AI作品の総量規制することはむしろ「AI作品の質」を上げることになる
筆者:
今回は生成AI作品が忌避される理由と、
逆に生成AI作品を忌避しすぎることも良くないのではないか? という事について個人的な意見を述べていこうと思います。
質問者:
生成AIの作品となると何か嫌な気持ちになるのはどういう事なんでしょうか……。
筆者:
これは僕の分析ではありますが、現在プラットフォーム側が「野放図に放し過ぎている」事が問題なのではないかと思います。
厳密に精査せずにポンポンと気楽に生成したものを出してしまいそのうち1%でも大当たりすることによってインプレッション稼ぎをすることが出来るのです。
実際にこの小説家になろうでもチアーズプログラムが始まって以降、投稿作品数が1.5倍に増えたのにも関わらず総PV数が減るという「生成AIの大量投稿とそれに対する忌避感」と言うのが広がっていると思います。
人間が頑張って魂を込めて作った作品があっさりとAIの大量の投稿によって閲覧される可能性が減ってしまうことは頑張って作品を作っている作者さんからみても嫌悪感が出ても仕方がないでしょう。
いわばグレシャムの法則と言われる「悪貨は良貨を駆逐する」状況にあるのだと思います。
しかし、これはある意味現状の資本主義経済下では当然に起きることだと思います。
今、就職して8時間労働をして稼げるお金と言うのは限られています。その上で物価高で生活はドンドンと苦しくなっていっている……。
そんな中でAIで大量に生産した作品の中で不労所得になるぐらい稼げたら大きくないですか?
質問者:
なるほど……SNSや小説投稿サイトはインプレッションが収益になりますからね。ワンチャンスを当てるために大量に投稿する作戦が横行しているという事ですか……。
筆者:
ただ、この「大量投稿作戦」も実はそんなに楽では無いとは思うんですよね。
AIに生成させるにしたって通信環境やデバイスやパソコンの性能によっても違いますが、何十秒か待たなくてはいけません。
その上で、どこか冷たい目で世間からは見られることになるわけですから、あまり良い思いをしないでしょう。
質問者:
将来的にはどうか分かりませんけど、今のところは「パッと見で何となくAI作品かどうかわかる」状況ですからね。
なおさら嫌悪感みたいなものが出ても仕方がない感じがしますね……。
筆者:
ただ、「AIが作る」というだけで評価を落としてしまうというのは非常に問題があるのではないかと思っています。
AIが作ったものでもいいものであれば評価して良いのではないか?
と僕は考えています。
2024年に第170回芥川賞を受賞された九段理江氏の『東京都同情塔』(僕は読んだことが無い)は5%がそのままAIの表現を使い、その他の部分もAIを駆使したということがありました。
https://ledge.ai/articles/ai_95_percent_akutagawa_writer_5_percent_kagenoame
つまり、九段氏は表現に困ったところや詰まったところを「AIと煮詰めた」という事なのだと思います。
「AI作品」と言えどもその質は全く異なると言えるでしょう。
細部にわたるこだわりがあることから「自分一人では思いつかなかった」だけであり、九段氏が作ったことに関して何ら嫌悪すべき点は無いと思います。
質問者:
つまり、生成AIを駆使したとしても「作者の魂」みたいなものが宿っていれば問題ないという事でしょうか?
筆者:
僕はそう考えています。
要はAIが吐き出した言葉をそのまま何も考えずにコピー&ペーストして使い「量産」することは良くないと思います。
AIは何の脈略もなく唐突にストーリーが展開していっても疑問を持たなかったりしますし、「物語性を失っている」と評価されることが多いので嫌悪されていると思うんです。
AIに欠けている「執念の裏付け」みたいなものを人間が追及していくことが大事なのではないかと思っています。
質問者:
なるほど……便利にポンポンと作品を投稿していくのではなく、そこに魂みたいなものを込めるべきだという事なんですね……。
筆者:
むしろ僕は表現することに自信が無い方が生成AIによって障壁が下がった点においては大きくプラスだと思いますよ。
想いを届けられる人が増えるという事ですからね。ただ、「気軽にお金稼ぎ」を狙って「大量投稿」使うのは「文学」では無いと思いますね。
AIはいわば「最新鋭の鉛筆や筆」とでも言えばいいでしょうか?
今やほとんどの方がパソコンやスマートフォンを駆使して文字を入力して作品を投稿しているように「ツールの一つ」としてAIが使われるのであれば何ら問題ないという事です。
試行錯誤して自分の言葉へと紡いでいくのは「新しい時代の創作」と認められても良いと思います。
◇生成AI作品と言えど「気軽に投稿させてはいけない」
筆者:
ただ、AIというのはこれまでの鉛筆やパソコンと言った書くだけのツールにとどまらず「それっぽいものを超効率的に生産できる」という特徴があります。
そのために「魂が入っていない作品」と言うのが大量に出現してしまいがちなのです。
そのために前々から僕が申しているように「投稿本数と文字数に総量制限」を加えるのが妥当なのかなと思っているんです。
※また生成AI作品と判別する方法が難しいことについてはこちらhttps://ncode.syosetu.com/n3578mc/をご覧ください
質問者:
なるほど……生成AIをツールの一つとして多くの方々が思ってもらうため、
魂を込めた生成AIを活用した作品を増やすためにも規制が必要という事なんですね?
筆者:
僕はむしろ生成AI作品を最大限力を引き出させるために総量規制が必要だと思っているという事です。
AIが精製したものを試行錯誤することには何ら問題は無いと思っています。
具体的な数字で言うのなら1日最大投稿数(更新を含む)は3~5本、1日合計文字数は2万字。これぐらいならプロでバンバン作品を出される方にも影響がほとんど無い程度の規制になるのではないかと思っています。
◇「ホンモノと見せかける作品」はNG
筆者:
最後に、総量規制とは別に「AIでやってはいけないこと」について話そうと思います。
それは「詐欺的行為」です。一般的に浮かぶお金を騙し取ることや、災害情報のデマなどは勿論ですが、
もう一つ「リアルに見せかけた生成AI作品」と言うのも問題だと思います。
質問者:
筆者:
例えば「まるでリアルで起きたドキュメンタリー」と公表しておいて実はAIが作った映像や文章の場合は「大いにガッカリ」という事が起きても仕方ないと思います。
何せ、小説は「元から嘘」であることが「暗黙の了解」として共有されているのに対して、今挙げた例は「リアルだと思ったから」という要素が追加されるために詐欺的行為に近いと思うからです。
このような「詐欺まがいの表現行為」をしてしまうと表現の場全体を失望させ、読者や視聴者を疑心暗鬼に陥らせる大罪とも言えると思います。
質問者:
なるほど……。
「騙す意図」がある作品は、どれだけ技術的に優れていても、「人々の心を盗んだ作品」と言えそうですからね。
筆者:
そうですね。いずれにせよ、質のある程度あるAIが出てきてまだ日が浅いので、
使う側も、プラットフォーム側も、規制する側も、試行錯誤している段階なのかなと思いますね。
僕の考えが「答え」とも思っていませんので、多くの人を巻き込んで議論していき、より良い結論を出せたら良いなと思いますね。




