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イコール  作者: 狼太郎
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3

 翌朝、俺にとって悲報が飛んできた。

「何も覚えていない?」

 少年は明け方頃に目を覚まし、エリーおばさんと会話を少ししたらしいが、如何せん自分のことについて何も覚えていないようなのだ。おじさんが言うには記憶喪失というものらしい。

「じゃあ自分の名前も、歳も、どこから来たのかもまったくわからないっていうのかよ」

 いつもは一家に俺が加わった四人での朝食だったが今日は一人多かった。

「名前は覚えてるらしいのよ」

「アベルですって」

「アベル、ねえ」

 正直俺はがっかりした。おばさんの横で恥ずかしそうに少しづつスープを飲むこの少年、アベルが昨日まではダイヤモンドの原石に見えたが、今はその輝きが消えかかってしまった。

「カイン。今日は空いてるか?」

「ああ、収穫は昨日したし大丈夫だけど」

「食事が済んだらアベルを連れて村長のところに行こう。アベルもいいかい?」

 アベルは小さく首を縦に振りまたスプーンを口元に運び始めた。

「あら、にんじん残してる」

 

しばらくして俺とおじさん、アベルは村長の家に向かった。おじさんが前を歩き俺とアベルがそれについていく形だ。会って数十分でわかったことはふたつ。一つはアベルは大人しく口数が少ないということ。それとにんじんが嫌いなことだ。時折アベルの顔を見てみるがアベルの顔をこちらへと向かなかった。村長宅に着くとおじさんは「さきに事情を説明しておく。二人は外で待っててくれ」と言ってそそくさ中へと入ってしまっていた。

 俺は気に寄りかかりながら待つことにした。アベルは出たときと変わらない姿勢で手を前に組み顔を伏せている。

「……なあ」

 アベルに声をかけてみたが返事がない。

「なあアベル。なんで畑にいたんだ?」

 返事が一向に来ないので諦めようとしたときアベルの口が微かに開いた。

「……よくわからない。気づいたらベッドにいたんだ」

「じゃあなんで名前だけわかるんだよ」

「なんとなく。そう思っただけ」

 記憶がないということはそういうものなのか、と俺は無理やり納得した。

「まあいいや。俺はカイン。よろしくな」

 アベルに握手を求めると、よろしくとか細い声で応じてくれた。アベルの不安そうな姿に俺はどこか懐かしい気分に浸ってしまう。理由はわからない。

 おじさんが俺たちに声をかけ、家の中へと案内されると村長は俺たちと握手をした。

「やあカイン。そしてこの子がアベルくんだね。アベルくんはじめまして。私がこの村の村長をしているフレデリックです」

 アベルはまた俯いたまま握手に応じた。

「話はカールから聞きました。知らないことだらけで随分怖い思いをしたでしょう。でももう安心なさい。この村の者はみな君の味方だ」

 村長は安心させようとアベルの頭を優しく撫でた。しかしアベルは余計体に力が入っていた。どうやらこいつは極度の人見知りらしい。

「アベルくんはこのあとどうする予定なのですか?」

「はい。とりあえず我が家で共に暮らし、記憶を取り戻すのをゆっくりと待とうと思います」

 それはよかった、と村長も安堵の表情を浮かべた。しかしアベルの両目は依然として地面を見ていた。俺はここで一つの提案を思いついてしまった。閃いたあとにそれはどうかと考えてしまったが思い立ったが吉日、村長とおじさんに提案してみることにした。

「なあ村長。俺に一つ考えがあるんだけど」

「考えとは一体?」

「俺は生まれてからずっと一人だ。勿論おじさんやおばさん、あとサラにもまあ世話になってるけどまあ基本は一人だ。一人で暮らして一人で働き一人で寝る。だから……」

「アベルとともに暮らしたいと?」

「そういうことさ」

「カイン。お前はまだ子供だ。もし自分の世話が出来たところで他人の世話まで出来る力量があるのか?」

「わかってる。わかってるよ。勿論は朝と夜はおじさん家で二人分厄介になる。アベルを養えるぐらいの仕事もする。アベルが嫌なら大人しく引き下がる。それでいいだろ」

 おじさんはなにか言いたいようだったが口には出さなかった。

 俺はアベルと同じ目線で話かけた。

「俺んちって俺しか住んでないから無駄に広いけど部屋は汚いし風呂も臭い。それでも、もし良かったら一緒に暮らそうぜ」

 アベルはしばらく下を向いたままだった。しかし俺と目が合いそれからこくんと首を縦に振った。

 嬉しくなった俺はアベルの肩に手を回しがっちりと肩を組んでやった。

「今から俺とお前は兄弟、つまりは家族だ。わかったなアベル?」

 大人たちは呆れたような顔をしていたが、アベルは気のせいかさっきより少し強めに首を縦に振った。

 出会ってばっかの俺となぜ共に暮らしてもいいとアベルは思ったのだろう。もし俺がアベルに惹かれたようにアベルも同じ思いを抱いてくれていたら嬉しいものだ。


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