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Short story 3  作者: 怜悧
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自分のデスクで食べると大事な書類が汚れる可能性があるので、休憩室に行って食べることにした。

心配したよりも御堂は食欲があるようで、話をしながらぱくぱくと平らげていく。

「たまにはこういうのも面白いよね。」

ポテトサラダをきれいに食べ終わった御堂を見ながら声をかける。

「ていうか、先輩とご飯ご一緒するのって初めてじゃないですか?」

「ほら、先輩って呼ばなくていいよ。」

「いや、でも、俺にとってはいつまでも須藤さんは先輩なんですよ。」

職場の中では先輩とは呼ばずにさんづけで呼ぶように。それは彼が新人のころから言っていることなんだけど、ときどき彼はわたしを先輩、と呼ぶ。それはなんだか青春時代のようで、くすぐったい響きだ。

「そういえば、ご飯は一緒に食べに行ったことないよね。」

「あんまり昼だって帰りだって一緒にならないですよね。先輩、俺のこと避けてます?」

ちょっとふざけた口調で、彼が言う。

「そんなことあるわけないでしょ。御堂くんがわたしを避けてるんだって。」

「それは絶対にありません。」

断定口調で言い切った彼がおかしくて、くすくすと笑った。

「じゃあ、この仕事終わったらご飯食べに行く?」

「えっ、あっ、行きます行きます。絶対ですよ。」

ちょっと身を乗り出した彼は、なんだか尻尾を振っている犬のようで、それがまたおかしくてくすくす笑った。

「俺、ちゃんと覚えてますからね。取り消しなしですよ。」

「取り消さないよ。楽しみにしてるから。」

そう言うと、彼の顔が笑顔になった。

「俺も楽しみです。よーし、なんかすごいやる気出てきた。」

食事前よりもいくぶん元気になった彼を見て、すごく嬉しくなった。


「1時間、手伝ってから帰る。」

そう提案したのは自分の仕事が終わった24時。当然のように彼はいいです、と拒否する。

「だから、1時間。どうせ御堂くんが担当している取引関係の書類はわからないから、社内提出用の書類を手伝う。1時間やって終わらなくても、それで帰るから。」

「でも、自分の仕事ですから須藤さんにやってもらうわけにはいきません。」

目の下にくまができてるような疲労をたたえた顔でも、彼はしっかり視線をこちらに合わせて言った。

「御堂くん、時には人を頼りにしたほうがいいよ。確かに自分の仕事かもしれない。でも、これには相手がいることだから。自分でやることにこだわってたら相手を損なうことがあるんだよ。だから、たとえわたしが先輩でも、わたしにできることは割り振って。」

「でも、」

「それともなに、わたしが困っているときは助けてくれない?」

ちょっと意地悪な言い方をすると、慌てたように彼が否定した。

「そんなことないです!」

「じゃあ、同じことだよ。会社では先輩後輩があっても、仕事の内容に上下があるわけじゃないでしょ。どれも大事な仕事だから、時には助け合う、それでいいじゃない。」

うっ、と彼は黙って、考え込むような顔つきになった。

「それにね、感謝してるんだ、御堂くんに。」

「・・・えっ?」

「ちょうど2年前くらいにさ、初めて結構大きなプロジェクトに関わってたんだけどなかなかうまくいかなくて。先輩には怒られっぱなしで自分で情けなくてイライラしたり落ち込んでたりしたんだよね。」

「2年前、ですか。」

「そう。わたしが入社3年目のとき。」

ちょうど今の御堂と同じような感じだったかもしれない。何もかもうまくいかないし、毎日毎日それで帰りは遅くなるし、どこにも愚痴を言えないし。そんな時に、ミーティングから帰ってくるとミルクティーの缶がことりと自分の机に置かれていた。

「あれ、御堂くんだったでしょ。すごい嬉しかったんだよ。」

「・・・気づいてたんですか。」

当時御堂は入社1年目の新人。研修時間が終わった後、いつも人より1時間居残りして、勉強して帰っていたのを知っている。あの日もちょうど自分のデスクに帰って来た時、ちらりと彼の姿を捉えたのだ。

