1.婚約破棄
「我がアレスト子爵家とシュレイ辺境伯家の婚約について、ティーナ・アレストとライナー・シュレイとの婚約を破棄し、レイナ・アレストとライナー・シュレイとの婚約に変更する!」
「……はぁっ??」
社交の場とは思えないほど盛大に顔を顰めてしまったが、許して欲しい。
先に失礼かまして来たのは向こうだからな!!
俺はライナー・シュレイ。
辺境伯家三男で、子爵令嬢ティーナ・アレストの婚約者だ。
婚約相手の父であるアレスト子爵に呼び出されて来てみれば、子爵本人と婚約者ティーナ、それに初対面の女の子の三人が並んで座っていた。
何事かと思って向かいに腰掛けた瞬間、挨拶も無しに訳の分からんことを言われたら困る以外に無いだろう。
「えっと、どういう事でしょうか」
家柄はこちらの方がかなり上だが、相手は当主。三男坊の俺よりは偉いので下手に出ているが、本当に話が分からない。
「文字通り、ティーナからレイナに婚約者を変更する、というものだ。
元々、そちらの家が格下の我が家に婚約を申し込んで来たのは、レイナの聖女の力が欲しいからだろう。姉でなく本人との婚約にできるのだから、その方が良いだろう?」
まあ、それは間違いない。
当主と婚約相手と並んで座っている初対面の少女は《金の瞳・銀の髪》という、聖女の特徴を持って産まれた。
人口比の関係で平民に発現することの多い聖女の力が珍しく貴族に現れた、として当時は衝撃が走ったらしい。
その時、いの一番に婚約話を持っていき、聖女の姉との婚約を成立させたのが俺の家で、年齢的にちょうど良かった俺がティーナの婚約者になった。
だが、ここで大きな問題がある。
レイナは、結局聖女の力に目覚めなかったのだ。
普通5~6歳で使えるようになる癒しの力はいつまで経っても現れない。
9歳の時には彼女の母が病で死の淵にあっても、癒しの力が現れることなく、母は死んでいった。
それを見た多くの貴族は『アレスト家の聖女は偽物だ』などと言って遠巻きにし、我が家の立場も少しは悪くなった。
だけれど辺境伯の力は強いので、噂話は放置して婚約は続けた。妹が聖女の力に目覚めなかったから姉との婚約破棄する、などという自分都合の行いは許されないからだ。
ティーナ本人と仲が良い訳でもないし、どちらかというとワガママ放題のティーナに手を焼いているのは確かだ。
でも、ここまで突然だと困惑する。
「突然のことで困っているのですが、理由を教えて貰えますか」
「ライナー君は、いずれ領地に戻る、と聞いた。ティーナは王都で生まれ育っているゆえ、田舎に行くのは適切でない。なので、レイナに変更するだけだ」
「……????」
意味が分からん。
俺は辺境伯家の人間で、今は王都の学校を卒業してから魔法騎士として王宮に勤めているが、それは研修のようなもの。もうすぐ領地へ帰るからよろしく、とティーナに言ったのがこの前だったのだが、それがそんなに嫌だったのか。
「だって、たまにライナーさまが領地へ帰る時も、ティーナは王都に居たでしょう? でも結婚したらティーナも一緒に辺境へ行くなんて、そんなのありえない!」
俺の方がありえない、と言いたい。
領地を代官に任せきりにして王都に居続ける貴族が、どれだけ後ろ指差されているか、分かっていないのか?
