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ファルクエン戦記  作者: 結城 からく


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第3話 脱走

 鉄格子の外に見える景色は暗い荒野だった。

 頭上から垂れ落ちる雨水を片手で集め、啜るようにして飲む。

 それを何度か繰り返して喉の渇きを癒した俺は、息を吐いて座り込む。


 俺は今、鉄格子付きの馬車で運ばれていた。 

 ハンニグの軍に捕まった俺は、奴隷として運搬されているのである。

 最初は怒り狂って叫んでいたが、極度の疲労でそれどころではなくなった。

 まともに眠ることもできず、意識も朦朧としている。


 ハンニグの炎剣に斬られた俺は、全身に火傷を負った。

 おまけに左腕は肘辺りから先が無い。

 幸いにも傷口は焼き固められているので出血はないものの、あちこち膿んで絶えず痛む。

 背中の竜翼が根元から切断されているのは、万が一の脱走防止のためだった。

 カエナの竜翼は傷付いても数日で治っていたが、これほどの欠損でも大丈夫なのか。


「……最悪だな」


 この世界は戦争だらけだ。

 軍隊が隣国に攻め込んでは虐殺と略奪を繰り返す。

 それは決して珍しいことではない。

 誰しもが弱肉強食が原則だと教わっている。

 しかし、災害のように降りかかった日常の崩壊を、手放しに受け入れられるわけがない。


 故郷を失った。

 村の人々が死んだ。

 そして、幼馴染みのカエナが焼き殺された。

 どれも悪夢ような出来事だった。


「ファルクエンの王……炎剣ハンニグ……あいつのせいだ」


 呟く俺の目の前には、数匹の芋虫と何かの薬草が転がっている。

 これが食事である。

 三日前からこんな状態だった。

 決して食欲をそそる内容ではないが、このままでは飢えて死ぬ。

 だから我慢して食べている。


 俺は芋虫をつまみ取り、向かい側に横たわるロン爺ちゃんの口元に近付けた。


「ほら、爺ちゃん。食べなよ」


「ワシはいらん。アルフ、お主が食べなさい」


「でも……」


「お主が、食べるんじゃ……老いぼれなど放っておけ……」


 掠れた声で呻くロン爺ちゃんは鋼鉄製の枷で手足を封じられ、全身に鎖を何重にも巻かれていた。

 これだけ厳重に拘束されているのは、爺ちゃんが怪力の祝福を持っているからだ。


 カエナが生まれるまで、爺ちゃんは村で唯一の祝福持ちだった。

 若い頃は戦場で大暴れしたらしい。

 老いた現在でも、丸太を抱えて歩けるほどの力を誇る。

 ただし今は持病の悪化に加えて、馬車の劣悪な環境で衰弱していた。


 頑なに芋虫を拒む爺ちゃんがせき込んだ。

 その口から大量の血を吐き出された。

 俺は大慌てで爺ちゃんに駆け寄る。


「爺ちゃん……っ!」


 ぐったりとする爺ちゃんは返事をしない。

 顔は紫色に染まり、手足が小刻みに震えていた。

 かなり不味い状態なのは明らかだった。


 俺は鉄格子の前方に移動すると、大声で御者に懇願する。


「おい! 爺ちゃんが死にそうなんだ! 止めてくれ!」


「あ? 知るかよ。勝手にくたばっとけ」


 返ってきたのは冷酷な言葉だった。

 絶望した俺は執拗に鉄格子を叩いて訴えかける。

 それを止めたのは、爺ちゃんの振り絞った微かな声だった。


「アルフ……理不尽に、抗いなさい……諦めずに進めば、きっと……」


 それきり爺ちゃんは動かなくなった。

 呼吸もしておらず、苦痛を見せることもない。

 爺ちゃんは、死んでいた。


 俺は爺ちゃんの死体に縋り付く。

 溢れ出す涙を止めることができなかった。


「爺ちゃん……」


 冷たく骨ばった頬に触れる。

 いつも村を守ってくれた頼もしい爺ちゃんは、もう決して動かない。

 その事実が胸の内に重く圧しかかってくる。


「滅茶苦茶だ……何もかも」


 悲しみを上塗りするように怒りが噴き上がる。

 同時に尋常でない勢いで力が漲ってきた。

 全身の筋肉が脈打ち、軋みながら生まれ変わろうとしているようだった。


 俺は感情のままに鉄格子を殴りつける。

 跳ね返される感触はなかった。

 代わりに鉄格子が派手にひしゃげて、人間が通れるだけの隙間ができていた。


「えっ……」


 予想外の結果に俺は戸惑う。

 しかし、次の瞬間には鉄格子を抜けて馬車から飛び降りた。

 勢いよく地面を転がってから顔を上げる。


 馬車が急停止し、血相を変えた御者が鉄格子を見て喚いていた。

 護衛らしき二人の兵士は、驚いた様子で俺に注目している。

 兵士達は槍を構えてじりじりと距離を詰めてきた。


 一瞬、俺は逃げようかと思った。

 ところが湧き上がる憎悪によって寸前で足を止める。

 これまで我慢してきた殺意が爆発し、俺は兵士達に向かって疾走した。

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