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少年はぴくりともせずただ小さく寝息を立てているだけだった。おーい、と声をかけたり頬を叩いてみたりしたが一向に目を覚まさない。ここに放置するのも流石に酷だ。ナイフの件はあきらめ少年と横に添う形であった見慣れない板を車の荷台に置き、村へ帰ることにした。
俺が生まれてから今まで誰か外の人間が来たということはまるでない。だからこの果てしなく続く地平線の先にこの村以外の人間がいるなんて到底思えなかった。もし神がいたとしてなぜ神は俺にこんなちっぽけな世界しか与えてくれなかったのか。もし神と会うことが出来れば顔面を殴ってこう言ってやりたい。
「お前は何のためにこんなつまらない世界を創ったんだよバカ野郎」
しかし村の人間でないこの少年と出会えたことでこの世界にも切れ目があるのかもしれない。
村に到着すると少年を担いで真っ先に自宅の隣の家へと向かう。ドアを少し強めに叩くとエリーおばさんが戸を開けてくれた。
「カインじゃない。どうしたのこんな時間に?」
「オレンジ畑で人が倒れてたんだ。ほら」
背負った少年を見せるとおばさんは急いで俺を中へと引き入れてくれた。おじさんも騒ぎに気づいたようだ。
「おやカイン。何かあったんか?」
「畑で倒れてる子を見つけたんですって」
「息はあるのか?」
「ああ。寝てるだけみたいなんだ」
おじさんは安堵し、客間のベッドを使っていいと言ってくれた。少年は裸で畑に転がっていたので如何せん全身泥だらけだった。おばさんに手を借りて風呂場で洗い流し幼馴染みの寝巻きを来させて客間のベッドへと運んだ。一息ついたところで居間に行くとサラも目を覚ましたらしく下まで降りてきていた。
「聞いたよ。男の子を拾ってきたって、つくづくあんたって変なことに巻き込まれるわよね」
「嫌味かよ」
「お世辞に決まってるでしょ」
俺はむっとしたがおばさんが間に立ち「あの子この村の子じゃないわよね」と疑問を投げかけた。
「私も見たことがない子だった」
「ねえカインはどうなの? いつも子供たちと遊んでるじゃない」
確かに夕方は村の子供の遊び相手になっているが、見たこともないしあいつらより年は上な気もする。
「そもそもこの村の人間と顔立ちが違いすぎる」と言ったところでおじさんは顔にしわを寄せた。
「畑に倒れてたそうだけど、なんであんなところにいたの?」
「持ち物とかなかったの? 身分がわかるものとか」
「そうだ。板が一緒にあった。あいつと同じぐらいの大きさで見たこともないやつ」
「持ってきたのか?」
「ああ。荷台に積んだままだけど。今持ってくるよ」
家が隣なので一分そこらで板を持って来れた。
「確かに見たこともない板だ」
「お母さんも見たことないの?」
「ないわねえ。一体何に使うのかしら?」
やはりみんな知りもしない代物だった。
「おじさん、もしかしてさあ」
「……どうやら外から来た人のようだな」
村の外には何もない。俺が生まれてからはずっとそういう風に教わってきた。外から人が訪れたことは一度もないし、誰かが外へ行って帰ってきたという話も聞いたことはない。
「でも村の外は荒地と地平線しかないって言われてるのよ」
「私も知らない。ここ数十年村の外の話など一度もなかったからな」
「でももう違う。そうだろ、おじさん」
俺は嬉しかった。あの少年一人の存在でここまで世界が広がることに興奮を抑えられなかった。