今までは聖女の育成のため、と言っていたが、聖女が結婚して他の家に行けばそれも無くなる。
「しかし、急に婚約破棄して変更と言われましても……。当主である父との話をしてからのお返事にさせていただきます」
今後のことも考えて丁寧な対応をしているのに気を大きくしたのか、アレスト子爵はあまりにも尊大な口調で続ける。
「どちらにせよ、可愛いティーナを無理やり田舎へ行かせる事など出来ぬ。このまま婚約を続けたいのならば、ライナー君が王都に留まるという確約を付けるように」
言いたいことだけ言って、子爵とティーナは去って行った。
「……はぁ??」
もう、何が何だか、どうしていいか、まるで分からない。とにかく俺の判断できるレベルを越えているので、帰って領地へ連絡だ。
「あの、すみません、レイナ・アレストです。よろしくお願いします……」
俺も帰ろうと腰を上げかけたところで、酷く弱々しい小さな声で自己紹介をされた。
「ライナー・シュレイだ。まあ、こんな事になっているが、よろしく」
ティーナと婚約しているが、その妹である聖女レイナとは実は初対面だ。
どれだけアレスト家が聖女を囲い込んでいるか、よく分かる。
そして、話しかけてきたくせに、その後は無言だ。本当に貴族か?と疑いたくなるほど、たどたどしい雰囲気が満載。
12歳のはずだが、普通もっと話をするだろう。
「えっと、普段は何をして過ごしているのですか」
話しかけられた以上、とりあえず当たり障りのない話を振る。
「そうですね、部屋で本を読んでいます」
はい、以上。会話終わり。
本当に貴族か?
でも、先程までギュッと真一文字に結ばれていた唇がほどけて、ほんのわずかに笑顔になると、可愛らしい子だな、と素直に思えた。
特に金の瞳と銀の髪は、神様が聖女に与えるのに相応しく、とてもとても綺麗だ。
「素敵な髪と瞳ですね」
思わずそう口に出して言うと。
「そうですね、でも、私は偽物のうそつきなので」
何事もないかのようにサラッと彼女の口からそう言われて、返す言葉に詰まった。
確かにそう噂する人間も居るが、まさか本人にまで言っているとは。
社交界に全く出てこない彼女がそれを知っているということは、父や姉が、彼女に酷い言葉を投げつけているのではないだろうか。
婚約変更の言い分でも、ティーナが田舎に行くのは阻止したいがレイナはどうでもいい、という感じだった。
「いえ、うそつきなんかじゃありませんよ。まだ、神の力を使う時ではないだけでしょう」
気休めかもしれないが、とっさに否定して慰める。
「そう、ですか……?」
「ええ。そもそも髪の色も瞳の色も、貴女が選んだものではないでしょう?」
「そうです、本当に、そうなんです……私がうそついてるんじゃ、ないんですよ……」
そのまま急に、泣き出してしまった。
「えっ、えっ、あのっ!」
初対面の女の子が、目の前で泣き出した!
それもたぶん、俺のせいで!!
「すみません、すみません、そうですよね、ええ、ごめんなさい!」
何に対してかは分からないけれど、とにかく謝る。貴族社会では謝罪の言質を与えるのは良くないが、彼女の金色の瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちるのは、咄嗟に謝らずには居られない雰囲気がある。
「泣いて、ごめんなさい。ごめんなさい、大丈夫です」
全然大丈夫じゃなさそうなのに必死に涙を拭う姿は本当に痛々しくて、申し訳ない。
「あの、ほら、何か好きな物とかありますか!?」
少々強引すぎるが、無理やり話題を変更する。
「そうですね……。青空が、好きです」
「では、見に行きましょう!!」
強引な話題変更は有効だったらしく、応接間からテラスへ出て空を見上げる。
雲ひとつない、とまではいかないが、まあ普通の青空だ。
でも、遅れてテラスへ出てきたレイナは。
「うふふ。綺麗な空ですね」
そう言って、満足そうに笑う彼女がどれだけ美しいことか。
俺の目は、レイナから視線が外せない。
きらきらと陽の光に煌めく銀髪も、涙に濡れて輝く金の瞳も。
彼女の少し無理をしたあどけない笑顔も、全部全部が、美しすぎて。
春の空が、こんなにも似合うひとは他に居ないだろうと思う。




