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第1話

お久しぶりです。加筆が収拾つかなくなってきたので、新たに投稿しなおすことにしました。

よろしくお願いします。

ようやく、…ようやくだ。


 教会の入り口が開き、そこから歩いてくる彼女を見て、思わず熱いものがこみあげてきた。潤んだ瞳を誤魔化すために、エリックは瞬きをしてそれを追い払う。


 ようやく、彼女の手を取れる。

 軽い気持ちで伸ばした手を、怒りと共に振り払われて、7年。

 周囲を黙らせて、正式に彼女に求婚して、5か月。

 長い時間だった。

 求婚してから今日までの5か月間は、期待と不安で時間の流れを遅く感じて、それまでの7年よりも長く辛いものだった。


「リュシール」


 小さく名前を呼ぶと、バージンロードの中ほどまで進んでいたリュシールが、ふわりとほほ笑む。

 真っ直ぐに向けられたそのほほ笑みは、辛かった長い時間のことなど忘れ去ってしまうほどの破壊力だった。

 名前を呼べる嬉しさ。そして、それに応えて返される笑顔に、エリックは真面目に取り繕っていた顔が崩れてしまう。


 リュシールのために作った純白のウェディングドレス。髪を飾るのは、デガルト帝国で最も親しまれているカミルの花だった。白い花弁に黄色い花芯。細かなカミルの花が、キツく見えがちなリュシールの美貌に可憐さを添えていた。

 ゆっくりと歩いてくるリュシールに我慢できず、エリックは一歩踏み出して手を伸ばした。

 不作法とも取られるその行動を、リュシールは楽しそうに笑って、伸ばした手に片手を預けてくる。

「リュシール…。ずっと、君が欲しかった」

 7年前のあの日から、リュシールの強い視線に捕らわれてきた。

「君が好きだ」

 真摯に告げたエリックの心。

 その告白に、リュシールは笑みを浮かべたまま――――……。








 目を開けたエリックは、自分が今どこにいるかわからなかった。

 神殿にいたはずなのに、目に映るのは物が乱雑に積み上がった見慣れた執務室の一角だった。

 山積みになった資料の一番下に、図書室からしきりに返却を求められていた『ヨウムの生態』『デガルト帝国の植生図』の本があるのが見えた。資料の山の向こうには、褐色の衝立があり、何故か衝立に投げかけておいたはずの黒い外套が落ちている。


 各師団長には、執務室が与えられている。エリックは、「部屋に帰るのは面倒」という理由で、その一角を仮眠室として利用していた。もう、ほぼそこで生活してると言える。

「いい加減、巣からでてきてください」

 さっきまで、目の前には微笑むリュシールがいたというのに、今は見たくもない副官の仏頂面がある。

 その落差に、エリックはうんざりとしたようにため息をついた。


「ため息をつきたいのはこっちです。巣を解体するって言ってたはずでしょう。なんで全く片付いてないんですか」

「いい夢だったんだ」

「あーそうですか」


 いつもながら、上官を上官とも思わないダリウスの態度。しかし、いつもなら問答無用で張り倒されるのに、最低限のラインは保っている。

 そのことを疑問に思い、のろのろと衝立から顔を出すと、簡易の応接用のソファに座っている人物が見えた。正直、ダリウスよりも見たくない人物だ。

 エリックと同じ黒髪に、特有の軍服。後ろ姿だけで誰だかわかった。


 見なかったことにしよう。


 その気配を感じたのか、ダリウスがわざわざ教えてくれる。

「元帥がお待ちです」

「俺はいない」

「そんな子供みたいな言い訳が通用しますかっ」

 乱暴な所業で巣に潜り込むと、積み上げていた資料の束がなだれ落ちる。ダリウスの潜めた声とその物音から、こちらにいるのはバレバレだったようだ。


「上官に向かっていい度胸だね、師団長」

「今日から2週間休暇をいただいてます」

「では、お兄様に向かっていい態度だね、エリック」

「……」


 どう反論しようと、この兄 皇太子であるレナルドに勝てたことはない。エリックは懸命にも口を閉じることにした。

「大事な日を明日に控えているのに、こんなところで惰眠をむさぼっているとはね。わざわざ、アスティダへ人をやったのに。いないと聞いて、リオネルに第4師団を動かしてもらったんだよ」

 エリックを探すのは、第4師団長のリオネルに頼んで、暗殺・諜報を司る者たちを動かすほど重大なことではない。


「それほどの急用でしたか?」

「あぁ、休暇に入る前に『秋宵会の警備計画案』の提出をしてもらいたくてね」

 レナルドの言葉に、ダリウスが『まさか、まだ提出してないのか』と目を吊り上げてエリックを非難していた。

「すでに、補佐のラミーヌへ提出済みです。ないのなら、そちらの不手際じゃありませんか」

「おや、そうなのかな。それはすまない、こちらでももう一度確認してみよう」

 深く追求することもなく、そう言ってあっさり用件を引き下げた。その様子から、書類のことは口実にすぎないのだろうと当りをつけた。ならば、本題はなんなのかとエリックは身構える。

