2.痛いの飛んでいけー
レイナが何とか泣き止んで平静を取り戻してくれたのでアレスト家の屋敷を辞した。
帰ってすぐさま実家の領地に連絡を入れ、事の次第をありのまま報せると、父はかなり怒っているようだった。
下位の貴族相手にここまでコケにされたらそれも分かるが、魔法電報の短い文章でも怒りが伝わってくるとは相当だ。
父が王都へ来るとのことだが、なにせ遠いので時間がかかる。
それまでの間にも情報収集しておくように言われたので、また時間を見つけてレイナの所へ行こうか。
レイナのことは個人的にかなり綺麗だと思うから、聖女の能力抜きにしても、このまま婚約を続けたいと思う。
家同士の話がまとまるかどうかは分からないが、まずはレイナに会いに行きたい。
「何か良い手土産がないものかな〜」
夜勤終わりにいくつか店をまわり、かなり良いものを買えたのでそれを持ってウキウキでアレスト家を訪ねる。
ここには何度も来ているが、間違いなく今までで一番浮かれているだろう。
応接間で待つ程もなくレイナがやってきた。
ティーナが文句のひとつも言いに来るかと思っていたが、それも無し。俺に興味を無くしてくれているならその方が良い。
「こんにちは。いきなり来てしまいましたが、ご迷惑じゃなかったですか?」
「私の予定なんて何もありませんので、会いに来てくれて、うれしいです」
神々しいまでの金色の瞳がまっすぐ俺を見て微笑んでくれる。これ以上嬉しいことなんて世の中にあるわけないよな?
「迷惑じゃないなら良かったです! こちらどうぞ!」
いい雰囲気のうちに、と手元の包みを彼女に差し出す。
「えっ、私にですか? ほんとうに?」
「ええ、もちろんです」
よほど家での扱いが悪いのか、かなりネガティブなのが気になる。
「ふわあぁっ! すっごくきれい!」
でも、プレゼントの赤いリボンをしゅるしゅると解き、箱の蓋を開いたときの彼女の歓声は、ごく普通の女の子のようで。
それがとてもとても可愛らしい。
「青空が好きだと言っていたので、青空のペンダントです。とても綺麗ですよね」
大きめの球の中に、空と雲が閉じ込められたようなモチーフが、レイナにぴったりだと思う。
「そうですね! とってもキレイです。本当にお空をここに切り取ってきたみたい!」
一気にハイテンションになって全身で喜ぶレイナが本当にかわいい。
「光にかざすともっと綺麗に輝くそうですよ」
「そうですか! では、テラスへ行きましょう」
この前の時は無口な印象があったが、実はそうでもないらしい。彼女の本当の顔を見せてもらえているようで嬉しくなる。
「ほんとに、とってもキレイですねぇ」
先にテラスへ出たレイナは、春の陽射しに向かってペンダントをかざして、それを飽きることなく眺めている。
その姿は無邪気で可愛らしくて、きらきらと輝く銀髪がまるで妖精のようで。
俺はそんなレイナを眺めて喜んでいた。
「あんまりにも嬉しかったので、取り乱してしまってすみません。私この前の時から、失礼なことばかりしてしまっていますね」
少し頬を赤らめて謝る姿さえかわいらしいと思えるんだから、彼女の魅力はすごいよな。
「大丈夫ですよ。レイナに喜んで欲しくてプレゼントを買ってきたのですから、こんなにも喜んで貰えたら嬉しい限りです」
「うふふ。本当にありがとうございます」
まだ手のひらの中でころころと青空を転がすレイナを見ていると、買ってきて良かったと心から思う。
侍女がお茶を淹れはじめたのでそれとなくそちらへ誘導する。本来なら客人にお茶も出さずにテラスへ連れていくのは、よほど仲が良くないとしないからな。
「あれ? 左足、どうしたんですか?」
テラスからティーテーブルまでのたった数歩でも、気づかれてしまったらしい。
「騎士団の訓練で少し痛めましてね。大したことはありませんから、大丈夫ですよ」
足首を捻っただけなので、体重がかかると鋭く痛むが、そうでなければ鈍く違和感がある程度だ。
「そうですか。痛いのは嫌ですよねぇ……どこが痛いですか?」
「足首ですが、痛いと言っても、本当に大したことはないんですよ。いつものことです」
俺がそう言っても彼女は心配なようで、しゃがみこんで俺の足首を見る。
「でも、痛いですよねぇ。痛いのいたいの、飛んでいけー。痛いのいたいの、飛んでいけー」
「……はっ?」
さすさす、とレイナの小さな手のひらで撫でながらそういうと、みるみるうちに痛みがひいていく。
さっきまでは何もしなくてもあった鈍痛は見事に無くなり、体重をかけても痛くない。
「私は聖女じゃないのでほんとに飛んでは行かないですよ。でも、お母さまがしてくれた時もほんのちょっと痛く無くなったから、私でも出来るかな、って」
何でもないことのようにレイナが言うので、自分の勘違いかもしれないと思った。
だが、身体は正直だ。
足首を動かしても、全然痛くない。
けれど、どういう訳か、この家の人々はレイナの能力を知らないらしい。
それを気取られる訳にはいかないな。
「ああ、こういうものは気持ちの問題もあるからな。レイナのおかげで、少しはマシになったかもしれない」
多少白々しいし、レイナを騙しているようにも思うが、この際仕方がないだろう。
アレスト家の侍女も居る中で、迂闊なことは話せない。
「そうでしょう? お母さまも言っていたもの。『病は気から』って。
あのね、私が青空が好きなのは、お母さまの瞳の色がすごくきれいな空色だったからなんです。
だから、このペンダントはお母さまみたいだからとっても嬉しいんですよ」
ふふふ、と笑う彼女は本当に無邪気で可愛らしいが、とんでもない能力を秘めているのかもしれないから、怪しまれない程度に色々と聞きたい。
「他の人に、これをしたことは無いのですか?」
「そうですねぇ、もう辞めてしまいましたが、昔の侍女が腰が痛いと言うのでよくしていましたね。
少しマシになったような気がする、と言って貰えるだけで嬉しかったです」
「確かに、レイナの見た目でして貰えたら、本当に良くなったように思うかもしれません」
「でも、私の見た目だからこそ、気の所為くらいではみんな『騙した』って言うんですよ?」
途端に彼女の表情が暗くなって、しまったと思う。きっと、何も出来なくて詰られたこともあったのだろう。
「それでも俺は嬉しかったですから!」
俺はそういう連中とは違う、ということは最大限アピールしたい。
レイナの本当の能力の話は出来ないけれど、俺は彼女の味方で居たいんだ。
「それなら、良かったです」
ふわふわ笑うレイナは本当に何も知らないらしい。かわいいだけじゃなくて、本当に聖女なんだということを。
偶然とはいえ俺だけが知った彼女の能力が他の人に知られる前に……。
俺だけのものに、してしまいたい。




