく屋敷を出て行ってしまった。
残されたのは、もう何も言う気力もないリュシールと、困惑や侮蔑といった好意的ではない視線を向ける使用人たちだけだった。
長らく間が空きましたが、少しずつでも更新していく予定です。
よろしければお付き合いください。