「リオネルにも申し訳ないことをしたな。エリックから謝っておいてくれ」

「……わかりました」

 満足そうにレナルドが頷くのを見て、エリックが苦手としているリオネルに会わせることが目的なのか、と仕方なく了承した。

 憮然とした表情を隠すことなく、ダリウスの入れたお茶を口にして押し黙る。

 無言の抗議に、レナルドが笑い交じりに宥めにかかった。


「そんなに嫌ってやるな。リオネルにとって、お前はたった1人の弟。愛情表現がちょっと過激になってしまうのは、許してやれ」

「あれのどこがちょっと(・・・・)なのか、教えてほしいです」

「ははは、付け回されて円形脱毛症になったこともあったね」


 もう随分と前のことを持ち出されて、エリックは笑い事じゃないと、目の前にいるレナルドを睨みつける。

 すでに治っているからいいが、多感だった当時は激しいショックを受けて、ふらりと放浪の旅に出てしまった。

 そのおかげで、リュシールを見つけることができたのだから、人生何が幸いするかわからない。


「そもそも、あれは愛情表現ではなくイジメです」

「うーん、それは否定できないな。そのせいで、お前は子供のころから、好きなものや大事なものを隠す癖がついたね」

「壊されたくないですから」

 幼少時代のリオネルの悪行が、エリックの脳裏によみがえり、苦虫を噛みしめたような顔になってしまう。

 そんなエリックを見て笑っていたレナルドが、やんわりと注意してくる。


「秘密主義なのもいいが、大事な話は前もってすべきだと思うよ?」


 それが本当の本題か、と油断しかけていたエリックは苦虫を噛み潰したような顔になりながら、正面から向けられるレナルドの視線を受け止めた。

 その手段は若干後ろめたくはあるが、やったことに後悔はしていないし、それが最善だったと胸を張って言える。

 エリックは臆することなく、レナルドに向き合った。


「お前がどんなに切望していたのか、よく知っている。けれど、その選択はないんじゃないか?」

「父さんには―――。王には話を通してありましたから。それに、ああしなければ納得しない連中もいました。今後を考えれば、最善の道だったと言えます」

「エリック…」

「もう決定されたことです」

「―――小さい頃あんなに可愛かったエリーが、お兄ちゃんに歯向かうなんてっ」

 芝居がかった仕草で、レナルドが大げさに嘆く。その姿を冷めた目で見ながら、エリックは「今までと何も変わりません」と口先だけの言葉を吐く。


「騙し打ちのように案件を通したくせに。お兄ちゃんはそんな風に育てた覚えはないよ?」

「こんな風に育てられたんですよ」

 過干渉の家族たちから逃げるには、騙しうちでも何でも使える手は使わないといけない、と長年の経験で学んでいた。

 レナルドがこんな風に芝居がかってなじるのも、本気で怒っていない証拠だとわかっている。

 ひとしきり「可愛くない」と責めて気がすんだのか、レナルドはようやく拗ねたような表情を改めた。


「確かに、決まってしまったものは仕方がないね。何も変わらないというのなら、今まで通りちゃんと顔を見せにくるように」

「―――はい」

 釘を刺されたエリックは、不満を押し殺して返事をした。しかし、次に付け加えられた言葉に、ぐっと息が詰まった。


「母さんも、お前が熱望した姫君に会いたいと言っていたからね」


 あの母が、リュシールと会った時の反応が怖すぎる。と、エリックはレナルドの言葉を聞かなかったことにすることを決めた。

 内心を読み取られないように、笑みを貼りつけて明確な返答を避けた。しかし、そんな姑息なエリックの心など、レナルドには手に取るようにわかってしまったようだ。

 呆れたようにため息をつかれてしまう。

 リュシールのことも、結婚の経緯も知っているレナルドは「会わせない方が無難だろうね」と、エリックの考えを支持し、用事は済んだと帰って行った。

 残されたのは、疲れ切ったエリックとそれに軽蔑の眼差しを向けるダリウスだけだった。


「花嫁に家族を紹介しない、とか無理だろ」

「幸い、慣習として『蜜月期間』がある。その期間、社交的な誘いはありえないから、その間になんとかする」

「なんとかってなぁ」

「最悪、公的な場であれば、母さんだって余計なことを言ってこないから、大丈夫だ」

 そうであってほしい、という半分くらい希望を込めてそう言うと、ダリウスはその視線を呆れたものへと変えた。 

「私的な場では会わせないと? 最低だな。本当に口説く気あんのか? 絶対、結婚に乗り気じゃないと思われるぞ」

「乗り気に決まってるだろ! どれだけ明日を待ち望んできたかっ」

「それを面と向かって言えるのかよ」

 その馬鹿げた質問に、エリックは自信満々で「当たり前だ」と答えた。

 ダリウスが何を心配しているのか知らないが、リュシールに『この日を心待ちにしていた』と言うくらいできる、とエリックは胸を張った。


 その姿をダリウスが胡散臭そうに見ていた。


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