「ごめんね、ずっとお礼いえなくて。」

お礼を言わないといけないと思っていたのだが、忙しさを言い訳に伸ばし伸ばしになって、ついには言わないままここまできてしまった。

本当の理由は、彼の人気だった。

少し幼さの残る顔立ちをしているが、彼はいわゆる「見目のいい」容姿をしている。しかし軽い感じがなく礼儀正しい人柄から、爽やかな青年ということで特にお姉さま方から人気が高かった。最近は仕事の評判も良く、スマートにこなせるようになったことで雰囲気がぐっと大人っぽくなり、年下からも人気が出るようになったのだ。

そういった女の噂は聞き耳を立てなくとも自然に耳に入る。だから彼と話すことでいらぬ誤解や嫉妬をうけることは避けたかった。

(っていうのもいい訳だな。)

お礼をひとこと言うくらいわけないこと。つまりは自分が彼を意識していたからにすぎない。

「まさか、気づいていたなんて思いませんでした。」

少し照れたように、彼が言った。

「ありがとう。」

「・・・いえ。」

ゆっくりと、彼は横に首を振った。

「じゃ、そろそろ仕事しよっか。」

「はい。」



その後、しぶしぶと言った感じではあるが、彼はいくつか書類をわたしに割り振った。ぱっと見た感じ、やはりわたしの負担が少ないように配慮して簡単な書類を渡してくれているようだったので、ひとつ余分に勝手に書類を拝借する。

お互いひとこともしゃべらずひたすら、かたかたとキーをたたく音が響くこと、1時間。

25時になったところで切り上げ、わたしは彼に近づいた。

「だいたいできたと思うけど、あとで確認しておいてね。」

「・・・1時間でこんなにやったんですか?って、俺この書類渡してましたっけ。」

やはり気づいたか、と思ったがとぼけておく。

「あったよ。さすが、ちゃんと1時間で終わる量になってたね。」

彼はちょっと睨むように、じっとこちらを見つめる。

その無言の視線にちょっと怯むけど、そらさないで見つめ返す。

と、ふと彼の視線が緩んだ。

「・・・ありがとうございます。」

彼の切ない表情は、わたしの心をかき乱す。

ううん、と首を振った。

「じゃあ先に帰るから、あと頑張ってね。」

席を立ってかばんを持ち、笑顔を向けた。

一瞬彼がものすごく寂しそうな顔をしたような気がした、が、次の瞬間には笑顔でこちらを見つめていた。

「今日は本当にありがとうございました。また8時間後に。」

「そっか、8時間後ね。」

「おやすみなさい。」

「じゃ、お先に。」

フロアを後にしたわたしはあらかじめ呼んでおいたタクシーに乗りこんで家に帰り、目覚ましを普段より30分セットしてベッドにもぐりこんだ。



翌朝、眠たい目をこじあけてなんとか起きたわたしはシャワーを浴びた後、いつもより30分早く家を出た。

それは、やはり御堂の様子が気になったからだ。

仕事は間に合ったのか、少しは休めたのか、朝食は食べたんだろうか。

気にしすぎだ、と自分でも思うけど、気になるんだから仕方ない。

気が急いたからか、始業の1時間前に会社に着いた。

時間は朝8時。

フロアには誰もいない。御堂の姿もない。

鞄を自分のデスクに置くと、メモが一枚置かれていることに気づいた。

『須藤さんへ

おかげさまで仕事無事に終わりました。

1時間寝る時間もできました。

本当にありがとうございました。

朝7時、御堂』

几帳面な字でつづられているメモを見て顔が緩むのがわかる。

そこで気づく。朝7時から1時間寝る、ということはそろそろ起きるつもりなんだろうか。

とりあえず自分の始業準備をして、彼の様子を見に行くことにする。ほかの人は30分前になるとちらほら出社してくるから、30分前になっても彼が席に戻ってこなかったら様子を見に行くことにしよう。



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