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第11話

 ちょっと失敗したくらいで、働かせすぎだと思う。こっちは新婚1日目なんだぞ。


 と胸を張って言える度胸はない。

 そんな主張をしたところで、「それが上に立つ者の言い草か」「新婚1日目で出仕してきたのは誰だ」と何倍にもなってネチネチと言い返されるだろう。

 そんな執念深いラミーヌに睨まれながら、秋宵会の計画案を基に正式なものへと練り上げていく作業をしていた。

 窓の外はすでに、夕闇に彩られていた。そろそろ夕食の時間になるが、帰れる気配がない。


「よそ見はそのくらいにして、きりきり働いてください」

「ハイ」

「不満そうですねぇ。私は昨日の夜から寝ていないんですけどね。誰かが重要書類を提出済みと言われるもので、青くなって部屋中大捜索ですよ」

「…悪かった」


「しかも、出てきたのは去年の使い回し! こんなもの使えないじゃないですかっ」

「どうして使えないんだ。去年を参考にしたが、人員や警備ルートは再検討したものだ」

「へー、これでですかぁ。ご自身の新妻さんが初参加なくせに、この程度の人数で足りるとでも」


「それは、常に俺が一緒にいるなら―――」

「しかも、それまで屋敷に囲っておいて、秋宵会が初社交の場だというのに?」


 糸のように細い目のくせに、言い返せないエリックを眼光鋭く射抜く。

 だって、リュシールとの仲が深まるまでは、余計な横槍を入れたくない。それに、少しは二人きりで過ごしたい。


 自分でも子供じみた言いぐさだとわかっているだけに、エリックは口を噤むしかない。そんなことを口に出したが最後、未だ開いたところを見たことのないあの糸目が、カッと開いて光でも放ちそうな気がして恐ろしい。


「問い合わせと、遠まわしな招待状の請求が、秋宵会を担当する部署に多数寄せられているそうです。人数は例年の2倍と考えてください。設営をする者たちも、今から変更かとおおわらわですよ」

「……」

「さぁ、頑張りましょう。大広間を使いますが、それだけでは足りないので、こちらの東館の広間も解放するようです」

「ぐぐぐ…」

「朝までには帰しますから、ちゃっちゃと警備体制を検討してください」




 結局、エリックが屋敷に帰宅できたのは、深夜になってからだった。

 今朝家をでるとき、こんなに遅くなるとは思っていなかった。リュシールの態度と今後のこと、ままならない自分の気持ちを整理したくて、少し頭を冷やそうと出かけただけなのに。

 仕方なく、イズを使いリュシールに夕食を済ませ先に寝てもらうよう、ジョゼフには連絡しておいたが、帰宅して薄暗く寂しい玄関を見ると、ため息の一つもつきたくなる。


 新婚なのに。


 新妻が帰りを待ちわびて、「おかえりなさい」と出迎えてくれる、という夢は見ちゃいけないんだろうか。と、出迎えてくれたジョゼフを見て不満げな顔をするエリック。

「自業自得でしょう」

 とジョゼフからにべもなく言い切られてしまった。


「遅くなるとお伝えしたところ『他に懇意の方がいらっしゃるのかしら』と聞かれました」

「なっ、…そんなことあるわけないだろ!」

 どんな苦労をして本命リュシールを手に入れたか。他を見る余裕もなかったというのに。


「新婚1日目にして妻を残して外出する夫は、疑われて当然でしょう。一応否定しておきましたが、私からの言葉ですのでどこまで信用していただけたかは不明です」

「わかった」

 周りに女の陰はないのだし、そのうち誤解も解けるだろうと、エリックはさして問題にもしなかった。

 深く考えることができないまでに、疲れ切っていた。


「明日も出仕だ」

「あまり逃げますと、次顔合わせるのが気まずいと思いますが」

「本当に仕事だ。秋宵会の規模が大幅に変更になって、警備内容の見直しが必要だ」

 ため息とともにそう告げると、ジョゼフが何とも言えない表情でエリックを見ていた。


「朝、リュシールに屋敷の案内くらいしてやれる」

「それは必要ないかと」

「なんだと?」

「本日済まされました」

「お前が役目を変わったとでもいうのか」

 非常識にも夫以外に案内してもらったのか、と不機嫌そうに問い返すと、ジョゼフから何を言っているのかと冷たい視線が返される。


「いいえ。そう申し出ましたが、必要ないとおっしゃって、ミリアを連れて一人で回られたようです」

 一人で見て回るというのも、十分非常識な行動だった。

 しかし、考えてみればリュシールにこの国の常識を教えなかったのはエリックだ。

 マナーや規則などは勉強してきたかもしれないが、その地域の慣習というものは、勉強できるものではない。生活し、覚えていくもの。

 それに、リュシールのその非常識な行動は、エリックが出かけたことによるものだ。


「……そうか。では、明日はさっさと行ってさっさと片付けてくる。寝ているところを起こしても悪いだろう。今日も昔の部屋を使う」

「かしこまりました」


 付き従うジョゼフを連れて、西棟の一番奥へと向かう。

 そこは、今は客間としているが、子供の頃親しんだ自分の部屋。昨夜寝室を出た後、迷いなくこの客間に移ってきた。しかし、一睡もできず、保管してあった観察記録の整理をしていた。

 それらを放置して出かけたので、ジョゼフが誰も部屋には入れないと思っていた。しかし、ドアを開けてみれば散らかっていたはずの部屋は、ある程度整えてあった。

 あまりの散らかりようにジョゼフが片付けたのだろうか。

 エリックは振り返ってジョゼフを見たが、その顔には叱咤の色はない。そればかりか、どことなく面白いものを見た、という楽しさが浮かんでいた。


「どうかしたのか」

「いいえ。御用がないようでしたら、私はこのまま下がらせていただきます」

 そう言って、ジョゼフは何も言うことはなく下がってしまった。残されたエリックは、どことなく違和感のあったジョゼフの対応に首を傾げながら、昨日と同じようにソファに座る。

「なんだ、これ?」

 整えられた紙の束の上に、見慣れないものが一つ。


 まだ青いドングリの実が、文鎮のごとく鎮座していた。


お読みいただき、ありがとうございました。

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