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神はこの世界を七日で創造した。村のみんなが司祭の言葉をどれだけ真に受けているかは知らないが、俺は神など信じない。
この村は小さい。荒地だらけの平原にただ一つある丘、その上にあるのが俺らの村だ。水も緑も風も一応はある。ただそれだけだ。それ以外には何もない。辺り一面に広がった荒野には生き物さえおらず、どこまで行っても地平線があるだけだった。
俺に家族はいない。両親は俺が小さいときにはもうこの世にいなかった。近所の夫婦や幼馴染に助けられながら今まで生きてきた。毎年春になれば畑を耕し種を撒く。それからは毎日ずっと畑の管理は欠かさず行い、作物が実るちょうど今頃に収穫をする。そしてまた種を撒く。それが俺の世界だ。この村の世界なのだ。
夕食はいつも一人で食べる。朝は近所の一家でお世話になっていて夕飯も来なさいと幼馴染やおばさんも誘ってくれるがどこか気が引けてしまう。パンとコーンスープを食べ終えると作業場で道具の手入れをする。これを欠かしたことは一日もない。ハサミの刃の部分を研いで丁寧に水を拭きとり元に戻す。この作業を毎日繰り返す。誰が楽しくてやっているものか。この村のため、ひいては俺が生きるためには仕方のないことだからだ。こんなことも考えないでいたほうが苦労はしない。
農具を確認しているとナイフがないことに気づいた。十五歳の誕生日におじさんがプレゼントしてくれた上等なナイフだ。家の中を念入りに探してみたが結局見つからなかった。もしかして畑に置いてきてしまったのか。少し思案したが俺は着の身着のままで車庫へと向かうことにした。
エンジンを入れると年季の入ったバンは不健康そうな音を出した。そのまま村の外へと抜け一本道を十分ほど走っているとこの村で唯一の畑にたどり着いた。いつもなら車庫まで行くとこだけど用事も用事なので、自分の畑のすぐ近くの路肩に止めて俺は車を降りた。
ランタンで足元を照らしどこかに落ちていないか探すが一向に見つかる気配はない。あきらめて畑の車庫を見に行こうかと考えていたとき、突然どこからか鈍い音がした。周りを照らすと隣の畑から土煙が上がっているのが見えた。何が起こっているのか俺は不安になった。小動物か、もしくはオレンジ泥棒か。俺は突然怖くなって革ベルトから研ぎたてのハサミを取り出し、恐る恐る土煙の立ち込める方へと足を踏み出していった。一歩、また一歩前へと周囲を念入りに照らしながら徐々に距離を縮めていく。ついに土煙が立っていたところのすぐそばまで来た。木陰からゆっくりと顔を出し少しずつ光を当てていくと、あろうことか人が倒れていた。それも何も着るものを着ていない状態だった。
俺は慌てて駆け寄り脈を確認した。生きてはいる。年は俺より若い男で、この村の人とは違う顔立ちだ。そして男の横には見たこともない板があった。どうやらオレンジ泥棒ではないらしい。