だだだだ誰ですか⁉︎
ぽんぽこぽんぽこ。
今日も亜季はドラムを叩いていた。
「音祢さん、しばらく来ないそうです」
だがゲーセンには亜季の言う通り、いつも騒がしい彼女と最近現れたその恋人の姿はなく、また酒臭い彼女の姿もなく、桂香と二人っきり、という珍しい状況であった。
「……? あぁ、彼女さん」
「はい。家に入り浸ったりデートしたりするそうです」
「なるほどね」
でも時々はゲーセンにも来るそうですよ、とのこと。
デートコースにゲーセンが入っているあたり筋金入りである。
「良いですよねー、ああいうのー」
「そうね」
「……えっ」
「……なによ」
亜季としては、特に意味のある言葉ではなかった。
ただ単に、カップル羨ましい、くらいの、年頃の女子なら誰でも思うような、そんな鳴き声のような言葉。
「師匠もああいうの憧れるんですか⁉︎」
それに対して桂香が反応したのが心底意外だった。
「……別にいいじゃない」
「そういうのに全然興味ないかと思ってました……」
「私をなんだと思ってるのよ」
「……パーフェクト師匠?」
桂香は頭を抱えた。
「一応私も年頃の女子高生なのだから、そのくらい興味持ったっておかしくないでしょ」
そして、溜息を吐きつつそう告げる。
「あ、あはは……師匠は大人っぽいので……」
「だから何よそれ……ってヌコさんにも言われたわそれ……」
忘れ気味だが亜季と桂香と音祢は同い年なのである。
「だんだん腹が立ってきたわね……ねぇアキさん」
「ひゃいっ⁉︎」
なので桂香は八つ当たりをする事にした。
「好きな人でもいるのかしら?」
「うぇ⁉︎」
もとい、八つ当たりをするフリをした。
当然だが亜季は非常に動転した。
「憧れる、という事はそういう事ではないの?」
「いいいいやいやいや! そういうわけでは!」
それはそれはもう超動転しまくった。
だが何故動転しているのかは分からない。
何故桂香から聞かれてこんなにも顔が熱くなっているのかも分からない。
「あらそう……」
「そういう師匠こそどうなんですか⁉︎」
だから、とにかく必死で切り返した。
つもりだった。
「私はいるわよ?」
「うえええええええ⁉︎」
だが、予想だにしていない言葉を叩き返されて、激しく動揺した。
「だっだだだだっ誰ですか⁉︎」
「秘密よ」
悪戯気に微笑む桂香。
だが、亜季はそれどころではない。
「……っ! ……っ⁉︎」
気になる。桂香の好きな人が気になる。異常に気になる。
何故こんなに気になるのかが分からない。
何故こんなに鼓動が激しいのかが分からない。
何故こんなに胸が苦しいのかが分からない。
何故こんなに胸が痛いのかが分からない。
何故。何故。何故。何故。何故。
「ぁ……」
だから、解が、出た。
顔が熱くなる。
耳まで真っ赤になる。
全身から火が出そうになる。
「……っ」
もう桂香の顔を見れない。
今この瞬間、亜季は自覚した。自覚してしまった。
「アキさん?」
「ひゃいっ⁉︎」
「ど、どうしたの……?」
会話の途中で突如フリーズ。普通は心配にもなる。
だが亜季からしてみれば、その自覚した相手から顔を覗き込まれるという非常に威力の高い行為をされたわけで。
「顔が真っ赤だけど……大丈夫?」
無論、大丈夫な筈がない。
「だだだだ大丈夫です! 一クレしてきます!」
「そ、そう?」
「押忍!」
「押忍⁉︎」
それ故、逃げるようにしてドラム筐体へと向かった。
「……?」
それを心配そうに眺める桂香。
自分から匂わせたくせに、なんとも鈍い。
「……ッ!」
無心でドラムを叩き続ける亜季。
こんな時、別の事に集中できるものが都合よくあって良かったとしみじみ思う。
だが、いずれ向き合う時が来る。
自分の感情に。自覚したこの感情に。
そう、自分が羨んだあの関係性に至るまでに必要なこの感情に。
だから今は、今この瞬間は、その叫びだしたい気持ちをドラムに叩きつけて。




